2024
■良心とスポーツマンシップ
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一昨日、レオから「週末に行われる行事の人数が足りなくなったので参加してもらえませんか」と連絡が入った。何の行事かは深く聞かなかったけど、素人でも大丈夫なのと、道具は運営の人が準備してくれているとのことで、動きやすく汚れてもいい服装であれば手ぶらでいいとのこと。
一般的に、部活を引退してしまえば同期のみんなともそうそう会わなくなるんだなと思っていたから、学部も違うレオからこうして休みの日の予定を埋める形の連絡が入ったのはちょっと嬉しく思ったりもする。理系の人とは特に会わなさそうだからね。
結構早足で歩くので体調は万全にして来てくださいとだけは言われていた。なのでウォーキングか何かかな、と内容に深く切り込まなかったのが多分俺の抜けているところだとは思う。社会に出ると多分そういうところでツメが甘いと言われるんだろうね。
「源、おはようございます」
「えっ、誰!?」
思わず声が出た。レオに言われていた場所に行くと、確かに声はレオなんだけど、見たことのない顔の人から声を掛けられて。
「厭ですね、俺ですよ。所沢怜央です」
「何か、いつもと印象が違いすぎて全然わからなかったよ」
「確かに、普段大学ではジャージではありませんからね」
「そういうことでもないんだけどなあ」
レオと言えば前髪で目を完全に覆っているマッシュヘアー(キノコと言うと怒られる)が特徴で、完全にそれで覚えてるから今から思うと素顔を見たことがなかったのかもしれない。今俺に声を掛けてくれたジャージ姿のレオは前髪をヘアピンで上げて留めてるんだけど、うん、よくよく考えたら、目を初めて見た!
「レオってそんな顔だったんだね。いつもは前髪で隠れてて全然知らなかったよ」
「今日はこの方が都合がいいので」
「切れ長の目がエキゾチックな感じだねえ。睫毛も長いし。イケメンだって言われない?」
「言われませんよ。基本的にはああなので。大学の知り合いの前で俺が前髪を上げたのはこれが初めてですし」
「へえ。メイクしたらすっごく映えそう。幻想的だねえ」
無駄口を叩いてないでこれが源の道具ですよ、とレオは大会公式で用意されているというバケツとトング、そして手袋を渡してくれた。そして大会中はこれを着るように、とゼッケンを渡される。ここまでされてようやくここに呼び出された目的について聞く。
「レオ、これって?」
「見ての通り、ゴミ拾い大会です。環境保全とスポーツを組み合わせたもので、ルールや時間制限がかなり厳密に定められた歴とした競技です」
「聞いたことはあるなあ」
「チームの人数が直前で足りなくなってしまったので源に声を掛けさせてもらいました。素人でも問題ない競技ではありますからね」
「確かに、これなら気軽にやれそうだよ」
「ただ、歴とした競技ですから、公式で設けられる作戦会議の時間が非常に重要になります。エリア内のどこをどう回るか、どんな人がいる場所にどんなゴミが多いのかを推測して、隠れた細かい物まで拾い集めます」
「へ、へえ。思ったよりも戦略性があるんだね」
「そうですよ。また、時間制限がありますから、より広い範囲を回れるように早足でなければなりません。海岸や野原などでは例外もあるようですが、今回のように都市部で開催される大会の場合は走ってはいけないというルールがあります」
ゴミ拾いはいいことなんだから、時間や範囲をはみ出したっていいんじゃないかなと思うんだけど、あくまでもスポーツだからルールは厳格に。ということらしい。あとは、街のゴミ箱から中身を取っちゃいけないっていう当たり前の規則があるそうだ。
「では行きましょう」
「はい」
「源、こうやって、植え込みの中にゴミを隠す不届き者もいますから、見えないところこそ注意が必要です。また、路地裏にも多いです」
