2024

■手元のあの子

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「じゃーん。見て、春風」
「かわいいです! これは、もしかして」
「そうそう、ジュンのアレ」
「ジュンのあの子ですよね! かわいい~」

 じゃーん、と徹平くんが見せてくれたのは、白くてふかふかで、もちもちとしたぬいぐるみです。モチーフとなったキャラクターの生みの親はジュンです。

「俺も何かハマっちゃってさ、作ろうって思っちゃったよ」

 夏合宿で、ジュンは北星さんが班長の班に配属されることとなり、ペアも北星さんと組むことになりました。ですが、北星さんは人の顔と名前を覚えるのが苦手なのです。映像に関係する人であれば、それらと関連づけて覚えることも出来るそうなのですが……。
 ただ、ペアを組むに当たっては顔と名前を覚えてもらわなければ立ち行きません。私と奈々先輩は「映像に絡めるのが早いけれど……」と自らを印象づけるためのアドバイスをしましたが、映像関係の勉強をしていないジュンがそれをするにはどうかなとも思っていました。
 ところが、ジュンは手描きのアニメーション動画を作って北星さんに見せつけたのです。5秒程度の、色もあまりないシンプルな動画なのですが、白くてもちもちとしたキャラクターがスイカやうまい棒を食べているのが可愛らしくて(私には北星さんからファイルが送られてきました)。

「そこでぬいぐるみを作ろうという発想になるのがさすが徹平くんという感じがしますね」
「ちょうどちょっと前にぬいぐるみの作り方とかテディベアの作り方の本を読んでたんだよ」
「元々興味が?」
「ほら、釣り友達のレンがテディベア作る人でさ」
「レンさんは、車の鍵のクマの人ですよね」
「そうそう。本でも持ってないかなーって聞いてみたんだよ。そしたら持ってるって言うし、あるんなら読むじゃん」
「読みますね」
「よかったぁー、そこに本があったら読むよなーって感覚、共感してくれんのって身近なトコだとササとサキくらいだからさ」
「興味のある本はあればもちろん読みますよ」
「嬉しい~、春風ならわかってくれるとは思ってたけど」

 徹平くんは少し前に本の買い方、読み方についての感覚をくるみなどのサークルのメンバーに「すがやんちょっとおかしくない?」と言われていたのを気にしていたのです。教科書に指定されている専門的な本を、授業を受ける前に趣味で買って読んでいたのが理由だそうです。

「私も菅谷先生から本をお借りしたときに奏多が変な目で見てきて、おかしなことなのかしらと思ったことはあったのですよ」
「あ、こないだの?」
「そうですそうです! レナは理解を示してくれましたが奏多はダメです」
「奏多なー。あんだけアタマいーし出来るのに文献とか参考書みたいなモンはノータッチなんかな」
「理論もある程度は押さえますが、彼はどちらかと言えば実践に重きを置くタイプなので。試行を重ねて失敗しながら成功に辿り着くのが好きなのですよ」
「トライアンドエラーってヤツね」
「そうですね。あと、部屋には本もそれなりにありますよ。勉強や資格関係、あと、バドミントンの本など」
「奏多ってマジでカッコいい。ホントに。自分の生き方を信じて貫いてるとか、時間を無駄にしてない感じがいい。あと優しいんだよな、何だかんだ。厳しさにも根拠があるし」
「図に乗るので本人には言わないで下さいね」
「わかってるわかってる。春風は真面目で頼れる先輩の奏多が好きなんだもんな」
「変な言い方をしないで下さい」
「ごめんって。でも、あのサキが最近じゃ奏多への警戒をちょっとずつ解き始めたっぽいし、その辺はさすがだと思うんだよ」
「へえ、そうなのですか」
「俺はまだまだ勉強しないと定例会やってる間に奏多に追いつけないーって言ってもーう勉強の虫だよ」
「それもサキさんらしいと言えばサキさんらしいですね」
「今は軽く遊ばれてる気がするから早く同じレベルで話せるようになりたいんだって」
「遊ばれている気が。奏多が失礼なことをしているんじゃないでしょうね」
「いや、サキの反応を見る限り適正の範囲だと思うけど。あと夏合宿のミキサーテストも絶対負けないって言ってた」

 奏多とサキさんが定例会で担当しているシステムの開発は、2年かけてじっくりやって欲しいと言われているそうです。MDストックとして溜まっていた膨大な音楽や番組などをファイル化して、それらをいかに管理しやすくするかが課題だそうで。

「それでぬいぐるみの話に戻るけどさ」
「はい」
「実はこれ、2作目で」
「そうなんですか」
「そう。最初のが、こちらなんだけど」
「あまり違いがわかりませんけど」
「ジュンの絶妙なキャラクターデザインを1発で再現するには俺の腕が足りなくって。綿の詰め方もちょっと甘くなっちゃって。で、レンに電話で相談しながら綿の詰め方や細かいトコの縫い方を微妙に変えてみたりして出来たのがこっち。ほら、この辺ちょっとバランス違うっしょ?」
「うーん、そう言われてみれば目の大きさや角度がほんの少し違うような気がしますけど、手縫いであれば多少の誤差は致し方ないのでは」
「そういう細かいところで手を抜くと、あの可愛さは出ない!」

 そう言えばこの人はそういうところでのこだわりが強い人でした。違うコンセプトのぬいぐるみであれば、一体一体の個性ということで受け入れられたのかもしれませんが、今回はジュンの動画のあの子を再現するという目的が第一だったのでしょう。譲れないポイントです。

「それで春風、良ければこっちの上手く行った方をジュンに渡してくれる?」
「ジュンにですか? わかりました」
「やっぱりこういうのは原作者に対する敬意が必要だと思うんだよ」
「そうですね。でも、私も欲しいですね……。あの、徹平くん、もし良ければこちらの子をいただくことは……」
「え、そっちあんまり上手く出来てないけどいいの?」
「私にはこの子が可愛いのです」
「そういうことなら、いいよ。かわいがってなー」
「ありがとうございます!」

 これは本当に嬉しいです。動画を延々再生し続けなくてもあの子を眺めることが出来ますし、何と言っても徹平くんの処女作です。かわいがらない理由はありません。

「本当にかわいい~」
「あ、そうだ春風」
「はい?」
「ちょっと、一応見てもらいたいヤツがあって」
「何でしょう」
「これです」

 徹平くんの手の上に乗っていたのは、小さな手乗りサイズの真っ黒なぬいぐるみです。あの子が黒くなっているということは、つまり。

「もしかして、まっくろジュンジュン的なイメージですか?」
「です」
「かわいい~! これはすごくかわいいですよ徹平くん! あの、良ければこれもジュンに見せていいですか!? 今度、合宿前の特別活動日があるのです! そこでぜひ見てもらいたいです!」
「あ、うん、いいけど……春風、何かテンション高いな」
「はっ。すみません、興奮してしまいました。私とて一応は、かわいいものは好きなのですよ」


end.


++++

ジュンが一瞬引いたアレが春風に初披露されたときのお話。すがやんも割と吉日ムーブやるんよ。
すがやんは多分映像をカメラで写しながらレンレンに助言を求めてたんやろなあ。タイミング如何では帰省してるし

(phase3)

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