2024(02)
■A Good Day's Challenge
++++
「かっすー、時間時間」
「え、もう7時? えーと、年末特番はジュンの企画でロボット大戦のリバイバル作品を作ることになったし、他に急いで取りまとめなきゃいけないこともなかったはずだから、っと。よし、そしたら今日はこんな感じかな?」
「はい。それでいいと思いますよ」
「じゃ、今日はこれでおしまーい。お疲れさまでしたー」
12月に入って、いよいよ年の瀬の空気が色濃くなってきました。年末に向かっていくにつれ、様々な忙しさが襲ってくるように思います。サークル関係で言えば、伝統として年末特番という大きな企画番組を毎年作ることになっていて、今年はそれがジュンの持ち込み企画でロボット大戦の新装版として映像作品を作ります。
大学祭と同時開催されていた向島ロボット大戦は、私と野坂先輩が戦った決勝戦がインターフェイスの動画チャンネルで生配信されました。これがレナなど一部の層に刺さり、非常に熱い感想をもらった結果、改めて映像作品としてやってみようかという話になったのです。配信はアーカイブを残さないという話でしたから。
野坂先輩との再戦は今週の金曜日に行われることに決まりました。ゼミ室であれば環境も整っていますし、ジュンもプレゼミ生なので撮影も可能かと。撮影したものをどう編集するのかのビジョンは今のところジュンの頭の中にしか無いのでしょうが、実写の映像だけでなく、絵やアニメーションも使いたいという話なのでとても楽しみです。
「よーしお前ら、今日はメシ行くぞ」
「うえーい!」
奏多のかけた号令に、1年生たちが盛り上がります。私が車を持つようになってからは、サークル後にみんなで夕飯を食べに行くということが出来るようになりました。私とジャックの車2台で原付のうっしーを除く残り10人が移動出来るのがとても大きいのです。
「奏多、今日はどこ行く?」
「今日はたなべだ」
「え、もう決まってんだね?」
「なあお前ら。みーんなたなべの気分だよなあ!」
「もちろんっすよ兄貴! たなべのうどんサイコー!」
「うちも久し振りにたなべのカツ鍋が食べたいと思ってたんだよねッ」
「あ、今日は奈々先輩も来るんすね」
「たまにはねッ。もうすぐ引退だし1回1回が貴重だよ」
「うーん、たなべね。「今日はうどんを食べました」に取り合わせる季語はどれがいいかなあ」
「みんなこう言ってるけど、鳥ちゃんはどう?」
「たなべのコストパフォーマンスは他の追随を許しませんからね。私もとてもお腹が空いていて。たなべに行くのだとすれば今日は満腹セットかしらと考えていたところですよ」
「おお、さすが鳥ちゃん。そしたらみんなでたなべに行きますか!」
「はーい」
――と、ここまでは茶番なのです。
今日は12月2日。それが何の日であるのか。私は事前に奏多から聞くまで全く知らなかったのですが、なんと今日は希くんの誕生日であるそうなのです。奏多は希くんとはバドミントンサークルからの付き合いなのでそういったことも知っているのですが、MMPはあまり誕生日の話題が挙がらないサークルなので、そのことを知っているのも奏多だけなのです。
希くんの誕生日をお祝いしたいと考えたときに、まず奏多が考えたのが「賑やかにすること」でした。奈々先輩と2人で始まるはずだった今期のサークルを盛り上げるために私と奏多に声をかけ、新入生の勧誘にも誰よりも力を入れてくれた彼のため、ここまで増えた人数で、盛大に祝おうと。その話を聞いた私は、もちろん協力するわよと快諾しました。
そして希くん以外の全員に根回しをし、サークル後にご飯を食べに行くという流れを既成事実としました。普段はすぐに帰ることの多い奈々先輩にもしっかりと説明を行ったそうです。そして10人以上がすぐに入れるよう、たなべのお店側にも連絡を入れ、予約席を確保してもらっているそうです。
「ひー、たなべの店前に来ただけであったかい気がするわー」
「中に入りゃもっとあったかいぜうっしー。さ、行くぞ」
「はいっす兄貴!」
「あ、どうもー。予約の松居ですー」
「12名様ね! じゃああっちにどうぞ」
そう通されたのは、小上がり席です。6人が座れる机を2台、空けておいてもらえたようです。みんな思い思いの場所に座ろうとして学年ごとに固まりかけたのを奏多が制し、それを散らせます。と、ここで私は少しの違和に気付きませんでした。
