2025

■程良い空気感

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 これは向島インターフェイス技術向上委員会という組織が主催する“初心者講習会”という行事らしい。青浪敬愛大学の教室が会場で、機材補償費という名目の参加費が500円かかるとか。俺は焦っていた。前の日の夜にあれだけ入念に会の概要を確認したにも関わらず、いろいろ間違えまくったからだ。
 青浪敬愛大学には、複数のキャンパスがある。まず、行くべきキャンパスを勘違いしたことによって、乗るべき電車を間違えた。それに気付いて正規ルートに戻ってからは順調だと思われた。会場は星城公園駅から徒歩1分。迷うわけがない、と思っていたら地下鉄駅構内で迷った。……が、すぐに正規ルートに戻る。その次は大学構内で……ということを繰り返していたら、時刻は講習会開始直前になっていた。
 少し余裕を持って集合出来るように家を出ていて助かった。それから、間違いに気付くのが早かったのも良かった。今日のところはそういうことにしておこう。青敬と言えば前々からあるキャンパスの方を想像していたけど、少し前にキャンパスが増えただか移転だかでいろいろ変わったことをすっかり失念していた。

「すみません海月さん、まだ入れますか?」
「将門、ギリギリじゃん。らしくないね」
「いろいろミスが重なりました」
「まあ、間に合ってるからセーフセーフ。はい、それじゃあ機材補償費の500円を」
「はい」
「ありがと。教室の真ん中を境にアナミキで何となく分かれてるから、将門はミキサー側に座ってくれれば大丈夫かな。こっちがアナで、あっちがミキ側だから」

 対策委員の会計を担当している海月さんに言われたミキサー側を見てみる。当然と言えば当然だけど、席は粗方埋まっていて好きなところには座れそうもない。アナウンサー側に目をやると、きぬが文字通りぴょんぴょん飛び回りながら他校の人に自己紹介をキメていたので、他人の振りをしたくなった。
 ミキサー側の席は、前の方からギチギチに埋まっている。その一方で、後ろの方にはやや不自然な空席がいくつか。一際目を引く巨体の強面の周りが空いている。ガタイがとにかくデカく、顔つきも……何だろうか、本当にタメかと疑いたくなるかのような貫禄がある。ただ、遅れてきた自分には他に選択肢がない。

「隣、いい?」
「ああ」

 声も低い。それ以外に何を話すでもなく、講習会の開始を待つ。教室は参加者の話し声でがやがやしている。だけど、教室の一番後ろから、彼の隣でそれを見ていると、何だかその光景を俯瞰で見られるような感じがした。まるでこの空間だけ切り取られているんじゃないかという風にも錯覚する。少し前まではあんなに焦ってバタバタしていたはずなのに、不思議と自分まで何事にも動じていないかのように振る舞えるような気がして、背筋が伸びる。

「それでは、時間になりました。これから、初心者講習会を始めます」

 対策委員の人がそう発すると、あれだけ騒がしかった教室が途端に静かになる。

「進行は、技術向上対策委員議長の緑ヶ丘大学・篠木智也が務めさせていただきます。よろしくお願いします」

 以下、講師の先輩の紹介と今日のタイムテーブルについて説明があり、最初は説明があった通り全体講習に入っていく。大学でゴローさんから言われたのは、講習はラジオの内容がやや多めだけどステージにも生きるし、最近では広く人に伝えることに対するリテラシーの話にも重点を置いているのでよく聞いてくるように、とのことだった。
 講習の前に見本番組があるそうだ。その準備と並行して前の方からプリントが回されてくる。資料のプリントまで使う結構本格的な講習なんだなと、そしてここが大学の教室だから、普段の授業とあんまり変わらないなという印象を受けた。

「はい」

 回ってきたプリントを隣の彼に渡すと、会釈が返ってきた。……が、よく考えると彼の奥には他に人がいない。それにも関わらず何も考えずに回ってきたプリントの束をそのまま渡してしまった。

「あ、ごめん。余ったの戻してくるよ」
「ああ」

 教室の前まで行ってプリントを対策委員の人に渡し、また一番後ろへと戻る。何人かに見られているのを感じる。きぬが手を振ってきたのは、敢えて触れない。

「かたじけない」
「大丈夫」

 教室や通路が決して広くはないので、単純に自分の方が小回りが利きそうだと思ったし、対策委員側に近いというのもある。小回りが利きそうというのも変な話だけど、彼と比べると177センチあっても小柄になってしまうのだから仕方ない。と言うか本当に190以上あるよな、この感じ。改めて見るとデカくてゴツい。筋肉質だというのがわかる。
 それからは、特にお互い名乗ることもなく淡々と講習を受けていた。全体講習にミキサー講習、その中で少し触れられた映像に関する内容では、ここが会場になった理由なんかも察することが出来た。確かに直接的にステージについては触れられていないけど、今日の講習内容をどう生かすのかというのに腕が問われてくるのだろうか。

「はー、面白かったね講習ー。明後日からまた練習だよー」
「そうだな。モリ子、一緒に機材組もう」
「いいねいいね」
「将門ひどい! さっき手振ったのに振ってくれなかった!」
「そんなことする状況じゃなかっただろ。状況を見てやれ」

 講習会が終わると、自然と源班の1年4人で固まっていた。俺が遅刻ギリギリで来たから今日初めて会う感じだけど、他3人は講習会前にも自然と落ち合う感じだったらしい。自分のミスなので仕方ないとは言え少しの疎外感。

「って言うか将門あのおっきい子の隣座ってなかった?」
「座ってたよ。あそこ以外に席空いてなかったし」
「真ん中の方から見てても遠近感バグってるデカさだったけど、どこの子?」
「知らない」
「聞いてないのかよ!」
「聞いてもないし、名乗ってもない」
「インターフェイスの行事だっていうのにこれだから将門はー。きぬの挨拶も無視するワケだね! ねえライさん」
「きぬの挨拶はともかく、隣に座ってたのに自己紹介もなしとか。将門らしくもあるけど」
「何か、それを必要としない空気感だったし」
「ああうん、将門だわ」

 彼がどこの誰かであるかはインターフェイスの活動の中でわかっていくことだろう。あれだけ特徴があれば、今後会っても勘違いは絶対にしないし。彼の周りにあったあの不自然な空席は、多分見た目の印象で引かれてしまっていたんだろうけど、実際隣に座ると俺には程良い空気感だったな。次会ったら、もう一言二言くらい話してみたい。まずは自己紹介から。


end.


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星ヶ丘の将門と殿はこの学年の中では比較的近しい雰囲気があるのではないかと思い、仕込み。
あと殿はこの段階でこの間18になったばっかりとかそんな。
フェーズ3になってからここまであまり出番の無かった朝日にしれっとライさんという呼び名が出来ました(DRY+Rising Sun)。

(phase3)

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