2025

■暑いなりの働き方

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 今年は暑くなるのが早く、倉庫の中もとんでもないことになっている。どうとんでもないのかと言うと、主に2階の気温が40度を超えてくるのが基本という感じなのだ。それは毎年そうなるけど、そうなるのが早いというのが問題で、企業においても熱中症対策が義務づけられたとは言え仕事は仕事としてその場所でしなければならない。さてどうしたものか。

「はいもしもし。はい、はい。ん、わかったよ。こっしー、シール持って作業小屋行ってきてくれる?」
「はーい。シールはそれでいいんすよね」
「それそれ。よろしくー」

 事務所は冷房がガンガンにかかっているので、出なくていいのであれば出たくないというのが本音だ。とは言え事務所と現場の往復が仕事の大半になる便利屋は、ちょっとした用事でも、仮にそれが自分の本来の仕事でなくても他の人を守るために外に出なくてはならない。
 山田さん曰く「女は寒暖差あるところ行き来したらすぐ体調崩れる」そうだ。つか自律神経あーだーこーだって別に女だけの話でもなくね? と言いたいのは呑み込みつつ、仕事は仕事としてこなす。多分だけど、冷房のところにずっといても良くないし、暑いトコにいるのも良くないし、行き来も良くねーんだよ。

「内山、通販の在庫チェックとか返品のリストとか持ってねーのか。今なら見てきてもいいけど」
「ちょうど今返品のメール来ました。リスト出しますねー」
「ん」
「越野さんすみません、ありがとうございます。ちなみに通販の在庫チェックはさっき大石さんに電話で聞いちゃいました」
「そうか。うーわっ、紙の束が厚い。例によって返って来てんなあ。大石のケツ叩いてとっとと戻させないと。じゃ、行ってきまーす」

 事務所の扉を開けただけでも湿気を含んだ熱気がむわっと襲ってくる。1階はまだいいけど、2階は階段を上ってる最中で胸が詰まるような感じがして息苦しくなる。ただ、2階は2階でも環境が全然違うらしく、A棟にいる長岡に言わせると「B棟は地獄。あそこと比べるとA棟は40度でも風があるから全然涼しい」そうだ。
 冷房のついた作業小屋を覗いてパートさんに返品再生の資材を渡し、隙間を作らないようゆっくり丁寧に引き戸を閉め、次の目的地に向かう。どうせ外に出るなら外の仕事を潰してしまいたいという気持ちが働いて、何があってもいいように油性ペン・カッター・WMS端末の現場3点セットとタオルと飲み物も持ってきている。何でも出来るけど、あんまり何でもはしたくないのが本音ではある。
 さて、返品再生で戻ってきた物のチェックリストはもらってきたものの、肝心の現物がまだ来ていないようだ。このまま事務所に帰るのも損をした気分になるし、何より事務所には今現在俺がやらなければならない急ぎの仕事がない。だったら誰かの手伝いをした方が、暑い中での作業時間を短縮出来ていいだろう。

「高井さん、今水掃きとかは特になさそうな感じっすかね?」
「そうだね、最近晴れ続きだから今は大丈夫かな。雨が降ったらまたよろしくー」
「はーい」

 B棟1階に仕事はなし、と。……2階か。2階かぁー…! 目の前に階段があるけど気が重い。今日だって、星港の最高気温が38度だったらここは絶対40度超えてるし。意を決して一歩、また一歩上がっていくけど上がる度に胸が詰まる。ああ、この感じだよ。大石はこの胸の詰まり方で大体の気温がわかるようになったっつってたけど異常だよな。
 俺に出来る仕事がありそうなのもそうだし、危険度的にもA棟よりはB棟の方がいいよなと思ってそっち方面に歩みを進める。電気がついているから人はいるようだ。あ、そういや大石がどんだけ返品溜めてるのかチェックしてから来ればよかった。溜まってないならいいけど、めちゃくちゃ溜めてる可能性もあるもんな。

「大石ー」
「あっ、越野。どうしたの?」
「外出たついでに人手欲しい人いないかっつって回ってるトコだ。返品のチェックしようにもブツがまだ来てねーんだよ」
「ああ、そうなんだ」
「お前んトコは何かあるか? 返品溜めてたりとか」
「返品は塩見さんと一緒にわーっと片付けたよ」
「溜まってないならいいけど塩見さんに何させてんだよ」
「俺も新倉庫の仕事とかやってた分って話だね」
「ああ、そういう」
「塩見さん的にはここのフリースペースがどれだけあるのか把握したいのと、この環境下での仕事時間の短縮をした方がいいからって」
「まあそうだよなあ。そういやお前も塩見さんも全然事務所に来ないけど大丈夫なのかよ」
「俺は今は手前で仕事してるし、適宜休憩は取ってるよ。塩見さんは奥で勉強してるけど、よくあんなところで勉強出来るなあって」
「あ、何かこないだ主任が言ってた資格がどーたらとかいうヤツ?」
「そうそう」

 この間、所長と宮本主任が「この会社で勉強を苦にしないのは誰か」ということを話していた。現役の学生に近いのは俺たち新卒だけど、新卒だと今すぐどうこうしたい場合に少し都合が悪いとも。一応新卒4人の中から選ぶと満場一致で星大卒の大石だろうと結論付けられたけれども、全社に広げると塩見さんだなあという話になったそうだ。

「大卒か高卒かでも資格の受験資格が変わるそうだけど、高卒での受験資格も塩見さんはクリアしてるから、しばらく仕事の合間に勉強して、秋冬くらいに受験してもらえればって話らしいね」
「はえー。でもあんなクソ暑いトコでやんなくても事務所でやればいいのに」
「俺もここでいいんですかとは聞いたんだけど、人が来ないのと、ラジオがあるのがいいんだって」
「それはちょっとわかんないでもない」

 勉強に適した環境も人それぞれだというのはわからないでもないけど、それにしたって40度台後半とかにもなる場所で勉強しようという気にはさすがにならない。

「おーい、越野君やーい」
「はぁーい!」
「返品来たぞー! B棟の物ばっかだし、下に引っ張っとくねー」
「あざーす! さ、チェック行くかぁー」
「ちなみにだけど越野、チェックの後で」
「事務所から呼ばれるまでな!」
「ありがとうございます!」


end.


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暑いなら暑い場所で体を慣らすこともそれなりに大切ではあったりする

(phase3)

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