2025
■数字外の危機感
++++
「ただいまー。レオ、これ、今回の書類なので目を通してください」
「わかりました」
少し長めの部長会からやっと解放されて、部室へと戻る。部長会が終わると、そこでの話やもらった資料や書類なんかをレオに渡すのがお決まりの流れになっている。部長会の内容が部の運営に大きく影響が出る場合は、そのまま部長と監査の2人会議が始まるんだ。
放送部では8月のアタマに2日間、丸の池公園でステージイベントをやる。その枠ももう出てるし本当なら一刻も早く班に合流して練習や打ち合わせをしたいんだけど、部長のツラいところだね。班のステージのことだけ考えていられるワケじゃないんだよね。最近じゃ班に合流しようとするとマリンと彩人がレオから逃げてないかって睨みを利かせてるし。ひー、頼りになるプロデューサーだなー。
「今回は少々長めでしたね。何か重大な話でもあったんですか」
「屋外での活動がある部だけ残されて、延長戦みたいな感じでやってたんだよ。熱中症の話がメインだね。資料あると思うけど」
「なるほど。企業でも熱中症対策が義務化されましたし、大学でもより一層気をつける流れになったわけですね」
「多分そんなようなこと。でも、ウチの場合外がどうあれ最大限気をつけるしかなくない? っていう感じなんだけど」
「それはそうとして資料の内容はきちんと理解してください」
文化会の人からあった熱中症の症状や危なさの基準になる数字についての説明は、ステージにもそれなりに関係してくることだから一生懸命聞いてはいた。だけどそれと理解については比例しないと言うか。暑いときは気をつけてねじゃダメなんですか!
「大体さ、暑さ指数ってさ、31℃超えたらもう危険って。そんなの、登校すら出来ないじゃないねえ。星港の夏は40℃にだってなるのに」
「違いますよ源。暑さ指数で示される数字は、一般に示される気温とは別の数字です。便宜上同じ単位を使っているのでややこしさを生む表現ではありますがね」
「そうなの?」
「何を素っ頓狂な顔をしているんですか。資料の1ページ目にWBGT値の説明と一緒に書いてありますよ」
「WB、何て?」
「WBGT値です。気温、湿度、気流及び輻射熱を総合的に考慮して暑熱環境による熱ストレスの評価を行う指標です。専用の装置を使って測定された数字を元に計算された数字を、この、下の表と照らし合わせてどのように気をつけるかを考える基準になるんです」
「うん」
「詳細を知りたければ環境省のサイトなどを見てください。今ここで問題になるのは、屋外での活動が“危険”であると判断された場合に最悪ステージの中止という判断もなくはない、というところです」
「Wナントカ値、一大事じゃん!」
「WBGTです」
レオがそのナントカ値を出す計算式(WBGT=0.7×湿球温度+0.2×黒球温度+0.1×乾球温度(※屋外の場合))を調べて出してくれてるんだけど、俺には何がなんだか。とりあえず、その数字はお天気アプリとかでも出してくれてるって話なので、それを細かくチェックする方針で行くことになった。
この数字が31以上になったら外に出ることすら危ないって感じになって、気温が35℃以上の時にそうなりやすい、みたいな傾向はとりあえずチェック出来た。とは言え、それ以下の時は大丈夫ってワケでもないから対策はどれだけしてもし過ぎるということはない。
「うーん、資料を見てる感じ、10分から20分に1回は休憩をとって水分と塩分の補給をしなきゃいけないんだね」
「そうですね」
「熱中症対策も班ごとだけじゃなくて、部としての大きなテーマとして一律に気をつけなきゃいけないね。レオ、熱中症関係の資料はコピーして各班に配ろう。これについての班長会議もやるから」
「わかりました」
