2024(02)
■Hidden Treasures
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「えーっと、どこかなっと……」
ジュンが、サークル室を漁り始めた。何か、捜し物をしているようだ。3月のサークルは、送別・歓迎に向けた活動が活発になっていて、サークル室に集合する機会が徐々に増えていた。先日、卒業式で4年生の先輩方を送り、次は、新入生を迎えることになる。
今日も、新入生の勧誘活動をどのように進めるかという会議のために集合することになっている。だが、サークル室に来るなりアナウンサーのジュンが機材周りをひっくり返し始めたのだ。一点に集中した時のジュンに声を掛けることは、やや憚られる。見守るのみだ。
「これかな?」
ジュンが壁際の机の下から取り出したのは、黒い棒状のような物だ。カメラの三脚のようにも見える。まさか、映像作品の撮影などに用いるのだろうか。
「殿、ちょっとこれ広げてみよう」
「ジュン、これは?」
「多分マイクスタンドだと思うんだよ」
「マイクスタンド。既存の物は」
「この間、9時キャンの活動の中で知り合った緑ヶ丘のレジェンドOBの高崎先輩という方と話してたんだよ」
「はあ」
「その中で、ウチにはブームタイプのマイクスタンドがあるはずだって聞いて。今あるマイクスタンドって、俺には高さがギリギリだろ」
「否定は、しない」
「ブームタイプのマイクスタンドなら床置きで高さも調整しやすいし、カノン先輩がやってるみたいなマルチの練習にもちょうどいいって教えてもらって、あるんだったら使ってみようかなって思ったんだよ」
「なるほど。では、広げるか」
広げられるところを広げると、まずは脚が伸びた。それを立たせ、次に高さを調節。もう1本の棒で、マイクの角度が調節出来るようだ。
正しい発声には、姿勢が重要な要素となる。背筋が伸びている方が、より声を出しやすい。現状サークルで使っている卓上タイプのマイクスタンドは、186センチのジュンにはややギリギリなようで、マイクの角度を大きく傾けることもある。その結果、正面から音が入りにくく、ゲインを上げるということもあった。
「おおー、良さそうな雰囲気」
「俺が、合わせよう。ジュンは、席についてくれ」
「ありがとう」
「では、姿勢を正してくれ」
「はい」
スタンドにマイクを挿し、ジュンの顔の前に持って行く。角度もきちんと真正面を向いているし、高さもちょうど良くなった。
「おおー、いいねいいね」
「ジュン。そのまま、ゲインを合わせてみたい」
「ゲイン? 今日って別に何か録るワケじゃないだろ?」
「マイクが、真正面に来た。それによる変化を、確認したい。今後の収録に、必ず生きるだろう」
「わかった。やってみるか」
今日は発声練習をしてないから声の出が悪いかも、とジュンは言うが、これまでよりは発声が強くなったという印象を受けた。ジュンに関しては、コミュニティ局で番組を始めたということもあり、ブランクがないというのも作用しているだろう。しかし、それを抜きにしても、以前より良い。
「やはり、以前よりゲインが低くても、声を拾えるようになった」
「おっ、マイクスタンドの効果が出た感じ?」
「それもあるだろうが、ジュン自身の変化を感じた」
「あ、ホント?」
「姿勢や、声の張り方などが、変わった気がした」
「姿勢に関しては高崎先輩にも言われてて。それで、教えてもらったルーティンを取り入れて胸を開くことを意識し始めたんだよ」
「そうか」
枕やクッションをT字に並べた上に仰向けで寝そべり、大きく、深く呼吸をするということを夜のルーティンに取り入れたそうだ。これをやることで胸を開き、姿勢を伸ばすということの他に、気持ちを落ち着けるということにも繋がるようになったそうだ。
ジュンにとって、コミュニティ局での活動の中で得る物は多かったのだろう。緑ヶ丘の先輩との出会いもそのひとつ。ジュンは堅物に見えて影響されやすい奴だなと奏多先輩が言っていたが、柔軟性があるとも言える。良さそうなことを、良さそうだと思っても、実際に試してみるには勇気が要る。
「このスタンドを、こうやって、こうやると、ミキサーの前にもマイクを持ってこれるんだって」
「なるほど」
「カノン先輩はこの方法で使えるんじゃないかな」