「えー、俺何にしようかなー」
「かっすーは満腹だよなあもちろん」
「えっ!? いやーちょっと厳しくね? 何だかんだ俺満腹セットに勝ったことないんだけど」
「いやあ、イケるイケる! かっすー、勝てたら今日ここ俺の奢りだ」
「マジで」
「男に二言はない」
「そばにしていい?」
「MMPの公式レギュレーションは温うどんだろ。そばは勝ちにカウントされねーと思うぞ。先輩らに聞いてみろよ」
「うーん。絶対ボロクソに叩かれそー……」
「はい! 温うどんな!」
満腹セットとは、たなべの名物メニューです。温冷のうどんまたはそば2玉とおひつにぎゅうぎゅう詰めにされたご飯、そして長さ20センチはあろうかという大きなチキンカツが2枚と付け合わせの小鉢、ミカンで890円です(店内の他のメニューと比べてもとても破格なのですが、これでも時勢には逆らえず値上げした結果だそうです……)。
MMPでは登竜門としてこの満腹セットに挑むという流れがあり、これに勝ってこそ一皮剥けるという風潮、と言うかノリです。とは言えお腹の容量は個人差がありますから、大敗するのが目に見えている場合は挑戦権すらないようではあります。また、食べきるのがわかっている人の場合も“勝負”や“挑戦”とは言わずに普通の食事扱いとなります。
「かっすーと、春風ジュン殿が満腹な! おやっさん満腹5つ! 全部温うどんで!」
「お? 今日はイケるか」
「頑張ります! 食べたら奏多の奢りなんで!」
「奏多、あなたも満腹セットを食べるの?」
「まさか。俺は牛すじうどんとチキンカツ半の単品で」
「うちはチキンカツ鍋定食で」
「俺は鍋焼き定食で頼んます」
人を煽っておいてあなたねえ。そう窘めようとした時です。入り口の引き戸がガラガラと開き、店主のおじさんの威勢のいい声が響きます。
「よう留学生!」
「どうもー、ご無沙汰してまーす」
「おせーぞすがやん、こっちだこっち」
「ゴメンゴメン。一応ちょっとだけ早抜けさせてもらったけど、焦っても良くないしと思って」
「あ、みんなオーダー済んでるしすがやんのももう注文しといたぞ」
「ホント? 何頼んでくれた?」
「もちろん満腹だよなァ」
「マジかよ! 知ってたらおやつ食べないんだったぁー…!」
「いやいや、店がたなべって時点で悟れよ」
「何だかんだ俺勝ってるし免除されるかと思ったのに」
一通りみんなに挨拶をして、徹平くんが空いていた席に滑り込んできました。食べる人数と注文数が合わないと思った満腹セットは徹平くんのための物だったようです。そう言えば、みんなで店に入るときも、12人の予約であるとおじさんは言っていたように思います。本来はこの時点で人数が違うことに気付くべきだったのでしょう。
「奏多、徹平くんにも声をかけていたの?」
「そりゃあ、かっすーの言うところの「半分MMP」だしなあ。真の意味での唯一の同期みたいなトコもちょっとあるじゃんな」
「確かにね」
「よーしお前ら、今日はかっすーの誕生日だ、店の迷惑にならない程度に盛大に祝うぞ!」
「うえーい!」
「えーっ!? 誕生日やってくれんの!? めちゃうれしーんだけど!」
「ハタチになったかっすーなら、満腹セットくらい余裕だよなァ?」
「いや、19から20になっても胃袋はデカくなんねーんだよ」
「まあまあ、せっかくの記念ですし。食えたら一皮剥けただし、食い切れなくてもサークルの連中に酷い目に遭わされたなあっつって記憶に刻んでもらって」
しばらく歓談していると、食事が運ばれてきました。希くんの前には未だ乗り越えたことのない壁、満腹セットが立ちはだかります。私とジュン、そして殿にとっては美味しいお食事としての満腹セットなのですが。第三者からすると、この挑戦は希くんや徹平くんのように完食出来るか出来ないかわからないくらいの人を見るのが一番楽しいようです。
「お前さんたち、写真撮るぞー」
「はいはーい、了解でーす。では、いただきます!」
「いただきまーす!」
end.
++++
カノン誕生日編。MBCCと比較するとMMPは誕生日イベント少なめ。でも奏多はやっちゃう。何だかんだね。
どうせやるならカノンの喜びそうなポイントを突きたいし、すがやんだって呼んじゃう。根回しも忘れない、それが松居奏多。
(phase3)
.
