2024(02)
■休む人働く人
++++
「万里。言っとくが、荒らした瞬間つまみ出すからな」
「ひっでーなあ、俺がそんなことするように見えるかぁ?」
「見える」
「あーそーかよ。ったくお前相変わらずガードが固いのなんの」
実に不本意だが、拳悟と万里を家に入れて簡易忘年会的な物が開かれている。店飲みでいいじゃねえかと俺は散々言ったが、目星をつけた店はことごとく満席で予約も取れず、お前は一人暮らししてるんだから部屋があるよなあと押し掛けられて現在に至る。
俺は必要以上に他人を部屋に上げない主義で、自分の意思で部屋に入れたのは拓馬さんと拳悟だけだ。今度Lも呼ぶつもりでいるが、朝霞とかいうクソ野郎と万里を家に上げるつもりはなかった。万里のことは仲の良い部類のダチだと思ってはいるが、それと家に上げるかどうかは別だ。
そんなこんなで結局押し切られてしまい、テーブルの上には鍋の支度が出来上がる。お前らが押し掛けたんだから準備はお前らがやれと用意を押しつけ、ここしばらくの多忙でやや散らかりつつあった部屋を簡単に片付ける。
「高崎、肉買ってきたの全部使うでしょ?」
「ああ」
「じゃパックのまま持ってくよ」
「そうしてくれ」
「いいぞ拳悟ー」
「お前も準備手伝えよ。結局何もしてねえじゃねえか」
「ほら、そこは下手に俺が手ぇ出さない方がいい説」
「お前、台所に立ったことないワケじゃねえだろ。学生の頃は一人暮らししてたんだったら」
「そりゃ簡単なことは出来るけど、簡単なこと程度だし。鍋ってなんかいろいろ難しいじゃん?」
「そうは言うけど、俺もそこまで料理出来るワケじゃないから越野にも手伝ってもらいたかったなー」
「いやいや、そこは拳悟のセンスを信じてるってことで!」
「そんなこと言って高崎の部屋の観察が楽しいだけでしょ?」
結局鍋は拳悟がすべて準備してくれて、万里はただの賑やかしに終わった。俺の片付けは、一応それなりに見られるようにはなった。ただ、リビングのど真ん中で火を炊いて鍋をやると臭い移りが気になる。最悪寝室だけ守られればいい。リビングは……布という布をファブることになるだろう。
「それじゃあ今年もお疲れさまでしたー! かんぱーい!」
――と、ビールの缶をぶつけ合わせた瞬間だ。インターホンが鳴り、一口目が寸止めに終わる。やってきたのは運送業者の配達員だったので、荷物を受け取り、お疲れさまですと見送り再びこたつに潜る。
「高崎、何だった?」
「ああ、一昨日通販で買ったの届いたっぽい」
「はあー!? お前何この時期に通販なんか使ってんだ!」
「急に何だよ」
「年末年始に通販!? 正気の沙汰じゃねー!」
「うるせえ。普段仕事ばっかして久し振りにゆっくり調べ物してたらいいの見つけた結果だ。大体俺の買い物にお前がごちゃごちゃ言うのはおかしいだろ」
「いーや、一応は物流倉庫に勤めてる人間を代表して言わせてもらうね。お前が通販で買い物をしているその裏で、シャバの年末年始を返上して働いてる人がいるってことだ!」
万里は大学で物流を専攻し、今は物流倉庫で働いている。だから世の中の多くの人間が年末年始の休みの中、こうして荷物が届くということに関してどれだけの仕事があるのかということを大体理解している。自分はたまたま休みだけど、年末だろうと休みのない会社で誰かが働いてるんだよな……と、俺宛てに届いた荷物の背景を想像して背筋を振るわせる。
「ウチの会社でも年末年始の間にどんだけ通販の注文が入るかと思ったらもーうぞわぞわする」
「越野、越野の会社が休んでる間は通販で注文しても商品が届かないんでしょ?」
「だな。それは「年始から発送を開始する」ってオンラインショップにもちゃんと書かれてるぞ。小さくない文字だからちゃんと読めよな」
「じゃあお前の会社で扱ってるアウターでも注文するかな。外回り用のが必要になったんだ」
「いやお前ここは星港! 直営店もあるんだから直接行って買えよ!」
「このクソさみぃのに誰が好き好んで外なんか出るか。人も多いのに」
「越野の会社って年始はいつから始まるの?」
「全員揃うのが6日で、一部社員は通販捌くのに4日に半日呼ばれてて、さらに選ばれし社員は3日も出るらしい。高崎、お前が外に出るのをめんどくさがれば、その分塩見さんの正月休みが削られるぞ」
「あ? ああ……まあ、そしたら花栄の店でも覗いてみるか」
「そーだぞ」
外回り用のアウターが必要になったのは本当だが、そこまでリアルな状況を出されてしまうと何となく後ろめたさが出てくる。拓馬さんは家を出てるし盆正月とも縁が薄い人だとは思っているが、貴重な休みを削らせるのも。俺1人が通販を使うのをやめたところでとは思うが、何となく。
