2024

■用が無いなら帰ります

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「12月に休みがあるわけねーだろふざけんなぶっ殺すぞ死ね」
「リン君の低音で言われるとこれはこれでイイねえ」
「帰ります」
「あーちょっと待ってちゃんと本題には入るから!」

 席を立とうとしたところを制止され、机の上には企画書が差し出される。春山さんから前述のLINEが届いたので年末が近付いていることを知り、その程度の連絡であれば自分でしてもらいたいとは思うものの、面倒なので既読スルーをした上で内容だけは災厄の元凶に伝えておく。オレが呼び出されたのは年末の音楽祭に向けた連絡のためだ。
 青山さんが企画をして始まった年末の音楽祭は一昨年、去年と開催され、今年も開催の流れで話が進んでいるようだ。年々準備が早まっていると言うか、段取りが形になってきたのかノリとテンションの行き当たりばったりだった初回の頃よりはこちらも参加の検討をしやすくなっているとは思う。その辺りの修正力は素直に褒めておく。
 そもそも、この音楽祭というものが春山さんへのドッキリを目的に始まった物であって、初回はあの人への告知なしで開催された。しかしそこにサックス奏者の須賀誠司が乱入してきた事件をきっかけに春山さんが激怒、青山さんはしっかり復讐されたので(その時点でこれを滅しておかなかったのはあの人のミスだろう)、以後は一応ブルースプリングでやろうという旨の連絡を入れているようだ。

「そういうワケなので、リン君には芹ちゃんからの返信でお察しいただけたかとは思いますが、今年もやりますのでぜひブルースプリングでの参加をお待ちしています」
「路上は。アンタのことだ、どうせやる体でとうに手続きなどを済ませているのだろう」
「さあっすがリン君、大正解! 例によって音楽祭の前にブルースプリングで路上ワンマンの予定ね」
「路上でワンマンも何も」
「路上が侮れないことは創星で見て来たじゃない」
「それはそうだが」
「大学院での研究の日々から開放されたリン君のピアノ魂をドドンと!」
「一応洋食屋のバイトで定期的に弾いているとだけは言っておく」
「なら尚更都合いいよね、ピアノ勘が鈍ってないってことでしょ? まあねえ~、自称今世紀最後の天才のリン君ともあろう男であれば、多少鈍ってたとしたってちょっと練習すれば元に戻るとは思うけどぉ~?」
「帰る」
「あー! だからそうやってすぐ帰ろうとするのやめて!? 創星ではちゃんと交響楽団のコンサートも予定に組み込んだでしょ!? チケット奢らせていただきましたよね?」
「それは半ば強引に北辰に行くのに付き合わせたからだろう」

 先日、半ば強制的に引き摺られる形で青山さんと北辰へ行ってきた。北辰は創星市を主に回っていたのだが、野外の公園でビールを飲みながら路上のパフォーマーの演奏をただひたすらに聴くというだけのことをして小一時間過ごしたりもした。たかが路上、されど路上。なかなかに侮れんレベルの者もいたのは事実。
 創星という街は酒と音楽に溢れているというようなことは柄シャツの畜生から聞いていたので興味自体はそれなりにあったのだが、如何せんいざ行くまでが面倒であった。3泊4日で行くと言われた際に、青山さんに言われるがままにのみ動くのは癪だったので、オレに付いて来いと言うなら席料はアンタ持ちで交響楽団のコンサートを予定に組み込めという条件を出したのだ。
 それで「本当にそれだけでいいの!?」と決して安くはない席のチケットをポンと出してしまうのはこの人のよくわからんところだ。しかしこの人もかつて春山さんの話を聞いていたのであれば創星の交響楽団のことも知っていたであろうし、何かの間違いであの人がその場にいないとも限らないと思ったのかもしれない。実際、あの人は一般人の行楽シーズンに娑婆に出られる勤務形態ではないそうだが。

「何はともあれ、リン君には今年も新曲、頼みます」
「それはそうと、自分たちのやり取りにオレを巻き込むな。オレを伝書鳩か何かと思っているのではないか」
「そう言われてもねえ。俺は芹ちゃん宛ての連絡はちゃんと本人にしてるもん。あっ、リン君が芹ちゃんをブロックすれば解決するんじゃない?」
「オレはあの人を極めて凶悪でロクでもないとは思っていますが、苦情を送る用事やごく稀に有用なやり取りもあるのでブロックの域にはないんですよ。あの人がアンタを相当面倒で危険だと思っていることは確かだと思いますがね」
「さすがに芹ちゃん本人にGPS付けてはないんだからさあ、LINEの返信は直接くれていいと思わない?」
「相当な恨みを買ってるんでしょう」
「でもさ、音楽関係の連絡すら鳩を経由するって!」
「人を鳩呼ばわりするな」
「それはゴメン。恨みを買う覚えはないんだよな~」

 オレは一応あの人がどこのエリアで何の仕事をして生計を立てているのかを知っているが、念押しされたのが青山さんにだけは死んでも言うなということだった。オレも面倒なことには巻き込まれたくないので死んでも言うものかと思っている。あの畜生がここまで逃げ続けるからには相当な理由があるはずだが、心当たりが思いつかないとは実に平和ボケしている。

「でもさあこのまま俺から逃げ続けたって芹ちゃんにメリット無くない? 禁欲から解かれた俺って嬉しくて延々楽しんじゃうよ?」
「帰る」
「あーっ! すみませんでした音楽の話しましょお願いしますまだもうちょっとだけ帰らないで! 音楽祭の規模の話とか、今年新たに声かけようと思ってるアーティストとか、話したいことはいろいろあるの、それは本当!」
「ならさっさと本題に入って下さい」

 音楽の話であれば聞く価値はあるが、如何せんそれ以外がロクでも無さすぎる。しかし、もうこんな季節になっていたか。これまでよりもスケジュール管理は綿密に行わなければならんな。


end.


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年末の気配をここらで漂わせるし、リン様と青山さんの北辰編は今後あるのか?
ベーシスト社畜説のガチな方はこっち。行楽シーズン以外も割と娑婆に出にくい。

(phase3)

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