2025
■麦茶でチャチャチャ
++++
巷だけじゃなくて星ヶ丘大学放送部でも熱中症対策が叫ばれるようになり、部室にはゴローさんの号令で冷蔵庫が設置された。ここにはもしもがあった時用の経口補水液や保冷剤が入れてある。個人の物はあまり入れない方がいいけど、班で使う物ならスペースを取りすぎない程度に入れていいということなので、源班はしっかりと使わせてもらっている。
とにかく暑くてクソだるい。でもステージは真夏の屋外で行われるので環境に慣れることは必要だ。ウチの班でも直射日光を受けすぎない程度に外での練習時間を少しずつ増やしている。班ではクーラーボックスと10リットルのジャグタンク(体育会系の部活とかがよく使ってるアレ)を用意して対策している。
「麦茶来ましたー」
「将門ー! 神ー!」
「ホント、毎日ありがとうございます」
ジャグタンクの麦茶は毎日将門が作ってくれている。毎日10リットルもお茶を作るのは相当な手間だろう。俺も一人暮らしである程度家事をやってるからこそその大変さが想像出来るので感謝を忘れない。9人の班で1人1リットル以上飲むことを想定する必要があるのかという気もするけど、今の季節は必要だとゴローさんが熱く説く。
「やったー! 待ってたー!」
「あっ、きぬ抜け駆けー!」
「きぬはアナウンサーだから誰よりも動いてるんでーす」
「私だって機材運んだりして動いてるんだから早くー」
「あーおいし。もう一杯」
「もー! きぬー! 飲み過ぎー!」
ジャグタンクにモリ子ときぬが我先にと群がり、がぶがぶと麦茶を飲んでいる。今年の1年4人は女子2人が圧倒的に元気でウルサい。ディレクターの将門は落ち着いた雰囲気があるし、プロデューサーのライ(ライさん)は女子に押されがちだ。
「もー、きぬ絶対今ので1リットルくらい飲んでるじゃん」
「だってノド乾いてたしー。ぴょんぴょーん。あっ、おなかでちゃぷちゃぷしてる!」
「胃は水分を吸収しないからな」
「へー、そーなんだ。さすが将門、頭でっかちー」
「貶しただろ。先輩たちも飲んでください。水分を取ってからそれを体が使えるようになるまでにはラグがありますから」
「おーい、海月ー? 将門が麦茶持ってきてくれたぞー」
「海月、お茶飲む時間」
「ああうん、ごめん、ありがと」
「大丈夫か? ボーッとして」
「今練習してたトコ確認してた。きぬが想定外の動きをした場合に備えたパターンも考えなきゃかなとか」
源班は9人で活動していて、6人で活動していた戸田班の時よりもやれることがさらに増えた。各パートに2人以上いるっていうのがまず結構なことだよな。しかもプロデューサーは各学年1人ずつ。俺とマリンさんが打ち合わせているのを見ながらライが勉強をしてる。
みちる将門のディレクターチームは既に盤石って感じだし、ゴローさんとモリ子のミキサーチームは師匠と弟子の間柄で、モリ子は毎日楽しそうにやっている。で、問題は海月ときぬのアナウンサーチームだ。見ての通りきぬはぴょんぴょん飛び回ってやかましい奴で、その制御に海月が四苦八苦しているという状況だ。
海月も海月で相変わらず自称グレミュー(グレートフルマスターオブセレモニー兼ステージミューズ)の看板は下ろしてないけど、対策委員での忙しさもあってかデカい口を叩くヒマも余裕もないような感じになっていて、クソ真面目でメンタルやや弱なところが顔を覗かせる。きぬに関してはPたちも目を光らせてはいるけれど、その上を行くじゃじゃ馬だ。
「まあ、きぬの様子を見てたら不安になるのもわからなくもないけど、出来るだけこっちで制御出来るようにするし」
「でも実際の状況を見ながら進行するのは私だし、プロデューサーに頼りっきりなのも良くないじゃん」
「や、まずはきぬにあんま進行から逸れたことはすんなって指導するトコからで」
「どっちも大事で必要なことです。そんな分かり切ったことでケンカして体力を無駄に使うなですよ。わかったら海月も彩人もとっととお茶を飲むです。きぬがあんまり台本から逸脱したことをするようなら私が直々にシメるから安心するです」
何だかんだ源班はマリンさんが強い。班長のゴローさんがまあ優しい人だから、アメムチじゃないけどシメられる人の存在はいい風に働いているように感じられる。来年このポジションに来るのはみちるだと見てほぼ間違いないだろう。プロデューサーの俺も肩身を少しは保ちたいのでいい本を書けるように日々精進だ。
