2024

■ずっと一番後輩

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「文化会の会長!?」

 ――と揃ったのは俺とつばちゃんと朝霞クン、3人の声。はにかんでるのは、ゲンゴロー。今日は久々に“玄”にやってきた。俺は現在大将から言い渡された外での修行の真っ最中。だから今日は純粋にお客さんとして来ている。でも、やっぱりこの店の雰囲気や空気が一番好きだな。外での修行が終わったらまた店に戻って修行して、いつか独立して自分の店を持つのが当面の目標。
 で、何でまた懐かしの朝霞班メンバーで店に来てるのかって話。とうとうゲンゴローが部活を引退したということで、時の流れは早いでしょでしょ~って、3年間お疲れさまでした~っていう労いの会だね。朝霞班の時は荒くれ者の流刑地って呼ばれてたのに、ゲンゴローは部長として最前線でステージを良くするために走り回ってたんだもんね、本当に凄い。
 部長としても大変だったし、本当にお疲れさまでした。そういう感じで飲もうとするじゃん。そしたらゲンゴローが、「実はのんびりもさせてもらえないみたくって」と切り出したのが、文化会の会長就任の話だった。流刑地って呼ばれていた時代の俺と朝霞クンなんか、部長会や文化会なんて本当に他人事の組織だったんだけどね。

「え、っていうことはさ、ゲンゴローが星ヶ丘大学の文化部の中で一番偉いみたいなこと?」
「偉くはないですけど、星ヶ丘大学の文化部を束ねる組織の、会長ではあります、はい」
「すごいね~朝霞クン、同じ班から文化会の会長サンが出たって~」
「正直部長会とか文化会って言われても俺にはイメージが沸かないけど、宇部が文化会のリーダーズキャンプにブチ切れてた覚えしかないな」
「えっ、そ~なの? メグちゃん何にそんなに怒ってたの?」
「文化会のリーダーズキャンプは研修や他部との交流、情報交換という名目で行われる観光旅行で自由時間と飲み会の時間がほとんどだそうだ。行きのバスから既に酒臭いとか」
「あ、確かにそんな感じでした」
「宇部が行った時は行き先も西京だったしな。今更西京なんか観光する必要もないしそもそもそんな人の多いところに突っ込んでくとか馬鹿じゃねーのか、下らない飲み会で時間使ってる暇ねーんだよ、畑もあるし研究のデータも取らなきゃいけないのに。っつってブチ切れてた」
「朝霞クンの意訳も混ざってるね~」
「ブチ切れたアイツは台詞の長さが普段の10倍くらいにはなるからな。何を聞いて何を聞き流すかの取捨選択は必要だ」
「あ、確かに宇部恵美ってそーゆー節あるね。三井にブチ切れてた時の超絶早口思い出したわ」

 で、イメージも沸かない組織の会長さんを前にして朝霞クンがやることはひとつ。ゲンゴローの仕事っぷりを聞いて自分の栄養にすること。それから、どういう経緯で会長さんになったのかっていうのは俺も気になったから、朝霞クンの質問に少しずつ重ねていく。
 ゲンゴローが部長として企画した放送部版の初心者講習会では、俺はアナウンサー講習の助手として手伝わせてもらってた。だから今年の部活の雰囲気もほんのちょっとだけではあるけど直接見てる。雰囲気良くなったよね~って思いながら見てた。俺たちの時みたく、班ごとにパリッと空気が分かれてるって感じでもなかったし。

「どーせアレっしょ? 部長になったときみたいに柳井がアンタのことハメたんでしょ?」
「あ、いえ、今回は柳井部長からの指名ではなくって、誰がやる? みたいな話になったときに俺の名前が挙がって来て、気付いたら会長になってました」
「ゴメンけど全っ然経緯わかんないわそれ。お人好しだから押しつけられたのか、アンタに人望があって名前が挙がったのかどっち」
「それ、自分で人望があるって言いにくくないですか?」
「そーね。まあ、アンタが部長として暴れ回ってる話は何となーく風の噂で聞いてたけど、猛暑対策で他の部巻き込んで文化会に扇風機買う金出せやっつって殴り込みに行った話はアタシでも「はあ!?」っつって声出たもんね」
「えっ、ゲンゴロー文化会に直談判したの!?」
「文化会から、今年の暑さは異常だから、屋外での活動がある部は何か対策をしろって言われたんですよ。調べたらミスト工業扇っていうのがあったんですけど、1機6万以上だったんで放送部だけでどうにかするにはちょっとしんどくて」
「通年で使うものでもないしな。費用対効果の問題やオフシーズンに片付けておく場所の問題もある」
「はい、そうなんです」

 欲しいものはすぐ手に入れろじゃなくて、費用などの現実問題にちゃんと突っ込んでる朝霞クン、ちゃんと社会人なんだね。何かちょっと感動しちゃった。あと、さっきの直談判の件でつばちゃんの意訳がちゃんとちょっと物騒でつばちゃんだ~って安心もした。

