2025
■ウチの班の様式美
++++
「うっしー激チョロですぅ~」
「ですー」
「うるさいなあお前らは!」
夏合宿当日。最寄り駅から中型タクシーで会場の青年自然の家へ。班長の当麻さんが先に現地にいるので、副班長のレナさんが班を率いる形になる、だけど1年4人のうち、うっしー、すず、ゆめの3人ががちゃがちゃしがちなので、お前も目を光らせていろと頼まれている。
イキり隠キャのお喋り袋・うっしーをすずゆめのコンビが煽りまくり、それにうっしーがキレながら突っ込むのがお決まりの流れだ。それを当麻さん、レナさん、俺の3人が見ているというのが班の空気。先輩が落ち着き払っているからと言ってそこでバランスを取る必要はない。
現にタクシーの中でもこの感じだったので、駅の時点で疲れ果てていたレナさんはぐったりしていたし、俺もこれを止めるのは面倒だったので、運転手さんには申し訳ないけれども諦めさせてもらった。合宿は始まったばかりなのにトバしすぎな気もするが、この3人は平気なんだろう。
「ああもう疲れた……」
「心中お察しします。レナさん、余程お疲れなら代わりに合宿の参加費を集めましょうか?」
「将門はいい子だあ」
――というワケで、合宿の参加費を集める。6500円だ。
施設概要を調べたときに、公式サイトに記載されている2泊3日の料金より参加費がやや高いことについて当麻さんに質問を入れた。2500円ほど高いのは何故かと。曰く、合宿の諸経費と、対策委員の活動費を得ているそうだ。少し前までは参加費が7700円だったらしい。それを思えばかなり安くなったと言える。
「うっしー、すず、ゆめ。合宿の参加費を出してください」
「はーいですですぅ~」
「ですー」
「ちょい待ってなー」
参加費は現金で徴収しているので、釣り銭の扱いがやや面倒になる。ちょうど出せるのか、出せないのか。両替は出来るのか、出来ないのか。場合によって生じる駆け引きは、起こるのか、起こらないのか。
「はい、無事に集まりました。ありがとう」
「将門お前ホンマよう働くなあ」
「うっしーとは大違いですですぅ~」
「ですー」
「お前らもこっち側やからな!」
かしましい声を背に会計の海月さんを探し、集めた物を早々に渡しに行く。自分たちは8班なので、会場に来たのも後の方だ。こういう行動は早い方がいい。あの3人も何だかんだ分別は付く人たちなので、お金を集めている間はちゃんと休戦していたし。
「海月さん、8班です」
「8って班長誰だっけ?」
「当麻さんですね」
「当麻班オッケー、っと」
「これって、班長の分は含めなくていいんですよね?」
「うん、班長の分は大丈夫。って言うか将門の班の他の2年生誰だっけ?」
「レナさんですね。既にお疲れの様子で」
「ああ、将門の班は賑やかだもんね。ホンっトに! 羨ましい!」
「はは……海月さんの班はお通夜か葬式かってくらいに静かだって話でしたもんね」
9つある班は、それぞれ大きく空気が異なるという話だ。ウチの班は賑やか3人静か3人と班の中でタイプが分かれている。海月さんの班は、海月さん以外全員静かで気が狂いそうになるらしい。多分俺はここでもやれたと思う。
ライの班は野球談義に花が咲いているそうだし、モリ子の班は、プライベートでお菓子作りをしたとか。きぬの班はどうせきぬがかき回してるんだろう。初心者講習会の時より他校の人と突っ込んだ話もするから、その強烈なキャラクターに刺激を凄く受けている。
「世の中には我慢と根性だけじゃどーにもならんこともあんのや! 逃げるときは逃げる! これよ」
「我慢と根性、努力の女のゆめにケンカ売ったー」
「売ったですですぅ~」
「そんなモン売るかい! 俺は人生において大事なことを言うとるんやからな! なー殿ー」
班の輪に戻ると、うしすずゆめの傍らに、あの彼がいた。初心者講習会で隣の席に座った、体の大きな彼だ。結局自己紹介も何もしていないので、どこの大学の何という人なのかも知らないけど、3人の誰かの知り合いなんだろう。彼が積極的にコミュニケーションを取りに行くタイプには見えないからだ。偏見だけれども。