それはそうと、将門が作ってくれた麦茶を飲む。俺は普段家で舟松園の深蒸し茶を水出しで作ってるけど精々1.5リットル程度だし、容器に水とティーバッグを入れて冷蔵庫に入れておくだけなので大した手間じゃない。この量の麦茶を、と考えた時に、怖くてどうやってるのか聞けてないんだよな。
「なあ将門」
「はい」
「これ、この量のお茶ってどうやって作ってんの?」
「ヤカンで普通に作ってますよ」
「これだけ沸かして、冷やすのも相当な手間だと思って」
「実は煮出しと水出しの両方を作ってて、それをブレンドしてるんです。何回も煮出すのは面倒だし熱いし、煮出すより冷ますのが手間と言うか。なので水出しの麦茶で氷を作って、その中に煮出したお茶を入れることを思いついたんですよ」
「かしこ」
「余談ですけど水出し茶の方の水はドラッグストアのサーバーで給水したのを使ってるんで安心してください、おいしいヤツです」
「お前マジ神だな」
「煮出しの方は煮沸するんで大丈夫ですけど、水道水そのままだと気にする人もいるでしょうからね」
「この班にそんな繊細な奴いねーのに」
ホント、この環境で毎日美味しいお茶が飲めてるのは将門様々だし、これを班でやるって言って環境を整備したゴローさんもゴローさんだなあ。話によれば、朝霞班の時は戸田さんがクーラーボックス担いでスポーツドリンクを管理してたらしい。これは班の規模の違いが出てそうだ。
「あれっ、そういやちょっと静かになったか?」
「彩人大変、きぬがおなか痛いって」
「だろうな、あんだけがぶ飲みしてりゃ」
「練習どうする?」
「とりあえず、いるメンバーでやるしかないっすかねマリンさん」
「ですよ」
「マリンさん、お茶、冷た過ぎましたかね」
「きぬの自業自得以外の何物でもないでしょ」
end.
++++
部長の吉日ムーブは班の中にも及んでいるのである
と言うかそんな大がかりな麦茶の作り方が出来るということは、将門下宿生説?
(phase3)
.
++++
巷だけじゃなくて星ヶ丘大学放送部でも熱中症対策が叫ばれるようになり、部室にはゴローさんの号令で冷蔵庫が設置された。ここにはもしもがあった時用の経口補水液や保冷剤が入れてある。個人の物はあまり入れない方がいいけど、班で使う物ならスペースを取りすぎない程度に入れていいということなので、源班はしっかりと使わせてもらっている。
とにかく暑くてクソだるい。でもステージは真夏の屋外で行われるので環境に慣れることは必要だ。ウチの班でも直射日光を受けすぎない程度に外での練習時間を少しずつ増やしている。班ではクーラーボックスと10リットルのジャグタンク(体育会系の部活とかがよく使ってるアレ)を用意して対策している。
「麦茶来ましたー」
「将門ー! 神ー!」
「ホント、毎日ありがとうございます」
ジャグタンクの麦茶は毎日将門が作ってくれている。毎日10リットルもお茶を作るのは相当な手間だろう。俺も一人暮らしである程度家事をやってるからこそその大変さが想像出来るので感謝を忘れない。9人の班で1人1リットル以上飲むことを想定する必要があるのかという気もするけど、今の季節は必要だとゴローさんが熱く説く。
「やったー! 待ってたー!」
「あっ、きぬ抜け駆けー!」
「きぬはアナウンサーだから誰よりも動いてるんでーす」
「私だって機材運んだりして動いてるんだから早くー」
「あーおいし。もう一杯」
「もー! きぬー! 飲み過ぎー!」
ジャグタンクにモリ子ときぬが我先にと群がり、がぶがぶと麦茶を飲んでいる。今年の1年4人は女子2人が圧倒的に元気でウルサい。ディレクターの将門は落ち着いた雰囲気があるし、プロデューサーのライ(ライさん)は女子に押されがちだ。
「もー、きぬ絶対今ので1リットルくらい飲んでるじゃん」
「だってノド乾いてたしー。ぴょんぴょーん。あっ、おなかでちゃぷちゃぷしてる!」
「胃は水分を吸収しないからな」
「へー、そーなんだ。さすが将門、頭でっかちー」
「貶しただろ。先輩たちも飲んでください。水分を取ってからそれを体が使えるようになるまでにはラグがありますから」
