2024

■神の居る部屋

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「ヘビ嫌いもここまで来たら相当じゃね?」
「何とでも言ってください、自分も俺の車に乗ってきたでしょ」
「まーな」

 夏合宿の班打ち合わせは、練習フェーズに入っていくとインターフェイスと機材環境の近い向島大学で行うことが増えてくる。だけど向島大学ってのがとにかく辺鄙……は言い過ぎか。駅からスクールバスだって走ってんだから。厳密にはバス停から部活棟までが遠いんだ。
 向島のパロから「バス停からサークル棟までは徒歩15分で、基本上りなので頑張ってください」とは聞いていたし、ヘビが出るだのネコが歩いてるだの、虫が鬼ほどいるとも聞いている。正直どんなトコなんだよと思った。そこまで山なのかよって。
 結果として、俺はその上り坂を徒歩で来ずに済んだ。ヘビが嫌というだけの理由でレンタカーを借りたガクが、星港市内から向島大学の部活棟まで俺のことも乗せてくれたからだ。正直星港から豊葦は電車賃もバカにならないし、人数がいるなら賢い手段だと思う。

「えっと、MMPのサークル室は2階なので皆さんついてきてください」
「はーい」

 パロの後ろについてサークル室に入ると、広い部室だなあというのが第一印象。機材とパソコンが置いてあって、廊下側の壁には正直古めかしい建物と比べると浮いてるきれいな木製の家具。好きなところに座ってくださいと言われるままに荷物を置く。

「パロ、こういう棚って通販とかで買うの?」
「あっ、この棚は同期にツッツっていうDIYが得意な子がいるんだけど、その子が設計して作ってくれたんだよ」
「作った!? ヤバッ」
「おー、パンダのぬいぐるみだ」
「そのパンダはケイトくんといって、MMPを見守ってくれている神様ですね」
「神? これがか」
「モチーフとなっているのはこの春に卒業した先輩らしいんですけど……えっと、確かこの中に写真が……」

 見るからに分厚いアルバムは、机の上に置くだけでも強い振動と大きな音がする。パロはどこだったかなーと言いながらパラパラとページをめくっている。サークル活動の記録として写真が無数に収められたアルバムだけど、活動とは関係ない写真も多いので新歓などで使うには不向きらしい。

「あっ、ありました! この人ですね」
「おおー、イケメンだ」
「ホントだな」
「見せて見せてー。おおー、カッコいい」

 凄いイケメンがこのパンダのぬいぐるみを抱いてツーショットで写っている写真だ。いやあ、マジで凄いイケメンだ。リクとはちょっとタイプが違うかな。色気という点で言えば奏多系か? でも目元の印象が違うか。服装はシャツにベストだからか紳士感もまあ強い。

「この人が圭斗先輩って人だそうです。何年か前の定例会議長で、定例会の人って、向舞祭のステージを手伝ってるそうじゃないですか」
「そうだな。時給1030円。クソ暑いのにほぼ最低賃金なんだよ給料が」
「俺はミキサーだからテントの下だしまだマシだけど、アナウンサー陣はマジで死ぬ」
「数年前までは賃金の発生しない完全ボランティアだったそうなんですけど、それを短期バイト扱いにしてもらえるよう圭斗先輩がスポンサー企業さんと交渉をして、見事その契約を勝ち取ったんだそうですよ」
「ヤバッ、マジモンの神じゃん」
「神だ。彩人、せっかく向島に来たんだ、拝んどくか」
「な。ははーっ」

 雨竜は定例会メンバーの中でも向舞祭のステージに凄く前向きで、楽しんでやってはいるけど暑いものは暑いし時給は時給でもうちょっと高い方が嬉しいという態度を隠していない。俺も生きたステージの現場で勉強出来てるし、定例会の中じゃモチベーションは高い方だった。
 ただ、数年前まではこの過酷なステージに学生だからという理由で無賃で扱き使われていたと聞くと、やっすいやっすい時給1030円でも有り難いなあと思えてくる。先人の戦いがあったんだなあと、歴史が見える。

「ねえパロ、ヘビを掴んで振り回した先輩っていう人の写真はある?」
「ええと……奈々先輩が言うには、このアルバムの写真を撮影したのはほぼ全部その先輩だから写真はほとんど残ってないんだって」
「えー、残念。どんなカッコいい人かなって思ったのに」
「えっと、女の人だよ」
「男でも女でもヘビを掴めるって時点でカッコいいじゃん!」
「ああうん、確かにそうだね」
「てかパロ、今日はこの部屋にヘビ入ってこないよね?」
「絶対とは言い切れないね。暑いから窓も全部開け放ってるし」
「じゃあ閉めよう」
「敢えて蒸し風呂を作るとか殺す気かよがっくん!」
「みんなで整いましょう。それかホットヨガ的な感じで」
「整うか!」
「あっヘビ」
「キャーッ!」
「誰今の。女子いるんだけど」

 中の声に物凄い金切り声で悲鳴を上げたのはもちろんガクだ。すっごいすばしっこい動きで机の上に避難したもんなあ。ネコじゃん。ヘビだって言われたのには正直俺もちょっとビビった。中の奴、性質の悪い冗談言いやがって。

「う~そ~」
「中ーッ! 吐いていいウソと、ダ、ダメなウソが世の中にはあってー!」
「あっヘビ」
「パロまで! もう騙されない!」
「違うよがっくん、あそこ、見てよ」
「キャーッ!」
「わああっ!」
「パロ~! 本当のことでも言っちゃダメなことっていうのが世の中にはあああ、あるんだよ~!」

 中のヤツはウソだったけど、パロの言ったのはマジでガチだから俺も思わずイスの上に飛び乗るよな。床に足を着けてるとそこから上ってこられそうでゾッとする。動じてないのはやっぱりパロと中。パロはA4サイズくらいのホワイトボードを手に、そのヘビの前に壁を作っている。

「ほーら、あっちへお行き」
「パ~ロ~…!」
「一番ちっちゃくて童顔でかわいらしい奴が一番胆力があるってのも、ギャップがあっていいねえ」
「中、聞こえてるよ」
「でもお前そーゆーの気にするような奴か?」
「小さいはともかく童顔はちょっと気にする」
「あーそう。そりゃいいこと聞いた」

 とか他愛もないことを話しながらもパロはヘビの誘導をやめないんだもんなあ。マジで神だし胆力あるし、童顔だろうが何だろうがマジでつよつよの男じゃん。ときめくじゃん。で、机とイスの上でハラハラしっぱなしの俺とガクだよ。でもダメなモンはマジでダメだ。

「ヘビは外に出ましたよー」
「パローっ!」
「パロはヘビを掴まねーんだな」
「うーん、掴むのはちょっと怖いよ。さすがに勇気がいる」
「つーことは、今年卒業した向島の先輩って実は神揃いなんか? ヘビの人も今年の人っつってたじゃんな」
「あ、それはそうかもです。奈々先輩が言ってました。特にヘビを掴める先輩の方はインターフェイスでもアナウンサーの双璧と呼ばれていたそうで、ラジオの技術的にも凄く上手だったそうです」
「アナウンサーの双璧ってワードがまずヤバい」
「今年卒業した人らか。今度朝霞さんに聞いてみるかー。よし、じゃあヘビもどっか行ったし落ち着いたよな? 練習するぞー!」


end.


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彩雨の定例会コンビがMMPの神を拝む姿が見たかったというだけの話。

(phase3)

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