2024

■Before starting to Run

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「野坂先輩おざーっす」
「カノン、わざわざ時間を取ってもらって申し訳ない」

 野坂先輩から連絡が入って、時間を取って一度2人で話すことは出来ないかと聞かれた。それは全然出来るから、いつでも大丈夫っすよーと答えた。だけど、そうやってわざわざ時間を取って話すようなことには全然心当たりがなかったから、それだけは不思議に思いつつも指定された時間に食堂へ。

「ところでカノン、俺が夏にOBの先輩方のMDの件で言ったこと、覚えてるか?」
「MDの件。あぇーと」
「何か事を起こす時には」
「あっ」
「今まですっぽ抜けてたな」

 MMPでもパソコンが導入されて、サークル室に置いてあった古い番組や、歴代の先輩たちの昼放送が録音されたMDを出来るだけ掻き集めて音声ファイル化するっていうことをやっている。古い番組なんていうのはどれだけあってもいいからと、良かれと思ってダイさん経由で先輩たちに声を掛けさせてもらっていた。
 それを始めたのは完全に俺の独断で、集めた物のファイル化もこちらでやりますんで物だけ送ってくださいと掻き集めた物を奏多にファイル化してもらっていた。その件で野坂先輩からは、何か事を起こす時にはまず代表の奈々先輩に話を通しなさいと言われた。その時はちゃんと反省したつもりだったし、今度からはちゃんとしないとなーと思ってはいた。

「方々から大学祭についてのカノンの話を聞いてるけど、正直、良くないぞ」
「良くない、っすか」
「1コずつ甘さを指摘しようと思えば出来るけど、どうする」
「あっ、それはお願いします」
「じゃあ、動画サイトを使った配信共有の件についてから。そもそも、インターフェイスのチャンネルを使っていろんな大学と共同でやる以上、定例会議長に確認しときゃいいだろっていうのがまず甘い」
「議長がオッケーっつったんでいいかなと思ってるんすけど」
「各大学に跨る企画を出す場合は、1人2人に話が伝わってればいいって問題じゃない。雑談の現場にいたメンバーや議長だけに軽いノリで確認を取るんじゃなくて、定例会の会議の場で「こういうことを考えてますけど皆さんどうですか」って会議の参加者全員にまず聞く。それで代表者に各大学に持ち帰ってもらって検討してもらった物を受けた上で話し合って決定するんだ。自分が提案したってことは、その後の責任も発生してるぞ。各大学のタイムテーブルや何かをきっちり把握して、どこのタイミングで何を配信するのか、配信する物が無い大学さんはどうするのか、その他考えることは山ほどあるし、常に各大学の担当者と連絡を取り合ってるくらいじゃないと実現は厳しいぞ」

 定例会の日にミドリ先輩にこういうことやろうと思ってるんすけどーって話した時は「事故には気を付けてね」って言ってたから許可は下りてるし後はやるだけだって思った。確かにその後の話でも結構みんな「ホントにやる感じだったの?」って雰囲気だったし、俺は「え、やるんでしょ」って、今思えば認識のズレがあったかもしれない。ただ、チャンネルを使うって言った手前やらざるを得ない感じになってて。

「その辺は奏多に手伝ってもらいながら何とかやってます」
「それも問題だ」
「えっ、それもっすか!?」
「DJブースでやる2年生の企画番組? 結構尖った構成らしいじゃないか」
「そーなんすよ! 俺渾身の構成っす!」
「で、その番組はどれくらい話し合えてる?」
「鳥ちゃんがロボコンの方に行ってるんで正直あんまりって感じっす」
「カノン、春風は次までにこれだけのことを考えて来てくれって言えば出来る奴だぞ。番組の枠だけ投げて何をトークするのかも考えられないままにしてるのが問題なんだ。それから、尖った構成で慣れない効果がバンバン入るキューシートを見てミキサーを触るのは奏多だぞ。カノンもミキサーをやってるからわかってると思うけど、いくら上手いミキサーでも練習しなきゃ何でも出来るようにはならない。先の配信共有企画だとか、ロボット大戦の中継に関する運営との手続きも奏多に投げたって話じゃないか。現状カノンは奏多を都合良く使ってるようにしか見えないんだよ」
「ちょっと、奏多の優しさに甘えすぎたっす」
「カノン、奏多が何でもやってるのは仲間意識や優しさからじゃないぞ」

