2024(02)

■働く動機はお金から

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 ヒビキとの温泉サークルは、お互い社会人になってからは活動ペースもゆっくりになり、年に1回行ければいいねーくらいの感じになっていた。それでも「いつなら行けそう?」みたいな連絡のやり取りは少しワクワクするし、今度はどこに行って、どんな美味しいものが食べられるかが楽しみだ。
 今回は光洋エリアの温泉地に行くことになった。場所の選定基準は雪が降らないこと。だから北の方には行けないねーという話にまずなる。山羽はこの間行ったし、どの辺がいいかなーといろいろ話し合った結果、東の方に。今回は旅館じゃなくてホテルだけど、温泉もあるしその他施設も充実してる。2泊3日で楽しみ尽くす計画。だけど。

「ヒビキ、実はスケジュール結構無理してるとか?」
「ううん、そういうことは全然なくて、休む前に潰しきれなかった仕事をやっつけてるだけだからホント心配しないで!」

 今回は金土日の3日間の日程で来ている。金曜日は普通に2人とも仕事だから有給を取っているはずなんだけど、ヒビキは車の中でタブレットを開いて仕事をしてるんだからホントに大丈夫なのって思っちゃった。忙しいのに無理してるんじゃないのかなって。
 ヒビキは星港のビジネス街の超一等地にドドンと高層ビルを構える商社に勤めている。就活の時に学内でいろんな人が「“クソデカ商社”の記念受験だけしてみよう」と言っているのをちょっと聞いた。国内有数の難関大学である星大の人たちでも記念受験になる可能性のあるクソデカ商社にスルッとパスしたヒビキの能力だ。

「ホント、運転してもらってるのに申し訳ないんだけど、もう少しだけ横で仕事させてね。キリついたらちゃんとやめるし!」
「うーん。わかったよ。でも、そうやって出先でパソコンとかタブレットみたいな端末を開いて仕事するのって、何だか朝霞みたいだね」
「えっ!?」
「わっ、びっくりしたあ」
「ゴメン、驚かすつもりはなかったんだけど。え!? 朝霞クン!?」
「うん。ほら、朝霞って、出先とか、移動中の新幹線とか、そういう場所でパソコン開いてガーッと仕事してるって話だし。今のヒビキを見てたら、朝霞ってこんな感じでやってるんだなーって」
「イヤすぎる!」
「えっ」
「あそこまでヤバい仕事人間になるつもりなんかないんだけど!」

 インターフェイス、特に定例会の中では「朝霞=仕事人間」というイメージが結びつく。学生の頃も、何においてもステージ中心に世界を回していて、寝食を忘れて制作に励んでた。今はイベント会社に勤めている朝霞だけど、仕事の仕方は学生の頃よりパワーアップしているそうだから、まあそうなるよね。

「でも、ヒビキも大きな会社でしっかり働いてて凄いよね」
「すべてはお金のため! 大きな会社に入ればその分玉の輿に近付くんだから!」

 一方、ヒビキは玉の輿を狙って頑張っているというイメージが強い。大きな会社に入ったのも、お金を持っている、あるいはこれから持つ人とお近付きになる機会が相対的に増えるだろうと考えてのこと。だけど、ヒビキは玉の輿に乗るより自分で稼いだ方が早いし確実だとはいろいろな人が言っている。実際給料は高そうだしね。年収俺の何倍だろ。

「お金が大事っていうのは俺もよくわかる。ないよりはあった方が絶対にいい」
「お金が大事って言ったらよく守銭奴扱いされるけど、大石クンが理解してくれるのが意外だけどちょっとありがたいよね」
「まあ、兄さんには結構苦労をかけたと思うしね。俺も少しでもお金の負担を減らそうと思ってさ、近場の国立大学に入るために一生懸命勉強したなあ。近場の国立大学が星大ってひどくない? もうちょっと偏差値低い大学でも良くなかったかなあ」
「ちょっとってどれくらい?」
「マイナス10。で、59とか60くらいなら頑張りやすかった」
「あはは、確かに」

 向島大学も悪くはなかったんだけど、学部的にあんまりしっくりこなかったんだよね。文系なら文系、理系なら理系ってパキッとし過ぎてて。星大ならどちらの要素も含めて勉強できそうだったし。あと、西海からだと豊葦まで通うのはちょっと遠いなーって思っちゃった。だから星大を目指すことにしたんだけど。