「お」
彼と目が合うと、会釈をされる。俺もそれに、会釈を返す。
「何や殿、お前将門と知り合いか?」
「初心者講習会の時に、隣の席に座っていた」
「はえー、初見でお前の半径1つ以内の席に座る猛者がおったんやな」
「うっしー、彼と知り合い?」
「知り合いも何も、ウチのメンバーよ」
「あっ、向島の人だったんだ」
「何や、隣の席に座っとったんに自己紹介もしとらんかったんかい! 今せえ今せえ!」
「えっと、星ヶ丘の高野将門です」
「向島の、勝川要という」
「えっと? DJネームが“殿”。何で?」
「ウチのDJネームは俺以外大体バリイケの兄貴がパパーッといい感じのを付けてくれたんよ。殿は、名前が縁起ええし、どっしり構えとる感じが殿っぽいやろって」
「なるほど、確かに。講習会で隣に座ってるだけなのに背筋が伸びたもんな。精悍な面構えとか、凛とした空気があったと言うか」
「そんな、大層な物では」
「これが努力と根性だけじゃどーにもならんことや! 殿の天性! あとデカさとゴツさも天性な!」
どうやら、うしすずゆめが努力と根性についてケンカし始めたところに殿が呼び止められた形らしかった。殿の体の大きさは努力では得られない物であるという代表例として。努力と根性、我慢が取り柄のゆめと、逃げるが勝ちのうっしーの間の対立はきっと折り合いがつかないだろう。
「先程からこの調子なのだが、どうしたら」
「放置で大丈夫。ウチの班の様式美だから」
「そうか」
「うっしー、ゆめ。そろそろオリエンテーション始まるぞ」
「はーい」
end.
++++
将門がよく働くし、レナがお疲れなのは1年生のお守り以外にロクでもない理由も含まれてそう。
うっしーが逃げるが勝ち精神なのはブラック企業での経験から。
(phase3)
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「うっしー激チョロですぅ~」
「ですー」
「うるさいなあお前らは!」
夏合宿当日。最寄り駅から中型タクシーで会場の青年自然の家へ。班長の当麻さんが先に現地にいるので、副班長のレナさんが班を率いる形になる、だけど1年4人のうち、うっしー、すず、ゆめの3人ががちゃがちゃしがちなので、お前も目を光らせていろと頼まれている。
イキり隠キャのお喋り袋・うっしーをすずゆめのコンビが煽りまくり、それにうっしーがキレながら突っ込むのがお決まりの流れだ。それを当麻さん、レナさん、俺の3人が見ているというのが班の空気。先輩が落ち着き払っているからと言ってそこでバランスを取る必要はない。
現にタクシーの中でもこの感じだったので、駅の時点で疲れ果てていたレナさんはぐったりしていたし、俺もこれを止めるのは面倒だったので、運転手さんには申し訳ないけれども諦めさせてもらった。合宿は始まったばかりなのにトバしすぎな気もするが、この3人は平気なんだろう。
「ああもう疲れた……」
「心中お察しします。レナさん、余程お疲れなら代わりに合宿の参加費を集めましょうか?」
「将門はいい子だあ」
――というワケで、合宿の参加費を集める。6500円だ。
施設概要を調べたときに、公式サイトに記載されている2泊3日の料金より参加費がやや高いことについて当麻さんに質問を入れた。2500円ほど高いのは何故かと。曰く、合宿の諸経費と、対策委員の活動費を得ているそうだ。少し前までは参加費が7700円だったらしい。それを思えばかなり安くなったと言える。
「うっしー、すず、ゆめ。合宿の参加費を出してください」
「はーいですですぅ~」
「ですー」
「ちょい待ってなー」
参加費は現金で徴収しているので、釣り銭の扱いがやや面倒になる。ちょうど出せるのか、出せないのか。両替は出来るのか、出来ないのか。場合によって生じる駆け引きは、起こるのか、起こらないのか。
「はい、無事に集まりました。ありがとう」
「将門お前ホンマよう働くなあ」
「うっしーとは大違いですですぅ~」
