2024

■主義とビジネスと経験

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「あ~……やってしまった、マジで。短所がガチで治らない! いや、だからこそ短所って言うんだろうけど今回という今回ばかりはやっちゃいけない場面でやっちまった~……」
「まあまあカオちゃん。まだ社内打ち合わせの段階だったからね。セーフだよセーフセーフ」
「いや、完っ全にアウトだろ。入社半年にもならない素人のクセして、あ~……やっちまったー!」

 会議後のランチタイム、カオちゃんは珍しく落ち込んで猛反省モード。反省が激しいし己の愚行を嘆くようでもあるから、その現場の一部始終を隣で見ていたうちはカオちゃんを励ますことしか出来ないでいる。
 具体的に何があったのかと言うと、企画会議の場でのこと。少々行き詰まりを感じたときに誰かが「いろいろな人がいるからねえ」と溜め息混じりに呟いた。その言葉にカオちゃんのスイッチが入っちゃって、説教じみた大演説が始まった。
 先輩も上司もみんな何だ何だってカオちゃんに視線が集中して、その大演説を止めるでもなく聞いていた。今回の会議自体は行き詰まってるし、それ以上の進展に期待出来なかった。だからこそカオちゃんは泳がされたのかもしれない。

 で、現在に至る。

「とりあえずさ、お弁当食べよ?」
「そーします……今日のおかずは何かなー、卵焼き入っててくれー、今の俺には卵焼きが必要なんだ~…!」
「カオちゃん! ここ!」
「卵焼きだ! ああ~…! カズ~、マジでお前最高だ~…!」
「うちの旦那さんをお褒めいただきありがとうございます」
「いやホントに。伊東さんマジでいい旦那と結婚した」
「でしょ?」

 そうそう。やらかしちゃったときは美味しい物食べて次取り返せばいいんです。うちらレベルだとまだまだ取らなきゃいけない責任なんか少ないし。それでなくても今回のカオちゃんのアレは完全社内の出来事だから全然セーフだって思ってないと。

「朝霞君、伊東さん」
「伊丹さん」
「伊丹さん、さっきは本当にすみませんでした」
「大丈夫大丈夫、気にしない。相席いい? 弁当お揃いじゃないけど」
「あっ、どうぞ!」

 伊丹さんは部署の先輩で、件の会議にも同席してた。伊丹さんが広げたお弁当は会社の近くで売ってる600円のお弁当。値段の割にしっかり作られてて、味も量も最高っていうんで買おうと思ったら並ばなきゃいけないんだって。うちらはカズのお弁当があるから出かけたり並んだりしなくても美味しいお弁当がいただけてただただ感謝です。

「朝霞君の弁当、1食何百円で契約してるんだっけ?」
「400円ですね」
「凄いよねえ。でも、善意だから成り立つんだよねえ」
「はい。と言うか、この夫婦がこれ以上払わせてくれないんです」
「なるほど、朝霞君と伊東さんの間の戦いがあったのね。で、さっきの話。ビジネスのことを抜きにすれば、正直朝霞君の言ってることもわかるんだよね。「いろいろな人がいる」という言葉に逃げて思考を止めるのは良くないとか、「いろいろな人がいる」からこそ受け入れられる物があるはずで、攻める必要性もあるんじゃないかとか」
「そうなんですよね、ビジネスなんですよね」
「そう。ビジネスである以上利益を出さないといけないから、ある程度の万人受けであるとか、大衆向けみたいなことも必要」
「俺は多様性を考えることは大切だとは思ってます。でも「いろいろな人がいるからね」って、諦めであるとか拒絶にもなるじゃないですか」
「拒絶か」
「ニュアンスによっては拒絶になりうると思いますよ、「いろいろな人がいるからね」っていう一言で議論を止めるのは。理解に見せかけてるんですよ。心を開いて、受け入れますよってポーズを見せかけた上での拒絶ですよ。期待させといて裏切ってんです、余計悪質ですよ」

 カオちゃんは、会議の場で出た「いろいろな人がいるからね」という言葉に対して、その言葉ですべてをぶったぎって考えることをやめるなら怠慢に他ならないと言い切った。いろいろな人がいるからこそ出来ること、生まれる物を見出していくべきだと。
 偉い人の前でも強気に言い切ったこの人の姿を愚かだと言いたくないなあと、思ってしまうワケで。もちろんうちらはまだまだ駆け出しのぺーぺーで、出来ることは少ないし取れる責任なんて全然ない。だけど新人だからこそ、定石を知らないからこその可能性があると信じていたい。
 ただ、ビジネスなんだよね。誰か1人に届けばいい、で満足していいのは趣味の時だけ。何年後になるかわからないけど、自分で責任を取れるようになった頃のカオちゃんが、どう攻めてくれるのかが楽しみではある。今さっきですらあれだけ鬼気迫ってたんだから、その頃には噂に聞く鬼っぷりも日常になってるかな。うちはその頃カオちゃんの金棒やってるのかな。

「あの、伊丹さん。他の人たち、何だあの1年みたいな感じになってますよね?」
「いや、全然。むしろちゃんと仕事を覚えたら2年後3年後が楽しみだって言ってたよ」
「反省した上で勉強します」
「でだ、朝霞君」
「はい」
「俺がわざわざ2人と相席してるのは、折り入った話があってさ」
「え、うちもですか?」
「うーん、伊東さんは証人かな。あと、助手というかお手伝い?」
「お手伝い」
「ところで2人とも、ウチの会社って年末に取引先の人とか呼んでパーティーしてるの知ってる?」
「就活やってるときに何かで見たような気がします」
「そのパーティーって、ホテルの大きな、鳳凰の間みたいな名前の付いた部屋を借りてやってるんだけど、司会はその年の新人の中から1人を選んでるんだよ」
「えーと……まさか」
「ふふふ~。朝霞君、パーティーの司会やろっか」

 パン、とやや強めに置かれた肩の手が、カオちゃんに拒否権がないことを示していたワケで……。つまりはお手伝いに任命されたうちも逃げられないワケで。

「司会は専門外なんですが!」
「大丈夫、経験経験」
「え、でもカオちゃん向舞祭のMCやったことあるんでしょ?」
「あれは全然大したことはしてないんだって! って言うか当時の俺はプロデューサーで人前で喋るとかも全然やってなくて」
「えー! 向舞祭のMC!? すごいねー」
「いやいやいや、あれは本職の人におんぶにだっこで~」
「って言うか、たどたどしい新人の司会を見て楽しむっていう感じだから、気負わなくて大丈夫!」
「うーん……それはそれで今日出しゃばった仕打ちなのではと思わざるを得ないんですけど」
「いやあ、これほどの人材を他社さんにご紹介しないワケにはいかないでしょ? ねえ伊東さん」
「ねえ伊丹さん」
「って言うか伊東さんも巻き込まれてるからな!」
「大きなホテルの何とかの間でやるパーティーだなんて、創作のネタでしかないんだよねえ。司会の感想聞かせてね!」
「そうだ伊東さんはこういう人だった!」


end.


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慧梨夏とPさんの会社にもモブ先輩が生えてきて、そろそろ会社名も欲しくなってきた頃合い。

(phase3)

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