「でも、頑張ったおかげで大石クンに星大卒の箔がついたじゃん」
「俺が勤めてる会社はそういうの、全く関係ないからね。たまに他の倉庫の人と話すけど、星大卒で何で現場作業なんかやってんだってよく驚かれるんだよね」
「それは驚くよ! 一般的には、星大出てたら親会社とかで倉庫の人を管理する側に就いてそうじゃん」
「でも、俺はこの仕事が好きなんだよね。体も動かせるし」
「好きなこと仕事にしてたらイヤにならない?」
「今のところは大丈夫かな。俺の場合、倉庫の仕事が好きで始めたんじゃなくて、お金が欲しくて始めた仕事がだんだん好きになっていったパターンだし」
「ある意味、それが理想かも。アタシはお金のためだけにあの会社で働いてるけど、今のところまだ仕事が好きですーって言えるほど仕事に熱を持ってないし。だからホントに好きなことを仕事にしてる仕事人間とは一緒に出来ないし、するのも失礼だよ」
「そう考えたら、圭斗は車関係だし朝霞はイベント、好きなことを仕事にしてる人も結構いるね」
「カズの星港市交通局だけはホントに意味わかんなかったよね!」
「うん、一番驚いた。えっ、市営地下鉄!? って」

 何のために働くのかって言ったら、やっぱり一番はお金。やりがいなんかはその後だ。ありがたいことに向西倉庫は俺を買ってくれて、フォークリフトの講習のお金も出してもらってるし、今後はもっと突っ込んだ仕事もやるぞとは言われてる。現状は概ね納得してる。
 比較対象になるのはやっぱり朝霞なのかなって思っちゃう。朝霞だってお金をどうでもいいとはさすがに思ってないとは思うけど、イメージとして、より良い企画を打ち出して、成功させるのが一番で、その評価としてのお金。仕事が一番、っていう印象にはどうしてもなる。時と場合によっては無償でも大きな仕事をしそうだし。

「よし! 仕事終わりっ!」
「お疲れさま」
「ゴメンね大石クン、めんどくさい話ばっかりで」
「ううん。何だかんだヒビキは真面目だし、たとえ好きじゃなくたって仕事は仕事としてちゃんとやらなきゃって思っちゃうんだよね、きっと」
「うん、多分そういう性分。資格勉強始めなきゃとも思ってる」
「ほら、そういうところ。やっぱりヒビキは人に用意してもらうんじゃなくて、自分で立派なお神輿を作っちゃうんじゃないかなあ」
「でも、使うところでは使うからね! ホテルに着いたら温泉にエステ!」
「俺はオーシャンビューを楽しみながらプールで泳ぐよ。ホントに楽しみ」
「場所が違うだけでやってること同じだよね?」
「もちろん温泉にも入るからセーフだよ。大浴場もあるけど、部屋にも浴槽はあるから24時間好きな時にお風呂に入れるからね」
「ホントそれ最高なんだよね、悠々自適で。毎回宿探しホントにありがとうございます」
「いえいえ。今回は往復の高速代出してもらっちゃって、ありがとうございます」
「第一に運転してもらってるし、出せるだけのお金はあります!」
「いよっ、大企業勤め! ……実はヒビキって、インターフェイスの同期で見ても1、2を争う高給取りだったり?」
「多分そうだよ。石川クンと紗希の院組が将来どうなるかわかんないけど、今就職してる中だと多分アタシが1番だね。ダテにクソデカ商社じゃないです。次点が多分圭斗かな」
「おおー、さすが」
「その次が多分緑ヶ丘の公務員組?」
「高崎とカズね」
「で、その次がー」
「あーあーあー、だんだん話が生々しくなってきちゃった」
「まあでもアタシも来年には多分野坂クンに抜かれるから!」
「うわあ、エリートだあ」


end.


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ヒビキが実はあのクソデカ商社で働いているというお話。仕事人間と呼ばれたくない仕事人間。
地方の中小で働く菜月さんは同期内給与ランキングも下の方。菜月さんは働けるうちに無駄遣いを控えてくれ……
給料だけならそこそこだけど、その他の収入が多いのはPさん。

(phase3)

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