「そうだな」
「緑ヶ丘はインカムマイクがあるから割と楽にマルチがやれるって聞いた」
「機材環境は、大きく異なる。確か、ゼミの備品が、お下がりでもらえると」
「次ミキサーが下りてきたらインターフェイスのと取り替えるって話らしい」
「そこまでの、余裕が。しかし、そうなると、ウチも対応の必要が出て来そうだが」
「1年生をたくさん入れて資金的な余裕を作るのが早いか? 3人、いや4人はいてもいいかもな。技術交換会で青敬さんの話とか聞いてたら、映像方面の環境が羨ましいにも羨ましいにも」
「……それだけの環境を、どう揃えるつもりだ」
「それはあくまで夢だよ。ラジオ優先で。スマホひとつで映像を作ってるくるみ先輩の例だってあるんだ、その気になれば何だって出来るはずだ。最悪俺も紙とペンがあればいいんだし」
「資金は、無いよりある方がいいというのは、否定しないが」
「でも、今のこの部屋にだって宝物が埋もれてるかもしれない。このマイクスタンド然りで。まずはこの部屋に何があるのかを徹底的に把握する必要がある」
「収納班、任せた」
このマイクスタンドは、先輩の許可を得て、使いやすいところに置いておくことにしたいという結論に落ち着いた。事実、ジュンだけでなく、カノン先輩にも有益な道具ではある。説得は容易いだろう。
比較的物は少なそうに見えるサークル室だが、まだ他に埋もれている物はあるだろうか。そして、これから人を増やすとなれば、その人が入るスペースを用意しなければならない。この辺りは、収納班の腕の見せ所だろう。
「収納班って言うけど実は結構役割偏ってるんだ。ツッツは収納家具を作るの担当だし、うっしーは賑やかしだし。実際物を整理して収納してるのは俺なんだよ」
「そう言われれば」
「整理整頓術とか断捨離の動画とか見まくって勉強したよ」
end.
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部屋の片づけが出来るジュンなら部屋をドンガラガッシャンひっくり返しても大丈夫。元に戻せるから。
(phase3)
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「えーっと、どこかなっと……」
ジュンが、サークル室を漁り始めた。何か、捜し物をしているようだ。3月のサークルは、送別・歓迎に向けた活動が活発になっていて、サークル室に集合する機会が徐々に増えていた。先日、卒業式で4年生の先輩方を送り、次は、新入生を迎えることになる。
今日も、新入生の勧誘活動をどのように進めるかという会議のために集合することになっている。だが、サークル室に来るなりアナウンサーのジュンが機材周りをひっくり返し始めたのだ。一点に集中した時のジュンに声を掛けることは、やや憚られる。見守るのみだ。
「これかな?」
ジュンが壁際の机の下から取り出したのは、黒い棒状のような物だ。カメラの三脚のようにも見える。まさか、映像作品の撮影などに用いるのだろうか。
「殿、ちょっとこれ広げてみよう」
「ジュン、これは?」
「多分マイクスタンドだと思うんだよ」
「マイクスタンド。既存の物は」
「この間、9時キャンの活動の中で知り合った緑ヶ丘のレジェンドOBの高崎先輩という方と話してたんだよ」
「はあ」
「その中で、ウチにはブームタイプのマイクスタンドがあるはずだって聞いて。今あるマイクスタンドって、俺には高さがギリギリだろ」
「否定は、しない」
「ブームタイプのマイクスタンドなら床置きで高さも調整しやすいし、カノン先輩がやってるみたいなマルチの練習にもちょうどいいって教えてもらって、あるんだったら使ってみようかなって思ったんだよ」
「なるほど。では、広げるか」
広げられるところを広げると、まずは脚が伸びた。それを立たせ、次に高さを調節。もう1本の棒で、マイクの角度が調節出来るようだ。
正しい発声には、姿勢が重要な要素となる。背筋が伸びている方が、より声を出しやすい。現状サークルで使っている卓上タイプのマイクスタンドは、186センチのジュンにはややギリギリなようで、マイクの角度を大きく傾けることもある。その結果、正面から音が入りにくく、ゲインを上げるということもあった。
「おおー、良さそうな雰囲気」
