2024
■車があればこそ
++++
「あまり面白い部屋ではないですけど、どうぞ」
「お邪魔します」
ガクが引っ越しをしたというので、レナと一緒に新居に呼ばれた。面白い部屋ではないとは言うけど、玄関先の時点で既にすげーオシャレなんだけども。俺の住んでる学生街の古めかしいアパートとは比べることすら出来ないんじゃねーかって。
「ハチャメチャにきれいだけど築何年?」
「新築です」
「うわあ」
「間取りは?」
「2LDKです」
「うわあ」
「がっくん、他にも物件探しのときにチェックしたポイントを」
「駐車場有り、家賃に駐車場インターネット使用料込み、宅配ボックスあり、バストイレ別、洗面所独立、トイレのウォシュレット、駅徒歩7分以内……くらいですかね?」
「それで家賃はおいくら」
「7.9万円です」
「学生の住むマンションでも値段でもねーけど、うちと比べたら圧倒的に格安だから星港市内ってやっぱ学生街だろうと高いんだな」
「逆じゃないです? 郊外が安いんじゃないかと。星港に住んでたときは似た値段でもここまでにはならなかったですもん」
ガクは夏合宿の練習の時に借りたレンタカーがとても良かったので、マイカーが欲しいと思ってすぐ買ったらしい。そしたら駐車場のある家がいいなあとなり、車があるなら別に大学近くとか星港市内に住んでなくてもいいよなあ、という結論に至ったとか。
思いはするだろうけどそれで実行に至るのがヤバいし、何より車が欲しいと思ってすぐ買ったり、引っ越そうと思ってすぐ引っ越すのがヤバい。でもって家賃8万弱はヤバい。でもそれが出来るだけの貯金があるということなので、本人曰く売れてるかは微妙なボーダーとは言えやっぱ俳優なんだなあ。
「でも西海だったらこんな感じになりましたよ」
「はー、西海に出るだけでこうなんのか」
「彩人、今まで行った一人暮らしの部屋の中で何位?」
「グレードだったら間違いなく1位だけど、立地を加味したら高木さん家とトントンかな? 高木さん家は星港市内であれだから」
「ああ、確かに高木先輩の家はいろんな人に学生の住む部屋じゃないとは言われてたね。実際学生街のマンションでもないし。がっくんはこっちに引っ越して何か生活の仕方とか変わった?」
「窓から見える景色が星港の時より圧倒的に良くて、気持ちにゆとりが持てる感じがあります」
「確かに、遠目に海が見えていいね」
程良く光が入るダイニングの窓からは遠目に海が見えて、窓前の観葉植物と相まってクッソオシャレなんだよな。で、ついでに言えばそういう空間にいるレナも映えている。俺なんて空間がオシャレすぎて落ち着かないというのに。田舎者の隠キャ丸出しだ。
「粗茶ですけどどうぞ。今の時期なら冷たいので大丈夫ですよね」
「おっ、サンキュ」
「わざわざありがとう。お茶って作ってあるの?」
「そうですね。水出しのティーバッグをポットに入れとくだけの簡単なヤツなんですけど」
「そういう簡単なのいいよね」
「そうなんですよね。コーヒーとか紅茶を凝る人って、道具とか茶器とかめっちゃ揃えたり、お湯の温度がどうとかこだわったりする印象があるんですけど、俺はそこまでなのでこの程度の簡単なヤツです」
「俺も水出しのお茶作ってるよ。ラクだよな、ティーバッグ」
「いいですよね」
「じゃ、いただきます」
――と、出されたお茶を一口含む。ん、これは。
「ガク、このお茶山羽のか?」
「え、よくわかりましたね」
「ああもうこれは一口でわかるね。つーかうちのティーバッグと似たような……いや、同じなんじゃないかとすら思うんだけど」
「持ってきますか?」
「見たい」
「ちょっと待ってくださいね」
「彩人、利きお茶出来るの?」
「そこまで味覚は敏感じゃないけど、地元のお茶くらいなら感覚に刻まれてね?」
「私にはわかんないなあ。美味しいとは思うんだけど」
「彩人さん、これです」
「ほーらやっぱり舟松園の水出し深蒸し茶だ! 美味いよなーこれ」
「えっ、彩人すごいね」
「毎日飲んでるモンはさすがにわかるって。ガク、これ取り寄せてんの?」
「はい。オンラインショップで買ってますね」
「わかってんなー、いいじゃんいいじゃん」
「がっくん、お茶はどういう基準で選んでるの?」
「あ、そこまでこだわりはないんですけど、このお茶は実家で飲んでたヤツなんですよ。あ、俺実家が山羽なんですけど」
「はあ!? お前も山羽なの!?」
「山羽ですよ。え、彩人さんも?」
「俺も山羽! えー、マジかよ! 市内?」
「市内です」
「おお~、同郷~」
「いえーい」
とは言え本格的に仕事をするようになってからは東都に住んでいたそうだ。だから高校の裏のお茶屋がいい匂いでさ~みたいな朝霞さんとしたようなガチな思い出話は出来ないんだけど、お茶はやっぱり舟松園だよな、というのは通じるので山羽人の心は残っているようだ。
