2024(02)
■Start with the basics
++++
「突然集まってもらって、すまない」
「どうしたんだ殿、急に「協力してもらいたいことがある」なんて」
「これの、消費を」
殿から1年のグループLINEにメッセージが入る。明日の夜、ジャックの部屋に集まれという内容だ。そして殿が俺たちの前に出したのは、白い麺類のように見える。
「殿! これはもしや!」
「うどんだ」
「そうかー! 消費っつーことは食わせてもらえるんやな! 俺に任せえよ!」
「でも、いやに大量にあるな」
「経緯は、話せば長くなる」
「その間にお湯沸かしとくわー」
「ああ、頼む」
先日、ジャック宅で殿がみんなにかき揚げうどんを振る舞ってくれた。それはとても美味しかったし、さすが殿だとみんなで喜んだ。その話が殿のお祖父さんに伝わり、うどんはどうしたんだと訊ねられた。スーパーで買ったと伝えると、お祖父さんに火がついた。
男足るもの、麺打ちは必須スキルだと猛特訓が始まった。今は機会が少なくとも、男は年を食うと麺打ちにロマンを感じてそば屋を開く奴がいると。それが本当かはともかく、今後も友達とうどんを食べる機会があるなら練習しておいて損はないと、殿は1日中うどんを打っていたそうだ。
「焼き芋の時の話もあったし、殿のお祖父さんて面白い人なんだね」
「つかうどんを手打ち出来るとか神やん。ま、味次第やけどな」
「うどん作り……生地を足で踏むんだよね……」
「あ、そのイメージわかる」
「自分は、足踏みでなくとも、十分に力がある。足踏みは、女性や子供など、非力な人でも容易に力をかけることの出来る手法だ」
「じゃあ俺とかジャックは足で踏むけど、殿とかツッツは腕でこねるんやな」
「え……俺は、そこまで腕力はないよ……」
「ウソつけえ!」
「うん、それはツッコミ待ちとしか思えない」
「えっと、ゴムハンマーは、500グラムだから……」
「そーゆーこととちゃうんやわ」
MMPの1年同期の中で言えば、ツッツは十分パワータイプだ。ゴムハンマーの重さが500グラムであるとかは問題でなく、それを普段から振るっていることによる腕の筋力の問題だ。実際腕は結構筋肉質なんだもんな。で、パロは多分足腰の方が強いので、うどんを作るなら足踏みの方がいいんだろう。
とにかく、そういうワケで練習の成果としてのうどんが大量に出来てしまったので、同期のみんなで食べようと思い立ったそうだ。6人いるし、自分と俺、それからうどん好きのうっしーが量を食べられるだろうと。殿は、うどん続きで申し訳ないと頭を下げるが、とんでもない。
「ゆで時間は、10分ほどだ。やや時間がかかる」
「殿、今日は何うどんなん?」
「今日は、きつねうどんだ」
「だしが美味ないと美味ないヤツ! さすが殿や! 俺きつねもむちゃ好きなんよ」
「それは、よかった」
「今日はまたどうしてきつねに?」
「俺は、うどんの上に乗せる物の発想に乏しい。対策委員の会議の後、ちむりーに意見をもらった。うどんの上には、何を乗せるのがいいだろうか、と」
「ちむりーは何て?」
「きつねうどんの、揚げが、だしをたっぷり吸い、ふっくらしているのを、かぶりつくのがいいと。何より、揚げは、具としてシンプルで、うどんそのものの味を邪魔しない。基礎的で、シンプルな物ほど奥深く、難しい。今回は、だしと麺を、ストレートに味わってもらいたい」
これまで殿が作ってくれたうどんは、かき揚げに天ぷら、他にも様々な具が乗った物が多かったように思う。大きな揚げが1枚と、ネギがパラパラと散らされたうどんのシンプルなこと。だけど、ちむりーの言うことはわかるような気がする。シンプルであるが故に、だしやうどんそのものの味は他の何にも邪魔されず、純粋にそれを楽しむことが出来るということか。
「俺こないだ緑大のササとうどん食いに行ってんよ」
「えっ、ササ先輩と? 何がどうしてそうなったんだ。てか何で普通に呼びタメしてんだ」
「二十歳の集いでバッタリ会ってんよ。タメの豊葦っ子やしな。あと呼びタメは向こうがそうしてくれっつったからそうしとる」
たまに忘れそうになるけどうっしーの実年齢は俺の1コ下で、今の多くの2年生とタメだ。同い年で同じ豊葦市に生まれ育っているということで二十歳の集いでたまたま会ったそうだ。
