2024(02)
■Dream of escaping reality
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12月9日。午前0時を回ったときから俺はずっと悩んでいた。今日は菜月先輩の誕生日。一言「誕生日おめでとうございます」とメッセージを送りたいのだけど、先輩は社会人でいらっしゃるし、ど平日にそんなメッセージを送るのもご迷惑かなと、打ち込んでは消し、打ち込んでは消しを繰り返して21時間が経過した。
ただただ「おめでとうございます」と祝意を伝えるだけでいいじゃないか。返信を期待するからメッセージを送ることが迷惑かなと考えてしまうのであって、実に浅ましい考えだなと自己嫌悪が深まる。そうこうしている間にも時間は過ぎていて、10日になってしまえばメッセージを送る口実もなくなってしまう。どうする俺。紙飛行機の上で人差し指が震えている。
「フミー」
「わああっ」
「さっさとお風呂に入っちゃってー」
「はあい」
うわあ、やってしまった。「お誕生日おめでとうございます」という一行が送信されてしまった。送ってしまったそれは撤回出来ないし、緊張で心臓が変にバクバクする。とは言え風呂に入ってしまわないと母さんが不機嫌になるのでさっさと風呂に入る。風呂に入っている間にも、送信してしまったメッセージが菜月先輩のご迷惑になっていないかどうかが気になって気になって。
風呂から上がって部屋に戻り、即スマホを確認する。うわあ、通知が入ってる! 俺がメッセージをうっかり送信してしまってから2分後に既読になっているし、返信もすぐに下さっていたようだ。あわわわわ、先輩からの返信から42分も経ってしまっている! ……いや、菜月先輩であればそれくらいは待ち慣れていらっしゃるのでは?
過去に俺が菜月先輩を待たせた最長記録は168分、人としては割と最低クラスのことを既にしでかしているのをいいことに、42分であればたった4分の1じゃないかとロクでもないことを考えてしまった自分は殴られたって文句は言えない。そもそもリアル遅刻とスマホ上のやりとりを一緒にするなと。先輩からのメッセージを確認し、俺はそれに対する返信の文面を考える。
すると、俺が返信する前に菜月先輩からスタンプが送られて来た。先輩が好んで使っていらっしゃるおにぎりの物だ。スタンプが伝える内容は「電話していい?」、俺がそれを断るはずもなく、もちろんですと返信をした。ひゃっほう! 風呂を済ませてて良かったー! 現在時刻は午後10時前。あまり遅くまでは話していられないだろうけど、菜月先輩の声を聞けるだけでも幸せだぜ!
「もしもし。菜月先輩?」
『もしもし』
「改めまして、お誕生日おめでとうございます」
『ありがとうございます』
「あの、平日なのに夜に通話など、大丈夫ですか?」
『逆に、お前と話す方が早く寝れるぞ』
「え。それはどういう」
『普段は家に帰ってからも、今日の振り返りや明日の仕事の事ばかり考えてしまって寝つきが悪いんだ』
「ああ……それは休まりませんね」
『お前と話せれば、少なくともその間は仕事のことは忘れるだろうし、過去の傾向からして割とすぐ寝落ちるだろ』
「そうですね」
『逆にぐっすり眠れるのでは? という期待だな』
「それでしたら、ご協力致します」
菜月先輩は地元・緑風エリアの印刷会社に就職された。本人は工場勤務を希望していらしたのだけど、希望は叶わず企画やデザインの仕事をしていらっしゃるそうだ。企画やデザインの仕事も嫌いではないしむしろ楽しくはあるけど、如何せん初年度なので環境に慣れるだけで精一杯だったり、業務の上での失敗などもありなかなか大変だと。
自分も割とネガティブな方だからわかってしまうのだけど、家に帰ってからもその日の振り返りや明日の仕事の心配をしてしまって、悪く悪く考えてしまいがちになると言うか、深みにずぶずぶハマってしまうと言うか。菜月先輩の場合、最悪それで過呼吸の発作などを起こしていらっしゃらないかが心配になってしまう。寝つきが悪いだけならまだいいのではないか、と。
「とは言え、特に楽しい話題などは持ち合わせていませんので、何を話したものか……」
『それはうちも同じだぞ。生活は家と会社の往復くらいだし』
「ええと、星でも見上げますか? 雲ひとつありませんし」
『こっちは雨だぞ』
「ああー……西高東低ー」
『だからこそ、プラネタリウムはあって然るべき施設だな』
「そう言えば、緑風には360度星が投影されるプラネタリウムがあると」
『お、知ってるのか』
