2025
■言葉での評価への構え
++++
慧梨夏が職場で仲良くなった子を家に連れて来ることになったので、今日は丸1日かけて夕飯の支度をしていた。俺自身、人様に振る舞うための料理をするのは久し振り。楽しくてしょうがないし、テンションは上がっている。満足していただければいいのだけど、食レポの上手さからして相手は恐らく舌が肥えている。普段とは勝負のベクトルが違った。
「前菜よーし、スープよーし。メインよーし」
事の発端は、その子が職場での食事をゼリー飲料とエナドリだけで済ませていたことだ。慧梨夏曰く物凄い才能を持った物書きであるカオちゃんは、趣味で夜更かしをした結果食事を手抜きすることにしたらしい。あなたが体を壊してしまっては、あなたの活動で救われている幾万の魂が路頭に迷うのです。そのようなことを言って自分の弁当に入っていたおかずを食べさせた。
おかずを食べさせ、その次には弁当を1食分詰めた。まともな食事をさせなければならないのだと。その弁当に対する感想が、こちらの思っていた以上に返ってきた。なるほど、これが文字書きの食レポかと、俺は多分見当違いの感想を抱いた。慧梨夏や友達相手だと、反応が目に見えるから言葉が少なくても何となくの評価がわかる。顔の見えない相手からの反応は、怖いなとも思った。本当に美味しいと思っていただけているのかがわからないからだ。
カオちゃんが一人暮らしで普段まともな食事をしてないなら、せっかくだし家に来てもらったらと慧梨夏に提案した。文字で綴られた以上の反応が見たくなったというのもあるし、嫁さんが(仕事以外の点でも)お世話になっているらしい人なので、こちらとしても挨拶が必要だと考えた。相手がどういう人なのかを知っていれば、これからもいろいろ都合が良くなるとも思った。
「デザートよーし」
曰くカオちゃんは卵料理が好きで、他には鶏肉が好きかもしれないとの情報があったので、そのように献立を組み立てる。ただ、もちろんそれだけではなく野菜などもしっかりと使っていく。そろそろ俺も栄養バランスについてちゃんと勉強するべきなのかもしれない。その辺りはいつも何となくでやりがちだ。いや、お前はどこを目指してるんだって各方面から言われるな。
今からカオちゃん連れて帰りますとは連絡をもらっている。準備は出来てるのでいつでもどうぞと返信してあるから、いつ帰ってくるかそわそわしてならない。友達相手だったらこんな緊張感ないんだろうけどなあ。でも慧梨夏と話が通じるレベルの物凄い文字書きで、恐ろしいワーカホリックだろうから、アヤさんみたいな感じで想像しておけばいいのかな。うーむ。
「カーズー、ただいまー」
相手の顔を確認するのもそこそこに深くお辞儀をして、いつも慧梨夏がお世話になっておりますと形式通りの挨拶をする。向こうからも、奥様にはお世話になっておりますと……ん? 俺の予想では物凄い腐女子のカオちゃんを想像してたけど、男の声じゃね? って言うかこの声ちょっと知ってる気がする。で、顔を上げてバッチリ合う目が知った顔。
「カオルじゃねーか!」
「カズじゃねーか!」
どうやら互いに慧梨夏の話の中に散りばめられていた情報であまりピンと来ていなかったらしいけど、件のカオちゃんがカオルだと分かって拍子抜けしたのと同時に友達相手の食卓に変わって嬉しさも増す。カオルの方も慧梨夏の旦那が俺だとわかったので遠慮なく食事が出来そうだと嬉しそうにしているので、それもよかった。
確かに物凄い文字書きだの、ゼリー飲料だのエナドリだの、って言うかこのエナドリってレッドブルだろ。卵好きだの鶏肉よく食べてるとか、皿に飾られてるパセリまで食べるとか唐揚げにレモン勝手にかけると怒るとか、よーく思い起こしてみると全部カオルの特徴だ。
「カオル、遠慮なく食べてって」
「つかヤバッ。このレベルで外食しようとしたら4、5千円は軽く吹っ飛ぶぞ。サラダだけでも1000円行くだろ」
「カズ、いつもよりちょっと張り切った感がありますね」
「そりゃお客さん来るんだから下手なモン出せねーだろ。しかも嫁さんの職場の同僚でさ。弁当の食レポ凄かったし相当舌肥えてんだろうなって思ったから余計丁寧にやった」
「言葉での表現には少し自信があります」
「知ってます」