「んで式典抜け出してササの地元のうどん屋に連れてってもらってんけど、まーあ美味い店でな。壁一面にメニューずらーっとなっとってな」
「それは同じメニューが繰り返し貼られてるとか?」
「いや、ちゃう。違うメニューや。店主の思いつきとかでどんどん増えるんやと。それこそたなべの写真ばりにブワーッなっとってな」
「それはすごいね」
「で、ササが言うんよ。大学入ってからは季節のメニューとか新作にどんどん挑戦するようになったけど、そんな中でたまーにスタンダードに戻ったら美味くて感動する、ゆーて。同じ店のうどんやぞ。つまりそんだけだしと麺そのものが美味いゆーことや。具に頼らんくてもええっちゅー。俺は殿にはうどん道を極めてああなって欲しいわ」
「うどん道もいいけど、僕は奈々先輩のアップルパイの継承も引き続きお願いしたいな」
「ああ、それもある。多分奏多先輩もそっち派じゃないかな」
「兄貴の名前出されてもうどんは譲れんなあ」
こうして話していると、俺たちはみんな殿に甘えているなあと感じるのだけど、それだけ胃袋を捕まれてしまっているもんなあ。うっしーがよく言う「殿が小料理屋を開いたら常連になる!」は5人共通の思いだろう。いや、開けと言っているワケではなく、殿の料理が食べたくて通ううちに常連と化している、ということだ。
「余談やけど、今度ササ連れてたなべ行ってくるわ」
「おっ、満腹チャレンジか?」
「それがよ、あの人結構食うからチャレンジじゃなくて普通にメシやわ。それだけがおもんないんよ」
「ああー、食事かー」
「歓談中に、申し訳ない。うどんが、茹で上がった。順番に、持ってくる」
「いや、取りに行く! お前ら、背の順に並べ! 小さい順やぞ!」
「何で背の順なんだよー」
「わかりやすいやろ!」
「でも、自分が1番でもないっていう」
「うん。1番は僕だね」
「うるさい!」
「うっしー。食後に、揚げうどんの試食がある。試して、感想を聞かせてくれ」
「任せえよ! 俺やぞ?」
end.
++++
ゴムハンマーの500グラムは叩く部分が500なんであって持ち手も含めたらもうちょっと重そう。
(phase3)
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「突然集まってもらって、すまない」
「どうしたんだ殿、急に「協力してもらいたいことがある」なんて」
「これの、消費を」
殿から1年のグループLINEにメッセージが入る。明日の夜、ジャックの部屋に集まれという内容だ。そして殿が俺たちの前に出したのは、白い麺類のように見える。
「殿! これはもしや!」
「うどんだ」
「そうかー! 消費っつーことは食わせてもらえるんやな! 俺に任せえよ!」
「でも、いやに大量にあるな」
「経緯は、話せば長くなる」
「その間にお湯沸かしとくわー」
「ああ、頼む」
先日、ジャック宅で殿がみんなにかき揚げうどんを振る舞ってくれた。それはとても美味しかったし、さすが殿だとみんなで喜んだ。その話が殿のお祖父さんに伝わり、うどんはどうしたんだと訊ねられた。スーパーで買ったと伝えると、お祖父さんに火がついた。
男足るもの、麺打ちは必須スキルだと猛特訓が始まった。今は機会が少なくとも、男は年を食うと麺打ちにロマンを感じてそば屋を開く奴がいると。それが本当かはともかく、今後も友達とうどんを食べる機会があるなら練習しておいて損はないと、殿は1日中うどんを打っていたそうだ。
「焼き芋の時の話もあったし、殿のお祖父さんて面白い人なんだね」
「つかうどんを手打ち出来るとか神やん。ま、味次第やけどな」
「うどん作り……生地を足で踏むんだよね……」
「あ、そのイメージわかる」
「自分は、足踏みでなくとも、十分に力がある。足踏みは、女性や子供など、非力な人でも容易に力をかけることの出来る手法だ」
「じゃあ俺とかジャックは足で踏むけど、殿とかツッツは腕でこねるんやな」
「え……俺は、そこまで腕力はないよ……」
「ウソつけえ!」
「うん、それはツッコミ待ちとしか思えない」
「えっと、ゴムハンマーは、500グラムだから……」
「そーゆーこととちゃうんやわ」
MMPの1年同期の中で言えば、ツッツは十分パワータイプだ。ゴムハンマーの重さが500グラムであるとかは問題でなく、それを普段から振るっていることによる腕の筋力の問題だ。実際腕は結構筋肉質なんだもんな。で、パロは多分足腰の方が強いので、うどんを作るなら足踏みの方がいいんだろう。
