2024

■吉日に皆を引き連れ

++++

 8月初旬の丸の池ステージに向け、放送部ではその準備に余念がありません。本番前の1週間はテスト週間でもあるので、勉学と練習・準備に皆バタバタしているという状況です。班長会議も細かく開催され、各班の進捗などもすり合わせます。
 俺は自分の班のことは班長でプロデューサーの大宮に任せられるので、部の監査としての仕事に比重を置いています。ですが源や今村など、部の要職と班長を兼ねている部員は特に忙しそうなので、その補佐をすることも俺の重要な仕事のひとつだと考えています。
 先日の文化会の部長会で、放送部に対して上から重大な懸念が示されました。それはこれまでの焦臭さからなるものではなく、8月初旬という暑さの厳しい時期に、屋根のない屋外でのステージイベントを開催することに対して安全面での配慮は出来ているのかという物でした。
 例年、丸の池ステージでは部の備品として持っているテントを観客席側に建てさせてもらっています。ですが、災害級だの10年に一度の高温だのと言われる昨今の暑さには、それだけでは対応しきれないのではないか、ということです。事故は起こしてくれるなということなのでしょう。

「レオ~」
「源ですか?」
「ふう」
「大きな箱ですね。そんな物を運搬するのであれば台車を使えば良かったんじゃありませんか」
「階段を上らなきゃいけないから面倒だなって思っちゃって。うん、台車を使えば良かったって後悔してるよ」
「それは?」
「この間文化会で言われたことを考えた結果を形にしたのがこれだね。下にもう2機あるんだけど、とりあえず1機だけ持ってきてみたよ」

 源が抱えてきた大きな箱には、ミスト工業扇と書かれています。写真では、工場や建設現場などに置かれているような大きな扇風機の脚の下にタンクが置かれています。このタンクに水を入れると、細かなミストを発生させることが出来るそうです。

「参考までに聞きますが、3機を部の備品として買ったのですか。いくらしたんです」
「1機66000円です」
「さすがに今村に話を通してますよね?」
「いくらまでなら使えるかは確認しました。や、ちょっと待って、まず説明させて」
「いいでしょう。聞きますよ」
「この間文化会から暑さ対策のことでいろいろ言われたじゃない」
「そうですね」
「それでちょっと調べてこういうのを見つけたんだけど、高いからなかなか手を出すにも大変だなって」
「はい。3機となればおおよそ20万ですからね」
「放送部の他にも軽音部さん、演劇部さん、その他屋外で活動することのある部の部長さんと話し合って連名で文化会に資金援助を求めたんだよ。文化会も大学側に交渉してくれて、扇風機を使いたい部は15000円出してくださいってことになったんだよ」
「それでは、この工業扇は放送部の備品ではなく文化会の所有物ということですね」
「そうだね。最初に使うのがウチだから試運転してくださいって言われて今預かって来たんだよ」
「そうですか。まさか源が独断で部費から20万円を出したのかと思いました」
「さすがにそんなに大きなお金は出せないよ」
「源であればやりかねないんですよ」
「すみません」

 源の独断で使ったお金が15000円で良かったです。今村に話を通してあるとのことなので独断というのは俺の言い過ぎですが。何にせよ、暑さ対策は死活問題、火急の対応が必要でしたから、部長が正しい判断を出来る場合は勝手に動いてもらってもいいのかもしれません。
 そして、相変わらず他の部との連携が出来ているのだなあと思いました。過去2年の放送部からではとても考えられません。暑さ問題を考えるに当たって他の部の話を聞いてみて、一緒に文化会に交渉するという発想になるのが源の強さですね。もしかしたら将来的に文化会の会長か何かになってしまうんじゃないでしょうか。

「工業扇の試運転を頼まれているのであれば、さっそくやりましょうか。水はどこから汲みましょう」
「ああ、それでねレオ」
「はい」
「丸の池ステージをやるに当たって、軽音部さんがテントを貸してくれることになったんだよ。もうちょっとあった方がいいかなって言ってたでしょ」
「そうなんですか。ありがたい話です」
「それでギブ&テイクって言ったらアレなんだけど、軽音部さんのライブにもウチからテントを貸し出すことになったので、よろしくお願いします」
「わかりました。いつ、何機貸し出すかの手続きだけは確実にお願いします」
「わかりました」

