2024(02)

■We are all ignorant people

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「やァー、愚民どもじャないスかァー」
「おー、律」
「土田さんではありませんか」

 向島大学では、1月10日の午後4時が卒論提出の期限となっている。教務課に設置されたポストのような箱に、論文を印刷した紙の束を投函しなければならない。論文用の表紙と綴り紐のセットは50円で購入しなければならないし、綴るための穴を開けるのが派手にめんどくさい。
 で、この時期の教務課には卒論を提出しにくる4年生が溢れかえるので、知り合いに会う確率も高まるし、逆に言えばここで会わなければもう二度と会わないというレベルだ。さすがに誇大表現だったかもしれないが、ゼミやサークルが一緒でなければマジで会わないだろう。

「自分らも卒論スか?」
「まあ、そんなことでもないとこんなところには来ないよな」
「ですね」
「まァそースね。はい、投函っと。はー、これで自由スわァー」

 今日は卒論提出のためだけに大学に来た。こーたが車で大学に行くと言うのでそれに相乗りさせてもらい、購買で一緒に表紙を買って、一旦解散。互いのゼミ室での作業を終え再び合流し、ポストに卒論の束を投函したところに律がやってきた。

「律のことだから、卒論もきっと余裕だったんだろうな」
「まァ、自分の論文はでっち上げとハッタリを重ねただけなんでネ」
「本当に羨ましいですよ。私はでっち上げもハッタリも得意ではありませんから、1000字書くのにどれだけ苦労したやら」
「野坂は、この卒論の出来如何でトータルの成績がどうなるかスよね。最後までオールSを守り切れるか」
「本当にそれなんだよな~…! テストは大した問題じゃないんだけど卒研なんだよマジで…!」
「本当に大したご身分ですよ、テストは大した問題じゃないと言い切れる辺りが」
「一般教養でA以下を取るビジョンがない」
「強いて言えば遅刻で入場制限に引っかかるくらいじゃないです? ぷーくすくす」
「ははっ、残念だったなこーた、俺はテストや資格試験に遅刻したことはないぞ」
「……あなたの遅刻エピソード、または遅刻しなかったエピソードを聞く度に、菜月先輩が本当に不憫でいらしたなあと思うんですよ」
「違いないスわ」
「それを言うな、昼放送のペア時代に4月から12月までの期間で菜月先輩を累計24時間以上お待たせしてしまった件に関しては俺が一番心苦しく思ってるんだ」
「累計24時間とかいう数字が当たり前のように出てくる時点でおかしいですよ」
「ホントに。実質6ヶ月で24時間スからね。菜月先輩はよくこれを殺らずにいられヤしたわ」

 遅刻云々の話になると俺はすみませんでしたと頭を下げている他にないし、その上、菜月先輩のお名前まで出されてしまうと土下座をしなければならないレベルになってくるのでとっととこの話題は切ってしまいたい。と言うか、俺が特別悪質なだけでMMPメンバーは大なり小なりみんな時間にルーズだっただろ! 菜月先輩と律しか言う資格はないと切に思う。

「そう言えば野坂さん、ヒロさんはどうしたんです?」
「何故俺が知っていると思う」
「まあ、一応は同じゼミですし?」
「テストならともかく、卒論はマジで知ったこっちゃないからな。卒論を出せなくてアイツが留年しようが当たり前だとしか」
「やァー、1年とか2年の頃に比べたら、野坂もしっかり辛辣になりヤしたねェー」
「俺は善性に満ち溢れてるし徳を積んでるぞ」
「どの辺りがです?」
「ヒロの奴、テスト対策をとうとう春風とジュンに集り始めたんだ」
「さすがヒロさんですね。使える物は徹底的に使っていく」
「まあ、その2人に対しては「ヒロの単位が足りないのは自業自得だから絶対に助けるな」と教育してあるから現状どうにか助けさせないことに成功してるんだが、ゼミ室でぎゃあぎゃあウルサいだろ。だから助け過ぎない程度に施しをくれてやってる」
「よくやりヤすわ」

 俺はヒロがどんなテーマで卒業研究をしていたのかも知らないし、論文を書いている様子を見たこともなかったから、現時点で文字数がゼロということも可能性としては全くないこともないと思っている。卒業出来なかったところで知ったことか!