「ですー」
「お前らもこっち側やからな!」
かしましい声を背に会計の海月さんを探し、集めた物を早々に渡しに行く。自分たちは8班なので、会場に来たのも後の方だ。こういう行動は早い方がいい。あの3人も何だかんだ分別は付く人たちなので、お金を集めている間はちゃんと休戦していたし。
「海月さん、8班です」
「8って班長誰だっけ?」
「当麻さんですね」
「当麻班オッケー、っと」
「これって、班長の分は含めなくていいんですよね?」
「うん、班長の分は大丈夫。って言うか将門の班の他の2年生誰だっけ?」
「レナさんですね。既にお疲れの様子で」
「ああ、将門の班は賑やかだもんね。ホンっトに! 羨ましい!」
「はは……海月さんの班はお通夜か葬式かってくらいに静かだって話でしたもんね」
9つある班は、それぞれ大きく空気が異なるという話だ。ウチの班は賑やか3人静か3人と班の中でタイプが分かれている。海月さんの班は、海月さん以外全員静かで気が狂いそうになるらしい。多分俺はここでもやれたと思う。
ライの班は野球談義に花が咲いているそうだし、モリ子の班は、プライベートでお菓子作りをしたとか。きぬの班はどうせきぬがかき回してるんだろう。初心者講習会の時より他校の人と突っ込んだ話もするから、その強烈なキャラクターに刺激を凄く受けている。
「世の中には我慢と根性だけじゃどーにもならんこともあんのや! 逃げるときは逃げる! これよ」
「我慢と根性、努力の女のゆめにケンカ売ったー」
「売ったですですぅ~」
「そんなモン売るかい! 俺は人生において大事なことを言うとるんやからな! なー殿ー」
班の輪に戻ると、うしすずゆめの傍らに、あの彼がいた。初心者講習会で隣の席に座った、体の大きな彼だ。結局自己紹介も何もしていないので、どこの大学の何という人なのかも知らないけど、3人の誰かの知り合いなんだろう。彼が積極的にコミュニケーションを取りに行くタイプには見えないからだ。偏見だけれども。
「お」
彼と目が合うと、会釈をされる。俺もそれに、会釈を返す。
「何や殿、お前将門と知り合いか?」
「初心者講習会の時に、隣の席に座っていた」
「はえー、初見でお前の半径1つ以内の席に座る猛者がおったんやな」
「うっしー、彼と知り合い?」
「知り合いも何も、ウチのメンバーよ」
「あっ、向島の人だったんだ」
「何や、隣の席に座っとったんに自己紹介もしとらんかったんかい! 今せえ今せえ!」
「えっと、星ヶ丘の高野将門です」
「向島の、勝川要という」
「えっと? DJネームが“殿”。何で?」
「ウチのDJネームは俺以外大体バリイケの兄貴がパパーッといい感じのを付けてくれたんよ。殿は、名前が縁起ええし、どっしり構えとる感じが殿っぽいやろって」
「なるほど、確かに。講習会で隣に座ってるだけなのに背筋が伸びたもんな。精悍な面構えとか、凛とした空気があったと言うか」
「そんな、大層な物では」
「これが努力と根性だけじゃどーにもならんことや! 殿の天性! あとデカさとゴツさも天性な!」
どうやら、うしすずゆめが努力と根性についてケンカし始めたところに殿が呼び止められた形らしかった。殿の体の大きさは努力では得られない物であるという代表例として。努力と根性、我慢が取り柄のゆめと、逃げるが勝ちのうっしーの間の対立はきっと折り合いがつかないだろう。
「先程からこの調子なのだが、どうしたら」
「放置で大丈夫。ウチの班の様式美だから」
「そうか」
「うっしー、ゆめ。そろそろオリエンテーション始まるぞ」
「はーい」
end.
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将門がよく働くし、レナがお疲れなのは1年生のお守り以外にロクでもない理由も含まれてそう。
うっしーが逃げるが勝ち精神なのはブラック企業での経験から。
(phase3)
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