2024

■星大こわい

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「こんにちはー、星大でーす」
「ミドリーッ! ってか箱の数すごッ」

 インターフェイスの情報網か何かで、星大の人から「ジャガイモを引き取ってくれる方を募集しています」という連絡が入ると、大学祭の食品ブースはフライドポテトにしようという話になるんだとか。定例会議長をやっているミドリ先輩と、初心者講習会の時に少し話をした荒島君が大量の箱を台車に載せてやってきた。箱には「北辰のじゃがいも」と書かれている。

「奈々、下にまだまだあるから1回適当に降ろしちゃっていいかな?」
「あっうん適当に降ろしちゃって、って言うかウチ人手はあるからみんなで運搬する?」
「手伝ってもらえるなら助かります」
「じゃあ、行ける人は行ってもらって、こっちの整頓は……あっ、そしたら収納班のジュンにお願いしようかなッ」
「わかりました」
「とりあえず壁側になんとなーく整えて積んでもらう感じで」

 星大さんが適当に降ろしたジャガイモの箱を、サークル室に残った俺は整頓しながら積んでいく。って言うか何箱持って来てるんだ。まあ、もらえるものはもらっておいていいのかもしれない。フライドポテトを作るに当たってジャガイモは重要な原材料、コストがかからないというのは実に魅力的だ。しかも北辰のジャガイモだなんて外れなワケがない。
 奈々先輩によれば1人分はジャガイモ半分くらいで、1ケースで大体50食分が取れるそうだ。既に10ケース以上にはなってるけど、まさか500食も売るつもりなのか。いや、カノン先輩ならやりかねない。あの人はやれることはドーンとやっちまおう! 的な勢い重視の考え方が強めだから、それこそ持って来れるだけ持って来て下さい! って言ってる可能性もある。

「第2陣でーす」
「ミドリ、まだ来る?」
「さすがにあと1回だね」
「ねえパロ、今日はヘビ出ないよね?」
「出ないとは言い切れないけど、これだけ人がいるんだから近くに来る前に誰かが気付くよ」
「向島大学に罪はないけど、ヘビだけはホンッ……トにムリ! ミドリ先輩が騙したー!」
「がっくんがそこまで向島さんにトラウマがあるだなんて知らなかったんだよ、本当だよ」
「なんなら俺が車を持ったのだってここでの出来事がきっかけなんですから!」
「へー、そーなんだ」
「そーなんだあ、じゃないですよ! 万が一ヘビが出たらイヤだから夏合宿の練習もレンタカー借りて行ったら結構良くて、車いいなーって思って買ったんですよ」

 どうやら荒島君はヘビが苦手らしく、パロにヘビが出ないかどうかを常に確認している。夏合宿の班が一緒になった1年生3人で独自に練習をしようという話になったときも、ヘビが出る可能性があるのが嫌だという理由で荒島君が向島大学行きを拒否、緑ヶ丘大学に行くことになったとか。言って緑ヶ丘も環境としてはそこまで変わらなくないかなとは思う。

「がっくんがこのジャガイモを持って来てくれたのって、車でここまで来たことがあったからみたいなこと? 夏休みの頃はレンタカーだったけど」
「聞いてよパロ、ミドリ先輩が騙したんだよ」
「騙してないよ」
「俺さ、自分の車を持ったから駐車場付きの家の方がいいなーって思って引っ越したんだよね」
「えー、そうなんだ」
「そうそう。車を持つ可能性を考慮してなかったんだよね、入学前は」
「まあ、どうなるかわかんないよねー」
「でさ、家も引っ越したし近所のお店と大学内の情報センターでダブルワークを始めてさ。情報センターはミドリ先輩がバイトリーダーだからその場で面接して合格ーってなって、初日に大事な仕事があるからねーって言われて何だろうなーって緊張してたらこれ! ジャガイモの運搬! いや、ジャガイモの運搬はいいけど向島大学のサークル棟は本当に怖いんだって! ヘビが出るから!」
「がっくん本当にヘビ嫌いだよね」
「ホントにムリ。今日パロがいなかったらどうなってたか」

 ちなみに夏合宿の班打ち合わせの時にヘビが出たときはパロが追い出してくれたそうだ。俺はまだこの部屋でヘビを見たことが無いので、自分がその状況に陥った時にどういう対応を取るのかということの想像は付かない。多少驚きはするだろうけど特段苦手でもないはずなので、何か道具を使って追い出したりするだろうか。

