2024
■社畜の作り方
++++
繁忙期。バカみたいな出荷量に加えて早出残業は当たり前。今日も早出で荷物の搬入だ。だけど、今日は荷下ろしに当たれる人数が少ない。俺も一旦荷下ろしはいいから圭佑君とあっちの応援に行ってくれと言われる。そのあっちと言うのがB棟1階だ。
「高井さーん、どっちから攻めますー?」
「ソ8の方からで頼みます!」
「了解でーす」
数日前から向島エリアでは台風の影響で雨が降っていた。台風が直撃したとかじゃないけど、台風の運んでくる温かく湿った空気がウンタラカンタラ、的なことなんだろう。今回の雨をテレビでは遠隔豪雨という風に言っていた。
でもってこの雨が結構ピンポイントで降ったらしく、星港市内はそこまででもないのに西海が特にヤバかったんだ。西海の雨がヤバいということは、湿気の溜まりやすいB棟1階は案の定水浸し。新倉庫もそれなりに水浸しだけど、こっちの方が片付けは大変だ。
「万里、これどうやって掃いたらいいの」
「通路の真ん中に雑巾をわーっと敷いて、奥の角っこの方からこうやって、わーっと真ん中に水を寄せるんす。で、雑巾を絞ったり、スコップで水を掬ってバケツに水を溜めて絞る。この繰り返しっす」
「途方もないなあ」
「圭佑君、水掃きの仕事はあんまやったことないすか」
「基本パソコンの前から動かないからね。万里と内山さんが入社したからやっとちょっと余裕が出来たってレベルだし」
それでなくても俺は万里ほど外に出て動くタイプでもないし、と言いながら圭佑君は水掃きワイパーをたどたどしく扱う。この会社の事務の仕事は俺たちが入社する前は山田さんと圭佑君が主に担っていたという話だ。そりゃ確かにパソコンの前からは動けないか。
一方、俺も事務の仕事はしているけど現場も行き来する便利屋ポジションで、たまに塩見さんからフォークリフトの扱い方も教わっている。所長からは繁忙期を過ぎたらフォークリフト講習を受けて来いとも言われた。それくらい俺は外に出る事務職なので、水掃きも慣れたものだ。
「高井さん、とりあえず横持ちのスペースだけ確保出来れば御の字って感じっすかね」
「そうだね、半分くらい水を出せれば簀の子敷いてどうにか出来るんで、まずは半分を目処にお願いします」
「了解でーす」
「越野君は全然違和感ないけど、高沢君が現場で水掃きしてるって違和感が凄いなあ。よっぽど緊急事態って感じ。応援頼んだ俺が言うのもおかしいけど」
「本当ですよ。でも、違和感については自分でも覚えてるので反論はしません」
そう言いながら水浸しの床にしゃがみ込んで水を手で掬ってバケツに移す圭佑君の姿には俺も違和感しかない。幼馴染みでも全くそういうイメージないもんなあ。って言うか外に出たり走り回って遊ぶようなイメージも全然ないな、よく考えたら。
「圭佑君、結婚して仮に子供が出来るとするじゃないですか」
「急に何を言うの万里」
「例えばの話じゃないっすか。子供と公園とかに行って、キャッチボールとかするんすか?」
「今時キャッチボールってしなくない? 禁止の公園もまあまあ多いでしょ、知らないけど」
「高沢君が子供とキャッチボールか、全然イメージ湧かないな」
「この会社の人だったら誰がそういうのやりそうっすかね」
「単純にキャッチボールだったら長岡君がやりそうじゃない?」
「あー、アイツ野球やってましたもんね」
「って言うか俺に子供が出来たとしてもキャッチボールとかは万里がやってそうまである」
「ああ、おじさんの担当ね」
「じゃ天才バスケット少年に育てるけど」
「俺と朋実の子で運動神経が良い子のイメージもないけど」
「じゃ楽器とかやらすんすか? 姉ちゃんと言えばピアノのイメージあるし」
「それはそのときの雰囲気とか子供の希望によるんじゃないかな。って、結婚もしてないのに何を語らせてるの、しかも会社で」
「わはは」
「飲み会の時でもそんな話しないもんねえ高沢君。いやあ、いい一面を見たよ」
現場の人から見れば圭佑君は静かで大人しく、仕事はきっちりこなしてくれているけど何を考えているのかよくわからないらしい。事務所で仕事をしている山田さんや、塩見さんとは雑談を含めて話しているようだけど、余計なお喋りもしない印象だとか。
