2024
■ティッシュを求める人
++++
「へっ……へっ……」
「シノ、あっち向いてよね!」
「へっくし! あー……誰かティッシュ持ってね?」
――と、サークル室を見渡すけれど、いつもは置いてあるティッシュの箱がこういう時に限って無かったりする。MBCCではサークル室のティッシュを買い置きしてあるんだけど、その在庫もなさそうだ。置き場所に困るという理由で大量購入はしてないし、季節柄消費量が増えた結果、すっからかんになってしまったと考えられる。
「シノ、一応見つけるには見つけたよ」
「それちょーだい」
「サキの保湿ティッシュだけど。あんまり見ないデザインの箱だね?」
「それ、3枚重ねの超高級品。ムリだ。誰か、他にない?」
くるみが掲げた保湿ティッシュの箱にはご丁寧にも“サキ”と本人比で大きく名前が書かれていて、それは「勝手に使うな」という意味合いを持つと思われる。サキが日常的な保湿ティッシュユーザーであることは、シノへの引っ越し祝いの際に渡した消耗品セットに保湿ティッシュ3箱パックを選んだことでも見て取れて、他の人ならともかくサキの私物を勝手に拝借するのは勇気の要ることだ。
「シノ! コンビニのおしぼりならあったよ!」
「それでいい! くるみ、それをくれ! 一刻を争う! 俺の鼻が決壊する!」
「はいシノ!」
「サンキュー!」
おしぼりを受け取ってから鼻をかむまで約3秒。すっきりした様子のシノの鼻の下は真っ赤だ。ここに至るまでにも鼻をたくさんかんだのだろう。
「シノ、風邪か?」
「じゃないと思いたい」
「じゃあ風邪だな、パターンで言って。あったかくしてちゃんと寝ないとダメだぞ」
「シノ、ついでだからレジ袋もあげる。鼻かんだのそこに入れて処理してね」
「何から何までサンキューな」
「サークル室は衛生第一!」
「守らないとエージ先輩が怖いからな」
「ホンそれ」
時期的に消費量が増えているティッシュだけど、鼻をかんだ後のそれは各自でビニール袋に入れてその日の内に持ち帰るなりして処理をしないとエージ先輩がブチ切れる。くるみの掲げた「サークル室は衛生第一!」はエージ先輩がよく言う言葉で、MBCCの標語になりかけている。
まあ、鼻水などの体液には何かしらのウイルスや菌がいるだろうし、すぐに処理をするということ自体は何ら間違っていなさそうに見える(※高木先輩が「エイジは過剰なんだよね」とサークル室にまで及ぶ衛生対策に溜め息を吐いているのは何度も見た)。
「エージ先輩ってホント潔癖だよなー」
「でも、最初はそこまででもなかったらしいよ。外のトイレが苦手とか信用してない人の手作りお菓子がダメとかは元々らしいけど、ちょっと綺麗好きな程度だったって」
「一説によると、高木先輩の生活が堕落していくにつれ、反比例するように綺麗好きの程度が増していったとか」
「あー……」
自分で振っておいて難だけど、高木先輩の堕落っぷりについてはコメントを控えさせてもらおう。人としての器の大きさだとか、実は結構現実的でシビアな目を持ってるだとか、作品制作やミキサーの技術に関してはとてもストイックだとか、いいところは数え切れないほどある人で、俺が慕っているのは本当だ。学業と生活に関しては、うん。呑み込んだ。
ひとまずくるみのおしぼりで事なきを得たシノだけど、鼻水の類は一度処理したからと言って解決とは言い難い。次にまた鼻をかみたくなった時にどうすればいいのかを考えなければならないのだけど。順当に行けば購買に行ってティッシュを買ってくるのが早いような気がする。
幸いにして目の前にはサークルの新会計・くるみがいるのだから、金銭的な手続きも速やかに処理してくれるだろう。どちらにしてもサークルのストックが枯渇している以上、いつかは買ってこなければならないのだから早いか遅いかの違いだ。
「ティッシュ買ってくるかあ」
「シノはマスクもした方がいいと思う!」
「うーん、そうかあ?」
「うん、バイトが飲食だし、マスクするに越したことはない」
「それもそっか。マスクも買うかあ」
「シノ、マスクは実費だから、ティッシュと会計分けるかレシートに印付けるかしてね」
「他にサークル関係で買わなきゃいけない物って何かあったかな、どうせ行くならついでに済ませたい」
「うーん、何かあったかなあ。ササ、思いつく?」
「うーん……現状無いんじゃないかな」
じゃあ行ってくるかとシノがサークル室の扉を開けようとした瞬間、向こうから開いてつんのめるシノ。おはよー、とやってきたのはすがやんだ。
「っとっと、わりーすがやん」
「大丈夫大丈夫。シノ、外出るトコだった?」
「そうそう。サークル室のティッシュが無くなってて」
「あ、それなら俺持ってきたよ。はいこれ」
すがやんの手にはボックスティッシュが2箱。それが今は凄く輝いて見える。
「うおーっ! すがやん神か!?」
「あと、ついでに使用済みティッシュの処理用ビニ袋。他にも使い道はあるだろうし、あって損する物でもないと思う」
「すごーい! すがやん気が利くね!」
「ガソリンスタンドでイベントやっててさ。20リットル以上でティッシュ1箱プレゼントってやっててそれでもらったのと、春風の家の工場でタイヤ履き替えたときにもらったのと」
「自分の車で使えば良かったのに」
「まだまだ無くなりそうになかったから」
「えっ、車にティッシュはあるだけ得だろ。えっすがやん、とりぃも乗るだろ? 使うシチュエーションを作らない派か?」
「……ササ」
「すがやんのこの目は! マネージャーさーん! ここでーす!」
「ササがやってるぞー! サキー! 通報したから保湿ティッシュ分けてくれー!」
「わーっ! サキを召還するな! 特にシノ、ティッシュ欲しさに俺を売るな!」
「レナの方がいい?」
「どっちもダメだ!」
すがやんが清廉潔白過ぎて何を言っても怒られる! いや、個室でパートナーを前にして欲と手が出ないワケがないだろ! そんな人間が存在するのか!? てかよくよく考えたら、すがやんだって付き合う前に手が出てるんだから俺の発言に怒る権利なくないか!? 人のこと言えないだろ!
