2024
■ひっそりして、ひまなこと
++++
「大石君、こういうとき、何をして過ごせばいいのか教えて欲しい」
「この時期は時間余っちゃうよねー」
10月のダウン出荷最盛期を抜けると一気に仕事量が減って、所謂閑散期に入る。パートさんも出荷が終わってすぐ帰ったりしちゃうし、人材さんに至っては頼まなくなる。こうなると会社に来ていても仕事を探す方が苦労するっていう状況になってて、それが何日も続くとやることもなくなっていく。
閑散期の最初の頃は持ち場の掃除だとか整理整頓、在庫数チェックなどなど、やることもいくらか見つかる。だけどそれを潰していくと、いよいよ本当にやることがなくなっちゃうんだ。出荷の少ない日になると、午前と午後を合わせても実働1時間とか、そんな事も珍しくない。
「こうなると、このタイミングでフォークリフト講習に行ってる越野君が羨ましい」
「あはは、そうだよねー」
今は暇を拗らせた長岡君がB棟に来ていて、俺は扇風機の掃除や冷風機のフィルター掃除なんかをしながらその話を聞いている。ちなみに長岡君はA棟の細かい仕事を元々マメにやってるから、俺みたく後回しにして溜まった物を閑散期になってさあやるぞ、という感じにはならなかったそうだ。仕事の仕方の違いがここでも出てるね。
そして越野はとうとうフォークリフト講習に出ることになった。それまでもいくらか現場で塩見さんから指導は受けてたけど、講習はちゃんと受けて下さいということだ。越野がフォークリフトに乗れるようになると、いよいよオールラウンダーだなあと感心しちゃう。俺はスペシャリストを目指そう。
「こないだ俺らも有給発生したじゃん」
「そうだねえ、10コ」
「あれってどういうときに使えばいいのかなーって。勿体なくてなかなか使えないよね」
「でも、5コは使わなきゃいけないって法律で決まってるからね。俺はバイトの時から有給もらえてたけど、やっぱり使うタイミングがわかんなくて、最後の方にまとめて使うことになってたなあ」
「あの、退職前の有給消化みたいな」
「そうそう、ホントにそういう感じ。さすがに繁忙期にそれは出来ないから、年明けの頃とか、ちょっと落ち着いてるときに。でも社員になってからの有給の使い方はまた違ってくるよね。病気とか、家のこととか、考えなきゃいけないことはいろいろあるし」
「いざという時のためにとっときたいよなー」
「うん」
有給の使い方で特徴的なのは、塩見さんと高沢さんだ。塩見さんはこういうゆったりとした時期には積極的に有給を使っている。自分のやるべき仕事を済ませたら、起こり得る事態を想定した書き置きを残していなくなっていることはザラ。だから本人がいなくてもトラブルになることはそんなにない。
一方、高沢さんは有給を使っているところをほとんど見たことがない。だから有給取得の時期が近付くと、有給を使って下さいと言われてまとめて5つ使う、という感じ。高沢さんは5年目だから、勤続4年半で16コ有給をもらったはずだけど、そろそろ有給が消えるということも考えなきゃいけないのかもしれない。
「塩見さんはマジでガンガン使ってるよね」
「あれは模範的な有給の使い方だと思うよ。業務の書き置きを残してくれてるから、困ったことがあってもそれで大体解決するし」
「こないだ塩見さんの書き置きでビビったのがさ、新倉庫から在庫補充しようと思ってさ、でもあそこ何が何だかわかんないじゃん」
「そうだね、慣れてないと」
「塩見さんに何がどこにあるかっていう大体の位置を聞こうと思ったらいないじゃん」
「あるある」
「でも俺の欲しい品番のロケーションと注意事項が全部ビチーッと書かれてて、あの人エスパーなの!? ってマジで怖かった。いや、おかげで仕事自体はめちゃくちゃ円滑に進んだんだけどさ」
「わかるわかる。塩見さんの書き置きっていつもすごく的確なんだよね。山田さんによれば誰に宛てるかで書き方も違うって話だよ」
「えっ、そうなんだ?」
「俺とか畠山さんに宛てるときはざっくり書きだし、長岡君に宛てるときは細かく書いてるらしいね。高井さん宛の時は絵を多く使ってるとか」
「マメだなあ」
「それ、越野がいたら長岡君が言うなってツッコミ入ってるよ」
ちなみに塩見さん曰く、出荷の傾向がわかれば現場が何を補充するのかということはわかるらしい。頻繁に出て行く物は手前側に入れて比較的取りやすくはしてあるけれど、書き置きを残して帰る時にはパソコン上のデータを見た上で一度現場を歩いて本当に何が必要かを確認しているそうだ。うん、マメだ。
「大石君は庫内整理も大分落ち着いた感じだね」
