2024(02)
■フリースタイル茶会のお誘い
++++
「俺、これはひょっとしなくても服装失敗したな!?」
「一周回ってとてもいいと思うけれど~」
「そーそー。明治維新、大正ロマン的な?」
「ササせんぱ~い、俺イキってる感出てません? 大丈夫っすか!?」
「大丈夫じゃない? 何の問題もないと思うけど」
「ああーっ! 先生に騙されたーっ!」
佐藤ゼミの卒論発表合宿は、毎年長篠エリアの山奥にある大学のセミナーハウスで行われている。このセミナーハウスというのがスキー場が併設された超豪華な洋館風の建物で、夕飯はフランス料理のフルコースだし、朝も結構豪華なバイキングだったりして非日常の空間だ。
ただ、あくまで大学のセミナーハウスなので、赤絨毯が敷かれてグランドピアノのある広間やバーカウンターを抜けて細い廊下を行けば、普段通っている緑ヶ丘大学と何ら変わらない教室が並んでいる。ここは何の変哲もない日常そのもの。
さて、この洋館に降り立って早々、服装を失敗したのではないかと凛斗が騒ぎ始めた。今日の凛斗は、和の装いで来ている。羽織はしっかり着物だし、下は和柄のサルエルパンツ、靴はごつ目で底の厚い編み上げブーツだ。
凛斗は普段から着物をファッションに取り入れているそうだけど、大学では見たことがない。周りから浮くのを恐れていたのかもしれない。だけどゼミの個別面談で話した着物やお茶という趣味が先生から好印象だったので今日は挑戦してみたとのこと。だけど圧倒的な洋館に気圧された、という感じかな、これは。
「やあやあMBCCの諸君、お揃いで。早いトコ部屋に荷物持って行っちゃいなさいよ」
「はーい」
「おっ、一ノ瀬君、いいじゃない! いいよいいよ~、お洒落だね~」
「先生、この空間に浮いてません? 大丈夫っすかね?」
「何も心配いらないから、君は胸を張って好きなファッションを楽しみなさい」
そう言って先生は凛斗の肩をパンと力強く叩く。こうしている分には何もおかしいことを言っていない先生なんだよなあ。高木先輩によれば、先生は女子用のコスプレ衣装として和柄メイド服や巫女装束なんかをスタジオのロッカーに所持している。だから多少の和洋折衷くらいでは驚かないそうだ。
「あっ先生」
「どうしたの」
「自由時間にそこのロビーとかでお茶点てたら怒られますかね?」
「飲食禁止ではないからいいんじゃない。まさか君ぃ、お茶道具も持ってきたの?」
「買い物が出来ない山奥だって聞いたんで、唐突にお茶飲みてぇーってなった時用ですね」
「大丈夫だとは思うけど、もしやるのなら汚さないようにね」
「はーい」
凛斗はお茶をやるらしい。ナントカ流みたいな堅い、ちゃんとした流派に沿ったやり方も出来るけど、好きなのは流派ごとのやり方にとらわれないカジュアルなお茶だそうだ。この話もサークルでは聞いたことがなかったので、誰がどんな趣味を持っているのかは案外ちゃんと知らないものだなと思った。
赤絨毯の敷かれたロビーは、暖炉とロッキングチェアがあって俺のお気に入りの場所だ。ここで読書をするのを楽しみに合宿に来たと言っても過言ではないし、俺の薪ストーブに対する熱もここで一気に燃え上がった感が強い。やっぱりいいよなあ、最高だ。いつか暖炉か薪ストーブのある家に住みたい。
「凛斗、もしお茶するんだったら俺にも声かけて」
「あれっ、ササ先輩ってスノボ組じゃないんすか? シノ先輩がボードやるんだって張り切ってましたけど」
「スキー場にも出るけど、そこの暖炉のところで読書する予定もあるから」
「あー、なるほど。ササ先輩薪ストーブとか好きっすもんね」
「ここの暖炉がその原点だから。凛斗がお茶点ててくれるんなら飲んでみたいし」
「あら~、私もご一緒したいわ~」
「俺も興味はあるな、自由時間何するか決めてないし」
「そんなにいっぱい招けるかなあ。あんま荷物になっても良くないから器も自分の分しか持ってきてないし。人に振る舞う想定を全くしてないワケじゃないけど、紙コップでどーぞってやることになってもいいんであれば」
「ああ、全然。逆に、その方が助かる。作法とか全然わかんないし」
「わろみ庵に行くような気持ちでいいかしら~」
「あっ、それよりもっと軽くて良ければ」
凛斗のカジュアル茶会に招いてもらう約束を取り付け、2日目自由時間のタイムテーブルを組み立てる。スノボと読書にどれだけ時間を割り振るか。スノボはスノボでやりたいし、レンタル代分は遊びたいもんなあ。まあ、緑大の学生はリフトにタダで乗れるし、その時点で元は取れるっちゃ取れるけど。
「つかよ凛斗、お茶の作法に重いだの軽いだの、その筋の人相手ならともかく俺ら相手に確認なんか要らなくね?」