「って言うか合宿のときに出身の話してなかったの?」
「してなかった」
「そうだ。変わった生活の話の続きなんですけど、西海に引っ越して、新たにこっちでバイトを始めたんですよ」
「おっ、いいじゃん。何始めたの?」
「洋食屋のホールですね」
「飲食に行ったんだ」
「いつか俳優に復帰したとして、経験が役に立ちそうじゃないですか。で、そこの洋食屋が結構有名な店なんですけど、建物が結構歴史のある感じで、雰囲気が強いんですよ」
「歴史ある建物とかミドリさん好きそー」
「あ、実際ミドリ先輩はあの店は雰囲気もいいし料理も美味しいし1回行ったらいいよっておすすめしてくれました」
「チェーン店よりは落ち着いてそうな印象だね、そういう雰囲気のある建物のお店だったら」
「実際そうですね。夜はピアノの生演奏があるので、そういう時間帯はより雰囲気が増しますね」
「えー、ピアノの生演奏とか興味ある~」
「彩人ピアノ弾くもんね」
「うん。メシも美味いとか行ってみてえ~」
とは言え西海は交通費がイタいので、そこまで頻繁に来れる場所じゃない。前にサキ君の招待でバーには行ったことがあるけど、本当にあれくらいしか。星港市内を出ると電車賃が一気に高くなるの、どーにかして欲しいマジで。
「じゃ今度みんなで行きますか? 車出しますし」
「いいね!」
「私も誘ってくれてる?」
「もちろん! レナさんは俺の大事な友達ですからね。今日レナさんを呼んだのだって、こっちの部屋を見てもらうためなんですから!」
「ああ、そういや2LDKってダイニングの他に2部屋あるんだよな」
「寝室と趣味部屋です。趣味部屋って、1人でじっとりねっとり楽しむのもいいんですけど、理解のある人に見て見てーってアピールもしたくって。部屋が広くなって専用のスペースが出来たことでディスプレイにも幅が生まれて」
「じゃそっちの部屋を見よう、さっそく」
「うわー、俺蚊帳の外になりそー」
end.
++++
がくぴが車を持って引っ越したというだけの話。
大学では引っ越しの理由について「車を持つ可能性を考えてなくてー」くらいに話したのかな?
がくぴが始めたバイトの洋食屋はお馴染みバレーナ・ビアンカ。誰かいそうだな!
(phase3)
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「あまり面白い部屋ではないですけど、どうぞ」
「お邪魔します」
ガクが引っ越しをしたというので、レナと一緒に新居に呼ばれた。面白い部屋ではないとは言うけど、玄関先の時点で既にすげーオシャレなんだけども。俺の住んでる学生街の古めかしいアパートとは比べることすら出来ないんじゃねーかって。
「ハチャメチャにきれいだけど築何年?」
「新築です」
「うわあ」
「間取りは?」
「2LDKです」
「うわあ」
「がっくん、他にも物件探しのときにチェックしたポイントを」
「駐車場有り、家賃に駐車場インターネット使用料込み、宅配ボックスあり、バストイレ別、洗面所独立、トイレのウォシュレット、駅徒歩7分以内……くらいですかね?」
「それで家賃はおいくら」
「7.9万円です」
「学生の住むマンションでも値段でもねーけど、うちと比べたら圧倒的に格安だから星港市内ってやっぱ学生街だろうと高いんだな」
「逆じゃないです? 郊外が安いんじゃないかと。星港に住んでたときは似た値段でもここまでにはならなかったですもん」
ガクは夏合宿の練習の時に借りたレンタカーがとても良かったので、マイカーが欲しいと思ってすぐ買ったらしい。そしたら駐車場のある家がいいなあとなり、車があるなら別に大学近くとか星港市内に住んでなくてもいいよなあ、という結論に至ったとか。
思いはするだろうけどそれで実行に至るのがヤバいし、何より車が欲しいと思ってすぐ買ったり、引っ越そうと思ってすぐ引っ越すのがヤバい。でもって家賃8万弱はヤバい。でもそれが出来るだけの貯金があるということなので、本人曰く売れてるかは微妙なボーダーとは言えやっぱ俳優なんだなあ。
「でも西海だったらこんな感じになりましたよ」
「はー、西海に出るだけでこうなんのか」
「彩人、今まで行った一人暮らしの部屋の中で何位?」
「グレードだったら間違いなく1位だけど、立地を加味したら高木さん家とトントンかな? 高木さん家は星港市内であれだから」
「ああ、確かに高木先輩の家はいろんな人に学生の住む部屋じゃないとは言われてたね。実際学生街のマンションでもないし。がっくんはこっちに引っ越して何か生活の仕方とか変わった?」
「窓から見える景色が星港の時より圧倒的に良くて、気持ちにゆとりが持てる感じがあります」
「確かに、遠目に海が見えていいね」