「そうだね。越野の言うところのバスケットコート2面分くらいは空けて、下から減ったダウンが上がってきたらその対応をするって感じで」
「冬物の雑貨も結構出たよね」
「そうだね。秋冬物はもうお店に並んでる頃だからね」
「そう言えばこの会社って、冬は寒いのかな。夏はめちゃ暑いけど」
「冬は寒いね。特に下でフォークリフトに乗ってるとね。ほら、構内のシャッターが全開きだと実質外みたいな物だから。B棟2階が風がない分1番あったかいかもね」
「そうかー、ここが一番快適な場所になるのかー」
「長岡君、寒いのダメ?」
「どうあってもダメってこともないかな。冬場でも部活は外でやってたし」
「そっか、野球やってたね」
「そうそう。大石君は?」
「寒いのはちょっと苦手だね。温水プール最高」
「そっか、冬場のプールはあったかいのか」
そんな話をしてたらプールに行きたくなったし、今度3時上がりでプールに行こうかなあ。3時上がり2回で半日休み換算っていう、向西倉庫独自のルールの使いどころはここだと思うんだよね。でも、俺が早上がりをするとしたら、誰に何を伝えて行くべきだろう。状況にもよるとは思うけど。
「で、俺はこれからどうしよっかなー」
「あ」
「ん?」
「長岡君、一緒に仕事しよう。B棟の仕事になって申し訳ないけど、ちゃんとした仕事です」
「いいよ、今なら手伝えるよ」
「ありがとう!」
「ちなみに何の仕事?」
「入り組み500枚から1000枚のスタッフバッグを50枚一組に束ね直す仕事だね。カラーサイズ多種です」
「あーっ! 大石君の一番嫌いなタイプの仕事! 生け贄が通りかかるまで放置してたなさては!」
「これやっとくと横持ちがグッと早くなって、A棟の出荷にみんな回れるようになるよ。この仕事は長岡君にも利があるんだから」
「上手いこと言って、自分が薄いペラペラのバッグ数えたくないだけでしょ!?」
「資材用意しまーす」
「コラーッ、越野君いたら怒られてるよ!」
end.
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ツッコミとお叱りでこっしーの威を借りがちなちーちゃんと長岡君。
(phase3)
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「大石君、こういうとき、何をして過ごせばいいのか教えて欲しい」
「この時期は時間余っちゃうよねー」
10月のダウン出荷最盛期を抜けると一気に仕事量が減って、所謂閑散期に入る。パートさんも出荷が終わってすぐ帰ったりしちゃうし、人材さんに至っては頼まなくなる。こうなると会社に来ていても仕事を探す方が苦労するっていう状況になってて、それが何日も続くとやることもなくなっていく。
閑散期の最初の頃は持ち場の掃除だとか整理整頓、在庫数チェックなどなど、やることもいくらか見つかる。だけどそれを潰していくと、いよいよ本当にやることがなくなっちゃうんだ。出荷の少ない日になると、午前と午後を合わせても実働1時間とか、そんな事も珍しくない。
「こうなると、このタイミングでフォークリフト講習に行ってる越野君が羨ましい」
「あはは、そうだよねー」
今は暇を拗らせた長岡君がB棟に来ていて、俺は扇風機の掃除や冷風機のフィルター掃除なんかをしながらその話を聞いている。ちなみに長岡君はA棟の細かい仕事を元々マメにやってるから、俺みたく後回しにして溜まった物を閑散期になってさあやるぞ、という感じにはならなかったそうだ。仕事の仕方の違いがここでも出てるね。
そして越野はとうとうフォークリフト講習に出ることになった。それまでもいくらか現場で塩見さんから指導は受けてたけど、講習はちゃんと受けて下さいということだ。越野がフォークリフトに乗れるようになると、いよいよオールラウンダーだなあと感心しちゃう。俺はスペシャリストを目指そう。
「こないだ俺らも有給発生したじゃん」
「そうだねえ、10コ」
「あれってどういうときに使えばいいのかなーって。勿体なくてなかなか使えないよね」
「でも、5コは使わなきゃいけないって法律で決まってるからね。俺はバイトの時から有給もらえてたけど、やっぱり使うタイミングがわかんなくて、最後の方にまとめて使うことになってたなあ」
「あの、退職前の有給消化みたいな」
「そうそう、ホントにそういう感じ。さすがに繁忙期にそれは出来ないから、年明けの頃とか、ちょっと落ち着いてるときに。でも社員になってからの有給の使い方はまた違ってくるよね。病気とか、家のこととか、考えなきゃいけないことはいろいろあるし」