「春風から聞きました。すがやんと行って来たそうで」
『順調そうで何より』
「本当ですね。ところで先輩、次にこちらにいらっしゃるのはいつ頃になりそうですか?」
『こないだ行ったばっかりだぞ。行くにしたってもうしばらく先だ』
「まあ、そうですよね。申し訳ございません」
菜月先輩は卒業されてから2度こちらに遊びにいらしている。大体4ヶ月に一度くらいの頻度になるだろうか。前回は大学祭の時だったので、次にもしいらっしゃるのであれば3月くらいになるだろうか。お仕事の都合もあるだろうし、過度に期待し過ぎない方がいいのはもちろんわかっている。だけど、それを過ぎてしまえば俺も就職して、何がどうなるかわからない。
『と言うか、お前が来るっていう選択肢はないのか』
「確かに。今の俺はその選択肢も持ち合わせてはいました」
『でも、星港に行くくらいの方が現実逃避出来ていいかもしれないなー。そっちの方が美味しい物とか遊ぶところとか多そうだし。CDショップの規模だって全然違う』
「まあ、一応は大都市に数えられる街ではありますからね」
『そっちにいる間に野球を見に行くべきだったなとも思って』
「野球を見に行くハードルも確かに全然違いますね」
『一応そっちの情報もちょっとは調べてるんだ。次行くときに店がまだあったらいいなって感覚でブックマークして』
「入れ替わりも激しいですもんね、分かります」
『ふわとろなタマゴサンドとかさ、丸いあんバターパンとかさ。地図見ても店の場所がよくわかんないなと思いながら調べてさ』
「菜月先輩がよろしければ、俺が地図を見てご案内しますよ」
『それはたすかるな。……ふゎ』
どうか今日は、仕事や心配事は忘れてゆっくり休んでください。物理的に側にいることは出来ませんが、せめて声だけでも。
end.
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フェーズ3になってからはあまりない菜月さんチャンス。誕生日くらいはね。多少はね。
(phase3)
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12月9日。午前0時を回ったときから俺はずっと悩んでいた。今日は菜月先輩の誕生日。一言「誕生日おめでとうございます」とメッセージを送りたいのだけど、先輩は社会人でいらっしゃるし、ど平日にそんなメッセージを送るのもご迷惑かなと、打ち込んでは消し、打ち込んでは消しを繰り返して21時間が経過した。
ただただ「おめでとうございます」と祝意を伝えるだけでいいじゃないか。返信を期待するからメッセージを送ることが迷惑かなと考えてしまうのであって、実に浅ましい考えだなと自己嫌悪が深まる。そうこうしている間にも時間は過ぎていて、10日になってしまえばメッセージを送る口実もなくなってしまう。どうする俺。紙飛行機の上で人差し指が震えている。
「フミー」
「わああっ」
「さっさとお風呂に入っちゃってー」
「はあい」
うわあ、やってしまった。「お誕生日おめでとうございます」という一行が送信されてしまった。送ってしまったそれは撤回出来ないし、緊張で心臓が変にバクバクする。とは言え風呂に入ってしまわないと母さんが不機嫌になるのでさっさと風呂に入る。風呂に入っている間にも、送信してしまったメッセージが菜月先輩のご迷惑になっていないかどうかが気になって気になって。
風呂から上がって部屋に戻り、即スマホを確認する。うわあ、通知が入ってる! 俺がメッセージをうっかり送信してしまってから2分後に既読になっているし、返信もすぐに下さっていたようだ。あわわわわ、先輩からの返信から42分も経ってしまっている! ……いや、菜月先輩であればそれくらいは待ち慣れていらっしゃるのでは?
過去に俺が菜月先輩を待たせた最長記録は168分、人としては割と最低クラスのことを既にしでかしているのをいいことに、42分であればたった4分の1じゃないかとロクでもないことを考えてしまった自分は殴られたって文句は言えない。そもそもリアル遅刻とスマホ上のやりとりを一緒にするなと。先輩からのメッセージを確認し、俺はそれに対する返信の文面を考える。
すると、俺が返信する前に菜月先輩からスタンプが送られて来た。先輩が好んで使っていらっしゃるおにぎりの物だ。スタンプが伝える内容は「電話していい?」、俺がそれを断るはずもなく、もちろんですと返信をした。ひゃっほう! 風呂を済ませてて良かったー! 現在時刻は午後10時前。あまり遅くまでは話していられないだろうけど、菜月先輩の声を聞けるだけでも幸せだぜ!