「不憫な野坂にこの超絶親切な律サンがコロッケでも奢ってやろう」
「えっ、マジで。ゴチです。徳積んでてよかった」
「土田さん、私もご馳走になれませんかね」
「あるワケねーだろ立場を弁えろ」
「知ってましたよ!」

 律がコロッケをご馳走してくれると言うので、学食に移動することに。実はヒロへの施しの他にもゼミの後輩たちの勉強を見ていたりもしたのでそっち方面ではマジで徳を積んでいたと思う。ただ、そんな中で春風から聞いた奏多の自宅での開発環境の話はマジで刺激でしかなかったので、奏多はマジでヤバい。

「うー、さむっ」
「この程度で寒いとか、軟弱スねェ」
「土田さんは装備が違うんですよ。ダウンを着ていればそりゃああったかいでしょうよ」
「そういや律って春から住む家は見つかったのか?」
「おかげサマで。港区に決まりヤした」
「ほー、港区か」
「星港市内は高そうですねえ。西海でも良かったんじゃ?」
「確かに西海も視野ではあったンすけど、部屋の数ばっかあったとて。的な? 生活のしやすさを優先しヤした。自分らはしばらくは実家で?」
「私は実家ですね。ただ、自分用の車という物を買うことになっていまして、3月までには納車されますね」
「おおー、納車されたら乗せてくれ」
「冗談でなく一番に乗せるのが野坂さんになりそうで、その点が憂鬱ですね」
「何だ、失礼だな」
「野坂も実家で?」
「あー、俺は会社の寮に入ろうかと思ってて」
「ナンダッテー!?」
「ナンデスッテー!?」
「ちな来春から入る会社の寮のスペックです」

 青浪から星港は決して物凄く遠いワケではないけれど、早朝の出勤ラッシュみたいなものの中で通勤するのはちょっとイヤだなと学生ながらに思ってしまったし、寮ではきちんと朝晩の食事も用意されて、トレーニングルームやラウンジ、サウナなどの設備もあって生活しやすそうだなと思った。もちろん個人の部屋の環境もバリ強だ。何より出勤のしやすさよ。

「はァー、これはクソデカ商社としか言いようがありヤせんわ」
「本当ですよ」
「仕事柄夜も遅くなりそうだし、実家に住んでたらその辺で迷惑かけそうだなとも思って。家具家電の用意が要らないのもいいなって」
「確かに野坂さんの場合は夜も遅くなる可能性もありますか」
「マジで、無能の大卒と呼ばれないように就職決まってからも卒研の合間にメチャクチャ勉強してだなあ」
「そーいやうっしーの経験談がグサグサ刺さってヤしたね」
「クソデカ商社はさすがにうっしーがいたようなブラック企業でないとは思いますが、だからこそ無能の人間はすぐに淘汰される世界ですよね」
「そうなんだよ。その場にいる人間は全員俺より出来る人だから、常日頃から努力は怠れない」
「周り全員野坂さんより出来るとか、どんな化け物集団なんだと思いますがねえ」
「いや、だからそういう会社なんだっつーの」
「そーいやヒビキ先輩もクソデカ商社らしーじゃないスか?」
「そうらしいな。総務の仕事をしていらっしゃるそうだけど。啓子さんからヒビキ先輩に俺が来春就職するって伝わったそうだけど、もし会ったらよろしくねー的な伝言をもらったよ。会う可能性があるかないかの規模の会社にヤベー奴らが集まってんだよ。ヒビキ先輩も例外じゃなくヤベーお方でだな」
「こーた、自分らは地道に働きヤしょーぜ」
「そうですね。野坂さんはそのうち私たちには手の届かない存在になっていますよ。無礼を働けるのも今のうちです」
「違いないスわ」
「同じ立場でコロッケを食む喜びを」

 総菜コーナーにちゃんとコロッケが3個以上あったので、俺は律にそれを買ってもらいつつ、みんなでコロッケをかじる。誰がどんな職についてどんな偉業を成し遂げたとて、俺たち同期は皆等しく愚民であることに違いないのだ。

「律とこーたってもうテストもないんだろ?」
「ないスね」
「そうですね」
「いいなー…!」
「理系は取らなければいけない単位数も多いですからねえ」
「さすがにどこぞの奴ほどギチギチに詰まってはないけどな」
「おーおー、恨み辛みが漏れてヤすよ」


end.


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このメンツが揃うと会話のテンポが上がって文字数がバカ増える。
みんなそれぞれの道へと散っていくけど、りっちゃんも含め皆愚民の学年。

(phase3)

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