「いざという時のためにとっときたいよなー」
「うん」
有給の使い方で特徴的なのは、塩見さんと高沢さんだ。塩見さんはこういうゆったりとした時期には積極的に有給を使っている。自分のやるべき仕事を済ませたら、起こり得る事態を想定した書き置きを残していなくなっていることはザラ。だから本人がいなくてもトラブルになることはそんなにない。
一方、高沢さんは有給を使っているところをほとんど見たことがない。だから有給取得の時期が近付くと、有給を使って下さいと言われてまとめて5つ使う、という感じ。高沢さんは5年目だから、勤続4年半で16コ有給をもらったはずだけど、そろそろ有給が消えるということも考えなきゃいけないのかもしれない。
「塩見さんはマジでガンガン使ってるよね」
「あれは模範的な有給の使い方だと思うよ。業務の書き置きを残してくれてるから、困ったことがあってもそれで大体解決するし」
「こないだ塩見さんの書き置きでビビったのがさ、新倉庫から在庫補充しようと思ってさ、でもあそこ何が何だかわかんないじゃん」
「そうだね、慣れてないと」
「塩見さんに何がどこにあるかっていう大体の位置を聞こうと思ったらいないじゃん」
「あるある」
「でも俺の欲しい品番のロケーションと注意事項が全部ビチーッと書かれてて、あの人エスパーなの!? ってマジで怖かった。いや、おかげで仕事自体はめちゃくちゃ円滑に進んだんだけどさ」
「わかるわかる。塩見さんの書き置きっていつもすごく的確なんだよね。山田さんによれば誰に宛てるかで書き方も違うって話だよ」
「えっ、そうなんだ?」
「俺とか畠山さんに宛てるときはざっくり書きだし、長岡君に宛てるときは細かく書いてるらしいね。高井さん宛の時は絵を多く使ってるとか」
「マメだなあ」
「それ、越野がいたら長岡君が言うなってツッコミ入ってるよ」
ちなみに塩見さん曰く、出荷の傾向がわかれば現場が何を補充するのかということはわかるらしい。頻繁に出て行く物は手前側に入れて比較的取りやすくはしてあるけれど、書き置きを残して帰る時にはパソコン上のデータを見た上で一度現場を歩いて本当に何が必要かを確認しているそうだ。うん、マメだ。
「大石君は庫内整理も大分落ち着いた感じだね」
「そうだね。越野の言うところのバスケットコート2面分くらいは空けて、下から減ったダウンが上がってきたらその対応をするって感じで」
「冬物の雑貨も結構出たよね」
「そうだね。秋冬物はもうお店に並んでる頃だからね」
「そう言えばこの会社って、冬は寒いのかな。夏はめちゃ暑いけど」
「冬は寒いね。特に下でフォークリフトに乗ってるとね。ほら、構内のシャッターが全開きだと実質外みたいな物だから。B棟2階が風がない分1番あったかいかもね」
「そうかー、ここが一番快適な場所になるのかー」
「長岡君、寒いのダメ?」
「どうあってもダメってこともないかな。冬場でも部活は外でやってたし」
「そっか、野球やってたね」
「そうそう。大石君は?」
「寒いのはちょっと苦手だね。温水プール最高」
「そっか、冬場のプールはあったかいのか」
そんな話をしてたらプールに行きたくなったし、今度3時上がりでプールに行こうかなあ。3時上がり2回で半日休み換算っていう、向西倉庫独自のルールの使いどころはここだと思うんだよね。でも、俺が早上がりをするとしたら、誰に何を伝えて行くべきだろう。状況にもよるとは思うけど。
「で、俺はこれからどうしよっかなー」
「あ」
「ん?」
「長岡君、一緒に仕事しよう。B棟の仕事になって申し訳ないけど、ちゃんとした仕事です」
「いいよ、今なら手伝えるよ」
「ありがとう!」
「ちなみに何の仕事?」
「入り組み500枚から1000枚のスタッフバッグを50枚一組に束ね直す仕事だね。カラーサイズ多種です」
「あーっ! 大石君の一番嫌いなタイプの仕事! 生け贄が通りかかるまで放置してたなさては!」
「これやっとくと横持ちがグッと早くなって、A棟の出荷にみんな回れるようになるよ。この仕事は長岡君にも利があるんだから」
「上手いこと言って、自分が薄いペラペラのバッグ数えたくないだけでしょ!?」
「資材用意しまーす」
「コラーッ、越野君いたら怒られてるよ!」
end.
++++
ツッコミとお叱りでこっしーの威を借りがちなちーちゃんと長岡君。
(phase3)
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