「いやあ、一応。ほら、俺は好きで着物を着て、お茶をやってるんだけど、やっぱこういうフリースタイルと言うかカジュアルと言うか、そういうのを嫌う人は一定数いるからさ」
「お年を召した方が多いのかしら~」
「一概にそうとも言い切れないんだよな、これが。こういうスタイルでやってると怒られることもまああってさ。いや、あんま気にしてないんだ。服の着方なんか時代に応じて変わってきたモンだし」
「現代で言われる作法やマナーなんか、大体は金を稼ぎたいマナー講師が生み出した根拠のないテキトー講釈だもんなァ」
「俺は基本を押さえた上でこういうのが好きでやってるんであって、そんなにあーだこーだ言うなら自分がやればいいじゃん、っていう気持ちでいる」
「ちゃんとした正装として着られる技術を持ってるなら、普段はそれでいいと思う」
「ササ先輩あざっす。そうやってぎゃあぎゃあ言ってくる連中って大概一人じゃまともに着物も着れないのがほとんどなんで、気にしてないっすマジで。着もしないで言うのは簡単なんすよ」
これは俺も気を付けなきゃいけないなあとちょっと思った。今のところ心当たりはあまりないけれど、今後時代が移り変わる中で、「これが正しい」と思考を凝り固めてはいけないなあと。凛斗流の和装や着物の着方に関しては、少なくとも俺はお洒落だし似合っていると思う。普段の服装でいる時より生き生きしてるようにも見える。
「あら~。そう言えば、凛斗のお茶会に、お菓子は持ってきた方がいいのかしら~」
「行きのサービスエリアで落雁を買ってあるけど、各々好きなのを持ち寄ってもいいし」
「わ~、いいわね~」
「ドレスコードもお菓子コードもないんで、気軽にご参加ください」
「俄然楽しみだ」
「ササ先輩の読書の途中で声かけんのもちょっと申し訳なさがあるんで、キリ良しになったらそのように合図してくださいね」
「いや、途中で止めても全然大丈夫。俺は特殊な訓練をクリアしてるから。だから凛斗のタイミングで声かけて」
「おおーっ、さすが優等生っす」
end.
++++
カジュアル茶会はまだ開かれてないけど、来年度以降お茶飲んでくれ
陸さんが先輩してる場面ってあんまり見たことなかったんで、これはこれで新鮮。
ヒゲさんがスタジオのロッカーに保管しているコスプレ衣装を何に用いているのかは闇の中。
(phase3)
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「俺、これはひょっとしなくても服装失敗したな!?」
「一周回ってとてもいいと思うけれど~」
「そーそー。明治維新、大正ロマン的な?」
「ササせんぱ~い、俺イキってる感出てません? 大丈夫っすか!?」
「大丈夫じゃない? 何の問題もないと思うけど」
「ああーっ! 先生に騙されたーっ!」
佐藤ゼミの卒論発表合宿は、毎年長篠エリアの山奥にある大学のセミナーハウスで行われている。このセミナーハウスというのがスキー場が併設された超豪華な洋館風の建物で、夕飯はフランス料理のフルコースだし、朝も結構豪華なバイキングだったりして非日常の空間だ。
ただ、あくまで大学のセミナーハウスなので、赤絨毯が敷かれてグランドピアノのある広間やバーカウンターを抜けて細い廊下を行けば、普段通っている緑ヶ丘大学と何ら変わらない教室が並んでいる。ここは何の変哲もない日常そのもの。
さて、この洋館に降り立って早々、服装を失敗したのではないかと凛斗が騒ぎ始めた。今日の凛斗は、和の装いで来ている。羽織はしっかり着物だし、下は和柄のサルエルパンツ、靴はごつ目で底の厚い編み上げブーツだ。
凛斗は普段から着物をファッションに取り入れているそうだけど、大学では見たことがない。周りから浮くのを恐れていたのかもしれない。だけどゼミの個別面談で話した着物やお茶という趣味が先生から好印象だったので今日は挑戦してみたとのこと。だけど圧倒的な洋館に気圧された、という感じかな、これは。
「やあやあMBCCの諸君、お揃いで。早いトコ部屋に荷物持って行っちゃいなさいよ」
「はーい」
「おっ、一ノ瀬君、いいじゃない! いいよいいよ~、お洒落だね~」
「先生、この空間に浮いてません? 大丈夫っすかね?」
「何も心配いらないから、君は胸を張って好きなファッションを楽しみなさい」
そう言って先生は凛斗の肩をパンと力強く叩く。こうしている分には何もおかしいことを言っていない先生なんだよなあ。高木先輩によれば、先生は女子用のコスプレ衣装として和柄メイド服や巫女装束なんかをスタジオのロッカーに所持している。だから多少の和洋折衷くらいでは驚かないそうだ。
「あっ先生」
「どうしたの」
「自由時間にそこのロビーとかでお茶点てたら怒られますかね?」
「飲食禁止ではないからいいんじゃない。まさか君ぃ、お茶道具も持ってきたの?」
