2025

■おんぶにだっこで肩車

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「すみません雨竜先輩、僕の都合でしばらく練習出来なくって」
「俺も向舞祭関係で忙しかったししゃーない。ま、そこは天下の向島だけに、ちょちょーっと練習すりゃすぐよなあ!」
「プレッシャーかけないでくださいよ~」

 夏合宿まであと1週間程となり、班の打ち合わせも佳境を迎えていた。インターフェイスの機材環境に最も近いらしい向島大学のサークル棟にやってきての最終調整が近年の主流と言われている。俺たちも例に漏れずここを開けてもらっている。
 全員揃っての打ち合わせはちょっとばかり久し振りだ。定例会メンバーの俺と雨竜が向舞祭に駆り出されていたり、パロが盆時はバイトで忙しいということでなかなか集まれなかったんだ。盆時が忙しいバイトって何だと思ったら、花屋だとか。なるほど、お供えの花か。

「つか雨竜、言ってパロは天下の向島だけにちょっとミキサーに触れば感覚も戻るかもだけど、問題は俺らだぞ」
「あーな。俺は結局ゴネが通っちまって撮影クルーの手伝いしてたしなあ。ラジオ勘戻るかなあ」
「俺もへっぽこミキサーであることには違いないし、1年生におんぶにだっこな状況は多分変わってない」

 ちなみにこの向舞祭では定例会メンバーがそれぞれアナウンサーは各会場に散ってMCのアシスタントを、ミキサーは音響スタッフの補佐として働いていた。雨竜は「どうせなら映像関係の仕事がしてーよなー」と言っていて、ゴネれるならゴネたいとぼやいていた。
 ダメ元で3年のあやめさんが「青敬・桜貝は撮影とか映像関係が強いんでそっちにも行けます」とお上に言ってみたところ、まさかの採用。あやめさんは普通に音響の仕事をしてたけど、雨竜は撮影隊に加わって働いていた。これはアナの人数が余りそうだったからだとも言われている。

「アンタらが1年におんぶにだっことか言って圧掛けるから俺らも個別に練習せざるを得なくなったのはどうしてくれるンすかねェ」
「いや、個別練習は別にいいだろ」
「あーあ、か弱い1年が泣いてますよ。えーんえーん」
「ここまで棒読みの嘘泣きだと逆に清々しいな」

 緑ヶ丘の中、向島のパロというラジオメイン校の2人がまず頼りになると言うか、班長が控えめだからどうしてもラジオの技術的なことであるとか番組作りの進行という意味ではこの2人に頼ることになりがちだ。その2人に星大のガクを加えた3人で個別練習をしたとか。
 そういうことを自主的にやってくれるから非ラジオ校の俺と雨竜は1年が頼りになるなあと安心するのだけど、そういうことを自主的にしちまうから班長の七海の存在感がさらに薄れちまうんだろう。別に無視してるワケでもないのに何なんだろうな、この現象。

「とりあえず、練習をしよう。1年2人の個別練習の成果を俺にぶつけてくれ」
「何でアンタにぶつけるンすか」
「彩人先輩のペアってがっくんですよね」
「いや、本職プロデューサーの片手間へっぽこミキサーである俺に対する技術指導を中とパロがするんだよ。というワケで、まず俺とガクのペアで実践練習をだな」
「なるほど? 突っ込めるトコはとにかく突っ込めっていう、レビューかモニターか知らねーですけど、そんなようなことをやれと」
「そーゆーこと」
「うーん。先輩に技術指導なんて恐れ多いですけど」
「技術を高め合うのに先輩とか後輩とか関係ないってのが星ヶ丘流、厳密には源班流のスタンスな。それでなくても現時点でも俺より2人の方がミキサーとしての経験値は高いはずだしよろしく頼みます」

 マイクスタンドを立てて、その前にアナウンサーのガクを座らせる。マイクの位置を合わせて、ゲインの調整。ここまではステージやるときにゴローさんがやってるのを見てたからそれっぽく出来るんだよな。問題はここからだよ。

「彩人さん、アンタちょっとビビり過ぎっす。手順は合ってるし、やることも出来てんのにビビって手が泳いでる分が単純にロスっす」
「はい」
「ああ、なるほど。キューはもう少し早めでもいいかもなあって思ったんですけど、きっとそれが原因かもですね」
「そーそー。出そうとしてるタイミング自体は悪かないんすけど、「ホントに大丈夫?」って迷ってる間にちょうどいいトコを逃してんすよね」
「まあ、回数を重ねれば自信も付くと思いますし、今日でたくさん練習ですね」

 少し番組を通すだけでも中とパロのコンビがこれでもかと俺のミキサーとしての改善点を挙げてくれるのでメチャクチャ助かる。基本的には「ビビり過ぎ」というのが一番良くない点らしい。これは普段ミキサーに触らないのが原因だと思う。ブランクが並のミキサーより大きい分、思い切りが足りないと言うか。

「あとアレっすよね? アンタ音の規定値を屋外に置いてるっしょ。なーんか違和感あるなって思ったんすけど」
「ちょっと覗かせてくださいね。あー、確かに。普段ウチの機材ではあんまり見ない感じのエフェクトになってますね」
「あー、それ多分星ヶ丘臭さよ。ファンフェスならともかく夏合宿は屋内の設定でやった方がいいっすよ」
「彩人、お前想像以上に1年からボコボコにされてんな」
「いや、俺が望んだ事だし、実際本番前に聞く必要があることばっかだ。あの、悪いけど屋内っぽい音の設定は教えてもらえると助かる」
「1年に教えを素直に乞えるのはお前の強みよなあ」

 中とパロから普段2人がどうしてるのかっていう技術的な話を教えてもらいながら、それを必死にメモする。で、出来ればそれをゴローさんか、ワンチャン高木さんに聞けりゃいいんだけどあの人はさすがに実家に帰ってるか。素直にゴローさんに聞きに行こう。

「ガク、悪いけどもっかい通しでお願いします」
「わかりました」
「――ってちょっと待てや彩人ォ! 今気付いたけど何機材独占しようとしてんだ! 俺にも通し練させろ!」
「チッ、バレたか。パロ、どーする? やる?」
「あっ、僕にもミキサーを触らせてもらえると助かります」
「だよなー。じゃ交代。1回通したら次もう1回やらしてください」


end.


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その分野で1番強い奴が他の奴に指導するんだっていう朝霞班スタイルは現代にも息づいている。
七海班が揃っているのにヘビの出ないMMPサークル室。おかしいなァ。

(phase3)

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