2025
■ゲンゴローと朝霞班の魂
++++
「ゲンゴロー、おはよ~」
「ゴローちゃんよろしくねッ」
「わー…! あ、いや、水鈴さん、山口先輩、今日はよろしくお願いします!」
ゲンゴローから話があった星ヶ丘大学版の初心者講習会が開かれる日。助手として召集された俺は、水鈴さんと一緒に大学巡りをしていた。卒業してからまだ3ヶ月半くらいだけど、それでも懐かしいな~と思うことはちょっとある。
暑いし、とりあえずこれはやっとかなきゃでしょと寿さし屋で牛乳寒天を食べる。学内の寿さし屋で食べるとこれこれ~って感じがするんだよね。一般の寿さし屋で食べても美味しいけど、学内で食べる方が感情に乗っかってくる物が多い気がする。
「まだもうちょっと時間あるよね」
「そうですね、今が4限の時間帯なので、1時間はあります」
「ねえゴローちゃん」
「はい」
「今って部室の見学とか出来る?」
「見学ですか? 出来ますよー。あっ、でも先輩たちに見てもらえるような状態になってるかな。いやいや、出来ます出来ます!」
「大丈夫大丈夫、深い意味があるとかじゃないからッ。アタシたち今日学内巡って懐かしいねーっていうツアーやってんの。学部棟とか寿さし屋とか行ってさ。部室の見学もその一環ね」
「ああ、それならどうぞ回ってください。あっ、一応案内しますね、先輩たちが在学中から変わったところもあるので」
どうぞー、とゲンゴローが部長として放送部が活動してる場所を案内してくれるのには正直ちょっとまだ慣れない。戸田班も経ているとは言え、やっぱり朝霞班の時の記憶が呼び起こされるからかな。俺にとっては可愛い1年生のゲンゴローの印象がまだまだ強い。
「ミーティングルームはあまり変わってませんね」
「でもちょっとすっきりした~?」
「こんなモンじゃなかった?」
「水鈴さんが現役の時はこうだったかもですね~。俺たちの代では日高が豪勢な部長席を作ってて~、朝霞班のブースは部屋の隅の2畳くらいに押し込められてて~。申し訳程度の監査席の他はぜーんぶ部長が私物化してて~。ゲンゴロー、豪華な応接セットはどうしたの?」
「俺が部長になったときに全部片付けました。広くて豪華な応接セットや部長席っていう物が逆に居心地が悪かったので。俺は主に現場を歩いてるので必要ないですしね」
「源、何をしているんですか」
「わっ、レオ! えっと、まだもう少し時間があるから先輩たちに今の部の雰囲気を見てもらおうと思って案内してるんだよ」
「そうですか。それなら構いませんが、くれぐれも時間を見て行動してくださいよ」
「大丈夫でーす。……はー、ビックリした」
本人が今「主に現場を歩いてる」って言ったように、ゲンゴローは現場主義の部長らしい。ただ、ゲンゴローが現場を駆け回ってる裏で、放り出している書類仕事などの事務的な作業をしているのが監査の所沢クンっていう構図になってるとか。今も一切気配を感じさせることなくヌッと現れてゲンゴローに釘を刺していったのは、さすがの暗躍慣れ。
ミーティングルームの中には今も作業をしている子たちがちらほらといる。さすがに丸の池ステージの前だから、授業のない子はこっちに来てるって感じなのかな。でも、俺が現役の時より全体的にオープンな雰囲気になっていると言うか、部員たちのコミュニケーションも活発だし、明るくなってるな~って感じるよね。
「えっと、次は部室に案内しますね」
「部室って、物置だったデショ?」
「部室も俺の代になったタイミングで片付けて、機材も常設して今は会議や収録、それからモニターが出来るスペースに整備しました」
日高が部長席に置いてた豪勢な応接セットはこっちに移動してきて、会議スペースのソファとして活用されてる。監査席にあった戸棚もこっちに来てるし、あっ、このディスプレーで作品のモニターや映像のチェックをしたりするんだね。本棚もある。すごいな~、いい環境だな~。冷蔵庫まであるよ。
「すっごいねゴローちゃん。アタシの時は完全に物置だったよここ」
「俺の時も埃っぽくて、物ばっかり詰め込まれてて、つばちゃんがブチ切れてて~。この冷蔵庫は? ゆっくりする用~?」
「いえ、大学側から屋外での活動のある部は熱中症対策をより一層厳重にするように言われたので、経口補水液や保冷剤なんかをいつでも使えるようにしてあるんです。その一環で、他の部との連名でミスト工業扇っていう扇風機を頼んだりもしてます」