程良く光が入るダイニングの窓からは遠目に海が見えて、窓前の観葉植物と相まってクッソオシャレなんだよな。で、ついでに言えばそういう空間にいるレナも映えている。俺なんて空間がオシャレすぎて落ち着かないというのに。田舎者の隠キャ丸出しだ。
「粗茶ですけどどうぞ。今の時期なら冷たいので大丈夫ですよね」
「おっ、サンキュ」
「わざわざありがとう。お茶って作ってあるの?」
「そうですね。水出しのティーバッグをポットに入れとくだけの簡単なヤツなんですけど」
「そういう簡単なのいいよね」
「そうなんですよね。コーヒーとか紅茶を凝る人って、道具とか茶器とかめっちゃ揃えたり、お湯の温度がどうとかこだわったりする印象があるんですけど、俺はそこまでなのでこの程度の簡単なヤツです」
「俺も水出しのお茶作ってるよ。ラクだよな、ティーバッグ」
「いいですよね」
「じゃ、いただきます」
――と、出されたお茶を一口含む。ん、これは。
「ガク、このお茶山羽のか?」
「え、よくわかりましたね」
「ああもうこれは一口でわかるね。つーかうちのティーバッグと似たような……いや、同じなんじゃないかとすら思うんだけど」
「持ってきますか?」
「見たい」
「ちょっと待ってくださいね」
「彩人、利きお茶出来るの?」
「そこまで味覚は敏感じゃないけど、地元のお茶くらいなら感覚に刻まれてね?」
「私にはわかんないなあ。美味しいとは思うんだけど」
「彩人さん、これです」
「ほーらやっぱり舟松園の水出し深蒸し茶だ! 美味いよなーこれ」
「えっ、彩人すごいね」
「毎日飲んでるモンはさすがにわかるって。ガク、これ取り寄せてんの?」
「はい。オンラインショップで買ってますね」
「わかってんなー、いいじゃんいいじゃん」
「がっくん、お茶はどういう基準で選んでるの?」
「あ、そこまでこだわりはないんですけど、このお茶は実家で飲んでたヤツなんですよ。あ、俺実家が山羽なんですけど」
「はあ!? お前も山羽なの!?」
「山羽ですよ。え、彩人さんも?」
「俺も山羽! えー、マジかよ! 市内?」
「市内です」
「おお~、同郷~」
「いえーい」
とは言え本格的に仕事をするようになってからは東都に住んでいたそうだ。だから高校の裏のお茶屋がいい匂いでさ~みたいな朝霞さんとしたようなガチな思い出話は出来ないんだけど、お茶はやっぱり舟松園だよな、というのは通じるので山羽人の心は残っているようだ。
「って言うか合宿のときに出身の話してなかったの?」
「してなかった」
「そうだ。変わった生活の話の続きなんですけど、西海に引っ越して、新たにこっちでバイトを始めたんですよ」
「おっ、いいじゃん。何始めたの?」
「洋食屋のホールですね」
「飲食に行ったんだ」
「いつか俳優に復帰したとして、経験が役に立ちそうじゃないですか。で、そこの洋食屋が結構有名な店なんですけど、建物が結構歴史のある感じで、雰囲気が強いんですよ」
「歴史ある建物とかミドリさん好きそー」
「あ、実際ミドリ先輩はあの店は雰囲気もいいし料理も美味しいし1回行ったらいいよっておすすめしてくれました」
「チェーン店よりは落ち着いてそうな印象だね、そういう雰囲気のある建物のお店だったら」
「実際そうですね。夜はピアノの生演奏があるので、そういう時間帯はより雰囲気が増しますね」
「えー、ピアノの生演奏とか興味ある~」
「彩人ピアノ弾くもんね」
「うん。メシも美味いとか行ってみてえ~」
とは言え西海は交通費がイタいので、そこまで頻繁に来れる場所じゃない。前にサキ君の招待でバーには行ったことがあるけど、本当にあれくらいしか。星港市内を出ると電車賃が一気に高くなるの、どーにかして欲しいマジで。
「じゃ今度みんなで行きますか? 車出しますし」
「いいね!」
「私も誘ってくれてる?」
「もちろん! レナさんは俺の大事な友達ですからね。今日レナさんを呼んだのだって、こっちの部屋を見てもらうためなんですから!」
「ああ、そういや2LDKってダイニングの他に2部屋あるんだよな」
「寝室と趣味部屋です。趣味部屋って、1人でじっとりねっとり楽しむのもいいんですけど、理解のある人に見て見てーってアピールもしたくって。部屋が広くなって専用のスペースが出来たことでディスプレイにも幅が生まれて」
「じゃそっちの部屋を見よう、さっそく」
「うわー、俺蚊帳の外になりそー」
end.
++++
がくぴが車を持って引っ越したというだけの話。
大学では引っ越しの理由について「車を持つ可能性を考えてなくてー」くらいに話したのかな?
がくぴが始めたバイトの洋食屋はお馴染みバレーナ・ビアンカ。誰かいそうだな!
(phase3)
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