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「かっすー、時間時間」
「え、もう7時? えーと、年末特番はジュンの企画でロボット大戦のリバイバル作品を作ることになったし、他に急いで取りまとめなきゃいけないこともなかったはずだから、っと。よし、そしたら今日はこんな感じかな?」
「はい。それでいいと思いますよ」
「じゃ、今日はこれでおしまーい。お疲れさまでしたー」
12月に入って、いよいよ年の瀬の空気が色濃くなってきました。年末に向かっていくにつれ、様々な忙しさが襲ってくるように思います。サークル関係で言えば、伝統として年末特番という大きな企画番組を毎年作ることになっていて、今年はそれがジュンの持ち込み企画でロボット大戦の新装版として映像作品を作ります。
大学祭と同時開催されていた向島ロボット大戦は、私と野坂先輩が戦った決勝戦がインターフェイスの動画チャンネルで生配信されました。これがレナなど一部の層に刺さり、非常に熱い感想をもらった結果、改めて映像作品としてやってみようかという話になったのです。配信はアーカイブを残さないという話でしたから。
野坂先輩との再戦は今週の金曜日に行われることに決まりました。ゼミ室であれば環境も整っていますし、ジュンもプレゼミ生なので撮影も可能かと。撮影したものをどう編集するのかのビジョンは今のところジュンの頭の中にしか無いのでしょうが、実写の映像だけでなく、絵やアニメーションも使いたいという話なのでとても楽しみです。
「よーしお前ら、今日はメシ行くぞ」
「うえーい!」
奏多のかけた号令に、1年生たちが盛り上がります。私が車を持つようになってからは、サークル後にみんなで夕飯を食べに行くということが出来るようになりました。私とジャックの車2台で原付のうっしーを除く残り10人が移動出来るのがとても大きいのです。
「奏多、今日はどこ行く?」
「今日はたなべだ」
「え、もう決まってんだね?」
「なあお前ら。みーんなたなべの気分だよなあ!」
「もちろんっすよ兄貴! たなべのうどんサイコー!」
「うちも久し振りにたなべのカツ鍋が食べたいと思ってたんだよねッ」
「あ、今日は奈々先輩も来るんすね」
「たまにはねッ。もうすぐ引退だし1回1回が貴重だよ」
「うーん、たなべね。「今日はうどんを食べました」に取り合わせる季語はどれがいいかなあ」
「みんなこう言ってるけど、鳥ちゃんはどう?」
「たなべのコストパフォーマンスは他の追随を許しませんからね。私もとてもお腹が空いていて。たなべに行くのだとすれば今日は満腹セットかしらと考えていたところですよ」
「おお、さすが鳥ちゃん。そしたらみんなでたなべに行きますか!」
「はーい」
――と、ここまでは茶番なのです。
今日は12月2日。それが何の日であるのか。私は事前に奏多から聞くまで全く知らなかったのですが、なんと今日は希くんの誕生日であるそうなのです。奏多は希くんとはバドミントンサークルからの付き合いなのでそういったことも知っているのですが、MMPはあまり誕生日の話題が挙がらないサークルなので、そのことを知っているのも奏多だけなのです。
希くんの誕生日をお祝いしたいと考えたときに、まず奏多が考えたのが「賑やかにすること」でした。奈々先輩と2人で始まるはずだった今期のサークルを盛り上げるために私と奏多に声をかけ、新入生の勧誘にも誰よりも力を入れてくれた彼のため、ここまで増えた人数で、盛大に祝おうと。その話を聞いた私は、もちろん協力するわよと快諾しました。
そして希くん以外の全員に根回しをし、サークル後にご飯を食べに行くという流れを既成事実としました。普段はすぐに帰ることの多い奈々先輩にもしっかりと説明を行ったそうです。そして10人以上がすぐに入れるよう、たなべのお店側にも連絡を入れ、予約席を確保してもらっているそうです。
「ひー、たなべの店前に来ただけであったかい気がするわー」
「中に入りゃもっとあったかいぜうっしー。さ、行くぞ」
「はいっす兄貴!」
「あ、どうもー。予約の松居ですー」
「12名様ね! じゃああっちにどうぞ」
そう通されたのは、小上がり席です。6人が座れる机を2台、空けておいてもらえたようです。みんな思い思いの場所に座ろうとして学年ごとに固まりかけたのを奏多が制し、それを散らせます。と、ここで私は少しの違和に気付きませんでした。
