2024

■あと何日かで空ける椅子

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「源、そろそろ次期役職人事のことはまとまりましたか」
「何とかね。次の部長会までには提出出来ると思います」
「ではそのようにお願いしますよ」

 ウチの部は、大学祭が終われば3年生はスパッと引退、後は部に顔を出すこともなくなる。インターフェイスに加盟している他の大学さんは代替わり後も秋学期が終わるまでは活動を続けてたりするんだけど、ウチは本当にここでおしまい。ステージとラジオっていう活動の違いからなのかな。ステージは特に準備に時間がかかるもんね。
 部長として何とか1年間やってきて、今年は大きな事件も俺の見た限りではなかったし、無事にやれたと言っていいと思う。この調子でしっかりとやるべきことをやっていけば、焦臭いと言われ続けてきた放送部も信用されるようになるんじゃないかな。

「ところで源、部長は誰に引き継ぐんですか」
「部長はねえ、深青にやってもらおうかと思ってるよ」
「五百崎君ですか。悪くないと思いますよ。理由などは」
「単純に、広く部内を見てるなっていうのと、問題を見つけたときにどう解決するかって具体的に動いてくれるところかな。放送部版講習会の件にしてもそうだけど」
「なるほど」
「そんな理由で大丈夫かな」
「問題ないと思いますよ」

 今の2年生で誰に部長をお願いしようかなあと考えた時に、深青の顔がポンと浮かんだ。普段からいろいろな人とコミュニケーションを取っているし、ステージをやるときも設営の段階から段取りをしっかりして、的確な指示を出していたように思う。
 夏に初めてやってみた放送部版の初心者講習会にしても、深青の持ち込み企画だった。インターフェイスの初心者講習会みたいに、星ヶ丘の放送部内でも技術の共有は必要じゃないかって。そうすることでレベルの底上げになって、より良いステージが出来るようになると思うって言われた時には納得しちゃったもんね。

「話は少し反れますが、源班の引継ぎに関しても考えていますか?」
「まあ、班長は無難に彩人かなとは思ってるんだけど、彩人は最近ちょっと悩んでるみたいだし、壁を越えてくれればいいんだけどね」
「壁?」
「プロデューサーとしての壁かな。ちょっと行き詰まってるみたい。自分の書く本が頭打ちになってるんじゃないか、みたいなことと戦ってる感じがするね」
「源の課題も良くなかったんですかね」
「そうは思いたくないなあ。だって朝霞先輩と比較してもしょうがなくない? 彩人にだから出来る物を書いて欲しいんだけど」

 年度が替わる直前から、彩人には朝霞先輩が残した大量の台本を放送部の台本テンプレートに沿って書き直す作業をお願いしていた。朝霞先輩は独自の書き方で台本を書いていたので、読み方がわからないと読んでもきちんと理解は出来ない。部室が書庫を兼ねるようになったし、朝霞班以外の人でも読める本を残しておきたかったんだ。
 それで朝霞先輩の書いた本を大量に読んでることはもちろん知ってるけど、彩人は他のプロデューサーと比べて自分がどうだ、っていうタイプの子じゃないと思ってる。思うように書けなくて悩んでるのは全く別の問題じゃないかな。うん、そうじゃないかなと思ってるんだけど、どうかなあ?

「源班の班長が谷本君になるのでしたら都合がいいです」
「え、何が?」
「いえ、監査は荒川さんにお願いしようかと思っているので、班長と兼ねることになればいろいろと面倒でしょう」
「えーっ!? みちるが監査ぁ!? えっ、ちょっとレオ聞いてないよ!」
「今初めて言いましたからね」
「ちょっと待って何で!? どうして!?」
「何事にも動じず、淡々と仕事が出来る能力を買いました。それから、監査は時として憎まれ役になる必要もあります。彼女であればそれも出来ると思いました」
「確かに、出来はするねえ」

 本人曰く放送部ではまだ“大人しい荒川さん”の顔でやっている体だけど、インターフェイスではあの事件以来素を隠していないらしい。それを知っていると、みちるが部の様子に目を配ってるよっていうだけで、何らかの力は働くと思ってしまう。確かに。何事にも動じず淡々と仕事をするのは本当にずっとそうだし。

「今後は余程日高元部長時代のようなことは起きないとは思いますが、監査はその必要があれば部長をも討たなければなりません。また、事件に遭遇した際は、冷静に状況を把握して通報、報告をする必要もあります。どういった状況でも落ち着いて判断し、行動出来なければなりません。また、荒川さんがディレクターというのも都合がいいのです」
「そうなの? それは何で?」
「俺の主観ですが、ディレクターは仕事の性質上、現場のことには一番目を配っていると思います。刻一刻と変わる状況の中でどう動くか判断する必要もありますし、環境や物資、人的状況も把握していなければなりません。現場のことであれば正直、並のプロデューサー以上には見ていますよ。そう言った視野や状況把握の能力は監査には必須です」

 確かに、つばめ先輩のことを思い返してみれば、レオの言ったような感じで動いてたなあと思うんだ。朝霞先輩だってつばめ先輩にいろいろリアルの状況がどうなってるかって聞いてたような気がするし。つばめ先輩が越谷班に流された時と今を比べると、部内でディレクターを見る目は確実に良くなってる気がする。

「そう考えてみるとディレクターさんて凄いよねえ。それでいて決して目立たないんだから、より凄い」
「こう言っては難ですが、俺もある程度ディレクターとしての仕事が出来るようになった今だからこそ、ディレクターの癖にと事あるごとに俺を蔑んできた日高元部長を、一ディレクターとして許してはいけないのだと思います」
「誰一人欠けてもステージは成り立たない。そういうものだからね」
「そうですね」

 新しい代でも楽しいステージを作っていって欲しいなと思うし、何より安全第一。事故なく、事件なく、平和が一番。

「ところで源」
「はい」
「文化会の代替わりについて、何か打診などはありましたか?」
「え、文化会も代替わりがあるんだ」
「ありますよ。何をすっとぼけたことを言っているんですか」
「部活引退したら時間も出来るしやっと自動車学校にも行けるかなーって思ってたんだけど」
「あまり期待しない方がいいと思いますよ」


end.


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星ヶ丘の代替わりについてはこれまでにもチラッと出たことはあったけど、話し合ってるのは初めて。
ゲンゴローが引退とか感慨深いなあ。他の大学のフェーズ1・1年生よりなんかしんみりするね

(phase3)

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