2024

■体調とキャパの釣り合い

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「シノ、調子はどうだ?」
「あー、良くなったり悪くなったりを行ったり来たりしてるって感じ」
「そうか。まあ、食べる物を食べてゆっくり休んだら良くなるよきっと」
「だといいけど」

 シノが体調を崩した。大学祭のちょっと前から調子が悪そうだったんだけど、学祭の2日目にはとうとうダウン。ゼミのラジオブースの方で鵠沼先輩とやる予定だった番組に穴を開けてしまい、礼によって高木先輩がフォローに入ってくれた。オープンキャンパスに引き続いての代打ということで、高木先輩でもさすがに「またぁ!?」という感想になったようだ。
 3日目には起きられたので大学祭にも普通に参加してたんだけど、その次の日はダウンということを繰り返してしまったので、さすがにこれはダメだと大学内の保健センターへの受診を決めた。祝日明けでセンターがやっていたのも大きい。緑ヶ丘大学はこれがあるから強いなあとも思う。整形外科と内科であれば一般の病院と変わらない施設が大学内にあるんだから。
 で、薬をもらってしばらく大人しくしているという連絡の通り、今日もシノは家で休んでいた。授業やゼミも欠席。一般の授業のノートやプリントは俺が確保してるからさほど心配しなくて大丈夫だけど、問題はゼミだ。春学期の頃から作っていた音声作品の提出はもうすぐ。編集もしなければならないし、班ごとに発表の打ち合わせもある。

「酷い日の食事ってどうしてるんだ? 自分で準備するのも大変だろ」
「その辺は鵠沼先輩が良くしてくれてる。ごほっごほっ」
「大丈夫か」
「まだたまに出るな、咳が。咳のし過ぎで気管とかもちょっと痛みかけてたんだと」
「それは大変だ。ご飯とか飲み込むの、痛くないのか」
「それは割と平気」
「良かったな。お前が食事出来なくなった時には本当に死にかねない」
「それな! どんなにしんどくたって腹は減るし、割とどんなもんでも食えるからさ」
「え、鵠沼先輩が作ってくれてるみたいなこと?」
「いや、買って来てくれた。鵠沼先輩て自炊ほとんどしないらしい。学食でバイトしてるから第1学食でまかない食った方がいいじゃんって発想で」
「確かに第1学食のまかないが食べれるなら家で食べる必要性はないな」
「学食でバイトしてると社割も利くらしいし、その話聞いた時マジで羨ましかった」
「俺もわかる」

 鵠沼先輩はコムギハイツⅠの102号室に住んでいて、つまりシノの部屋のお向かいさんなので、ちょこちょこ様子を見に来てくれるそうだ。番組に穴を空けて迷惑をかけてしまったのに、さらに看病までしてもらって本当に感謝しかないとシノは言う。鵠沼先輩て、高木先輩も言ってるけど本当にいい人なんだよな。そんな感じで話を聞いていると、ピンポーンとインターホンが鳴る。

「シノ、調子はどうだー?」
「今日は悪くないっす」
「なら良かったじゃん? おっ、ササ。相棒のお見舞いか?」
「はい。鵠沼先輩、シノの様子を見ててもらってありがとうございます」
「1人暮らしで病気したらやっぱ不安になるモンじゃんな。近場にいるんだから持ちつ持たれつでいいんだよ」
「この恩は必ず返しますんで! ごほっごほっ」
「あーあー、無理すんな。そうだ、そしたら、治ったらおにぎりでも食わしてもらおうかな」
「おにぎりすか?」
「学祭の時に来須が言ってたんだよ。シノのおにぎりがシノっぽい感じじゃなくてお米同好会的に見ても普通にレベル高くてビックリしたって」
「あ、シノのおにぎりは普通にメチャクチャ美味しいですよ。俺もおすすめです」

 シノのおにぎりの評判は俺を飛び越えてゼミじゅうに広がってしまったようだ。まだまだ俺だけが楽しんでいたかったのに。でもまいみぃはインフルエンサーだし、評判が広がってしまうのは仕方ない。シノのおにぎり作りは1人暮らし費用を貯める節約生活の中で身に付けた技で、実践の中でどんどん上達していくのが俺から見ても面白かったもんなあ。