とにかく、そういうワケで練習の成果としてのうどんが大量に出来てしまったので、同期のみんなで食べようと思い立ったそうだ。6人いるし、自分と俺、それからうどん好きのうっしーが量を食べられるだろうと。殿は、うどん続きで申し訳ないと頭を下げるが、とんでもない。
「ゆで時間は、10分ほどだ。やや時間がかかる」
「殿、今日は何うどんなん?」
「今日は、きつねうどんだ」
「だしが美味ないと美味ないヤツ! さすが殿や! 俺きつねもむちゃ好きなんよ」
「それは、よかった」
「今日はまたどうしてきつねに?」
「俺は、うどんの上に乗せる物の発想に乏しい。対策委員の会議の後、ちむりーに意見をもらった。うどんの上には、何を乗せるのがいいだろうか、と」
「ちむりーは何て?」
「きつねうどんの、揚げが、だしをたっぷり吸い、ふっくらしているのを、かぶりつくのがいいと。何より、揚げは、具としてシンプルで、うどんそのものの味を邪魔しない。基礎的で、シンプルな物ほど奥深く、難しい。今回は、だしと麺を、ストレートに味わってもらいたい」
これまで殿が作ってくれたうどんは、かき揚げに天ぷら、他にも様々な具が乗った物が多かったように思う。大きな揚げが1枚と、ネギがパラパラと散らされたうどんのシンプルなこと。だけど、ちむりーの言うことはわかるような気がする。シンプルであるが故に、だしやうどんそのものの味は他の何にも邪魔されず、純粋にそれを楽しむことが出来るということか。
「俺こないだ緑大のササとうどん食いに行ってんよ」
「えっ、ササ先輩と? 何がどうしてそうなったんだ。てか何で普通に呼びタメしてんだ」
「二十歳の集いでバッタリ会ってんよ。タメの豊葦っ子やしな。あと呼びタメは向こうがそうしてくれっつったからそうしとる」
たまに忘れそうになるけどうっしーの実年齢は俺の1コ下で、今の多くの2年生とタメだ。同い年で同じ豊葦市に生まれ育っているということで二十歳の集いでたまたま会ったそうだ。
「んで式典抜け出してササの地元のうどん屋に連れてってもらってんけど、まーあ美味い店でな。壁一面にメニューずらーっとなっとってな」
「それは同じメニューが繰り返し貼られてるとか?」
「いや、ちゃう。違うメニューや。店主の思いつきとかでどんどん増えるんやと。それこそたなべの写真ばりにブワーッなっとってな」
「それはすごいね」
「で、ササが言うんよ。大学入ってからは季節のメニューとか新作にどんどん挑戦するようになったけど、そんな中でたまーにスタンダードに戻ったら美味くて感動する、ゆーて。同じ店のうどんやぞ。つまりそんだけだしと麺そのものが美味いゆーことや。具に頼らんくてもええっちゅー。俺は殿にはうどん道を極めてああなって欲しいわ」
「うどん道もいいけど、僕は奈々先輩のアップルパイの継承も引き続きお願いしたいな」
「ああ、それもある。多分奏多先輩もそっち派じゃないかな」
「兄貴の名前出されてもうどんは譲れんなあ」
こうして話していると、俺たちはみんな殿に甘えているなあと感じるのだけど、それだけ胃袋を捕まれてしまっているもんなあ。うっしーがよく言う「殿が小料理屋を開いたら常連になる!」は5人共通の思いだろう。いや、開けと言っているワケではなく、殿の料理が食べたくて通ううちに常連と化している、ということだ。
「余談やけど、今度ササ連れてたなべ行ってくるわ」
「おっ、満腹チャレンジか?」
「それがよ、あの人結構食うからチャレンジじゃなくて普通にメシやわ。それだけがおもんないんよ」
「ああー、食事かー」
「歓談中に、申し訳ない。うどんが、茹で上がった。順番に、持ってくる」
「いや、取りに行く! お前ら、背の順に並べ! 小さい順やぞ!」
「何で背の順なんだよー」
「わかりやすいやろ!」
「でも、自分が1番でもないっていう」
「うん。1番は僕だね」
「うるさい!」
「うっしー。食後に、揚げうどんの試食がある。試して、感想を聞かせてくれ」
「任せえよ! 俺やぞ?」
end.
++++
ゴムハンマーの500グラムは叩く部分が500なんであって持ち手も含めたらもうちょっと重そう。
(phase3)
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