2024(02)

■合鍵の行く先

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「おーい高木ー」
「はーい」

 今から思うと割と普通じゃねーなって気付いたのが、コイツの家のオープンさだ。オープンさと言うか、ガードの緩さと言うか。コイツの住んでるマンションは10階建てのオートロックマンションで、エントランスを潜るにはまず暗証番号を入力しなければならない。それを抜けてエレベーターに乗って、6階に上がる。
 俺は1年の頃にこのエントランスのロックを破る番号を教えてもらって、しばらく通っているうちに合鍵を渡された。どうせ来るんでしょ、とかそんなノリで。確かにうちの家風は緩い方で、2、3日帰らないくらいでは何も言われない。翌日星港で用事があるとかで高木の部屋に入り浸っている方が有利な場合は邪魔したりする。
 何故かはわからないが、合鍵が馴染んでいた。長期休みの頃だとコイツが集中講義に出ている間に部屋の掃除をしたり買い物をしたりって、今から考えると何で俺がそんなことやってんだってレベルで働いてたっていう。ただ、これを手放すタイミングはそろそろだなと。

「ああ、果林先輩もいたんすか」
「いたよ。あっエージ、これ新しいお皿ね」
「あざっす」

 少し前に、高木は果林先輩と付き合い始めた。学祭の時期くらいから何か様子がおかしいとは思ってたけど、深く聞くことはしていなかった。コイツの部屋は来客が多い。だけど、この人が来てる気配だけがパタッと無くなって、何かあったかな、と思うには十分だった。
 佐藤ゼミの合宿から帰ってきてすぐに、話があるからと部屋に呼び出された。今更俺とお前の間で改まることなんかあるかよとは思ったけど、俺も夏にそれをやったし、なくはないかと呼び出しに素直に応じた。習性で台所に目をやると、何枚か重なった真新しい白い皿と冷蔵庫に貼られたパンまつりのシール台紙に、いい話なんだなと察した。

「今年の皿は去年よりちょっと平たくて、おかずもよそえて割と使い勝手いいっていう」
「去年のはボウルだもんね」
「えーっと、今あるのが4枚か。果林先輩、この部屋には多分あと2枚くらいありゃいいっす」
「了解。じゃそれ以降はシノにでも流すね。あっエージ、おハナの部屋にはどう?」
「んー、ちょっと持ち帰って聞いときます」
「おハナの部屋ってあんま行ったことないけど、パンまつりのお皿がスタメンになってるって印象もあんまないんだよね」
「そうっすね。パンは食いますけどバイト先のヤツがメインなんで、点数が集まらないっすね」
「ですよねー。タカちゃんはランチパック食べるからちょっとずつ集まるんだけどね」

 高木から果林先輩とのことを報告されたときに、俺とハナのことも先輩に話したと聞いた。現役でサークルに行ってたときは後輩たちの手前、あまり大っぴらにはしていなかった。だけど今は別に隠すようなこともしていないし、果林先輩にならと納得して返事をした。別に何が変わるでもないし。

「あ、そーだ。果林先輩」
「ナニ?」
「これ、多分そろそろ俺じゃなくて先輩が持つべきだと思うんすよ」
「カギ? あ、この部屋の?」
「そうっす」
「話には聞いてたけど本当に持ってたんだね」
「ホントに持ってたっすよ。でも、さすがにもう俺じゃないっていう」
「家主、どう思う?」
「悩みどころですね」
「いや、悩むトコじゃねーべ!? 大体今までも何で俺に普通に鍵渡してんだって話で、彼女がいるならそっちに渡せっていう」

 果林先輩が家主の高木に意見を求めるのはわかる。鍵を誰に渡すか決めるのはあくまで家主だからだ。だけど何をどうしたら「悩む」っていう選択肢が出てくるのかわからんっていう。

「ほら、アタシ就職するじゃん?」
「そっすね」
「社会人と学生の生活リズムって多分合わないし、アタシの職種的にもよくわかんないトコあるじゃんね。慧梨夏さんと朝霞P先輩から聞いてるけど、忙しい時はホントバタバタらしいし。だったら、カギは今まで通りエージが持ってて、タカちゃんの生活を管理してもらった方がいいまであるよね」
「ああ、確かにその方が助かります。4年生になると単位1つの重みが違いますからね」
「おい高木、お前まさかとは思うけど、4年にもなってまだ履修ギチギチなんじゃないんだろうな」
「ギチギチではないね。多少あるけど」
「一般的な文系4年よりは多そうだよね」
「普通の文系4年よりは多いですね」
「だろうよ!」

 何が一番の問題って、コイツのだらしなさなんだ。夜が遅いから朝は起きれないし、台所を使ったら使いっぱなしだし、洗濯物を何日も干しっぱなしにするのも平気で、飲んだ酒の空容器もバケツに入れて放置、冷蔵庫の中の卵や牛乳も期限切れになったものをそのままにしやがる。
 俺がこの部屋に泊まると、泊まらせてもらっているからという理由で使った食器を洗ったり部屋の簡単な掃除をしている。だけど次第にコイツのだらしなさと不衛生な環境に耐えられなくなって、掃除の規模が大きくなっていった。自分の居心地を良くするためだ。鍵をもらったのも、その流れの中でだ。

「あ。エージ、おハナお皿2枚欲しいって」
「聞いてたんすか」
「聞いてたね。あと合鍵の件もアンケート取ってみたけど」
「それは別にアイツに聞くことじゃないっていう」
「ちなみに「タカティは生活がとにかくしょぼんなので、しばらくはエージが鍵を持ってちゃんとご飯を食べてるか監視した方がいいと思います」って返事が来てるね」
「さすがハナちゃん、わかってるなあ」
「ね。さすがおハナ」
「アイツはアイツで何考えてんだ!」
「そういうことなんで、このカギは引き続きエージに持っててもらうということで」
「いやいや……おかしくないすか?」
「アタシもおハナもそれがいいって言ってるんだから。ねえタカちゃん。彼女が出来たからって、今までの生活を無理に変える必要もないし」
「何より、果林先輩もハナちゃんも、俺とエイジの関係性を知ってますしね」
「それそれ、そういうこと。だからエージもアタシに気を遣わなくていいし。むしろ一緒に飲んだりとかはしたいからね」
「一緒に飲むのは吝かじゃないっすけど、やっぱまだ腑に落ちてないっす」
「まあまあ。それも馴染んでくるよ」

 それが馴染んでしまうのが問題なんだろうけど、果林先輩とハナが「お前が鍵を持て」と言ってきたので拒否すると後々面倒だ。ちゃんと鍵をバトンタッチするまでに俺のやるべきことは、このクソだらしない野郎の生活能力を1ミリでも上げることだろう。

「そしたらご飯食べよっか。今日のメニューは海鮮五目焼きそばでーす。ビールもあるよ」
「海鮮!? 贅沢品だっていう! イカとか?」
「エビとか。冷凍庫にシーフードミックス買っといたから。エージも好きなときに使って」
「あざっす」
「じゃ、さっそく作りますか!」
「果林先輩、俺も何かした方がいいっすか?」
「洗濯物の片付けじゃない?」
「……確かに。じゃあ俺はアイツに畳ませるんで、料理は任せるっす」


end.


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パンまつりの皿やシール台紙で部屋の状況に気付くエイジは熟練の人。鍵を預けられるだけの理由になる。

(phase3)

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