「えー、俺何にしようかなー」
「かっすーは満腹だよなあもちろん」
「えっ!? いやーちょっと厳しくね? 何だかんだ俺満腹セットに勝ったことないんだけど」
「いやあ、イケるイケる! かっすー、勝てたら今日ここ俺の奢りだ」
「マジで」
「男に二言はない」
「そばにしていい?」
「MMPの公式レギュレーションは温うどんだろ。そばは勝ちにカウントされねーと思うぞ。先輩らに聞いてみろよ」
「うーん。絶対ボロクソに叩かれそー……」
「はい! 温うどんな!」
満腹セットとは、たなべの名物メニューです。温冷のうどんまたはそば2玉とおひつにぎゅうぎゅう詰めにされたご飯、そして長さ20センチはあろうかという大きなチキンカツが2枚と付け合わせの小鉢、ミカンで890円です(店内の他のメニューと比べてもとても破格なのですが、これでも時勢には逆らえず値上げした結果だそうです……)。
MMPでは登竜門としてこの満腹セットに挑むという流れがあり、これに勝ってこそ一皮剥けるという風潮、と言うかノリです。とは言えお腹の容量は個人差がありますから、大敗するのが目に見えている場合は挑戦権すらないようではあります。また、食べきるのがわかっている人の場合も“勝負”や“挑戦”とは言わずに普通の食事扱いとなります。
「かっすーと、春風ジュン殿が満腹な! おやっさん満腹5つ! 全部温うどんで!」
「お? 今日はイケるか」
「頑張ります! 食べたら奏多の奢りなんで!」
「奏多、あなたも満腹セットを食べるの?」
「まさか。俺は牛すじうどんとチキンカツ半の単品で」
「うちはチキンカツ鍋定食で」
「俺は鍋焼き定食で頼んます」
人を煽っておいてあなたねえ。そう窘めようとした時です。入り口の引き戸がガラガラと開き、店主のおじさんの威勢のいい声が響きます。
「よう留学生!」
「どうもー、ご無沙汰してまーす」
「おせーぞすがやん、こっちだこっち」
「ゴメンゴメン。一応ちょっとだけ早抜けさせてもらったけど、焦っても良くないしと思って」
「あ、みんなオーダー済んでるしすがやんのももう注文しといたぞ」
「ホント? 何頼んでくれた?」
「もちろん満腹だよなァ」
「マジかよ! 知ってたらおやつ食べないんだったぁー…!」
「いやいや、店がたなべって時点で悟れよ」
「何だかんだ俺勝ってるし免除されるかと思ったのに」
一通りみんなに挨拶をして、徹平くんが空いていた席に滑り込んできました。食べる人数と注文数が合わないと思った満腹セットは徹平くんのための物だったようです。そう言えば、みんなで店に入るときも、12人の予約であるとおじさんは言っていたように思います。本来はこの時点で人数が違うことに気付くべきだったのでしょう。
「奏多、徹平くんにも声をかけていたの?」
「そりゃあ、かっすーの言うところの「半分MMP」だしなあ。真の意味での唯一の同期みたいなトコもちょっとあるじゃんな」
「確かにね」
「よーしお前ら、今日はかっすーの誕生日だ、店の迷惑にならない程度に盛大に祝うぞ!」
「うえーい!」
「えーっ!? 誕生日やってくれんの!? めちゃうれしーんだけど!」
「ハタチになったかっすーなら、満腹セットくらい余裕だよなァ?」
「いや、19から20になっても胃袋はデカくなんねーんだよ」
「まあまあ、せっかくの記念ですし。食えたら一皮剥けただし、食い切れなくてもサークルの連中に酷い目に遭わされたなあっつって記憶に刻んでもらって」
しばらく歓談していると、食事が運ばれてきました。希くんの前には未だ乗り越えたことのない壁、満腹セットが立ちはだかります。私とジュン、そして殿にとっては美味しいお食事としての満腹セットなのですが。第三者からすると、この挑戦は希くんや徹平くんのように完食出来るか出来ないかわからないくらいの人を見るのが一番楽しいようです。
「お前さんたち、写真撮るぞー」
「はいはーい、了解でーす。では、いただきます!」
「いただきまーす!」
end.
++++
カノン誕生日編。MBCCと比較するとMMPは誕生日イベント少なめ。でも奏多はやっちゃう。何だかんだね。
どうせやるならカノンの喜びそうなポイントを突きたいし、すがやんだって呼んじゃう。根回しも忘れない、それが松居奏多。
(phase3)
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