「つか、お前がいないと高木があからさまにつまんなそうにしてるじゃんな」
「高木先輩がっすか?」
「口ではアイツは大事な時に穴開けてばっかりだとか、ミキサーとしてはまだまだ全然甘過ぎるって言ってるけど、何だかんだ自分と同じ目線で話せるのはお前だけだって思ってるじゃんな」
「え、ずるっ」
「え?」
「あ、いや、何でもないです」

 そもそも高木先輩という人は基本的に優しくて、あまり人をボロクソに言ってるのも聞いたことが無いんだ。だけどシノに対しては結構辛辣なことも言ってるみたいで、それっていうのはMBCCの機材部長に代々伝わる「ミキサーは実戦で鍛えろ」という格言めいた教えもあるんだろうけど、期待の表れなんだろう。
 俺がどれだけ高木先輩を慕っていても所詮はアナウンサーなので、ミキサーの技術的なことに深く突っ込んでいくことは出来ない。ゼミの関係で本当に最低限だけは触れるように練習をしたけど、ちょっと練習すれば誰にでも出来るレベルだ。技術的なところでバチバチ切磋琢磨というのはなかなか難しい。

「シノ、今日飯どうする?」
「あ、今日は割と調子いいんで自分で用意します。すみませんいつも確認してもらって」
「気にすんな。と言うか、調子良くなったらいろいろ手伝ってもらわなきゃいけなくなりそうだし」
「えっ、何でも手伝いますよ! あっいや、アタマ使うことは苦手っすけど」
「ああ、そういうんじゃないない。こないだ光洋アスタズが優勝して、実家の方でもセールセールセールで親が何でも買い込み過ぎちまったらしくて。俺自炊しないってずっと言ってんのに食品詰めて送るから~って言って来たんだよな? 自炊する連中に助けてもらうしかないじゃん?」
「あ、そういう」
「そういう。高木なんか「そういうことだったら喜んで力になるよ!」って飯を安くまかなおうとしてたな」
「そう言えば、高木先輩てMBCCの同期の先輩に家のこと結構やってもらってる感じなんですけど、鵠沼先輩と高木先輩の間にギブ&テイクみたいなものってあるんですか?」
「んー、そういうのはあんまないんじゃん? うん、ないな」

 ……と聞くとやっぱりエージ先輩の一宿一飯の恩義は行き過ぎた形なんだなあと思った。でも高木先輩は「鵠さんには本当に良くしてもらってばっかりだから」という風に言っている。高木先輩的には鵠沼先輩からいろいろもらってばかりという認識なんだろうけど、鵠沼先輩的には与えているという感覚でもないということか。そういうのを自然に出来る、本当にいい人なんだな。

「でも、ゼミでも先生が鵠沼先輩にいろいろお願いしてる感じですよね、高木先輩のことを」
「アイツも作業に没頭したら時間忘れるタイプだし、やり過ぎだと思ったら無理にでも止めさせて飯食いに学食引き摺って行ったり、そろそろ休めっつってパソコンの前から引き剥がしたりしないとじゃんな。溜め込んでるって思ったら話聞いてちょっとでも発散させたり」
「溜め込んでるとかって、見てわかるんですか?」
「アイツ結構表情に出るからわかるな」
「へー。俺ら全然わかんないよな。なあササ」
「うん」
「アイツの技術は俺たちには必要な物だけど、ミキサーとかパソコンが触れるから付き合ってるワケでもないし。無理して体壊すのが一番良くないじゃん?」
「ぐっ」
「あ。シノにダメージ入ってる」
「ここぞの体調管理についてはマジでちゃんとしろって高木がブチ切れ寸前だったとは言っとく」
「はい、自分でもわかってるっす。反省してます」
「千葉ちゃんと学祭回る約束だったのリスケしたり、ちょこちょこ予定が狂ったっぽかったから。大祭実行との兼ね合いがあるとかないとか?」
「うーわっ、そうじゃん! そーじゃん高木先輩クラスの人がそんな普通に予定空いてるワケがげほっげほっげほっごほごほっ!」
「あーあー興奮すんな、落ち着け落ち着け」
「すんません……」
「そういうことだからササ、シノがキャパ以上に動いてると思ったら煩いくらいに確認してやってもらって」
「はい。今後はそうします」


end.


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こっしーさんもだけど、鵠さんも光洋の兄貴だった……ズルいわ光洋の兄貴たち
そういやこの時間軸のシノは例によってやらかすし、それによって狂った予定でTKGが拗らせていくのである

(phase3)

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