カオルには目立った好き嫌いがないので、食材や調理法に対してあまり慎重にならなくていいのが作る側としては助かる。強いて言えば辛い物が少し苦手らしいけど、そのくらいなら全然。偏食と言えばタカシだけど、アイツでも食えるようにするには何をどうすればいいのかっていうのがこれまでの挑戦だったな。
「慧梨夏から会社の話って何となく聞いてるんだけど、カオルは相変わらずなようで」
「まあ、正直まだ研修レベルだから働いてる感はないよな」
「それもちょっとわかるけど」
「カズんトコはどんな感じ? 研修とかやってんのか?」
「あ、でももうすぐ現場だよ」
「へー、じゃあ配属先次第では会うかもしれないってことか」
「そうだね」
同じ業界でも他社の泊まり込みの研修だとか、厳しすぎる髪型など身だしなみの規定についての話はネットで見たりもしていたので実は少しビビってたけど、ウチの会社は特にそういうこともなくごく普通の研修だったのでホッとしたのは言うまでもない。あんまり自覚なかったけどそういや公務員だったなって思い出したくらいで。でも星港市交通局だもんな。市営だもんよ、そら公務員だよ。
「みんなどーしてんのかなー、元気かなー」
「ちなみに大石はマジであのまんまだぞ」
「おー! ちーちゃん! 会ったの!?」
「ここに至るまでの相談とかもしてた」
「えっ、そーなんだ? カオルもそういうこと人に相談したりするんだね」
「俺を何だと思ってるんだ」
「同期で新婚の子がいたりすると、どうやってそうなったのかっていう経緯だとか生活の様子が気になって潜入調査始めそう」
「まあ実際気にはなったけども」
「ほら」
「大石にも似たようなようなことは言われてんだよ。お前はデリカシーがないだの新婚家庭だろうとずけずけ踏み入るだの言いたい放題だ」
「カオルへの解釈としては結構一致するけどなあ」
カオちゃんなる慧梨夏の職場での相棒が友達だとわかって安心したものの、慧梨夏とカオルが合わさったらとんでもないことになる気しかしないのでやっぱり安心とは程遠いなと思ってしまったワケで。とんでもなさは、良いに振れるか悪いに振れるか。どっちかな。
end.
++++
すでにとんでもないことにはなってんだよなあ。
(phase3)
.
++++
慧梨夏が職場で仲良くなった子を家に連れて来ることになったので、今日は丸1日かけて夕飯の支度をしていた。俺自身、人様に振る舞うための料理をするのは久し振り。楽しくてしょうがないし、テンションは上がっている。満足していただければいいのだけど、食レポの上手さからして相手は恐らく舌が肥えている。普段とは勝負のベクトルが違った。
「前菜よーし、スープよーし。メインよーし」
事の発端は、その子が職場での食事をゼリー飲料とエナドリだけで済ませていたことだ。慧梨夏曰く物凄い才能を持った物書きであるカオちゃんは、趣味で夜更かしをした結果食事を手抜きすることにしたらしい。あなたが体を壊してしまっては、あなたの活動で救われている幾万の魂が路頭に迷うのです。そのようなことを言って自分の弁当に入っていたおかずを食べさせた。
おかずを食べさせ、その次には弁当を1食分詰めた。まともな食事をさせなければならないのだと。その弁当に対する感想が、こちらの思っていた以上に返ってきた。なるほど、これが文字書きの食レポかと、俺は多分見当違いの感想を抱いた。慧梨夏や友達相手だと、反応が目に見えるから言葉が少なくても何となくの評価がわかる。顔の見えない相手からの反応は、怖いなとも思った。本当に美味しいと思っていただけているのかがわからないからだ。
カオちゃんが一人暮らしで普段まともな食事をしてないなら、せっかくだし家に来てもらったらと慧梨夏に提案した。文字で綴られた以上の反応が見たくなったというのもあるし、嫁さんが(仕事以外の点でも)お世話になっているらしい人なので、こちらとしても挨拶が必要だと考えた。相手がどういう人なのかを知っていれば、これからもいろいろ都合が良くなるとも思った。
「デザートよーし」
曰くカオちゃんは卵料理が好きで、他には鶏肉が好きかもしれないとの情報があったので、そのように献立を組み立てる。ただ、もちろんそれだけではなく野菜などもしっかりと使っていく。そろそろ俺も栄養バランスについてちゃんと勉強するべきなのかもしれない。その辺りはいつも何となくでやりがちだ。いや、お前はどこを目指してるんだって各方面から言われるな。