「それで他の部長さんと話し合って、文化会の所有物として扇風機を買ってくれませんかーってお願いしに行きました」
「へ~、やるね~」
「放送部のこれまでのイメージもあったんで、極力他の部の部長さんとのコミュニケーションを密に取ってたんですよね。だから会長の候補に挙がったんじゃないかなって思います」
「源は敵を作りにくい空気があるからな。場を円滑にまとめるには適任だろう」
「じゃ、人望の方ね」

 ゲンゴローはこうも続けた。部内講習会の時に、俺が部長としてステージを良くしようと奔走していることに菅野さんが良い部になったんだなって言ってくれたのは嬉しかった。だけど、まだまだ文化会の他の部の人から見れば放送部は何をしているのかわからない、怪しい部のまま。だから人やお金の動きの透明化を図って、他の部との繋がりを作ることから始めないといけなかった、って。
 それまでの部を知っている人からすれば、流刑地と呼ばれた朝霞班のゲンゴローが部長として最前線で走り回ってるってだけで感慨深いこと。スガノ君の気持ちは俺も凄くわかる。だけどそれは放送部内でだけ通じる話なんだよね。人やお金の動きの透明化は、頑張れば出来る。だけど、他の部との繋がりはそう簡単に出来る物じゃない。それまでの放送部が閉鎖的で、排他的だったから尚更ね。イメージを変えるのは、本来凄く時間のかかること。だけどゲンゴローはやったんだ。

「でも、会長になるに当たってレオにはいろいろ言われましたよ」
「所沢か」
「はい。ステージしか頭にない源が果たして文化会の全体を見ることなんか出来るんですかね。とか、現場を見て歩くのは結構ですけど、書類仕事をすぐ他の誰かに回そうとしないでくださいよ。とか」
「そう言えばゲンゴロー、ステージのことに関しては超有能な部長だって評判だったけど、書類仕事が嫌い過ぎて所沢クンから逃げ回ってたって聞いたよ~」
「ステージの仕事をしていたい気持ちはよくわかるけどな」
「部の運営ガン無視の流刑地の班長とゲンゴローは違うからね、朝霞サン」
「あ、でも菅野さんからは、ステージが好きでそうやって走り回ってるのは朝霞先輩の姿を見てたからだよねって言われました」
「おお~、スガノ君わかってる~」
「そう! だからディレクター遣いが粗い! アンタが所沢怜央をいいように使ってんの、朝霞サンがアタシっていういたいけなディレクターをいいように使ってたのと一緒! ホント要らんトコ似たわ~」
「あ、ディレクターで思い出しました。部の監査にはみちるが就任しました」
「えーっ!?」

 また3人分の声が揃ったよね。みちるちゃん監査就任に関する所沢クンの言い分を俺なりに意訳すると、ディレクターこそ本当に有能じゃないといけないんだぞ。部の全体を見ながら仕事するのはディレクターが一番向いてんだぞ。的な? 朝霞班的には正しい話だけどね。つばちゃんは超有能なディレクターだし。何にせよ、時代がすっごく進んでるのを感じる。

「うん、ゲンゴローは3年間よく頑張ったでしょでしょ~。怒涛の時代だったもんね~」
「はい、怒涛でした、本当に。でも、先輩たちが戦ってくれてたから今があるんだなって、今になって本当に思います」
「よし。源、だし巻き食うか」
「あっ、このパターンは「俺持ちで」のヤツでしょ~。朝霞クン流の労いだよね~。ゲンゴロー、串食べる~?」
「食べてばっかでもアレっしょ? ドリンク好きなの頼みなゲンゴロー」
「えっと、でもなんかちょっと悪いような」
「源、お前がどんな役職を持ってどんなに偉くなろうが、俺たちにとってはずっと戦友で、後輩だ。素直に奢られとけ」
「えっ朝霞サンその理屈だったらアタシにも何かあっていいよね!」
「うるせーな、お前からは2千円しか取らないつもりだったのにその気も失せた」
「やだなあ朝霞サン、かわいい後輩に免じて」
「可愛くねえ。語尾の星かハートか知らないけど気色悪さすら覚える」
「チッ。相変わらずクソ野郎だわ」
「ああ、お前はそっちの方がいい」
「うん、せっかくだしゲンゴローに出す串だけ焼かせて~って大将に頼んで来るね~」
「えっ、山口俺の皮も焼いてくれ」
「アタシの串も!」
「あとだし巻きも!」
「朝霞ク~ン、要求がエスカレートしてるでしょでしょ~」
「だって」
「は~い、そのあざといの禁止~。口とんがらせてもダメ~」


end.


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そりゃやまよの焼いただし巻きは玄で食べるのが一番なんだからしょうがないよなPさんよ
何故か朝霞班でゲンゴローのお疲れさま会をやってるし、やまよはステージスター仕様。

(phase3)

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