「アタシの仕事の現場でもそうだけど、特に外のイベントの時はメチャクチャ気を付けるからね。ゴローちゃん、ステージやるなら合間合間に熱中症対策のアナウンスは入れた方がいいよッ」
「ありがとうございます。後でみんなで共有します」
「他の部とも共同で対策してるんだね~」
「そうですね。テントの貸し借りとかもすることになってますし、特に夏の野外行事はどこの部とかじゃなくて協力し合うって感じです」
俺の中では可愛いゲンゴローのままだったんだけど、いつの間にかちゃんと部長のゲンゴローになってて、嬉しいやら寂しいやら。でも、ステージに必要な現場レベルでの対策のスピーディーさが本当に凄い。……あっダメ、我慢できないかも。
「洋平?」
「わわっ、山口先輩!?」
「ごめんね~、何かエモくて泣けちゃった~。年取ったな~」
「洋平、感動には早くない?」
「早くないですよ~、ゲンゴローが立派に部長やってて嬉しいやら寂しいやらでしたけど~、ゲンゴローの現場での働きには「みんながステージのことだけ考えられるように」っていう、朝霞班の魂が滲んでて~。俺の目には、ですけど~」
「山口先輩」
「なに~?」
「俺は朝霞班時代からステージのことだけやってきました。なので部長としても現場を走り回ってる方が性に合いますし、それが俺の知ってるリーダーの姿なんです。その点では、1年生の時からその時代時代の部長の側で、良くも悪くも部の運営を見てきたレオが監査にいるっていうのは本当に心強いんです」
「補い合ってる感がいいねッ」
「俺も、“ステージスター”として今からでも朝霞班の魂を置いてこないとね~」
「あっ、そうだ」
「ん~?」
「俺が初心を忘れないための物が、じゃーん、これです!」
「懐かし~!」
ゲンゴローがじゃーんと見せてくれたのが、2年前の夏に、俺とつばちゃんが出資して一緒に買ったベージュ色のアウトドアハット。晴雨兼用、撥水、UVカット機能が重宝するので今でも愛用してくれてるそうだ。この帽子が変わってなくてちょっと嬉しいし、帽子を手にはにかむゲンゴローはやっぱり可愛いなあ。俺も顔が緩んじゃうネ。
「先輩たちを思い出しちゃうと、まだまだだなって思うんですよね。部としてはともかく、班としては特に。朝霞班は4人でやってたのに今は9人もいるんだからもっと何かこう、ねえ」
「ねえって俺に言われても」
「ゴローちゃん、人数が増えると逆にまとまらなくなるっていうのはあることだよッ。源班は9人なんだね?」
「はいそうです、9人です」
「前の班がどうとかじゃなくて、ゴローちゃんの班のベストを作ろう」
「そうですよね! メンバーも違うのに比べるのはちょっと違いましたね!」
「でも、部活全体としてのレベルを底上げするにはやっぱ比較して分析する必要もあるからねッ」
「こう言っちゃ難だけど、鬼のプロデューサーの朝霞クンとステージスターの俺、それから敏腕Dのつばちゃんにゲンゴローが加わった完全体の朝霞班は、比較対象にしちゃダメでしょでしょ~。映像ないから証明出来ないけど、最高過ぎてゴメンね?」
「映像は無いですけど、朝霞班が最高で最強なのは俺も知ってます。だからこそずっと目標なんです」
「あと、マジレスすれば1年生の時の先輩たちって凄く見えがちだし一生憧れのままだからネ。俺から見た水鈴さんとか。ジャンル違いなのに気付かずずっと比べて追いつけない~ってヘコむヤツね」
「あ、ちょっとわかるかもです。前の班と比べるなっていうのもそういうアレですよね」
――とか何とか話していると、ゲンゴローのスマホにLINEの通知が入る。それを確認した瞬間明らかに動揺してる感じになって慌て始めたから、所沢クンからだったんだろうな~って。確かに「時間を見て行動してください」って言われてたもんねさっき~。
「わーっ、もうこんな時間でした! 先輩たちすみません!」
「大丈夫大丈夫ッ」
「って言うか~、所沢クンには想定の範囲内だったってコトだよね~」
「ですねえ、きっと」
end.
++++
思いがけず長くなった。やまよ(と水鈴さん)の思い出ツアー。
フェーズ1の頃はゲンゴローもこの班にいていいのかなあと悩んだこともあったけど、今では立派に班長&部長をやっててエモ。
朝霞班のまったりしてる方、フェーズ1の時もこんなにほわほわした絡みあったか?