今からカオちゃん連れて帰りますとは連絡をもらっている。準備は出来てるのでいつでもどうぞと返信してあるから、いつ帰ってくるかそわそわしてならない。友達相手だったらこんな緊張感ないんだろうけどなあ。でも慧梨夏と話が通じるレベルの物凄い文字書きで、恐ろしいワーカホリックだろうから、アヤさんみたいな感じで想像しておけばいいのかな。うーむ。
「カーズー、ただいまー」
相手の顔を確認するのもそこそこに深くお辞儀をして、いつも慧梨夏がお世話になっておりますと形式通りの挨拶をする。向こうからも、奥様にはお世話になっておりますと……ん? 俺の予想では物凄い腐女子のカオちゃんを想像してたけど、男の声じゃね? って言うかこの声ちょっと知ってる気がする。で、顔を上げてバッチリ合う目が知った顔。
「カオルじゃねーか!」
「カズじゃねーか!」
どうやら互いに慧梨夏の話の中に散りばめられていた情報であまりピンと来ていなかったらしいけど、件のカオちゃんがカオルだと分かって拍子抜けしたのと同時に友達相手の食卓に変わって嬉しさも増す。カオルの方も慧梨夏の旦那が俺だとわかったので遠慮なく食事が出来そうだと嬉しそうにしているので、それもよかった。
確かに物凄い文字書きだの、ゼリー飲料だのエナドリだの、って言うかこのエナドリってレッドブルだろ。卵好きだの鶏肉よく食べてるとか、皿に飾られてるパセリまで食べるとか唐揚げにレモン勝手にかけると怒るとか、よーく思い起こしてみると全部カオルの特徴だ。
「カオル、遠慮なく食べてって」
「つかヤバッ。このレベルで外食しようとしたら4、5千円は軽く吹っ飛ぶぞ。サラダだけでも1000円行くだろ」
「カズ、いつもよりちょっと張り切った感がありますね」
「そりゃお客さん来るんだから下手なモン出せねーだろ。しかも嫁さんの職場の同僚でさ。弁当の食レポ凄かったし相当舌肥えてんだろうなって思ったから余計丁寧にやった」
「言葉での表現には少し自信があります」
「知ってます」
カオルには目立った好き嫌いがないので、食材や調理法に対してあまり慎重にならなくていいのが作る側としては助かる。強いて言えば辛い物が少し苦手らしいけど、そのくらいなら全然。偏食と言えばタカシだけど、アイツでも食えるようにするには何をどうすればいいのかっていうのがこれまでの挑戦だったな。
「慧梨夏から会社の話って何となく聞いてるんだけど、カオルは相変わらずなようで」
「まあ、正直まだ研修レベルだから働いてる感はないよな」
「それもちょっとわかるけど」
「カズんトコはどんな感じ? 研修とかやってんのか?」
「あ、でももうすぐ現場だよ」
「へー、じゃあ配属先次第では会うかもしれないってことか」
「そうだね」
同じ業界でも他社の泊まり込みの研修だとか、厳しすぎる髪型など身だしなみの規定についての話はネットで見たりもしていたので実は少しビビってたけど、ウチの会社は特にそういうこともなくごく普通の研修だったのでホッとしたのは言うまでもない。あんまり自覚なかったけどそういや公務員だったなって思い出したくらいで。でも星港市交通局だもんな。市営だもんよ、そら公務員だよ。
「みんなどーしてんのかなー、元気かなー」
「ちなみに大石はマジであのまんまだぞ」
「おー! ちーちゃん! 会ったの!?」
「ここに至るまでの相談とかもしてた」
「えっ、そーなんだ? カオルもそういうこと人に相談したりするんだね」
「俺を何だと思ってるんだ」
「同期で新婚の子がいたりすると、どうやってそうなったのかっていう経緯だとか生活の様子が気になって潜入調査始めそう」
「まあ実際気にはなったけども」
「ほら」
「大石にも似たようなようなことは言われてんだよ。お前はデリカシーがないだの新婚家庭だろうとずけずけ踏み入るだの言いたい放題だ」
「カオルへの解釈としては結構一致するけどなあ」
カオちゃんなる慧梨夏の職場での相棒が友達だとわかって安心したものの、慧梨夏とカオルが合わさったらとんでもないことになる気しかしないのでやっぱり安心とは程遠いなと思ってしまったワケで。とんでもなさは、良いに振れるか悪いに振れるか。どっちかな。
end.
++++
すでにとんでもないことにはなってんだよなあ。
(phase3)
.