2024

■ごはんは適量で

++++

 今日も今日とて向舞祭の練習だ。星港は毎日毎日40度に行くか行かないかみたいな危険な暑さ。休憩時間をたくさん入れてはもらえてるけど、基本的に屋外での活動だからちょっとしんどい。でも、この環境に慣れておくのはとても大事だ。向舞祭の本番でも、将来的な進路希望という意味合いでも。

「……あつい」
「サキぃ、大丈夫かー?」
「うん。ミキサーはテントの下だし俺はちゃんと対策してるから大丈夫。アナウンサーの方がしんどいでしょ。すがやんは大丈夫なの」
「ああ。将来はどこの国での発掘や遺跡の調査にも関われるように、過酷な気候なんかじゃへこたれてらんないぜ」
「目標があるのはいいことだと思うよ」
「すがやーん、弁当もらってきたぞー」
「おー! カノンサンキュー! サキも昼飯食おうぜ」
「うん」

 本番が近くなると、打ち合わせや練習にもいろいろな人が参加するようになっているから弁当が支給されるようになった。テレビ局のアナウンサーやタレントさん、イベントMCが本職の人などなど。その他にも向舞祭本部の偉い人なんだろうなって人なんかも現場に現れるようになった。
 カノンが弁当の入った袋を持って来てくれて、インターフェイスのメンバーはテントの下でメシを食う。サキが長机の角っこの席に陣取って、俺はその向かいに座る。袋の中には俺の目から見れば結構豪華な弁当がたくさん入っていて、どれにしようか目移りする。サキは一番量の少なそうな物を選んで、サッと自席に戻った。

「俺サキちーの隣にすーわろっ」
「奏多。なんでわざわざ隣に来るの」
「サキちーとは同じミキサーチームで、向かいにはかっすー。俺がこの席に来るのはごくごく自然じゃね?」
「って言うかさ、奏多って左利きなのに何で俺の右隣にわざわざ来るワケ。で、わざわざ肘をぶつけようとするじゃない。大きいから圧もあるし」
「それは言いがかりだぜ~? って言うか、俺が左利きだってわかってるならサキちーが俺をそこに座らせるトコじゃん?」
「対角線上の席が空いてるでしょ」
「遠っ。ひっでーなあ、メシはみんなで食った方がうめーだろーがよ。サキちーそれ何弁?」
「えっとね、特のり弁当」

 なんて話しながら、サキは奏多の弁当の上に自分の弁当のおかずをひょいひょいと移していく。サキの特のり弁当の上には唐揚げと白身フライ、メンチカツ、きんぴら、たくあんが乗っているんだけど、移したおかずを見るに、揚げ物は食べたくないってトコかな。おまけにご飯も半分くらい奏多の方にしれっと乗っけてるし。

「サキちー、ちゃんと食わないと大きくなれねーぞー?」

 ……と言いながら、奏多は自分の幕の内弁当からだし巻き卵と赤ウインナーをサキの弁当箱の空いたスペースに移した。そしてサキも奏多の弁当から野菜の煮物の具をひとつふたつ持って行く。なるほど、サキは揚げ物や肉炒めと言うよりはあっさりとした物の方が食べたかったのかな。コンビニや弁当屋の弁当って、揚げ物や味の濃い物が主になりがちだもんなー。

「奏多の弁当ヤバッ。めっちゃ山盛りじゃん」
「サキちーが盛りに盛ってくれたおかげでねえ」
「奏多は大きいんだからこれくらい食べられるでしょ」
「体のデカさと食う量はイコールじゃねーんだよ。春風を見ろよ」
「確かに今のはバイアスかかってた」
「サキ、果林先輩もL先輩もいるもんな」
「うん」
「そーいや奏多ってたなべの満腹セット食べた? MMPの登竜門とか洗礼みたいなモンらしいけど」
「いや、俺は食ってねーな。たなべ。たなべたなべ……多分俺行ったことねーな」
「えっ、行った方がいいって!」
「でもMMPの登竜門とか洗礼みたいなコトを今の4年生以上が言ってんだろ? ロクでもないモンが出て来る気しかしねーよ」
「大丈夫大丈夫、普通に美味しいセットだから。あ、じゃあ今度一緒に行く?」
「いいねー! 奏多、すがやんに連れてってもらおうぜ! そんでMMPの洗礼を受けよう!」
「いやいやいや、洗礼も何も十分もうメンバーとして馴染んだだろ」
「すがやん、たなべに行くんなら俺も行く」
「おっ、サキも来んの?」
「うん。あの店のうどん、美味しいから。また食べたい」

 俺がMMPの洗礼と言って4年生の先輩たちにたなべに連れて行かれたときにサキも一緒にいたんだけど、そのときサキはセットメニューじゃなくて単品の牛すじうどんを食べていた。ただ黙々と食べてたんだけど、思わず食べることに集中してしまうくらい美味しかったんだろうな。サキが自分からどこそこに行って何を食べたいって言うことも少ないから。

「でもうどんだろ? 夏に食うなら冷やうどんの方がいいよな」
「あっ、冷やうどんと冷やそばの概念はあるから大丈夫大丈夫」
「おっ、そばもあんのか」
「奏多、満腹セットに挑むときは温うどんじゃねーと」
「そーそー。そばは日和ってんぞ」
「何だよそれ」
「――って俺らも4年生の先輩らに煽られたんだよ」
「やっぱロクでもないな? そのセット」
「いやいやいや、普通に美味しいチキンカツとうどんorそばのセットだって。なーすがやん!」
「そうそう。春風も美味いっつってたし」
「アイツは口に入るモンなら何でも美味く感じんだよ。で、その満腹セットとやら、かっすーとすがやんは美味しくいただけたのか?」
「俺は負けた」
「俺は何とか勝った」
「じゃかっすーもリベンジマッチやれよ」
「えー!?」
「お前人によくわかんねーモン食わすからには自分もやれよ、高みの見物決め込んでんじゃねえ。すがやんもだぞ」
「えっ、俺も!?」
「じゃーサキも満腹デビューだ!」
「え。巻き込まないでよ」
「サキちーは俺のこと煽ってねーからいいんだよ。食えねーのもわかりきってるし。なーサキちー」
「ね、奏多」

 基本的にはケンカしてるけど何かサキと奏多がめっちゃ仲良くなってる。それはとてもいいことなんだけど、本当に満腹セットに挑まされるんだとすれば少しずつ胃を広げておいた方がいいのかな? どうせ注文するならちゃんと食べ切りたいし。……春風と一緒にご飯行く機会増やすか、バレない程度に。

「カノン、俺にあのセットを食べろって言うならカノンの方にご飯全部とカツ1.5枚とうどん3分の2移した上でミカンはもらうよ」
「すんませんっした!」
「俺の食べる量はちゃんと体の大きさ通りなんだから」


end.


++++

サキは奏多によくキツい物言いをするけど、理由のない時は案外何も言わない。
果林は小さくてめっちゃ食べるしLは大きくてあまり食べない人代表。

(phase3)

.
49/99ページ