(phase3)
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「ゲンゴロー、おはよ~」
「ゴローちゃんよろしくねッ」
「わー…! あ、いや、水鈴さん、山口先輩、今日はよろしくお願いします!」
ゲンゴローから話があった星ヶ丘大学版の初心者講習会が開かれる日。助手として召集された俺は、水鈴さんと一緒に大学巡りをしていた。卒業してからまだ3ヶ月半くらいだけど、それでも懐かしいな~と思うことはちょっとある。
暑いし、とりあえずこれはやっとかなきゃでしょと寿さし屋で牛乳寒天を食べる。学内の寿さし屋で食べるとこれこれ~って感じがするんだよね。一般の寿さし屋で食べても美味しいけど、学内で食べる方が感情に乗っかってくる物が多い気がする。
「まだもうちょっと時間あるよね」
「そうですね、今が4限の時間帯なので、1時間はあります」
「ねえゴローちゃん」
「はい」
「今って部室の見学とか出来る?」
「見学ですか? 出来ますよー。あっ、でも先輩たちに見てもらえるような状態になってるかな。いやいや、出来ます出来ます!」
「大丈夫大丈夫、深い意味があるとかじゃないからッ。アタシたち今日学内巡って懐かしいねーっていうツアーやってんの。学部棟とか寿さし屋とか行ってさ。部室の見学もその一環ね」
「ああ、それならどうぞ回ってください。あっ、一応案内しますね、先輩たちが在学中から変わったところもあるので」
どうぞー、とゲンゴローが部長として放送部が活動してる場所を案内してくれるのには正直ちょっとまだ慣れない。戸田班も経ているとは言え、やっぱり朝霞班の時の記憶が呼び起こされるからかな。俺にとっては可愛い1年生のゲンゴローの印象がまだまだ強い。
「ミーティングルームはあまり変わってませんね」
「でもちょっとすっきりした~?」
「こんなモンじゃなかった?」
「水鈴さんが現役の時はこうだったかもですね~。俺たちの代では日高が豪勢な部長席を作ってて~、朝霞班のブースは部屋の隅の2畳くらいに押し込められてて~。申し訳程度の監査席の他はぜーんぶ部長が私物化してて~。ゲンゴロー、豪華な応接セットはどうしたの?」
「俺が部長になったときに全部片付けました。広くて豪華な応接セットや部長席っていう物が逆に居心地が悪かったので。俺は主に現場を歩いてるので必要ないですしね」
「源、何をしているんですか」
「わっ、レオ! えっと、まだもう少し時間があるから先輩たちに今の部の雰囲気を見てもらおうと思って案内してるんだよ」
「そうですか。それなら構いませんが、くれぐれも時間を見て行動してくださいよ」
「大丈夫でーす。……はー、ビックリした」
本人が今「主に現場を歩いてる」って言ったように、ゲンゴローは現場主義の部長らしい。ただ、ゲンゴローが現場を駆け回ってる裏で、放り出している書類仕事などの事務的な作業をしているのが監査の所沢クンっていう構図になってるとか。今も一切気配を感じさせることなくヌッと現れてゲンゴローに釘を刺していったのは、さすがの暗躍慣れ。
ミーティングルームの中には今も作業をしている子たちがちらほらといる。さすがに丸の池ステージの前だから、授業のない子はこっちに来てるって感じなのかな。でも、俺が現役の時より全体的にオープンな雰囲気になっていると言うか、部員たちのコミュニケーションも活発だし、明るくなってるな~って感じるよね。
「えっと、次は部室に案内しますね」
「部室って、物置だったデショ?」
「部室も俺の代になったタイミングで片付けて、機材も常設して今は会議や収録、それからモニターが出来るスペースに整備しました」
日高が部長席に置いてた豪勢な応接セットはこっちに移動してきて、会議スペースのソファとして活用されてる。監査席にあった戸棚もこっちに来てるし、あっ、このディスプレーで作品のモニターや映像のチェックをしたりするんだね。本棚もある。すごいな~、いい環境だな~。冷蔵庫まであるよ。
「すっごいねゴローちゃん。アタシの時は完全に物置だったよここ」
「俺の時も埃っぽくて、物ばっかり詰め込まれてて、つばちゃんがブチ切れてて~。この冷蔵庫は? ゆっくりする用~?」
「いえ、大学側から屋外での活動のある部は熱中症対策をより一層厳重にするように言われたので、経口補水液や保冷剤なんかをいつでも使えるようにしてあるんです。その一環で、他の部との連名でミスト工業扇っていう扇風機を頼んだりもしてます」