 思わず「は?」と声が出た。野坂先輩が言ってる俺のいろんな詰めの甘さについては、確かにそういうトコもあったなーとか、なるほど見えてなかったなーって思うトコもあったけど。奏多が俺と一緒に何でもやってくれてるのは仲間意識や優しさからじゃないっていうのは正直意味が分かんなさすぎる。

「今はカノンが派手で見栄えのする企画に奔走してる裏で、カノンが見えていない細かい、地味な……それでいて大事な部分の仕事を奈々と奏多がやってくれてるっていう状況だ。で、さっきから指摘した点。企画や番組、そういったところでのカノンの突っ走りやいい加減さは問題だっていう話を2人はしてたんだ」
「奈々先輩も言ってくれりゃいいのに」
「聞いてない物をどう言えっていうんだ」
「それは」
「奈々はカノンの行動を問題だと思ってるけど、何も話してもらえない自分じゃ話を聞いてもらえないって言ってる。だから奏多がカノンは自分がどうにかするから奈々はサークルの中のことを頼むって言って今の形になってるんだ。厳しいことを言うけど、奈々がカノンを信用して企画運営を任せてるってことではない。カノンに信頼されてない自分では手に負えない。そういう奈々の諦めでカノンは今自由に動けてる」
「うーん」
「インターフェイスやロボット大戦の運営の手前、事故だけは起こさせないようにするけど、最悪の場合サークルの代表として奈々もカノンを切り捨てる覚悟を持て。奏多が奈々にこう言ったそうだ。奏多はもうとっくにその覚悟を持ってる。事故は起こさせない、サークルは守る。そのために、最悪のケースも想定してるんだ」
「奏多が俺を切り捨てるってことすか」
「なんならその辺一番現実的に考えてるのは奏多だろ。女子や1年は情が入りそうだけど」
「……さすがにちょっと、ショックっす」
「ただなあ。来期は奈々と2人で頑張るんだって言ってた去年の今頃のカノンを見てた俺からすれば、今のカノンは一緒に頑張ろうって言ってた相手への信頼や敬意はどこに行った? って感じで、結構悲しい」

 去年の今頃の俺。来期は2人になるから食品ブースで稼ぐだけ稼いで、資金を底上げして機材を買うのかな、どうしようかな、なんてワクワクしてたっけ。鳥ちゃんと奏多がサークルに入って来てくれて、みんなで奈々先輩を支えていかなきゃなーって。一緒に頑張ろうって言ってた相手への信頼や敬意。確かに今の俺からは感じられないのかもしれない。別にわざと連絡や報告をしないんじゃないけど。

「野坂先輩すんませんっした」
「俺は何も謝られる筋合いはない」
「でも、具体的に何をどうしたらいいんすかね」
「信用や信頼は急には戻らないし、まずは奈々と奏多とちゃんと話すこと。企画に関してはカノン1人で急に詰まることはないから奏多の力を借りないといけないけど、力の借り方を考えろ。番組に関してはきちんとテーマを出すとか、他のアナウンサー陣ともきっちり話し合う」
「はい」
「カノン、これから奈々が引退して今の2年生の代になった時に、自分の発言や行動に対する責任の取り方っていうのも考えてみて。言ったら言いっ放し、任せっぱなしじゃなくて、物事に対して向き合う姿勢、そういうのもみんな見てるぞ」
「はい、わかりましたっす」
「思いついたことをどうやったらやれるかなって考えること自体はいいことだし、ポンポンアイディアを出せるのはカノンの強みではあるから、出来る出来ないはともかくアイディアを出すのは続けた方がいい。だけど、走り出し方かな。思い立ったらすぐ動くじゃなくて、少し立ち止まって考えるとか、周りに相談すること」
「そこっすよね、前々から言われてんのって」
「ま、焦らず、ひとつずつな」
「はいっす。まず奈々先輩と奏多に謝って、相談からっすね」
「せっかく食堂だし、コロッケでも食う? 食うなら奢るけど」
「いいんすか! ごちそうさまっす!」


end.


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しゃしゃり出る4年生の回。菜圭さえいなきゃノサカは出来る子なんや……
こういうことの出来る先輩って他にいたかなって考えた結果、村井おじちゃんやなと。
ノサカ自身闇堕ちでサークルを不穏にした経験があるしカノンの今回の件に関して実はそこまで他人事じゃない

(phase3)

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