2024

■気持ちの拠り所

++++

「ああ~……今日は厄日か何かだ~」
「がっくん、すず。ひかるんはどうしたの?」
「さっきからずっとこうなんですけどちょっとよくわかんないです」

 サークル室の一角にどんよりとした空気が渦巻いている。その空気の発信源はひかるんで、落ち込み具合が尋常じゃないなって感じ。がっくんとすずも何がどうしてひかるんが落ち込んでいるのかっていう話はまだ聞いてないっぽいので、どうしようもなさそうだね。

「千颯先輩、ひかるんはほっとくのが良くないですぅ~? 慰めかまちょムーブウザいんでぇ~」
「うるさい野々市! お前に俺の悲しみがわかるか!」
「え~、すずカワイイからわかんな~い」
「がっく~ん、野々市がムカつく~!」
「ひかるんの悲しみは事情がわからないから寄り添ってあげられないけど、今はすずくらい前向きになった方がいいと思うよ」
「がくぴぃー! ほら、がくぴがこう言ってんだよひかるん! 病は気から!」
「病ではない」

 確かにいつまでもしょんぼりされているとちょっと困る。と言うか、3年生3人のうちミドリ先輩以外は欠席連絡があって、そのミドリ先輩も遅れてるっていう。UHBCあるあるのぐだぐだだあ。

「あ。みんな、ミドリ先輩情報センターの方でちょっとトラブってるっぽいから先にやっててって」
「ありゃりゃ~。ゴキゲンじゃないですぅ~」
「まあ、ちょっと時間が出来たと解釈して、ひかるんの話でも聞いてみようか」
「いいんですか千颯先輩!」
「聞いたら元気出してね。それで、何が厄日なの?」
「プリパルのヒナタに熱愛報道が出たんですよ!」

 ちなみに、プリパルというのはひかるんが推している女性7人組アイドルグループ、Prism Palsの略称。曲がSNSでバズって、歌番組にもちょこちょこ出るようになっているっていう感じらしいけど俺はアイドルに疎いのでよく知らない。

「え、別に芸能人でも恋愛くらいするくない? ねえがっくん」
「え。まあ、するんじゃないかなあ。でもアイドルっていうのが難しいところだよね。事務所によってはそういうの厳しかったりするだろうし」
「ああ~、ヒナタ~、ムリ~」
「え、ひかるんってその子のガチ恋勢?」
「ガチ恋ではないけど推しに熱愛報道が出るのはショックっちゃショックなんだよ」
「それでも推すから推しなんじゃ?」
「降りるっていうのもファンの権利だよ。俺はそれでも推し続けたいとは思っているつもり。気持ちの整理次第」
「っていうか、すずエンタメ興味ないからわかんないんだけど、アイドルって「ファンのみんなが恋人ですっ」みたいな営業やってんの?」
「営業って言うな野々市!」

 正直、俺もアイドルと言って浮かぶイメージの中にそういう映像はある。ファンのみんなが恋人だという夢を見せているから、特定の誰かとの報道が出ることで裏切りだって言われて叩かれたりとか。いや、詳しい人の違う考察の方が多分正しいんだろうけど。

「すずってエンタメ興味ないの?」
「ない。推し? にかける時間とお金でネイルとかアクセ作ってたくない?」
「そういう価値観もあるよね。でもすず、カワイイを探求するなら女性アイドルの世界は本当におすすめだよ。あれはカワイイを研究して計算され尽くしてるから、すずのインスピレーションにも繋がるかも」
「がっくんもアイドル好きなの?」
「表現練習の一貫で女性アイドルの曲で踊ったことがあるので、その時にちょっと見ました」
「がくぴが言うならちょっとだけ見てみようかな、女子のアイドル。確かにひらひらブリブリした衣装のイメージあるもんね」
「だからブリブリとか言うな野々市! お前の言葉には悪意がある!」
「はあ~? いちいち食ってかかって来ないで欲しいんですけどぉ~。傷心だからって許されると思うなっての~」

 1年生たちの掛け合いを見てると勢いが本当に楽しいんだよね。第一印象とは違うイメージなんかもわかってくるし。
 ひかるんは落ち着いてスマートな感じの子なのかなと思ってたらアイドル好きだし、アイドル以外にも推しが多くて推し活にかなり行動的だったから驚いたよね。大学生になってバイトを始めて、推しに使える金額が増えたって嬉しそうにしてるもんね。
 ギャルっぽいすずはSNSとかもバリバリ見て流行に敏感なのかなと思ったら、エンタメやSNSへの興味は薄いっていう。流行に乗るんじゃなくて我が道を行ってる。自分なりの“カワイイ”を探求して、研究してるんだよね。だからみんな一緒のカワイイには疎い。
 がっくんはUHBCじゃ最初の印象通りのんびりほわっとした感じだけど、彩人によれば夏合宿の班では結構ハジケてたみたいだ。そういう一面もあるんだなーって。でもダンスをやってたって話だし、活動的な部分はあるのかもしれない。

「あ、これかあ。「プリパル・ヒナタ(19)、注目若手俳優(23)と真剣交際!」……うん、アイドルと俳優のありがちな報道って感じ」
「こーゆーの聞くと、ナンダカンダ勝つのはイケメンなのかって、夢見てた俺たちに現実が突きつけられるんだよ。でも動画とかSNSのコメントが荒れるのも見たくないんだあああ」
「ひかるん情緒イッてんですけどぉ~」
「でもさあひかるん、このアイドルの子にとってはネットとかでコメントしてる顔のない匿名のファンよりは一緒に仕事をしたこの俳優の人の方がリアルな現実じゃない?」
「がっくん、言わないで。これ以上は。わかってる、わかってるんです。ヒナタの幸せが一番。ヒナタが幸せならよし」
「何かごめん」
「ひかるん、他の推しで気分を紛らわせるとかは出来ないの?」
「うっうっうっ……千颯先輩! だから今日は厄日なんですってばあ! 推してる配信者グループが権利者と揉めてチャンネルが使えなくなったり、Vが活動休止、他にも炎上した人もいるし入院したって報告もありました。追ってるマンガも長期休載に突入して、イベントに来るはずだったアイドルも新幹線が止まってキャンセルになって、それから……」
「ああうん、そこまで行ったら確かに厄日だわ」
「ドンマイひかるん」
「自分のモチベーションを他人に頼り切ってるからじゃないですぅ~? 推しに頼らない趣味をひとつ持ってるだけでも違うのに」
「野々市ぃ! お前はー!」
「ぺろぺろ~」
「がっく~ん、野々市がイジメる~」
「うん、ドンマイ」


end.


++++

何か知らんけど急にひかるんがいろいろな推しを持っていることになりました
すずは流行に乗るんじゃなくて自分の思う、自分の作るカワイイが正義。周りに流されない。
ひかるんがすずを野々市って呼んでるのが地味に好き。星港高校同期コンビ。はっ、高いちか

(phase3)

.
77/98ページ