幼馴染みの俺からすれば、圭佑君は確かに静かではあるけど少ない言葉数でしっかり話してくれる人だし、難なら言葉選びのセンスがたまにめちゃくちゃツボることもある。あと怒らせると静かな分だけめちゃくちゃ怖かったり。面白い人なんだけどな、結構。
「って言うか万里は何を見て公園でキャッチボールとか妄想するに至ったの」
「圭佑君が水を手で掬ってバケツに入れてるのが、砂場とかで遊んでるように見えて。出来心っす」
「砂遊びかー、やってこなかったなー」
「とは思います。俺も記憶にないっす」
「砂場の発想も面白いけど、トイレ掃除とか風呂掃除に飛ばして、高沢君は結婚後家事をどのくらい担当するのか、奥さんの尻に敷かれるのか的なところはちょっと気になるかな」
「圭佑君てその辺曖昧なの嫌うんで、きっちり担当決めてますよ。よっぽど仕事や体調不良とかで出来ないなら代わったりしますけど」
「ああ、越野君くらいになるとその辺はもうわかってるのか」
「そうっすね、大体読めます。言って自分の姉ちゃんと幼馴染みのことなんで」
まあ、同じ理由で俺のことも圭佑君には分かり切られているのであまり調子に乗ると後が怖い。まあでも俺はこういうキャラだし、圭佑君の話と比べると意外性もないだろうから面白味は少ないはずだ。
「俺とか普通の社員からしたら高沢君の私生活って結構謎だから、そういう妄想が面白かったりするんだけどね。ほら、高沢君て残業になった日も最後までいるし、休出のときも絶対休まないし。オミは結構有給ガンガン使ってプライベート確保してるけど、高沢君は有給も全然使わないし。仕事ばっかりでプライベートがないんじゃないか説まであるから」
「繁忙期は実際会社にいる時間の方が長いのは否定しませんね」
「だよね、ちょっと前まで通販で買った物とか普通に会社で受け取ってたよね」
「え、ヤバッ」
「万里、これが弊社の働き方改革の成果ね。帰るのがめんどくさくなって会社に寝泊まりしなくて良くなったんだから」
「あー、高沢君奥の畳の部屋で泊まってたよね!」
「帰るのがめんどくさくて。8時終わりとか残業が短くて拍子抜けですし、ご飯食べて10時終わりなら全然帰れますからね」
「え、圭佑君て会社のヌシだった?」
「ヌシ! いいねその表現。所長も戸締まりとか完全に任せてたもんね。入社3年以内の子に任せることじゃないだろーって最初はみんな言ってたけど、高沢君がしっかりしてたからそのうちみんなそういうもんかって受け入れちゃってたもん」
確かにその昔は残業が日を跨ぐこともあったとは大石も言ってたけど、その話を実際に聞くとやっぱりヤバい。今でも残業終わりが20時とか22時の日があるって聞いた時には働き方改革の成果がそれかよって思ったけど、それ以前を経験してる人からすればすンごい事なんだと。
「そう言えばこないだ塩見さんが、残業や休出で圭佑君が出勤してた分がそのうちある程度俺に回ってくるのは覚悟しとけって言ってたんですよね」
「高沢君良かったね、プライベートな時間が増えそうだよ」
「それはそれで時間が有り余りすぎて何をしたらいいのかがわからなくなりそうですね。いっそ仕事してる方がいいまであります」
「完全に麻痺してるじゃない。越野君、これが社畜の作り方だよ。気をつけるように」
「はい、気をつけます。つか大石もそういう気があるんすよね」
「大石君は何だかんだ仕事ばっかりよりは時間を作ってプールに行きたいって子じゃない? 大学卒業して学費を払う必要はなくなったし、学生の頃よりガツガツする必要はなくなったでしょ?」
「それでもアイツは金はあればあるだけいいって考えそうっす」
「そのイメージもあるなあ」
「越野君も頼まれた仕事は断らないタイプだし、向西倉庫式社畜の作り方の第一段階にはハマってると思うよ」
「あーもー高井さん怖いこと言わないでください! 社畜じゃないです俺は断じて!」
end.
++++
向西倉庫は働き方改革などで少しずつ白くなってはいるものの、まだまだ黒いと言われる部分も多い会社。発展途上ですね。
モブ社員の高井さんに色を付けたい。32歳くらい? ちな高井圭希とは関係ないただの他人。
(phase3)
.