「それから、応急処置の必要が出た時用に、経口補水液や保冷剤みたいなものを用意して部室に置いておこうか」
「それはいいですが、それらをどうやって保冷するつもりです」
「冷蔵庫を買おう。これは命にも関わることだから絶対に必要」
「まあ、一人暮らし用の物であればここにも置けますか。では、早急に進めます」
「もちろん従来通り班ごとでの対策もしてもらって、それをより強化するのが部としての対策だね。ああ、屋外での活動の場合は絶……対に! 帽子とか日傘とかを使ってもらって、直射日光を避けてもらって」
「これも班長会議での周知事項とします」
WBナントカ値みたいな専門用語についてはまだまだよく理解出来てないけど、熱中症っていうのは本当に大変なことで、どれだけ気をつけても気をつけすぎるということはないんだ。知らないっていうことがどれだけ危ないか。1年生の時の自分は危機感が無さ過ぎた。もし俺が自分の帽子を持っていたら、朝霞先輩が俺に帽子を貸して倒れることはなかったのかなって。夏が来る度思い出すことのひとつだ。
「それじゃあ確認するよ。今買うのは冷蔵庫、経口補水液、保冷剤、塩分補給用のタブレットね」
「はい」
「それじゃあ、いまむー呼んで早速行こう」
「はい?」
「え、だって、俺もレオも車はないじゃない。冷蔵庫を運ばなきゃだし、いまむーに車出してもらわないと」
「まさか今の今行く気だったんですか」
「今の今だよ、だってみんなもう暑い中練習してるんだから。班長会議は明日やります。今日はとにかく準備だよ。ほらレオ、早く早く」
「わかりましたよ。ですが慌てないでください。どうせ今村を連れて行くのなら、金銭や領収証の扱いは彼にさせましょう。会計に直接やってもらった方が早いですからね」
end.
++++
夏の星ヶ丘放送部の話は部長に吉日ムーブをやらせがち。
ゲンゴローは必要な改革はめちゃくちゃ早くて有能という設定。
2年前の経験が戸田班、源班の熱中症への意識を高めているのは事実。
(phase3)
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「ただいまー。レオ、これ、今回の書類なので目を通してください」
「わかりました」
少し長めの部長会からやっと解放されて、部室へと戻る。部長会が終わると、そこでの話やもらった資料や書類なんかをレオに渡すのがお決まりの流れになっている。部長会の内容が部の運営に大きく影響が出る場合は、そのまま部長と監査の2人会議が始まるんだ。
放送部では8月のアタマに2日間、丸の池公園でステージイベントをやる。その枠ももう出てるし本当なら一刻も早く班に合流して練習や打ち合わせをしたいんだけど、部長のツラいところだね。班のステージのことだけ考えていられるワケじゃないんだよね。最近じゃ班に合流しようとするとマリンと彩人がレオから逃げてないかって睨みを利かせてるし。ひー、頼りになるプロデューサーだなー。
「今回は少々長めでしたね。何か重大な話でもあったんですか」
「屋外での活動がある部だけ残されて、延長戦みたいな感じでやってたんだよ。熱中症の話がメインだね。資料あると思うけど」
「なるほど。企業でも熱中症対策が義務化されましたし、大学でもより一層気をつける流れになったわけですね」
「多分そんなようなこと。でも、ウチの場合外がどうあれ最大限気をつけるしかなくない? っていう感じなんだけど」
「それはそうとして資料の内容はきちんと理解してください」
文化会の人からあった熱中症の症状や危なさの基準になる数字についての説明は、ステージにもそれなりに関係してくることだから一生懸命聞いてはいた。だけどそれと理解については比例しないと言うか。暑いときは気をつけてねじゃダメなんですか!
