2024(02)
■年越し後も緩まない
++++
「サキ先輩、もこもこしてて温かそうですね。やっぱり深夜はそれくらいの装備があった方が良かったですかね」
「その辺は個人差じゃない」
FMにしうみの仕事始めは年越しの瞬間だ。毎年、西海で有名な大きな神社で初詣の取材をすることになっている。今年はアルバイトの俺と、来週から始まる学生番組のメンバー、合わせて5人で取材をすることになった。当たり前だけど、年越しの瞬間は深夜だから所々で火が焚かれていても寒い。
「こんなに寒いのに、琉生がファッションのテーマを崩してないのが凄い」
「スチパンのアウターも、あるにはあるんだよー。その代わり、すっごい高いんだけどねー。でもかわいいからねー」
「つかまつりがめちゃ軽装で見てて寒い」
「そう? ストール巻いてるし、耳当てしてるから見た目よりは防寒してるよ。って言うかあんまり重ね着したら動いてるうちに暑くなっちゃって、中で汗かいて余計冷えるんだよねー。動きにくくもなるしこれくらいがちょうどだよ」
「……なに、体動かす人って総じて薄着になるものなの」
「それこそさっきサキが言った個人差? でもアタシは首と耳守ってるし間に合ってるかな」
「信じられない」
「まー、サキとまつりじゃ運動量が違うもんな。俺とジュンは冬の町歩きの一般的な服装っつー感じ?」
「ですね」
確かに神社の境内に入るまでの階段も、まつりはぴょんぴょんと軽やかに上っていた。一方で、日頃運動をしない俺と琉生の足取りは重く、階段を上りきった瞬間に休憩を宣言したくらいだ。これがFMにしうみの活動でよかった。もし定例会の行事だったらまたあの筋肉バカに煽られてた。
まつりの言うことは少しわかる。発熱素材の肌着は人の体から発せられる水分に反応して熱を出すということだけど、汗をかくくらい熱くなって、結果としてそれが冷えたら元も子もない。汗をかきすぎない程度の服装にしておいて、首や耳など、太い血管のある場所や皮膚が薄くツボの多いところを守るというのは理に適っているようにも思える。
とりあえず休憩に目処を付け、肝心のインタビューに回ることに。5人ひと塊で動くのは効率が悪いので、2人と3人に分かれる。この神社の良いところを聞いたり、新年の抱負であるとか、去年あった良いことを訊ねて回る。1時間もやれば結構な量が集まり、それらを統括した番組も作れそうだ。
「うん、2チームで50サンプル。これだけあれば上々じゃない。1回休憩にしようか」
「やったー!」
「そう言えばー、さっきインタビューした人がー教えてくれたんですけどー、向こうで甘酒が振る舞われてるーって。おいしいって言ってましたー」
「甘酒か、あったまりそうだな」
「へー、俺甘酒ってあんま飲んだことねーや。甘酒って酒?」
「そう言えばわかんないや。どっちだろ。サキ、知ってる?」
「酒じゃないの」
「えっと、今調べたんですけど、甘酒の原料は大きく分けて2種類あって、米麹の方はアルコールがほとんどなくて子供でも飲めるんですけど、酒粕の方はちょっとお酒っぽい感じだそうです。作る段階でアルコールは大体抜けるそうですけど、1%未満とは言え含むには含んでます。なので弱い人や車を運転する人は気を付けるようにって」
「へー。どっちなんだろ。でも行ってみねー? 俺興味あるわー」
「いいね、行こう行こう! これも取材の一環!」
みんなで甘酒を振る舞っているコーナーの列に付き、特有の甘い香りにワクワクしながら順番を待つ。心なしかこの辺りは少し寒さも和らいでいるような。
「あ」
「サキ、どーした?」
「あ、ううん。大したことではない」
「なんだよー、気になるじゃんか」
「じゃあ……雨竜、テントの前に看板立ってるでしょ、甘酒って」
「そーだな」
「甘酒に日本酒を合わせた物も飲めるって書いてあって、いいなあって思っただけだよ」
「さすがサキ、緑ヶ丘。飲むじゃん」
「さすがにバイト中だし飲まないよ。本当は興味深いけど」
「取材の一環ーって体で、飲んじゃえばいいんじゃないですー? サキ先輩だったらー、1杯飲んだくらいじゃ影響しませんしー」