「俺が、合わせよう。ジュンは、席についてくれ」
「ありがとう」
「では、姿勢を正してくれ」
「はい」
スタンドにマイクを挿し、ジュンの顔の前に持って行く。角度もきちんと真正面を向いているし、高さもちょうど良くなった。
「おおー、いいねいいね」
「ジュン。そのまま、ゲインを合わせてみたい」
「ゲイン? 今日って別に何か録るワケじゃないだろ?」
「マイクが、真正面に来た。それによる変化を、確認したい。今後の収録に、必ず生きるだろう」
「わかった。やってみるか」
今日は発声練習をしてないから声の出が悪いかも、とジュンは言うが、これまでよりは発声が強くなったという印象を受けた。ジュンに関しては、コミュニティ局で番組を始めたということもあり、ブランクがないというのも作用しているだろう。しかし、それを抜きにしても、以前より良い。
「やはり、以前よりゲインが低くても、声を拾えるようになった」
「おっ、マイクスタンドの効果が出た感じ?」
「それもあるだろうが、ジュン自身の変化を感じた」
「あ、ホント?」
「姿勢や、声の張り方などが、変わった気がした」
「姿勢に関しては高崎先輩にも言われてて。それで、教えてもらったルーティンを取り入れて胸を開くことを意識し始めたんだよ」
「そうか」
枕やクッションをT字に並べた上に仰向けで寝そべり、大きく、深く呼吸をするということを夜のルーティンに取り入れたそうだ。これをやることで胸を開き、姿勢を伸ばすということの他に、気持ちを落ち着けるということにも繋がるようになったそうだ。
ジュンにとって、コミュニティ局での活動の中で得る物は多かったのだろう。緑ヶ丘の先輩との出会いもそのひとつ。ジュンは堅物に見えて影響されやすい奴だなと奏多先輩が言っていたが、柔軟性があるとも言える。良さそうなことを、良さそうだと思っても、実際に試してみるには勇気が要る。
「このスタンドを、こうやって、こうやると、ミキサーの前にもマイクを持ってこれるんだって」
「なるほど」
「カノン先輩はこの方法で使えるんじゃないかな」
「そうだな」
「緑ヶ丘はインカムマイクがあるから割と楽にマルチがやれるって聞いた」
「機材環境は、大きく異なる。確か、ゼミの備品が、お下がりでもらえると」
「次ミキサーが下りてきたらインターフェイスのと取り替えるって話らしい」
「そこまでの、余裕が。しかし、そうなると、ウチも対応の必要が出て来そうだが」
「1年生をたくさん入れて資金的な余裕を作るのが早いか? 3人、いや4人はいてもいいかもな。技術交換会で青敬さんの話とか聞いてたら、映像方面の環境が羨ましいにも羨ましいにも」
「……それだけの環境を、どう揃えるつもりだ」
「それはあくまで夢だよ。ラジオ優先で。スマホひとつで映像を作ってるくるみ先輩の例だってあるんだ、その気になれば何だって出来るはずだ。最悪俺も紙とペンがあればいいんだし」
「資金は、無いよりある方がいいというのは、否定しないが」
「でも、今のこの部屋にだって宝物が埋もれてるかもしれない。このマイクスタンド然りで。まずはこの部屋に何があるのかを徹底的に把握する必要がある」
「収納班、任せた」
このマイクスタンドは、先輩の許可を得て、使いやすいところに置いておくことにしたいという結論に落ち着いた。事実、ジュンだけでなく、カノン先輩にも有益な道具ではある。説得は容易いだろう。
比較的物は少なそうに見えるサークル室だが、まだ他に埋もれている物はあるだろうか。そして、これから人を増やすとなれば、その人が入るスペースを用意しなければならない。この辺りは、収納班の腕の見せ所だろう。
「収納班って言うけど実は結構役割偏ってるんだ。ツッツは収納家具を作るの担当だし、うっしーは賑やかしだし。実際物を整理して収納してるのは俺なんだよ」
「そう言われれば」
「整理整頓術とか断捨離の動画とか見まくって勉強したよ」
end.
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部屋の片づけが出来るジュンなら部屋をドンガラガッシャンひっくり返しても大丈夫。元に戻せるから。
(phase3)
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