++++
繁忙期。バカみたいな出荷量に加えて早出残業は当たり前。今日も早出で荷物の搬入だ。だけど、今日は荷下ろしに当たれる人数が少ない。俺も一旦荷下ろしはいいから圭佑君とあっちの応援に行ってくれと言われる。そのあっちと言うのがB棟1階だ。
「高井さーん、どっちから攻めますー?」
「ソ8の方からで頼みます!」
「了解でーす」
数日前から向島エリアでは台風の影響で雨が降っていた。台風が直撃したとかじゃないけど、台風の運んでくる温かく湿った空気がウンタラカンタラ、的なことなんだろう。今回の雨をテレビでは遠隔豪雨という風に言っていた。
でもってこの雨が結構ピンポイントで降ったらしく、星港市内はそこまででもないのに西海が特にヤバかったんだ。西海の雨がヤバいということは、湿気の溜まりやすいB棟1階は案の定水浸し。新倉庫もそれなりに水浸しだけど、こっちの方が片付けは大変だ。
「万里、これどうやって掃いたらいいの」
「通路の真ん中に雑巾をわーっと敷いて、奥の角っこの方からこうやって、わーっと真ん中に水を寄せるんす。で、雑巾を絞ったり、スコップで水を掬ってバケツに水を溜めて絞る。この繰り返しっす」
「途方もないなあ」
「圭佑君、水掃きの仕事はあんまやったことないすか」
「基本パソコンの前から動かないからね。万里と内山さんが入社したからやっとちょっと余裕が出来たってレベルだし」
それでなくても俺は万里ほど外に出て動くタイプでもないし、と言いながら圭佑君は水掃きワイパーをたどたどしく扱う。この会社の事務の仕事は俺たちが入社する前は山田さんと圭佑君が主に担っていたという話だ。そりゃ確かにパソコンの前からは動けないか。
一方、俺も事務の仕事はしているけど現場も行き来する便利屋ポジションで、たまに塩見さんからフォークリフトの扱い方も教わっている。所長からは繁忙期を過ぎたらフォークリフト講習を受けて来いとも言われた。それくらい俺は外に出る事務職なので、水掃きも慣れたものだ。
「高井さん、とりあえず横持ちのスペースだけ確保出来れば御の字って感じっすかね」
「そうだね、半分くらい水を出せれば簀の子敷いてどうにか出来るんで、まずは半分を目処にお願いします」
「了解でーす」
「越野君は全然違和感ないけど、高沢君が現場で水掃きしてるって違和感が凄いなあ。よっぽど緊急事態って感じ。応援頼んだ俺が言うのもおかしいけど」
「本当ですよ。でも、違和感については自分でも覚えてるので反論はしません」
そう言いながら水浸しの床にしゃがみ込んで水を手で掬ってバケツに移す圭佑君の姿には俺も違和感しかない。幼馴染みでも全くそういうイメージないもんなあ。って言うか外に出たり走り回って遊ぶようなイメージも全然ないな、よく考えたら。
「圭佑君、結婚して仮に子供が出来るとするじゃないですか」
「急に何を言うの万里」
「例えばの話じゃないっすか。子供と公園とかに行って、キャッチボールとかするんすか?」
「今時キャッチボールってしなくない? 禁止の公園もまあまあ多いでしょ、知らないけど」
「高沢君が子供とキャッチボールか、全然イメージ湧かないな」
「この会社の人だったら誰がそういうのやりそうっすかね」
「単純にキャッチボールだったら長岡君がやりそうじゃない?」
「あー、アイツ野球やってましたもんね」
「って言うか俺に子供が出来たとしてもキャッチボールとかは万里がやってそうまである」
「ああ、おじさんの担当ね」
「じゃ天才バスケット少年に育てるけど」
「俺と朋実の子で運動神経が良い子のイメージもないけど」
「じゃ楽器とかやらすんすか? 姉ちゃんと言えばピアノのイメージあるし」
「それはそのときの雰囲気とか子供の希望によるんじゃないかな。って、結婚もしてないのに何を語らせてるの、しかも会社で」
「わはは」
「飲み会の時でもそんな話しないもんねえ高沢君。いやあ、いい一面を見たよ」
現場の人から見れば圭佑君は静かで大人しく、仕事はきっちりこなしてくれているけど何を考えているのかよくわからないらしい。事務所で仕事をしている山田さんや、塩見さんとは雑談を含めて話しているようだけど、余計なお喋りもしない印象だとか。