「サキ先輩、強いですし。大丈夫なんじゃないですか?」
「いや、琉生もジュンも誘惑しないでよ」
そうこうしているうちに自分たちの順番になり、日本酒入りの物にしようかどうしようか決めきれないままみんなが甘酒くださーいと巫女さんに伝えるのを聞いている。
「……9時キャンの、取材…?」
「あ。福井さん」
「えーっ!? 福井さんが巫女さんやってるんですかー!? かわいー!」
「お疲れさまです」
「え、なんで」
「私は、毎年、繁忙期には巫女のバイトを……」
「そうだったんですね」
「佐崎君は、どれにする…?」
「あ、えーと」
「でも、日本酒入りの物は、出せない。佐崎君は、確か2月生まれ……。まだ19歳のはず……」
「あ」
「あー、サキ先輩、誕生日まだだったんだー」
「普段から当たり前のように飲んでるから気付きませんでしたね」
「……普通のと、ゆず入りと、しょうが入りがある……体がより温まるのは、恐らく、しょうが入り……」
「えっと、じゃあ、しょうが入りでお願いします。ちなみに、日本酒入りのは毎年あるんですか?」
「一応、毎年やっている……飲みたければ、来年、またどうぞ……」
「ありがとうございます」
結局、しょうが入りの甘酒をもらった。応対をした巫女さんが福井さんでなければ日本酒入りの甘酒を飲んでしまうところだったけど、本来まだ酒を飲んではいけない年齢であるということを思い出させてもらって良かった。一応仕事中ではあるからさすがに飲んじゃいけないよね。来年は、取材の体、西海名物の味を知るという体で飲もう。
「ん。おいし」
「ほー……なるほどー? こーゆーモンなんだなー」
「雨竜の口には合わない?」
「いや、飲めなくないけど、凄く美味いかっつったらそうでもない、的な? スーパーとかでわざわざ買って飲むことはしないけど、神社とかであればせっかく来たし飲もうかな、くらいの感じ」
「それ、ちょっとわかるかも! こういう場所にあるとちょっと価値が高まって感じるんだよね」
「私は結構好きだなー。たまに飲みたいかもー」
「サキ、残念だったな日本酒の方飲めなくて」
「まあ、仕事中だしね」
「そもそもハタチでもなかったですしー」
「それだよ」
「はー、でも甘酒飲むとほっこりしちゃってこの後もう1回インタビューって気分にもなかなかならないよね」
「やらなきゃいけないとはわかってるんですけど、ほっこりしすぎるっていうのもちょっとわかります」
ちょっと甘くて、ちょっとピリッとしたしょうが入りの甘酒が本当に美味しい。それを、所々に焚かれた松明の火を眺めながら飲むのもまたいい。レナの焚き火だとか、ササの薪ストーブだとか、ああいった物に感じる魅力にもちょっと通じるのかもしれない。
「ジュンくんは今日の絵日記、甘酒ー?」
「そうなるかも」
「さっき写真撮ってたもんねー」
「あ、3人チームの方、先にインタビューやっててもらっていいよ。俺もうちょっと飲むの時間かかる」
「それもちょっと違くない?」
「別に急かしてないし。もうちょっと時間帯ずらした方が、違う人の話も聞けそうじゃんな。ゆっくり飲んでていいぜー」
「とか何とか都合いいこと言って」
「あ、サキ先輩がもうちょっとかかるなら、資料撮ってきていいですか、すぐ戻ります!」
「それじゃあ、2時に集合にしよう。それまでは自由行動で。2時からもう1回インタビューやって、3時に終わり。これで行こう」
「わかりました。それじゃあ行ってきます」
「はぐれてもいやだしー、ジュンくんについてこー」
「よーし、じゃあアタシおみくじ引いてこよっかなー」
「まつり、そういうのは撮れ高として記録すんだぜ。サキ、甘酒飲んだらおみくじ引きに行こーぜ」
「えっ、俺も行くの」
「みんなで引いてみんなでワイワイ言うモンじゃねーの!?」
「そうとは限らないと思うけど」
「ううん、それも一理あるよ雨竜! じゃあ2年チームはサキを待っておみくじね! サキ、早く早く」
「えっ、さっき急かしてないって言わなかったっけ」
end.