「そうなんだね。あ、ホントだタバコの吸い殻がある」
「この通りは路上喫煙禁止区域のはずなんですがね、あるんですよ。隠したつもりなんでしょうけどね、甘いんですよ」
そんな風に話しながらも、レオはひょいひょいと素早くトングを動かしてゴミを拾っていく。タバコの吸い殻はポイントが高いそうだ。
「ねえレオ」
「何ですか」
「レオって、ずっとこの競技に参加してるの?」
「俺がこれを始めたのは1年の秋冬頃です。ある意味で、罪滅ぼしのつもりでした」
「罪滅ぼし」
「俺が日高元部長の下で朝霞班に対する工作を行っていたことは、もちろん源は知っていますよね。過去の台本を管理している戸棚から盗みを働いているところを当時監査だった宇部さんに捕まりましてね」
レオは日高元部長の言うままに朝霞班に対する工作を行うだけの、言わば鉄砲玉のような扱いで、存在を知られてはいけないという理由で表に出てくることも許されていなかったし、ステージのことなんて教えてもらったこともなかった。
宇部さんから、部長がいなくなった後のことを聞かれたそうだ。しばらく考えた結果「この部活は腐っている」という結論にたどり着き、たとえ恐怖政治になったとしても自分が部長になってこの部にある見えない階級みたいな物や、汚い事をする人をみんな潰そうと思ったそうだ。
レオがゴミ拾いを始めたのは、朝霞班に対する工作をマイナスの行動とするなら、ゴミ拾いをプラスの行動と位置づけて、自分の中での善悪の釣り合いを取りたかった、とのこと。だけどそれが気付いたらその高い競技性にドハマりしてしまった、と。
「ゴミにしても悪い人間にしても、汚い場所に集まるんです。朱に染まるというのは少々違うような気もしますが、環境ですかね」
「確かに、ゴミが捨てられてる場所だったらポイ捨てするのに抵抗も薄まりそうだもんね」
「ああいった物があるから空気は淀み、腐っていく。人間も同じで、旧日高班のような場所にいたのは相応の連中ばかりでしたし、朝霞班は、皆等しく視線がステージに向いていたでしょう」
「なるほど」
「柳井さんが旧日高班というゴミをこの部から排除して、それを源が磨き上げた。俺は人の目が届きにくい場所の不具合を見つけ、整える。環境というのは一朝一夕では良くなりません。維持していくことが何より難しいんです」
「それはそうだねえ。って言うか、レオ、歩くの早いね?」
「俺の早足は源に鍛えられましたよ。少し目を離すとすぐ行方知れずになる部長を探し歩くのに部活棟を上り下り右往左往」
「あーゴミはどっちに多いかなー?」
「作戦と外れた道には行かないで下さい」
「いつもの髪型で言われるのも静かな圧があるけど、顔が見えてても目が鋭いから怖いなあ」
いつものマッシュヘアーはオシャレでやっているそうだけど、今みたいにゴミ拾い大会の場合は視野を広げたいのと、単純に邪魔という理由で前髪を上げてるみたい。いつも上げててもいいのになあと言うと、髪型としてはあっちの方が好きなので、と返ってきた。まあ、あれはあれで似合ってるし、何よりレオって感じがしていい。
「源、大会が終わったら打ち上げに行きましょう」
「打ち上げって、大会参加者みんなでやるような大きな会?」
「いえ、スーパー銭湯です。着替えを持ってくるようには言いましたよね」
「あ、そのための」
「大会後に汗と汚れを落として、牛乳を飲むのが俺のルーティンですね。ない場合は適当な炭酸飲料になりますが。源ももし良ければ」
「ああうん、ぜひ。何か、レオとそういうことが出来ると思わなくって、驚いちゃったよ」
「意外ですか?」
「えっと、正直」
「まあ、友人でも興味のないことや知らないことはたくさんあるでしょう。さ、時間はまだ半分です。ピッチ上げていきますよ」
「もう結構歩いたよ?」
「歩けば歩くほど牛乳が美味しくなりますからね。さあ源、行きますよ」
end.