幼馴染みの俺からすれば、圭佑君は確かに静かではあるけど少ない言葉数でしっかり話してくれる人だし、難なら言葉選びのセンスがたまにめちゃくちゃツボることもある。あと怒らせると静かな分だけめちゃくちゃ怖かったり。面白い人なんだけどな、結構。
「って言うか万里は何を見て公園でキャッチボールとか妄想するに至ったの」
「圭佑君が水を手で掬ってバケツに入れてるのが、砂場とかで遊んでるように見えて。出来心っす」
「砂遊びかー、やってこなかったなー」
「とは思います。俺も記憶にないっす」
「砂場の発想も面白いけど、トイレ掃除とか風呂掃除に飛ばして、高沢君は結婚後家事をどのくらい担当するのか、奥さんの尻に敷かれるのか的なところはちょっと気になるかな」
「圭佑君てその辺曖昧なの嫌うんで、きっちり担当決めてますよ。よっぽど仕事や体調不良とかで出来ないなら代わったりしますけど」
「ああ、越野君くらいになるとその辺はもうわかってるのか」
「そうっすね、大体読めます。言って自分の姉ちゃんと幼馴染みのことなんで」
まあ、同じ理由で俺のことも圭佑君には分かり切られているのであまり調子に乗ると後が怖い。まあでも俺はこういうキャラだし、圭佑君の話と比べると意外性もないだろうから面白味は少ないはずだ。
「俺とか普通の社員からしたら高沢君の私生活って結構謎だから、そういう妄想が面白かったりするんだけどね。ほら、高沢君て残業になった日も最後までいるし、休出のときも絶対休まないし。オミは結構有給ガンガン使ってプライベート確保してるけど、高沢君は有給も全然使わないし。仕事ばっかりでプライベートがないんじゃないか説まであるから」
「繁忙期は実際会社にいる時間の方が長いのは否定しませんね」
「だよね、ちょっと前まで通販で買った物とか普通に会社で受け取ってたよね」
「え、ヤバッ」
「万里、これが弊社の働き方改革の成果ね。帰るのがめんどくさくなって会社に寝泊まりしなくて良くなったんだから」
「あー、高沢君奥の畳の部屋で泊まってたよね!」
「帰るのがめんどくさくて。8時終わりとか残業が短くて拍子抜けですし、ご飯食べて10時終わりなら全然帰れますからね」
「え、圭佑君て会社のヌシだった?」
「ヌシ! いいねその表現。所長も戸締まりとか完全に任せてたもんね。入社3年以内の子に任せることじゃないだろーって最初はみんな言ってたけど、高沢君がしっかりしてたからそのうちみんなそういうもんかって受け入れちゃってたもん」
確かにその昔は残業が日を跨ぐこともあったとは大石も言ってたけど、その話を実際に聞くとやっぱりヤバい。今でも残業終わりが20時とか22時の日があるって聞いた時には働き方改革の成果がそれかよって思ったけど、それ以前を経験してる人からすればすンごい事なんだと。
「そう言えばこないだ塩見さんが、残業や休出で圭佑君が出勤してた分がそのうちある程度俺に回ってくるのは覚悟しとけって言ってたんですよね」
「高沢君良かったね、プライベートな時間が増えそうだよ」
「それはそれで時間が有り余りすぎて何をしたらいいのかがわからなくなりそうですね。いっそ仕事してる方がいいまであります」
「完全に麻痺してるじゃない。越野君、これが社畜の作り方だよ。気をつけるように」
「はい、気をつけます。つか大石もそういう気があるんすよね」
「大石君は何だかんだ仕事ばっかりよりは時間を作ってプールに行きたいって子じゃない? 大学卒業して学費を払う必要はなくなったし、学生の頃よりガツガツする必要はなくなったでしょ?」
「それでもアイツは金はあればあるだけいいって考えそうっす」
「そのイメージもあるなあ」
「越野君も頼まれた仕事は断らないタイプだし、向西倉庫式社畜の作り方の第一段階にはハマってると思うよ」
「あーもー高井さん怖いこと言わないでください! 社畜じゃないです俺は断じて!」
end.
++++
向西倉庫は働き方改革などで少しずつ白くなってはいるものの、まだまだ黒いと言われる部分も多い会社。発展途上ですね。
モブ社員の高井さんに色を付けたい。32歳くらい? ちな高井圭希とは関係ないただの他人。
(phase3)
.