++++
9時キャンメンバーみんなでワイワイ取材してたらいいと思ったらこうなる。
サキが日本酒入りの甘酒にちょっといいなってなってるのがちゃんとMBCCの人で良き。美奈に阻まれたけど。
(phase3)
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「サキ先輩、もこもこしてて温かそうですね。やっぱり深夜はそれくらいの装備があった方が良かったですかね」
「その辺は個人差じゃない」
FMにしうみの仕事始めは年越しの瞬間だ。毎年、西海で有名な大きな神社で初詣の取材をすることになっている。今年はアルバイトの俺と、来週から始まる学生番組のメンバー、合わせて5人で取材をすることになった。当たり前だけど、年越しの瞬間は深夜だから所々で火が焚かれていても寒い。
「こんなに寒いのに、琉生がファッションのテーマを崩してないのが凄い」
「スチパンのアウターも、あるにはあるんだよー。その代わり、すっごい高いんだけどねー。でもかわいいからねー」
「つかまつりがめちゃ軽装で見てて寒い」
「そう? ストール巻いてるし、耳当てしてるから見た目よりは防寒してるよ。って言うかあんまり重ね着したら動いてるうちに暑くなっちゃって、中で汗かいて余計冷えるんだよねー。動きにくくもなるしこれくらいがちょうどだよ」
「……なに、体動かす人って総じて薄着になるものなの」
「それこそさっきサキが言った個人差? でもアタシは首と耳守ってるし間に合ってるかな」
「信じられない」
「まー、サキとまつりじゃ運動量が違うもんな。俺とジュンは冬の町歩きの一般的な服装っつー感じ?」
「ですね」
確かに神社の境内に入るまでの階段も、まつりはぴょんぴょんと軽やかに上っていた。一方で、日頃運動をしない俺と琉生の足取りは重く、階段を上りきった瞬間に休憩を宣言したくらいだ。これがFMにしうみの活動でよかった。もし定例会の行事だったらまたあの筋肉バカに煽られてた。
まつりの言うことは少しわかる。発熱素材の肌着は人の体から発せられる水分に反応して熱を出すということだけど、汗をかくくらい熱くなって、結果としてそれが冷えたら元も子もない。汗をかきすぎない程度の服装にしておいて、首や耳など、太い血管のある場所や皮膚が薄くツボの多いところを守るというのは理に適っているようにも思える。
とりあえず休憩に目処を付け、肝心のインタビューに回ることに。5人ひと塊で動くのは効率が悪いので、2人と3人に分かれる。この神社の良いところを聞いたり、新年の抱負であるとか、去年あった良いことを訊ねて回る。1時間もやれば結構な量が集まり、それらを統括した番組も作れそうだ。
「うん、2チームで50サンプル。これだけあれば上々じゃない。1回休憩にしようか」
「やったー!」
「そう言えばー、さっきインタビューした人がー教えてくれたんですけどー、向こうで甘酒が振る舞われてるーって。おいしいって言ってましたー」
「甘酒か、あったまりそうだな」
「へー、俺甘酒ってあんま飲んだことねーや。甘酒って酒?」
「そう言えばわかんないや。どっちだろ。サキ、知ってる?」
「酒じゃないの」
「えっと、今調べたんですけど、甘酒の原料は大きく分けて2種類あって、米麹の方はアルコールがほとんどなくて子供でも飲めるんですけど、酒粕の方はちょっとお酒っぽい感じだそうです。作る段階でアルコールは大体抜けるそうですけど、1%未満とは言え含むには含んでます。なので弱い人や車を運転する人は気を付けるようにって」
「へー。どっちなんだろ。でも行ってみねー? 俺興味あるわー」
「いいね、行こう行こう! これも取材の一環!」
みんなで甘酒を振る舞っているコーナーの列に付き、特有の甘い香りにワクワクしながら順番を待つ。心なしかこの辺りは少し寒さも和らいでいるような。
「あ」
「サキ、どーした?」
「あ、ううん。大したことではない」
「なんだよー、気になるじゃんか」
「じゃあ……雨竜、テントの前に看板立ってるでしょ、甘酒って」
「そーだな」
「甘酒に日本酒を合わせた物も飲めるって書いてあって、いいなあって思っただけだよ」
「さすがサキ、緑ヶ丘。飲むじゃん」
「さすがにバイト中だし飲まないよ。本当は興味深いけど」
「取材の一環ーって体で、飲んじゃえばいいんじゃないですー? サキ先輩だったらー、1杯飲んだくらいじゃ影響しませんしー」