「アタシの仕事の現場でもそうだけど、特に外のイベントの時はメチャクチャ気を付けるからね。ゴローちゃん、ステージやるなら合間合間に熱中症対策のアナウンスは入れた方がいいよッ」
「ありがとうございます。後でみんなで共有します」
「他の部とも共同で対策してるんだね~」
「そうですね。テントの貸し借りとかもすることになってますし、特に夏の野外行事はどこの部とかじゃなくて協力し合うって感じです」
俺の中では可愛いゲンゴローのままだったんだけど、いつの間にかちゃんと部長のゲンゴローになってて、嬉しいやら寂しいやら。でも、ステージに必要な現場レベルでの対策のスピーディーさが本当に凄い。……あっダメ、我慢できないかも。
「洋平?」
「わわっ、山口先輩!?」
「ごめんね~、何かエモくて泣けちゃった~。年取ったな~」
「洋平、感動には早くない?」
「早くないですよ~、ゲンゴローが立派に部長やってて嬉しいやら寂しいやらでしたけど~、ゲンゴローの現場での働きには「みんながステージのことだけ考えられるように」っていう、朝霞班の魂が滲んでて~。俺の目には、ですけど~」
「山口先輩」
「なに~?」
「俺は朝霞班時代からステージのことだけやってきました。なので部長としても現場を走り回ってる方が性に合いますし、それが俺の知ってるリーダーの姿なんです。その点では、1年生の時からその時代時代の部長の側で、良くも悪くも部の運営を見てきたレオが監査にいるっていうのは本当に心強いんです」
「補い合ってる感がいいねッ」
「俺も、“ステージスター”として今からでも朝霞班の魂を置いてこないとね~」
「あっ、そうだ」
「ん~?」
「俺が初心を忘れないための物が、じゃーん、これです!」
「懐かし~!」
ゲンゴローがじゃーんと見せてくれたのが、2年前の夏に、俺とつばちゃんが出資して一緒に買ったベージュ色のアウトドアハット。晴雨兼用、撥水、UVカット機能が重宝するので今でも愛用してくれてるそうだ。この帽子が変わってなくてちょっと嬉しいし、帽子を手にはにかむゲンゴローはやっぱり可愛いなあ。俺も顔が緩んじゃうネ。
「先輩たちを思い出しちゃうと、まだまだだなって思うんですよね。部としてはともかく、班としては特に。朝霞班は4人でやってたのに今は9人もいるんだからもっと何かこう、ねえ」
「ねえって俺に言われても」
「ゴローちゃん、人数が増えると逆にまとまらなくなるっていうのはあることだよッ。源班は9人なんだね?」
「はいそうです、9人です」
「前の班がどうとかじゃなくて、ゴローちゃんの班のベストを作ろう」
「そうですよね! メンバーも違うのに比べるのはちょっと違いましたね!」
「でも、部活全体としてのレベルを底上げするにはやっぱ比較して分析する必要もあるからねッ」
「こう言っちゃ難だけど、鬼のプロデューサーの朝霞クンとステージスターの俺、それから敏腕Dのつばちゃんにゲンゴローが加わった完全体の朝霞班は、比較対象にしちゃダメでしょでしょ~。映像ないから証明出来ないけど、最高過ぎてゴメンね?」
「映像は無いですけど、朝霞班が最高で最強なのは俺も知ってます。だからこそずっと目標なんです」
「あと、マジレスすれば1年生の時の先輩たちって凄く見えがちだし一生憧れのままだからネ。俺から見た水鈴さんとか。ジャンル違いなのに気付かずずっと比べて追いつけない~ってヘコむヤツね」
「あ、ちょっとわかるかもです。前の班と比べるなっていうのもそういうアレですよね」
――とか何とか話していると、ゲンゴローのスマホにLINEの通知が入る。それを確認した瞬間明らかに動揺してる感じになって慌て始めたから、所沢クンからだったんだろうな~って。確かに「時間を見て行動してください」って言われてたもんねさっき~。
「わーっ、もうこんな時間でした! 先輩たちすみません!」
「大丈夫大丈夫ッ」
「って言うか~、所沢クンには想定の範囲内だったってコトだよね~」
「ですねえ、きっと」
end.
++++
思いがけず長くなった。やまよ(と水鈴さん)の思い出ツアー。
フェーズ1の頃はゲンゴローもこの班にいていいのかなあと悩んだこともあったけど、今では立派に班長&部長をやっててエモ。
朝霞班のまったりしてる方、フェーズ1の時もこんなにほわほわした絡みあったか?
(phase3)
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