「おはよう。寒いのに元気だね。階段のところまで声が聞こえてたよ」
「あっ、サキ! ササがやりました!」
「サキ! 通報したから保湿ティッシュ分けてくれ!」
「ササがやった。通報。俺、警察か何かだと思われてる? どうせまたすがやんに野暮なこと言ったんだろうけど」
「あれ。サキが怒らないね。どしたの?」
「ホントに。いつもだったらササのこと虫けらを見る感じで見下すのに」
「え。俺、虫けらだと思われてました?」
「さすがにそこまででは。鼻水のせいで声も出ないし怒る気にもならないんだよ。ああ、シノ、鼻の下赤くなっててかわいそうだからティッシュ1枚なら使っていいよ」
「あざす! うわー、3枚重ねめっちゃ滑らかだー」
「1箱130組450円だからね」
「えーっ!? 勝手に使わないで良かったー!」
「1枚が3枚重ねだし、勝手に使われたら分かるよ。1年生にも周知しといて」
「分かりました」
end.
++++
サキはサークル室に私物として保湿ティッシュを置いてそうだというイメージから。
この話の陸さんは割と百面相やってるような感じ。珍しい逆ギレも。
MBCCの2年生はシノくるの賑やかしが可愛い。実は結構ナイスコンビなのかもしれない。
(phase3)
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「へっ……へっ……」
「シノ、あっち向いてよね!」
「へっくし! あー……誰かティッシュ持ってね?」
――と、サークル室を見渡すけれど、いつもは置いてあるティッシュの箱がこういう時に限って無かったりする。MBCCではサークル室のティッシュを買い置きしてあるんだけど、その在庫もなさそうだ。置き場所に困るという理由で大量購入はしてないし、季節柄消費量が増えた結果、すっからかんになってしまったと考えられる。
「シノ、一応見つけるには見つけたよ」
「それちょーだい」
「サキの保湿ティッシュだけど。あんまり見ないデザインの箱だね?」
「それ、3枚重ねの超高級品。ムリだ。誰か、他にない?」
くるみが掲げた保湿ティッシュの箱にはご丁寧にも“サキ”と本人比で大きく名前が書かれていて、それは「勝手に使うな」という意味合いを持つと思われる。サキが日常的な保湿ティッシュユーザーであることは、シノへの引っ越し祝いの際に渡した消耗品セットに保湿ティッシュ3箱パックを選んだことでも見て取れて、他の人ならともかくサキの私物を勝手に拝借するのは勇気の要ることだ。
「シノ! コンビニのおしぼりならあったよ!」
「それでいい! くるみ、それをくれ! 一刻を争う! 俺の鼻が決壊する!」
「はいシノ!」
「サンキュー!」
おしぼりを受け取ってから鼻をかむまで約3秒。すっきりした様子のシノの鼻の下は真っ赤だ。ここに至るまでにも鼻をたくさんかんだのだろう。
「シノ、風邪か?」
「じゃないと思いたい」
「じゃあ風邪だな、パターンで言って。あったかくしてちゃんと寝ないとダメだぞ」
「シノ、ついでだからレジ袋もあげる。鼻かんだのそこに入れて処理してね」
「何から何までサンキューな」
「サークル室は衛生第一!」
「守らないとエージ先輩が怖いからな」
「ホンそれ」
時期的に消費量が増えているティッシュだけど、鼻をかんだ後のそれは各自でビニール袋に入れてその日の内に持ち帰るなりして処理をしないとエージ先輩がブチ切れる。くるみの掲げた「サークル室は衛生第一!」はエージ先輩がよく言う言葉で、MBCCの標語になりかけている。
まあ、鼻水などの体液には何かしらのウイルスや菌がいるだろうし、すぐに処理をするということ自体は何ら間違っていなさそうに見える(※高木先輩が「エイジは過剰なんだよね」とサークル室にまで及ぶ衛生対策に溜め息を吐いているのは何度も見た)。
「エージ先輩ってホント潔癖だよなー」
「でも、最初はそこまででもなかったらしいよ。外のトイレが苦手とか信用してない人の手作りお菓子がダメとかは元々らしいけど、ちょっと綺麗好きな程度だったって」
「一説によると、高木先輩の生活が堕落していくにつれ、反比例するように綺麗好きの程度が増していったとか」
「あー……」
自分で振っておいて難だけど、高木先輩の堕落っぷりについてはコメントを控えさせてもらおう。人としての器の大きさだとか、実は結構現実的でシビアな目を持ってるだとか、作品制作やミキサーの技術に関してはとてもストイックだとか、いいところは数え切れないほどある人で、俺が慕っているのは本当だ。学業と生活に関しては、うん。呑み込んだ。