「サキ先輩、強いですし。大丈夫なんじゃないですか?」
「いや、琉生もジュンも誘惑しないでよ」
そうこうしているうちに自分たちの順番になり、日本酒入りの物にしようかどうしようか決めきれないままみんなが甘酒くださーいと巫女さんに伝えるのを聞いている。
「……9時キャンの、取材…?」
「あ。福井さん」
「えーっ!? 福井さんが巫女さんやってるんですかー!? かわいー!」
「お疲れさまです」
「え、なんで」
「私は、毎年、繁忙期には巫女のバイトを……」
「そうだったんですね」
「佐崎君は、どれにする…?」
「あ、えーと」
「でも、日本酒入りの物は、出せない。佐崎君は、確か2月生まれ……。まだ19歳のはず……」
「あ」
「あー、サキ先輩、誕生日まだだったんだー」
「普段から当たり前のように飲んでるから気付きませんでしたね」
「……普通のと、ゆず入りと、しょうが入りがある……体がより温まるのは、恐らく、しょうが入り……」
「えっと、じゃあ、しょうが入りでお願いします。ちなみに、日本酒入りのは毎年あるんですか?」
「一応、毎年やっている……飲みたければ、来年、またどうぞ……」
「ありがとうございます」
結局、しょうが入りの甘酒をもらった。応対をした巫女さんが福井さんでなければ日本酒入りの甘酒を飲んでしまうところだったけど、本来まだ酒を飲んではいけない年齢であるということを思い出させてもらって良かった。一応仕事中ではあるからさすがに飲んじゃいけないよね。来年は、取材の体、西海名物の味を知るという体で飲もう。
「ん。おいし」
「ほー……なるほどー? こーゆーモンなんだなー」
「雨竜の口には合わない?」
「いや、飲めなくないけど、凄く美味いかっつったらそうでもない、的な? スーパーとかでわざわざ買って飲むことはしないけど、神社とかであればせっかく来たし飲もうかな、くらいの感じ」
「それ、ちょっとわかるかも! こういう場所にあるとちょっと価値が高まって感じるんだよね」
「私は結構好きだなー。たまに飲みたいかもー」
「サキ、残念だったな日本酒の方飲めなくて」
「まあ、仕事中だしね」
「そもそもハタチでもなかったですしー」
「それだよ」
「はー、でも甘酒飲むとほっこりしちゃってこの後もう1回インタビューって気分にもなかなかならないよね」
「やらなきゃいけないとはわかってるんですけど、ほっこりしすぎるっていうのもちょっとわかります」
ちょっと甘くて、ちょっとピリッとしたしょうが入りの甘酒が本当に美味しい。それを、所々に焚かれた松明の火を眺めながら飲むのもまたいい。レナの焚き火だとか、ササの薪ストーブだとか、ああいった物に感じる魅力にもちょっと通じるのかもしれない。
「ジュンくんは今日の絵日記、甘酒ー?」
「そうなるかも」
「さっき写真撮ってたもんねー」
「あ、3人チームの方、先にインタビューやっててもらっていいよ。俺もうちょっと飲むの時間かかる」
「それもちょっと違くない?」
「別に急かしてないし。もうちょっと時間帯ずらした方が、違う人の話も聞けそうじゃんな。ゆっくり飲んでていいぜー」
「とか何とか都合いいこと言って」
「あ、サキ先輩がもうちょっとかかるなら、資料撮ってきていいですか、すぐ戻ります!」
「それじゃあ、2時に集合にしよう。それまでは自由行動で。2時からもう1回インタビューやって、3時に終わり。これで行こう」
「わかりました。それじゃあ行ってきます」
「はぐれてもいやだしー、ジュンくんについてこー」
「よーし、じゃあアタシおみくじ引いてこよっかなー」
「まつり、そういうのは撮れ高として記録すんだぜ。サキ、甘酒飲んだらおみくじ引きに行こーぜ」
「えっ、俺も行くの」
「みんなで引いてみんなでワイワイ言うモンじゃねーの!?」
「そうとは限らないと思うけど」
「ううん、それも一理あるよ雨竜! じゃあ2年チームはサキを待っておみくじね! サキ、早く早く」
「えっ、さっき急かしてないって言わなかったっけ」
end.
++++
9時キャンメンバーみんなでワイワイ取材してたらいいと思ったらこうなる。
サキが日本酒入りの甘酒にちょっといいなってなってるのがちゃんとMBCCの人で良き。美奈に阻まれたけど。
(phase3)
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