「大体さ、暑さ指数ってさ、31℃超えたらもう危険って。そんなの、登校すら出来ないじゃないねえ。星港の夏は40℃にだってなるのに」
「違いますよ源。暑さ指数で示される数字は、一般に示される気温とは別の数字です。便宜上同じ単位を使っているのでややこしさを生む表現ではありますがね」
「そうなの?」
「何を素っ頓狂な顔をしているんですか。資料の1ページ目にWBGT値の説明と一緒に書いてありますよ」
「WB、何て?」
「WBGT値です。気温、湿度、気流及び輻射熱を総合的に考慮して暑熱環境による熱ストレスの評価を行う指標です。専用の装置を使って測定された数字を元に計算された数字を、この、下の表と照らし合わせてどのように気をつけるかを考える基準になるんです」
「うん」
「詳細を知りたければ環境省のサイトなどを見てください。今ここで問題になるのは、屋外での活動が“危険”であると判断された場合に最悪ステージの中止という判断もなくはない、というところです」
「Wナントカ値、一大事じゃん!」
「WBGTです」
レオがそのナントカ値を出す計算式(WBGT=0.7×湿球温度+0.2×黒球温度+0.1×乾球温度(※屋外の場合))を調べて出してくれてるんだけど、俺には何がなんだか。とりあえず、その数字はお天気アプリとかでも出してくれてるって話なので、それを細かくチェックする方針で行くことになった。
この数字が31以上になったら外に出ることすら危ないって感じになって、気温が35℃以上の時にそうなりやすい、みたいな傾向はとりあえずチェック出来た。とは言え、それ以下の時は大丈夫ってワケでもないから対策はどれだけしてもし過ぎるということはない。
「うーん、資料を見てる感じ、10分から20分に1回は休憩をとって水分と塩分の補給をしなきゃいけないんだね」
「そうですね」
「熱中症対策も班ごとだけじゃなくて、部としての大きなテーマとして一律に気をつけなきゃいけないね。レオ、熱中症関係の資料はコピーして各班に配ろう。これについての班長会議もやるから」
「わかりました」
「それから、応急処置の必要が出た時用に、経口補水液や保冷剤みたいなものを用意して部室に置いておこうか」
「それはいいですが、それらをどうやって保冷するつもりです」
「冷蔵庫を買おう。これは命にも関わることだから絶対に必要」
「まあ、一人暮らし用の物であればここにも置けますか。では、早急に進めます」
「もちろん従来通り班ごとでの対策もしてもらって、それをより強化するのが部としての対策だね。ああ、屋外での活動の場合は絶……対に! 帽子とか日傘とかを使ってもらって、直射日光を避けてもらって」
「これも班長会議での周知事項とします」
WBナントカ値みたいな専門用語についてはまだまだよく理解出来てないけど、熱中症っていうのは本当に大変なことで、どれだけ気をつけても気をつけすぎるということはないんだ。知らないっていうことがどれだけ危ないか。1年生の時の自分は危機感が無さ過ぎた。もし俺が自分の帽子を持っていたら、朝霞先輩が俺に帽子を貸して倒れることはなかったのかなって。夏が来る度思い出すことのひとつだ。
「それじゃあ確認するよ。今買うのは冷蔵庫、経口補水液、保冷剤、塩分補給用のタブレットね」
「はい」
「それじゃあ、いまむー呼んで早速行こう」
「はい?」
「え、だって、俺もレオも車はないじゃない。冷蔵庫を運ばなきゃだし、いまむーに車出してもらわないと」
「まさか今の今行く気だったんですか」
「今の今だよ、だってみんなもう暑い中練習してるんだから。班長会議は明日やります。今日はとにかく準備だよ。ほらレオ、早く早く」
「わかりましたよ。ですが慌てないでください。どうせ今村を連れて行くのなら、金銭や領収証の扱いは彼にさせましょう。会計に直接やってもらった方が早いですからね」
end.
++++
夏の星ヶ丘放送部の話は部長に吉日ムーブをやらせがち。
ゲンゴローは必要な改革はめちゃくちゃ早くて有能という設定。
2年前の経験が戸田班、源班の熱中症への意識を高めているのは事実。
(phase3)
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