++++
レオの隠れた趣味の話。何でかわからんけどこうなった。きっかけも忘れたわ
部活を引退したゲンゴローとレオはこれからどういうものになっていくのかはわからんけど、ゲンゴローだし悪くはしなさそう
この活動を通してレオは進路希望も見いだしたみたいだけど、それはまた別の話で。
(phase3)
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一昨日、レオから「週末に行われる行事の人数が足りなくなったので参加してもらえませんか」と連絡が入った。何の行事かは深く聞かなかったけど、素人でも大丈夫なのと、道具は運営の人が準備してくれているとのことで、動きやすく汚れてもいい服装であれば手ぶらでいいとのこと。
一般的に、部活を引退してしまえば同期のみんなともそうそう会わなくなるんだなと思っていたから、学部も違うレオからこうして休みの日の予定を埋める形の連絡が入ったのはちょっと嬉しく思ったりもする。理系の人とは特に会わなさそうだからね。
結構早足で歩くので体調は万全にして来てくださいとだけは言われていた。なのでウォーキングか何かかな、と内容に深く切り込まなかったのが多分俺の抜けているところだとは思う。社会に出ると多分そういうところでツメが甘いと言われるんだろうね。
「源、おはようございます」
「えっ、誰!?」
思わず声が出た。レオに言われていた場所に行くと、確かに声はレオなんだけど、見たことのない顔の人から声を掛けられて。
「厭ですね、俺ですよ。所沢怜央です」
「何か、いつもと印象が違いすぎて全然わからなかったよ」
「確かに、普段大学ではジャージではありませんからね」
「そういうことでもないんだけどなあ」
レオと言えば前髪で目を完全に覆っているマッシュヘアー(キノコと言うと怒られる)が特徴で、完全にそれで覚えてるから今から思うと素顔を見たことがなかったのかもしれない。今俺に声を掛けてくれたジャージ姿のレオは前髪をヘアピンで上げて留めてるんだけど、うん、よくよく考えたら、目を初めて見た!
「レオってそんな顔だったんだね。いつもは前髪で隠れてて全然知らなかったよ」
「今日はこの方が都合がいいので」
「切れ長の目がエキゾチックな感じだねえ。睫毛も長いし。イケメンだって言われない?」
「言われませんよ。基本的にはああなので。大学の知り合いの前で俺が前髪を上げたのはこれが初めてですし」
「へえ。メイクしたらすっごく映えそう。幻想的だねえ」
無駄口を叩いてないでこれが源の道具ですよ、とレオは大会公式で用意されているというバケツとトング、そして手袋を渡してくれた。そして大会中はこれを着るように、とゼッケンを渡される。ここまでされてようやくここに呼び出された目的について聞く。
「レオ、これって?」
「見ての通り、ゴミ拾い大会です。環境保全とスポーツを組み合わせたもので、ルールや時間制限がかなり厳密に定められた歴とした競技です」
「聞いたことはあるなあ」
「チームの人数が直前で足りなくなってしまったので源に声を掛けさせてもらいました。素人でも問題ない競技ではありますからね」
「確かに、これなら気軽にやれそうだよ」
「ただ、歴とした競技ですから、公式で設けられる作戦会議の時間が非常に重要になります。エリア内のどこをどう回るか、どんな人がいる場所にどんなゴミが多いのかを推測して、隠れた細かい物まで拾い集めます」
「へ、へえ。思ったよりも戦略性があるんだね」
「そうですよ。また、時間制限がありますから、より広い範囲を回れるように早足でなければなりません。海岸や野原などでは例外もあるようですが、今回のように都市部で開催される大会の場合は走ってはいけないというルールがあります」
ゴミ拾いはいいことなんだから、時間や範囲をはみ出したっていいんじゃないかなと思うんだけど、あくまでもスポーツだからルールは厳格に。ということらしい。あとは、街のゴミ箱から中身を取っちゃいけないっていう当たり前の規則があるそうだ。
「では行きましょう」
「はい」
「源、こうやって、植え込みの中にゴミを隠す不届き者もいますから、見えないところこそ注意が必要です。また、路地裏にも多いです」
「そうなんだね。あ、ホントだタバコの吸い殻がある」