「買い物が出来ない山奥だって聞いたんで、唐突にお茶飲みてぇーってなった時用ですね」
「大丈夫だとは思うけど、もしやるのなら汚さないようにね」
「はーい」
凛斗はお茶をやるらしい。ナントカ流みたいな堅い、ちゃんとした流派に沿ったやり方も出来るけど、好きなのは流派ごとのやり方にとらわれないカジュアルなお茶だそうだ。この話もサークルでは聞いたことがなかったので、誰がどんな趣味を持っているのかは案外ちゃんと知らないものだなと思った。
赤絨毯の敷かれたロビーは、暖炉とロッキングチェアがあって俺のお気に入りの場所だ。ここで読書をするのを楽しみに合宿に来たと言っても過言ではないし、俺の薪ストーブに対する熱もここで一気に燃え上がった感が強い。やっぱりいいよなあ、最高だ。いつか暖炉か薪ストーブのある家に住みたい。
「凛斗、もしお茶するんだったら俺にも声かけて」
「あれっ、ササ先輩ってスノボ組じゃないんすか? シノ先輩がボードやるんだって張り切ってましたけど」
「スキー場にも出るけど、そこの暖炉のところで読書する予定もあるから」
「あー、なるほど。ササ先輩薪ストーブとか好きっすもんね」
「ここの暖炉がその原点だから。凛斗がお茶点ててくれるんなら飲んでみたいし」
「あら~、私もご一緒したいわ~」
「俺も興味はあるな、自由時間何するか決めてないし」
「そんなにいっぱい招けるかなあ。あんま荷物になっても良くないから器も自分の分しか持ってきてないし。人に振る舞う想定を全くしてないワケじゃないけど、紙コップでどーぞってやることになってもいいんであれば」
「ああ、全然。逆に、その方が助かる。作法とか全然わかんないし」
「わろみ庵に行くような気持ちでいいかしら~」
「あっ、それよりもっと軽くて良ければ」
凛斗のカジュアル茶会に招いてもらう約束を取り付け、2日目自由時間のタイムテーブルを組み立てる。スノボと読書にどれだけ時間を割り振るか。スノボはスノボでやりたいし、レンタル代分は遊びたいもんなあ。まあ、緑大の学生はリフトにタダで乗れるし、その時点で元は取れるっちゃ取れるけど。
「つかよ凛斗、お茶の作法に重いだの軽いだの、その筋の人相手ならともかく俺ら相手に確認なんか要らなくね?」
「いやあ、一応。ほら、俺は好きで着物を着て、お茶をやってるんだけど、やっぱこういうフリースタイルと言うかカジュアルと言うか、そういうのを嫌う人は一定数いるからさ」
「お年を召した方が多いのかしら~」
「一概にそうとも言い切れないんだよな、これが。こういうスタイルでやってると怒られることもまああってさ。いや、あんま気にしてないんだ。服の着方なんか時代に応じて変わってきたモンだし」
「現代で言われる作法やマナーなんか、大体は金を稼ぎたいマナー講師が生み出した根拠のないテキトー講釈だもんなァ」
「俺は基本を押さえた上でこういうのが好きでやってるんであって、そんなにあーだこーだ言うなら自分がやればいいじゃん、っていう気持ちでいる」
「ちゃんとした正装として着られる技術を持ってるなら、普段はそれでいいと思う」
「ササ先輩あざっす。そうやってぎゃあぎゃあ言ってくる連中って大概一人じゃまともに着物も着れないのがほとんどなんで、気にしてないっすマジで。着もしないで言うのは簡単なんすよ」
これは俺も気を付けなきゃいけないなあとちょっと思った。今のところ心当たりはあまりないけれど、今後時代が移り変わる中で、「これが正しい」と思考を凝り固めてはいけないなあと。凛斗流の和装や着物の着方に関しては、少なくとも俺はお洒落だし似合っていると思う。普段の服装でいる時より生き生きしてるようにも見える。
「あら~。そう言えば、凛斗のお茶会に、お菓子は持ってきた方がいいのかしら~」
「行きのサービスエリアで落雁を買ってあるけど、各々好きなのを持ち寄ってもいいし」
「わ~、いいわね~」
「ドレスコードもお菓子コードもないんで、気軽にご参加ください」
「俄然楽しみだ」
「ササ先輩の読書の途中で声かけんのもちょっと申し訳なさがあるんで、キリ良しになったらそのように合図してくださいね」
「いや、途中で止めても全然大丈夫。俺は特殊な訓練をクリアしてるから。だから凛斗のタイミングで声かけて」
「おおーっ、さすが優等生っす」
end.
++++
カジュアル茶会はまだ開かれてないけど、来年度以降お茶飲んでくれ
陸さんが先輩してる場面ってあんまり見たことなかったんで、これはこれで新鮮。
ヒゲさんがスタジオのロッカーに保管しているコスプレ衣装を何に用いているのかは闇の中。
(phase3)
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