「ジュンってヘビ大丈夫な方?」
「どうだろう。多分特段苦手でもないから、多少驚きはするだろうけどそこまで取り乱しはしないかも」
「へー、鷹来くん、もといジュンは凄いなあ。あっ、初心者講習会のときちょっとだけ話したの覚えてる?」
「ああうん、覚えてるよ」
「よかったー。ジュンの話はひかるんから聞いてて、面白い子だよーって」
「えっ。そんなに面白いと言われるようなことをした覚えがないんだけど…? って言うか大ちゃんは何を言ってくれてるんだ」
「癖が強めな2年生の先輩たちに可愛がられてる様が面白かったってひかるんは言ってたよ」

 癖が強い2年生と言われて北星先輩とみちる先輩の顔が浮かんだので、あれは可愛がられてると言うかイジられてるの間違いじゃないかと思うけど、そんな風に見えていたのかとやや困惑。その2人にイジられて何をどうしたらいいかわからなくなったときにササ先輩に駆け込む、みたいな図になってたもんなあ合宿の頃は。

「作品出展の動画も見たけど、絵柄可愛いよねー」
「あれっ、俺が絵を描いてたっていうのは他校の人には?」
「千颯先輩が「向島のジュンって子が今アツいんだよ! 1年後2年後にはとんでもないことになってると思うから今からチェックして!」って言って激推ししてた」
「星大~…! 星大こわい~…!」
「入りたかったんちゃうんかい」
「うっしーは無駄口叩いてないで働け」
「あっ、そしたら俺のノートにひとつ簡単な絵と、サインください」
「うわあ」

 デジャヴ! 春風先輩に「私の手帳に絵を描いてください」って言われて油性ペン渡されたときのヤツ!

「ジュン、良ければ描いてあげてよ。がっくんがジュンの絵を好きだって言ってくれてるのが僕も自分のことのように嬉しいよ。がっくん、ジュンはMMPの1年LINEグループに毎日練習の成果を上げてて」
「えー、すごいなー。継続は力なりだよねー。俺もサボってないで久々にダンスの練習しようかなあ。あっ、その練習の成果、内輪のLINEグループだけじゃなくてSNSとかで広く公開してみたら? 千颯先輩とか絶対飛びつくだろうし」
「いやいやいやいや怖い怖い怖い無理無理無理」
「グッズを作るのもいいかもね。俺ジュンの絵がプリントされたスウェットとか絶対欲しいもん」
「あー無理怖い怖い話が飛躍し過ぎですマジで」
「僕もジュンの絵がプリントされたスウェットがあれば可愛いと思うけどなあ」
「ねえ。そしたら中も誘ってまた3人でお揃コーデしたいよねえ」
「あっいいね! ジュン、スウェットを作ってみる気はない?」
「パロ、そろそろ怒るぞ」
「わっ。まっくろジュンジュンの手前になっちゃってる。ごめんごめん調子に乗り過ぎたよ」

 もしもそんな話が春風先輩に聞かれてしまえば「ぜひ前向きに検討してみませんか」と結構な強い圧で言われそうなので、早いところこの話題は切っておく。春風先輩がまだ来てなくてよかった。そして荒島君のノートには車と白いもちもちした物を描いて返した。サインのような物は当然作っているはずもなかったので適当にJunと書いておいた。

「奈々、一応これで今回持って来たジャガイモは全部ね。足りなくなったら言って、まだあるから」
「多分しばらくは大丈夫じゃないかな? 毎年ありがとねーッ」
「いえいえ。引き取ってもらうことが人助けなので! 向島さんには足を向けて寝られません! がっくん、そろそろ帰るよー」
「はーい。それじゃあお邪魔しましたー」
「また来てねーッ」
「ヘビが冬眠したら教えてくださーい」
「がっくんまた今度ねー」
「うん。パロバイバーイ」

 どっと疲れた。何かわからないけど妙な疲労感がある。決してジャガイモの箱を整頓した所為ではない精神的な疲れがある。と言うか星大界隈では俺の事をどんな風に話してるんだ。ああこわいこわい。ヘビにはずっと起きててもらいたい。

「星大さんのおかげでジャガイモは確保出来たし、まずは1回試食会をしないとねッ!」
「そうだ、本題はそれでしたね」
「忘れちゃダメだよジュン」


end.


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がっくんが好き勝手動いてることでそれまでは置物みたいだったパロにも動きが出て来た。
そして1年と言わず3ヶ月後には結構な大作を仕上げちゃうので千颯の目に間違いはなかった?

(phase3)

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