「おーい、海月ー? 将門が麦茶持ってきてくれたぞー」
「海月、お茶飲む時間」
「ああうん、ごめん、ありがと」
「大丈夫か? ボーッとして」
「今練習してたトコ確認してた。きぬが想定外の動きをした場合に備えたパターンも考えなきゃかなとか」
源班は9人で活動していて、6人で活動していた戸田班の時よりもやれることがさらに増えた。各パートに2人以上いるっていうのがまず結構なことだよな。しかもプロデューサーは各学年1人ずつ。俺とマリンさんが打ち合わせているのを見ながらライが勉強をしてる。
みちる将門のディレクターチームは既に盤石って感じだし、ゴローさんとモリ子のミキサーチームは師匠と弟子の間柄で、モリ子は毎日楽しそうにやっている。で、問題は海月ときぬのアナウンサーチームだ。見ての通りきぬはぴょんぴょん飛び回ってやかましい奴で、その制御に海月が四苦八苦しているという状況だ。
海月も海月で相変わらず自称グレミュー(グレートフルマスターオブセレモニー兼ステージミューズ)の看板は下ろしてないけど、対策委員での忙しさもあってかデカい口を叩くヒマも余裕もないような感じになっていて、クソ真面目でメンタルやや弱なところが顔を覗かせる。きぬに関してはPたちも目を光らせてはいるけれど、その上を行くじゃじゃ馬だ。
「まあ、きぬの様子を見てたら不安になるのもわからなくもないけど、出来るだけこっちで制御出来るようにするし」
「でも実際の状況を見ながら進行するのは私だし、プロデューサーに頼りっきりなのも良くないじゃん」
「や、まずはきぬにあんま進行から逸れたことはすんなって指導するトコからで」
「どっちも大事で必要なことです。そんな分かり切ったことでケンカして体力を無駄に使うなですよ。わかったら海月も彩人もとっととお茶を飲むです。きぬがあんまり台本から逸脱したことをするようなら私が直々にシメるから安心するです」
何だかんだ源班はマリンさんが強い。班長のゴローさんがまあ優しい人だから、アメムチじゃないけどシメられる人の存在はいい風に働いているように感じられる。来年このポジションに来るのはみちるだと見てほぼ間違いないだろう。プロデューサーの俺も肩身を少しは保ちたいのでいい本を書けるように日々精進だ。
それはそうと、将門が作ってくれた麦茶を飲む。俺は普段家で舟松園の深蒸し茶を水出しで作ってるけど精々1.5リットル程度だし、容器に水とティーバッグを入れて冷蔵庫に入れておくだけなので大した手間じゃない。この量の麦茶を、と考えた時に、怖くてどうやってるのか聞けてないんだよな。
「なあ将門」
「はい」
「これ、この量のお茶ってどうやって作ってんの?」
「ヤカンで普通に作ってますよ」
「これだけ沸かして、冷やすのも相当な手間だと思って」
「実は煮出しと水出しの両方を作ってて、それをブレンドしてるんです。何回も煮出すのは面倒だし熱いし、煮出すより冷ますのが手間と言うか。なので水出しの麦茶で氷を作って、その中に煮出したお茶を入れることを思いついたんですよ」
「かしこ」
「余談ですけど水出し茶の方の水はドラッグストアのサーバーで給水したのを使ってるんで安心してください、おいしいヤツです」
「お前マジ神だな」
「煮出しの方は煮沸するんで大丈夫ですけど、水道水そのままだと気にする人もいるでしょうからね」
「この班にそんな繊細な奴いねーのに」
ホント、この環境で毎日美味しいお茶が飲めてるのは将門様々だし、これを班でやるって言って環境を整備したゴローさんもゴローさんだなあ。話によれば、朝霞班の時は戸田さんがクーラーボックス担いでスポーツドリンクを管理してたらしい。これは班の規模の違いが出てそうだ。
「あれっ、そういやちょっと静かになったか?」
「彩人大変、きぬがおなか痛いって」
「だろうな、あんだけがぶ飲みしてりゃ」
「練習どうする?」
「とりあえず、いるメンバーでやるしかないっすかねマリンさん」
「ですよ」
「マリンさん、お茶、冷た過ぎましたかね」
「きぬの自業自得以外の何物でもないでしょ」
end.
++++
部長の吉日ムーブは班の中にも及んでいるのである
と言うかそんな大がかりな麦茶の作り方が出来るということは、将門下宿生説?
(phase3)
.