2024(02)

■雨が降ったらよーいどん

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「今日も餅があるって聞いて、さすがに持ってくる量減らしたよ」
「そうなんだよねー。鏡開きの後2、3日は餅が配られるから、仕事中にお腹空かなくて済むんだよ」
「大石君はちょっと感覚が違うなあやっぱり」

 年が明けて、3月くらいまでは比較的ゆったりとした仕事ペースになってくる。一昨日は会社の鏡開きで、奮発したっていう大きな鏡餅が大量の角餅になった。初日はお雑煮で、2日目からは焼いた餅が休み時間に配られた。この感じだと明日も餅を食べることになりそうだ。美味しいけど、続くとみんな飽きちゃうみたくて。
 この風習を知らなかった長岡君は、大変な思いをしていた。現場の男の人は餅3個がノルマだった。それを食べたら結構お腹いっぱいになって、さらに自分でもお弁当を持ってきているのでそれを食べて。午後は苦しい苦しいって言いながら大きなケースを担ぎ上げていたなあ。で、お弁当の量を減らしたって。

「つーか、あんだけの餅食って普通に昼飯食うお前の燃費の悪さが異常なんだ」
「よく言った越野君! 俺は普通だよね」
「仕事してるうちに食べた分は使っちゃわない?」
「その速度がおかしいって話をしてんだ俺らは」
「餅があれば仕事中にお腹が空くことも少なくなるし、1週間くらいはずっと続いていいんだけど」
「それだけ餅にポジティブなのはお前と内山くらいだぞ」
「ウッチーは餅好きなの?」
「アイツは味変で楽しんでるっぽい。今日はきな粉で食ってたし、明日もあるならレンチンのぜんざい持ってこようって言ってたぞ」
「確か昨日は砂糖醤油だったよね」
「だな」

 今年は大々的に新卒を採用して、会社が思ったよりも定着したので鏡餅も張り切ってちょっと大きくしたという経緯があったそうだ。俺が食べるのはもうみんな知ってるけど、内山さんが楽しそうに餅を食べてくれるので所長は救われた気分になったとか。さすがに注文したサイズが大き過ぎないかと山田さんに突っ込まれていたとかで。
 例年、餅が続くとみんな飽きてきて、最終的には俺と塩見さんが延々と食べることになる。俺はそれでいいんだけど、毎年そんな調子なのに人数がちょっと増えたからってサイズを大きくするとは何事だ、という。内山さんのような若い子が楽しそうに美味しく食べてくれるなら良かったと、山田さんも目を細めているそうだ。

「越野さーん」
「ん? 内山か? お帰り」
「はい、今買い出しから戻ったんですけど、雨降って来ましたー。新倉庫の前にあるパレットが1枚危ない感じです」
「マジか!」

 さっきまでは普通に晴れてたはずだけど、と思ったけど窓の外を見れば確かに雨が降っているし、内山さんの提げている買い物袋も濡れている。話を聞いた越野が慌てて新倉庫の方へ走っていく。きっと危ないパレットを建物の中に引いてくれるんだろう。

「そう言えば、A棟B棟も窓開けてる感じでした?」
「あ、鳥逃がすのに開けてた!」
「長岡君、行こう」
「マジかー…!」

 冬はあまり窓を開けることはないけど、今日は構内に迷い込んできた鳥を逃がすために窓という窓を全部開けていた。だけど雨が降ると建物の中や窓際に置いた荷物が濡れてしまうので、閉めて回らないといけない。今回は建物の端から端まで全部だ。時間との勝負。まずは事務所側の階段を駆け上がる。

「これ、奥に走るのが強いかな、手前から全部閉める?」
「多分どっちも変わんないかな」
「じゃ俺右手側行くね」
「わかった。じゃあ俺はこっち側。B棟まで全部行って折り返しね」
「了解」

 二手に分かれたけど、長岡君の足が速い速い。新卒の俺たちが入社した時の挨拶で50メートル何秒だって言ってたっけ。でも凄く速いなって思ったんだよね。そのときは「あ、倉庫じゃ走らないか」って俊足のアピールが失敗したなーって素振りだったけど、こういう時に光るんだよね。
 窓を1枚1枚閉めている間にも雨は建物の中に入り込んでくる。箱が閉まっていればいいけど、そうじゃなければ製品が濡れる。向島エリアの冬は晴れの日が多いから油断しがちだ。夏ならともかく冬にこんなことになるとは全然思ってない。服を着込んでるから暑い暑い。
 俺がA棟の手前側の窓を閉め終えた頃には長岡君の姿はとうになく、B棟の方に行っているようだった。元々長岡君の走る右手側はA棟奥に窓がないのでB棟に行くのは早いけど、それにしたって早すぎる。B棟はそんなに窓の枚数が多くないし障害物も少ないから、すぐに折り返してくるだろう。

「あっ」

 ちょうど俺の真上に鳥がいる。この鳥が外に出さえすれば窓を開ける必要はないし、糞害に遭う可能性もあるので早いところ外に出ていただきたいところ。あっちの方が明るいよ。窓からじゃなくて吹き抜けから出て行ってもいいけど、この窓が外に近いよ。

「よーし行った!」

 チュンチュンと鳴きながら、鳥は外に出て行った。ナイスタイミング。出て行った窓をしっかり閉めて、次の窓、そのまた次の窓へと移っていく。そうこうしている間に、B棟の方からの足音が大きくなる。折り返してきた長岡君だ。ホント頼もしいなあ。俺も水の中ならちょっとは速いんだけど、陸上はなあ。

「はー、これで全部かなあ」
「全部だね。長岡君、鳥も出て行ったよ」
「あ、ホント!? 良かったぁー」
「さ、事務所に戻ってご飯の続きにしよう。今走っちゃった分、餅でも焼こうかなあ」
「ええ……」

 帰りはのんびり落ち着いて。荷受前の階段から1階に降りて、外の様子を見る。うん、雨がザーザー降ってる。でも、ホントに珍しいなあ。まあ、きっとすぐに止むとは思うけど、鳥も出て行ったし開けておく理由は少ないね。

「はー、ただいまー」
「おっ、お疲れさん。新倉庫からB棟の窓閉まる様子見てたけど、マジで速かったな」
「それは長岡君だね」
「お前新卒の挨拶ン時50メートル何秒っつってたっけ?」
「6.2だね」
「うん、はえーわ」
「そう言えば、いい匂いするね? 誰か餅焼いてる?」
「アタシがお餅焼いてますけど大石さんも食べますー?」
「あっ、食べる食べる!」
「じゃあもうちょっとなんで待っててくださいねー」
「はーい。わざわざ俺のも焼いてくれたの?」
「越野さんが、大石さんは今走ったからって理由で絶対食べるって言ってましたー」
「おおー、さすが越野君」
「マジでそんなようなことを言ってたのか」
「うん。今走った分餅焼こうかなって言ってたよ」
「引くわ」

 内山さんが焼いてくれた餅は、トッピングもおまかせしたら黒ごまがまぶされてハチミツがかかっていた。んー、俺の中では新しい感じだけど、これもおいしいや。昼ご飯もまだ途中だから、こっちも食べちゃわないと。

「大石君が食べてるの見るだけで吐きそう」
「えっ、そこまで!?」
「走ってなければよく食べるねー、くらいの気持ちだったんだけど、走ったら何か昼ご飯もいいかなって感じになっちゃって」
「食べた方がいいよ長岡君。昼の仕事、もたないよ」
「うん、頑張って食べます」


end.


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長岡君を走らせたかっただけの話。
例年お楽しみの鏡開きはナレーションベースで。

(phase3)

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