2024

■I knew it. Keep quiet.

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「奏多、おはよう」

 ――と挨拶をしても、口をぱくぱくとさせて軽く会釈をするだけ。表情も眉間に皺がうっすらと寄っているような。いつもとは明らかに様子が違うので、おかしいなと思いました。いつもであれば「よーう春風」とかそんな感じの挨拶が返ってくるかと思うのだけど。

「どうしたの? 具合でも悪いの?」

 この質問に、小さく掠れた声で「声が出ない」と返ってきました。日中はまだあたたかくても、さすがに朝晩は冷えてくるので体調を崩しやすい時期ではあります。ただ、昨日何をしていたのかを見ていただけに、奏多が喉を痛めてしまったのは自業自得だなとも思ってしまうのだけど。

「あんな夜遅くに薄着でお酒を飲んでいるからじゃないの」
「ソイツはご尤も」

 昨日の夜、工場の敷地で兄さんと奏多が立ち話をしながらお酒を飲んでいました。私はそれを工場のプレハブから運動をしながら見ていたのだけど、奏多は首元が大きく開いた長袖のシャツ1枚と、随分薄着だなあとは思っていたのです。話が深まるにつれ切り上げるタイミングを逸したんでしょうけど。

「のど飴とか持ってねーか?」
「残念だけど持ってないわよ。購買で買うか、ああ、希くんに会えるのを祈ってもいいかもしれないわね」
「ああ、確かに」

 私たちの中で、のど飴と言えば希くんなのです。希くんは常に何かしらの飴を携帯しています。サークル柄なのか、のど飴もしっかり持っているので私たちはたまに甘えてしまっています。近頃は世間的にグミが人気のようですが、希くんは断然飴派だそうです。
 結局「希くんに甘える」を選んだ奏多は購買でのど飴を買うことをしませんでした。ですが声が出なくなるほど酷いのであれば、一旦希くんに甘えておいて、帰りにドラッグストアなどできちんとした薬などを買った方がいいのかもしれません。

「おはようございます」
「ざーす」
「うわっ、兄貴声どーしたんすか! 風邪すか?」
「昨日夜遅くまで屋外でお酒を飲んでいたので、それで冷えたのでしょう。自業自得ですから1年生のみんなも反面教師にしてお大事にしてください」

 うるせーと言わんばかりに小突かれたので、やはり都合が悪いようです。1年生に示しが付かないのは本当だものね。

「ところでジャック、希くんは来ていますか?」
「カノン先輩だったら管理人さんトコっすね」
「え、何か重要な用事でもありましたっけ」
「ほら、前にパロがみんなで焼き芋したいって言ってたじゃないすか。それで外で焚き火してもいいかって交渉してくれてるんす」
「それはとても重要なお仕事ですね! では待ちましょうか」
「とりぃ先輩、カノン先輩に何か用事っすか?」
「ああ、厳密には私ではないのですよ。奏多がこの調子でしょう? のど飴をもらえないかと思って」
「ああー、なるほどです」

 ジャックによれば、希くんは「甘くなくてあんまベタツかないのに美味いの見つけた」と言ってライム味ののど飴を試しに舐めさせてくれたそうです。実際、それはハーブ感が強くすっきりするそうで。それをもらえれば奏多も少しはすっきりするでしょうか。
 飴ひとつとっても入るお店を変えれば珍しい物があったりするので、いろいろなところに足を運んでみるというのは大事になってくるのだと思います。それで見たことのない物を見つければ実際に買って、試すと。ただ、飴は一包装当たりの個数が多いので希くんはみんなに配ってくれるのです。

「ただいまー。ジャック、許可取れたぞー」
「マジすか! パロと殿に報告だ!」
「希くん、おはようございます。聞きましたよ。焚き火の許可を取ってくれていたそうで」
「あ、そーなんだよ鳥ちゃんおはよー。奏多もおはよー。そうそう、来週だったらやる前に声掛けてくれればやっていいそうなんで、焼けたら許可のお礼に八代さんにも差し入れよー」
「そうですね。殿の作るサツマイモですから、きっと美味しいですよ。ああ、そうだ。本題なんですが」
「なに?」
「奏多が喉を壊してしまいまして。声が出なくなってしまったのです。すみませんが、のど飴を分けてもらえませんか?」

 よろしくお願いします、と言いたげに奏多も頭を下げています。

「えっ!? 大変じゃん!」
「そうなのです。薄着で夜遅くまで外でお酒を飲んでいたのが原因とは言え、私の兄も悪いですから」
「何回も言うな」
「でも本当の事でしょう」
「マジで全然声出てねーじゃん! いやいや、これのど飴でどーにかなるレベルじゃないって!」
「お医者さんに行くべきですかね?」
「明日酷くなるならその方がいいよ。今はとりあえずこっちあげる、噛んじゃダメだぞ、ゆっくり溶かしながらな」

 そう言って希くんは奏多にトローチのシートを渡しました。のど飴だけでなくトローチまで持っているとは、アナウンサーの鑑ですね。奏多はもらったトローチをゆっくり舐め始めました。しっかりと医薬品なので、正しい用法用量をを見せてもらっているようです。

「希くんは本当に用意がいいですね」
「喉がイガイガするのが本当にイヤでさ。かと言って飴の舐めすぎも良くないってことはわかってんだけど、持っときたいんだよな」
「そう言えば、甘くなくてあまりベタツかないのを見つけたと。ジャックから聞きましたが」
「そーなんだよ! あっそーだ鳥ちゃんも舐めてみてこれ。口の中ベタツかないんだよ」
「ではひとついただきますね。ん、ハーブ感とシャープな柑橘の味がすっきりしますね」
「でしょ?」
「あ、ハーブが強いです。長くすっきりしますし本当にベタツきませんねこれは」
「これはなかなかいいのを見つけたーって感じでハマりつつある」
「確かにこれはいいですね。医薬品ではありませんよね?」
「製薬会社が作ってる物ではあるけど違うね」
「へえ、そうなのですね」
「じゃあ鳥ちゃんにはいつもの飴もあげる。帰り運転する時にでも舐めて」
「ありがとうございます。希くんと言えばこれですよね」

 花の絵が描かれたいつもの飴は鞄にしまって、運転するときに舐めさせてもらいましょう。

「奏多、トローチの具合はどう?」
「ちょっとだけマシになった感がある」
「ええ、本当に少しだけど声が出るようになってるわよ。トローチはすごいですね」
「ないよりいいかなって感じで持ってる」
「奏多、あまり酷いようなら病院に行くのよ」
「そこはお前が帰りにドラッグストアとかに寄ってくれるヤツじゃねーのかよ。まずは市販薬飲んで寝るトコからだろ」
「声が出るようになったらなったで憎たらしいことこの上ないわね。サキさんではないけれど、声が出なくて静かな方が良かったかもしれない」
「憂いを帯びた物言わぬ美男ってのもいいだろ?」
「はいはい。言っててちょうだい。希くん、申し訳ありませんが奏多はやっぱり静かな方が良かったかもしれません」
「まーまー鳥ちゃん、そこを何とか。帰りドラッグストアに連れてってあげてよ」


end.


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カノンやたら飴持ってる設定をやっと出す。カスガイなんでね。ちなみにヒロのサクマと揃えてある。

(phase3)

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