「この通りは路上喫煙禁止区域のはずなんですがね、あるんですよ。隠したつもりなんでしょうけどね、甘いんですよ」
そんな風に話しながらも、レオはひょいひょいと素早くトングを動かしてゴミを拾っていく。タバコの吸い殻はポイントが高いそうだ。
「ねえレオ」
「何ですか」
「レオって、ずっとこの競技に参加してるの?」
「俺がこれを始めたのは1年の秋冬頃です。ある意味で、罪滅ぼしのつもりでした」
「罪滅ぼし」
「俺が日高元部長の下で朝霞班に対する工作を行っていたことは、もちろん源は知っていますよね。過去の台本を管理している戸棚から盗みを働いているところを当時監査だった宇部さんに捕まりましてね」
レオは日高元部長の言うままに朝霞班に対する工作を行うだけの、言わば鉄砲玉のような扱いで、存在を知られてはいけないという理由で表に出てくることも許されていなかったし、ステージのことなんて教えてもらったこともなかった。
宇部さんから、部長がいなくなった後のことを聞かれたそうだ。しばらく考えた結果「この部活は腐っている」という結論にたどり着き、たとえ恐怖政治になったとしても自分が部長になってこの部にある見えない階級みたいな物や、汚い事をする人をみんな潰そうと思ったそうだ。
レオがゴミ拾いを始めたのは、朝霞班に対する工作をマイナスの行動とするなら、ゴミ拾いをプラスの行動と位置づけて、自分の中での善悪の釣り合いを取りたかった、とのこと。だけどそれが気付いたらその高い競技性にドハマりしてしまった、と。
「ゴミにしても悪い人間にしても、汚い場所に集まるんです。朱に染まるというのは少々違うような気もしますが、環境ですかね」
「確かに、ゴミが捨てられてる場所だったらポイ捨てするのに抵抗も薄まりそうだもんね」
「ああいった物があるから空気は淀み、腐っていく。人間も同じで、旧日高班のような場所にいたのは相応の連中ばかりでしたし、朝霞班は、皆等しく視線がステージに向いていたでしょう」
「なるほど」
「柳井さんが旧日高班というゴミをこの部から排除して、それを源が磨き上げた。俺は人の目が届きにくい場所の不具合を見つけ、整える。環境というのは一朝一夕では良くなりません。維持していくことが何より難しいんです」
「それはそうだねえ。って言うか、レオ、歩くの早いね?」
「俺の早足は源に鍛えられましたよ。少し目を離すとすぐ行方知れずになる部長を探し歩くのに部活棟を上り下り右往左往」
「あーゴミはどっちに多いかなー?」
「作戦と外れた道には行かないで下さい」
「いつもの髪型で言われるのも静かな圧があるけど、顔が見えてても目が鋭いから怖いなあ」
いつものマッシュヘアーはオシャレでやっているそうだけど、今みたいにゴミ拾い大会の場合は視野を広げたいのと、単純に邪魔という理由で前髪を上げてるみたい。いつも上げててもいいのになあと言うと、髪型としてはあっちの方が好きなので、と返ってきた。まあ、あれはあれで似合ってるし、何よりレオって感じがしていい。
「源、大会が終わったら打ち上げに行きましょう」
「打ち上げって、大会参加者みんなでやるような大きな会?」
「いえ、スーパー銭湯です。着替えを持ってくるようには言いましたよね」
「あ、そのための」
「大会後に汗と汚れを落として、牛乳を飲むのが俺のルーティンですね。ない場合は適当な炭酸飲料になりますが。源ももし良ければ」
「ああうん、ぜひ。何か、レオとそういうことが出来ると思わなくって、驚いちゃったよ」
「意外ですか?」
「えっと、正直」
「まあ、友人でも興味のないことや知らないことはたくさんあるでしょう。さ、時間はまだ半分です。ピッチ上げていきますよ」
「もう結構歩いたよ?」
「歩けば歩くほど牛乳が美味しくなりますからね。さあ源、行きますよ」
end.
++++
レオの隠れた趣味の話。何でかわからんけどこうなった。きっかけも忘れたわ
部活を引退したゲンゴローとレオはこれからどういうものになっていくのかはわからんけど、ゲンゴローだし悪くはしなさそう
この活動を通してレオは進路希望も見いだしたみたいだけど、それはまた別の話で。
(phase3)
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