「そーだ高崎、鍋って食ってるときはいいけど割とすぐ腹減るじゃん」
「まあわかる」
「後でピザ頼もうぜ。買いに行くのもめんどいし」
「あ? 万里てめェ、さっきと言ってることが全然違うしピザのデリバリーにも同じことが言えるんだが?」
「何でそこでキレられるのか意味わかんねーんだけど!」
「この寒い中原付ひとつで配達するデリバリースタッフだって年末年始関係なく働いてるぞ。年末年始なんか1週間分の食糧買いに出る必要なくしとけよ。ピザが食いたくなるなら冷凍のヤツでも買っとけ。あー思い出すだけでも胸糞悪りィあのクソ野郎、何度でもぶっ飛ばしてやらねえと気が済まねえ」
「高崎、一応聞くけどこの“クソ野郎”は薫クンじゃなくて長谷川マサちゃんの方だよね?」
「だな。長谷川のクソ野郎だ」
学生の頃、ピザ屋でバイトしていた時のことを思い出すと今でもイライラする。人がキープしてた配達用の車の鍵を理不尽に奪ったり、人の寝込みを身包み剥いでコスプレ衣装を着せたり。今からでもやっぱりアイツはぶっ殺しておくべきだ。音楽祭の主催は青山さんがいれば十分だ。
「年末年始に関わらず働いてる人に感謝だねえ」
「年末年始関係ないで言えば、大晦日は地下鉄が終夜運転だから伊東が忙しいらしい」
「ああー、カズはそうか、確かに」
「カズがいないってことは宮ちゃん1人か。新婚なのに年越し一緒にいられねーのかー」
「新婚っつってももう丸1年は経ってるからな。宮ちゃんは宮ちゃんで趣味のイベントに忙しいし、宮ちゃんが趣味のイベントに出るからっていう理由で朝霞が出勤だったりその辺はいろいろだな」
「そう考えるとまとまった休みありがてー」
「越野、何して過ごすとかある?」
「えー? まあ、1日はゲームに取りたいと思ってるけど、他は特に決まってないかな。あ、どっかで初詣には行く。お前らは?」
「俺は音楽祭の後をどうするかだな」
「俺はねえ、どうしよ。とりあえず甥っ子姪っ子たちにお年玉用意しないとって考えるとちょっと憂鬱かな」
「まあ、お前んトコはな」
「うわー、俺も遠くない未来にそうなりそー!」
end.
++++
物流倉庫の人と元ピザ屋バイトを争わせたかっただけのお話。
(phase3)
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「万里。言っとくが、荒らした瞬間つまみ出すからな」
「ひっでーなあ、俺がそんなことするように見えるかぁ?」
「見える」
「あーそーかよ。ったくお前相変わらずガードが固いのなんの」
実に不本意だが、拳悟と万里を家に入れて簡易忘年会的な物が開かれている。店飲みでいいじゃねえかと俺は散々言ったが、目星をつけた店はことごとく満席で予約も取れず、お前は一人暮らししてるんだから部屋があるよなあと押し掛けられて現在に至る。
俺は必要以上に他人を部屋に上げない主義で、自分の意思で部屋に入れたのは拓馬さんと拳悟だけだ。今度Lも呼ぶつもりでいるが、朝霞とかいうクソ野郎と万里を家に上げるつもりはなかった。万里のことは仲の良い部類のダチだと思ってはいるが、それと家に上げるかどうかは別だ。
そんなこんなで結局押し切られてしまい、テーブルの上には鍋の支度が出来上がる。お前らが押し掛けたんだから準備はお前らがやれと用意を押しつけ、ここしばらくの多忙でやや散らかりつつあった部屋を簡単に片付ける。
「高崎、肉買ってきたの全部使うでしょ?」
「ああ」
「じゃパックのまま持ってくよ」
「そうしてくれ」
「いいぞ拳悟ー」
「お前も準備手伝えよ。結局何もしてねえじゃねえか」
「ほら、そこは下手に俺が手ぇ出さない方がいい説」
「お前、台所に立ったことないワケじゃねえだろ。学生の頃は一人暮らししてたんだったら」
「そりゃ簡単なことは出来るけど、簡単なこと程度だし。鍋ってなんかいろいろ難しいじゃん?」
「そうは言うけど、俺もそこまで料理出来るワケじゃないから越野にも手伝ってもらいたかったなー」
「いやいや、そこは拳悟のセンスを信じてるってことで!」
「そんなこと言って高崎の部屋の観察が楽しいだけでしょ?」
結局鍋は拳悟がすべて準備してくれて、万里はただの賑やかしに終わった。俺の片付けは、一応それなりに見られるようにはなった。ただ、リビングのど真ん中で火を炊いて鍋をやると臭い移りが気になる。最悪寝室だけ守られればいい。リビングは……布という布をファブることになるだろう。
「それじゃあ今年もお疲れさまでしたー! かんぱーい!」
――と、ビールの缶をぶつけ合わせた瞬間だ。インターホンが鳴り、一口目が寸止めに終わる。やってきたのは運送業者の配達員だったので、荷物を受け取り、お疲れさまですと見送り再びこたつに潜る。