 預かってきた工業扇の箱を開け、説明書の通りに組み立ててみます。扇風機になりました。部室から電源を確保して廊下で回してみると、結構な音がして強風が吹き荒れます。

「結構な風だね」
「広い範囲に効果がありそうですね」

 俺が1年の時には日高元部長がテントの下で一般的な家庭用扇風機の風を浴びながら1人だけアイスを食べて悠々としていたのですが、この工業扇があればステージを見に来た、あるいは公園に遊びに来て日陰で休むついでにステージを横目に見る人にも涼んでもらえるでしょう。

「さすがにミストはここでは試せませんかね。外の方が良さそうですか」
「うーん、そうだね。じゃあ外に持って行ってみようか。電源もあった方がいいよね。適当なコードも要るかな」
「源、そもそもの疑問なんですが、この工業扇に所有者の名前など、示しておかなくていいんでしょうか。文化会であるなら文化会と書いたシールを貼るなど」
「あ、そっか。ちょっと文化会に確認してくるよ」
「ちょっと源!」

 ミストのテストはどうするんですか、と言い掛けた声が引っ込みました。こうなった源は文化会への確認が第一でしょうから。文化会側がテプラか何かで適当にシールを作ってくれればいいんですがね。

「こんにちはー。あっ、例の扇風機来たんですね」
「あ、えっと」
「軽音部の米沢です。ゲンゴローくんにはお世話になってます。テントの件もよろしくお願いします」
「ああ。放送部監査の所沢です。源から話には聞きました。こちらこそ助かります。この工業扇は動作チェック中なんですが、所有者を示した方がいいのではないかと言ったら源がさっさと文化会に確認を取りに行ってしまいまして」
「ああ~。そういうところありますよね彼。思い立ったが吉日、みたいな」
「書類仕事が嫌いなこと以外はよく働いてくれる部長なんですが」
「暑さ対策の件でも文化会と話をぐいぐい進めたのはゲンゴローくんなんですけど、必要な書類なんかは演劇部さんと一緒に用意して、それをゲンゴローくんに確認してもらって~みたいな感じだったですね」
「ああ……やっぱり。源が面倒をかけましてすみません」
「とんでもない。上とあれだけ真正面から話せるのはゲンゴローくんだけなんで、むしろ助かってますよ。嫌みにもならないし、敵対感もないんで文化会の人も穏やかに接してくれるんですよ。演劇部さんともゲンゴローくん凄いよねーって話してて。放送部さん、今年になって凄く感じ良くなってますし、今後とも仲良くしてもらえれば嬉しいですね」
「ええ、それはこちらこそ喜んで」

 軽音部さんの話を聞いて、部の中でも外でも何も変わらないのが源なんだなあと改めて思いました。ですが、文化会の仕事では書類仕事もやってもらわないといけません。他の部に迷惑をかけていることがわかりましたし、あまり甘やかしすぎてはいけませんね。

「レオー! シール作ってもらったよー! ああ、米沢くん」
「扇風機来たんだと思って見せてもらってたんだよ」
「そうなんだ。そうそう、試運転しようと思ってね。あっレオ、このシールをここに貼ろうかってことになったから、下にある新しい箱も開けちゃって、貼るだけ貼っちゃおう」
「わかりました」
「それでー……えっと、ミストのテストだったよね」
「そうですよ、本題はそれです」
「じゃあ、タンクに水を汲むところからだね」
「ゲンゴローくん、俺も試運転手伝っていい? 使い方知りたいし」
「そうだね、じゃあ一緒にやろう。ちゃんと動いたら他の部のみんなも呼んで見せてあげることにしようか」
「いいね。じゃ、水汲んできまーす。入り口の前でいいっしょ?」
「お願ーい」


end.


++++

ゲンゴローは書類仕事が嫌いなこと以外は有能な部長という設定です
昨今の異常な暑さに関して、屋外イベントの丸の池ステージにも危機を及ぼしてそうだなと思いました

(phase3)

.
46/98ページ