ひとまずくるみのおしぼりで事なきを得たシノだけど、鼻水の類は一度処理したからと言って解決とは言い難い。次にまた鼻をかみたくなった時にどうすればいいのかを考えなければならないのだけど。順当に行けば購買に行ってティッシュを買ってくるのが早いような気がする。
幸いにして目の前にはサークルの新会計・くるみがいるのだから、金銭的な手続きも速やかに処理してくれるだろう。どちらにしてもサークルのストックが枯渇している以上、いつかは買ってこなければならないのだから早いか遅いかの違いだ。
「ティッシュ買ってくるかあ」
「シノはマスクもした方がいいと思う!」
「うーん、そうかあ?」
「うん、バイトが飲食だし、マスクするに越したことはない」
「それもそっか。マスクも買うかあ」
「シノ、マスクは実費だから、ティッシュと会計分けるかレシートに印付けるかしてね」
「他にサークル関係で買わなきゃいけない物って何かあったかな、どうせ行くならついでに済ませたい」
「うーん、何かあったかなあ。ササ、思いつく?」
「うーん……現状無いんじゃないかな」
じゃあ行ってくるかとシノがサークル室の扉を開けようとした瞬間、向こうから開いてつんのめるシノ。おはよー、とやってきたのはすがやんだ。
「っとっと、わりーすがやん」
「大丈夫大丈夫。シノ、外出るトコだった?」
「そうそう。サークル室のティッシュが無くなってて」
「あ、それなら俺持ってきたよ。はいこれ」
すがやんの手にはボックスティッシュが2箱。それが今は凄く輝いて見える。
「うおーっ! すがやん神か!?」
「あと、ついでに使用済みティッシュの処理用ビニ袋。他にも使い道はあるだろうし、あって損する物でもないと思う」
「すごーい! すがやん気が利くね!」
「ガソリンスタンドでイベントやっててさ。20リットル以上でティッシュ1箱プレゼントってやっててそれでもらったのと、春風の家の工場でタイヤ履き替えたときにもらったのと」
「自分の車で使えば良かったのに」
「まだまだ無くなりそうになかったから」
「えっ、車にティッシュはあるだけ得だろ。えっすがやん、とりぃも乗るだろ? 使うシチュエーションを作らない派か?」
「……ササ」
「すがやんのこの目は! マネージャーさーん! ここでーす!」
「ササがやってるぞー! サキー! 通報したから保湿ティッシュ分けてくれー!」
「わーっ! サキを召還するな! 特にシノ、ティッシュ欲しさに俺を売るな!」
「レナの方がいい?」
「どっちもダメだ!」
すがやんが清廉潔白過ぎて何を言っても怒られる! いや、個室でパートナーを前にして欲と手が出ないワケがないだろ! そんな人間が存在するのか!? てかよくよく考えたら、すがやんだって付き合う前に手が出てるんだから俺の発言に怒る権利なくないか!? 人のこと言えないだろ!
「おはよう。寒いのに元気だね。階段のところまで声が聞こえてたよ」
「あっ、サキ! ササがやりました!」
「サキ! 通報したから保湿ティッシュ分けてくれ!」
「ササがやった。通報。俺、警察か何かだと思われてる? どうせまたすがやんに野暮なこと言ったんだろうけど」
「あれ。サキが怒らないね。どしたの?」
「ホントに。いつもだったらササのこと虫けらを見る感じで見下すのに」
「え。俺、虫けらだと思われてました?」
「さすがにそこまででは。鼻水のせいで声も出ないし怒る気にもならないんだよ。ああ、シノ、鼻の下赤くなっててかわいそうだからティッシュ1枚なら使っていいよ」
「あざす! うわー、3枚重ねめっちゃ滑らかだー」
「1箱130組450円だからね」
「えーっ!? 勝手に使わないで良かったー!」
「1枚が3枚重ねだし、勝手に使われたら分かるよ。1年生にも周知しといて」
「分かりました」
end.
++++
サキはサークル室に私物として保湿ティッシュを置いてそうだというイメージから。
この話の陸さんは割と百面相やってるような感じ。珍しい逆ギレも。
MBCCの2年生はシノくるの賑やかしが可愛い。実は結構ナイスコンビなのかもしれない。
(phase3)
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