「高崎、何だった?」
「ああ、一昨日通販で買ったの届いたっぽい」
「はあー!? お前何この時期に通販なんか使ってんだ!」
「急に何だよ」
「年末年始に通販!? 正気の沙汰じゃねー!」
「うるせえ。普段仕事ばっかして久し振りにゆっくり調べ物してたらいいの見つけた結果だ。大体俺の買い物にお前がごちゃごちゃ言うのはおかしいだろ」
「いーや、一応は物流倉庫に勤めてる人間を代表して言わせてもらうね。お前が通販で買い物をしているその裏で、シャバの年末年始を返上して働いてる人がいるってことだ!」
万里は大学で物流を専攻し、今は物流倉庫で働いている。だから世の中の多くの人間が年末年始の休みの中、こうして荷物が届くということに関してどれだけの仕事があるのかということを大体理解している。自分はたまたま休みだけど、年末だろうと休みのない会社で誰かが働いてるんだよな……と、俺宛てに届いた荷物の背景を想像して背筋を振るわせる。
「ウチの会社でも年末年始の間にどんだけ通販の注文が入るかと思ったらもーうぞわぞわする」
「越野、越野の会社が休んでる間は通販で注文しても商品が届かないんでしょ?」
「だな。それは「年始から発送を開始する」ってオンラインショップにもちゃんと書かれてるぞ。小さくない文字だからちゃんと読めよな」
「じゃあお前の会社で扱ってるアウターでも注文するかな。外回り用のが必要になったんだ」
「いやお前ここは星港! 直営店もあるんだから直接行って買えよ!」
「このクソさみぃのに誰が好き好んで外なんか出るか。人も多いのに」
「越野の会社って年始はいつから始まるの?」
「全員揃うのが6日で、一部社員は通販捌くのに4日に半日呼ばれてて、さらに選ばれし社員は3日も出るらしい。高崎、お前が外に出るのをめんどくさがれば、その分塩見さんの正月休みが削られるぞ」
「あ? ああ……まあ、そしたら花栄の店でも覗いてみるか」
「そーだぞ」
外回り用のアウターが必要になったのは本当だが、そこまでリアルな状況を出されてしまうと何となく後ろめたさが出てくる。拓馬さんは家を出てるし盆正月とも縁が薄い人だとは思っているが、貴重な休みを削らせるのも。俺1人が通販を使うのをやめたところでとは思うが、何となく。
「そーだ高崎、鍋って食ってるときはいいけど割とすぐ腹減るじゃん」
「まあわかる」
「後でピザ頼もうぜ。買いに行くのもめんどいし」
「あ? 万里てめェ、さっきと言ってることが全然違うしピザのデリバリーにも同じことが言えるんだが?」
「何でそこでキレられるのか意味わかんねーんだけど!」
「この寒い中原付ひとつで配達するデリバリースタッフだって年末年始関係なく働いてるぞ。年末年始なんか1週間分の食糧買いに出る必要なくしとけよ。ピザが食いたくなるなら冷凍のヤツでも買っとけ。あー思い出すだけでも胸糞悪りィあのクソ野郎、何度でもぶっ飛ばしてやらねえと気が済まねえ」
「高崎、一応聞くけどこの“クソ野郎”は薫クンじゃなくて長谷川マサちゃんの方だよね?」
「だな。長谷川のクソ野郎だ」
学生の頃、ピザ屋でバイトしていた時のことを思い出すと今でもイライラする。人がキープしてた配達用の車の鍵を理不尽に奪ったり、人の寝込みを身包み剥いでコスプレ衣装を着せたり。今からでもやっぱりアイツはぶっ殺しておくべきだ。音楽祭の主催は青山さんがいれば十分だ。
「年末年始に関わらず働いてる人に感謝だねえ」
「年末年始関係ないで言えば、大晦日は地下鉄が終夜運転だから伊東が忙しいらしい」
「ああー、カズはそうか、確かに」
「カズがいないってことは宮ちゃん1人か。新婚なのに年越し一緒にいられねーのかー」
「新婚っつってももう丸1年は経ってるからな。宮ちゃんは宮ちゃんで趣味のイベントに忙しいし、宮ちゃんが趣味のイベントに出るからっていう理由で朝霞が出勤だったりその辺はいろいろだな」
「そう考えるとまとまった休みありがてー」
「越野、何して過ごすとかある?」
「えー? まあ、1日はゲームに取りたいと思ってるけど、他は特に決まってないかな。あ、どっかで初詣には行く。お前らは?」
「俺は音楽祭の後をどうするかだな」
「俺はねえ、どうしよ。とりあえず甥っ子姪っ子たちにお年玉用意しないとって考えるとちょっと憂鬱かな」
「まあ、お前んトコはな」
「うわー、俺も遠くない未来にそうなりそー!」
end.
++++
物流倉庫の人と元ピザ屋バイトを争わせたかっただけのお話。
(phase3)
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