「もしもし。菜月先輩?」
『もしもし』
「改めまして、お誕生日おめでとうございます」
『ありがとうございます』
「あの、平日なのに夜に通話など、大丈夫ですか?」
『逆に、お前と話す方が早く寝れるぞ』
「え。それはどういう」
『普段は家に帰ってからも、今日の振り返りや明日の仕事の事ばかり考えてしまって寝つきが悪いんだ』
「ああ……それは休まりませんね」
『お前と話せれば、少なくともその間は仕事のことは忘れるだろうし、過去の傾向からして割とすぐ寝落ちるだろ』
「そうですね」
『逆にぐっすり眠れるのでは? という期待だな』
「それでしたら、ご協力致します」
菜月先輩は地元・緑風エリアの印刷会社に就職された。本人は工場勤務を希望していらしたのだけど、希望は叶わず企画やデザインの仕事をしていらっしゃるそうだ。企画やデザインの仕事も嫌いではないしむしろ楽しくはあるけど、如何せん初年度なので環境に慣れるだけで精一杯だったり、業務の上での失敗などもありなかなか大変だと。
自分も割とネガティブな方だからわかってしまうのだけど、家に帰ってからもその日の振り返りや明日の仕事の心配をしてしまって、悪く悪く考えてしまいがちになると言うか、深みにずぶずぶハマってしまうと言うか。菜月先輩の場合、最悪それで過呼吸の発作などを起こしていらっしゃらないかが心配になってしまう。寝つきが悪いだけならまだいいのではないか、と。
「とは言え、特に楽しい話題などは持ち合わせていませんので、何を話したものか……」
『それはうちも同じだぞ。生活は家と会社の往復くらいだし』
「ええと、星でも見上げますか? 雲ひとつありませんし」
『こっちは雨だぞ』
「ああー……西高東低ー」
『だからこそ、プラネタリウムはあって然るべき施設だな』
「そう言えば、緑風には360度星が投影されるプラネタリウムがあると」
『お、知ってるのか』
「春風から聞きました。すがやんと行って来たそうで」
『順調そうで何より』
「本当ですね。ところで先輩、次にこちらにいらっしゃるのはいつ頃になりそうですか?」
『こないだ行ったばっかりだぞ。行くにしたってもうしばらく先だ』
「まあ、そうですよね。申し訳ございません」
菜月先輩は卒業されてから2度こちらに遊びにいらしている。大体4ヶ月に一度くらいの頻度になるだろうか。前回は大学祭の時だったので、次にもしいらっしゃるのであれば3月くらいになるだろうか。お仕事の都合もあるだろうし、過度に期待し過ぎない方がいいのはもちろんわかっている。だけど、それを過ぎてしまえば俺も就職して、何がどうなるかわからない。
『と言うか、お前が来るっていう選択肢はないのか』
「確かに。今の俺はその選択肢も持ち合わせてはいました」
『でも、星港に行くくらいの方が現実逃避出来ていいかもしれないなー。そっちの方が美味しい物とか遊ぶところとか多そうだし。CDショップの規模だって全然違う』
「まあ、一応は大都市に数えられる街ではありますからね」
『そっちにいる間に野球を見に行くべきだったなとも思って』
「野球を見に行くハードルも確かに全然違いますね」
『一応そっちの情報もちょっとは調べてるんだ。次行くときに店がまだあったらいいなって感覚でブックマークして』
「入れ替わりも激しいですもんね、分かります」
『ふわとろなタマゴサンドとかさ、丸いあんバターパンとかさ。地図見ても店の場所がよくわかんないなと思いながら調べてさ』
「菜月先輩がよろしければ、俺が地図を見てご案内しますよ」
『それはたすかるな。……ふゎ』
どうか今日は、仕事や心配事は忘れてゆっくり休んでください。物理的に側にいることは出来ませんが、せめて声だけでも。
end.
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フェーズ3になってからはあまりない菜月さんチャンス。誕生日くらいはね。多少はね。
(phase3)
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