2024

■今日はいい日だった

++++

「朝霞クン誕生日おめでとう」
「ありがとう」
「とりあえずこれ、ケーキ代わりのヤツね」
「おっ、プリンか。サンキュ」
「今食べるなら食べるだし、食べないなら冷蔵庫に入れてね」
「今食う」

 先月の山口の誕生日には予定が合わなかったけど、俺の誕生日には予定がちゃんと合ったのでこうして会うことが叶っている。もちろん俺は仕事をしてから夜の時間に会っている。この場合、山口が休みかどうかというのがポイントになってくる。
 ただ、俺もまあまあ休みが変則的なので、毎週同じ曜日に決まって休みかと言えばそうじゃない。就職して4ヶ月ともなれば、実際の現場に放り込まれることも増え、何時から何時まで働いているかもよくわからない。そうじゃなくちゃなとは思うけど、人と会うにはなかなか厳しい。
 今日に関して言えば例によって伊東さんが「よっぺさんと会う!? だったら必ず定時に送り出すからね!」と言ってオクトーバーフェストのとき以上に仕事を捌き、現場じゃなかったのも大きいけど本人もさっさと帰って行ったので頼もしいやら恐ろしいやら。

「うまっ」
「お気に召して良かった。朝霞クン、栄養事情が改善されてるようで何より」
「最低でも1日1食はちゃんと食ってるからな」
「今度伊東クンからサッカー一緒に見よって誘われててさ、その時にお弁当のことについても聞いてみようかな?」
「IFサッカー部の活動は健在か」
「オリンピックやってるからね」
「あー、そういや伊東さん言ってたな。カズはサッカーを見るために仕事のシフトも完璧に計算して調整してるって」
「朝4時開始だけど大丈夫~って聞いたら、今の仕事を始めてから夜勤の概念が出来たじゃない? それで変則的な時間に起きてるのは慣れてきたし夏の4時はもう朝だから全然平気って。朝霞クンなら今から寝ようか~って感じの時間だよね」
「それな。何だよ夏の4時はもう朝だって。いや、サマータイム的なことを言いたいのはわかるし俺は確かに今から寝るくらいの時間ではあるけどだな」

 朝4時開始で何かを見ようと思えば一般的にはその直前まで仮眠を取るだろう。多分カズもそうすると思う。だけど俺はそこまで起きてた流れで普通に見そうだし、最終的に集中力がどうなってるかはわからない。多少の徹夜であれば全然出来るけどだな。

「オリンピックの開会式とか閉会式って、国家を挙げた規模の作品だし、朝霞クン好きでしょ? 見た?」
「それが見てねーんだよ」
「えっ、忙しくて? それともスポーツイベントだから興味なくて?」
「半々」
「スポーツそのものに興味はなくても見た方がいいよ。朝霞クン映画とかも好きだし多趣味で知識も多いから、演出の元ネタとかがわかってすっごく面白いと思うよ」
「へえ、そうなのか。じゃあ今度直近3大会分くらいの映像漁ってみるかな。いいこと教えてくれてサンキューな」
「いえいえ」

 確かに、国家を挙げた規模の壮大な作品ともなればスポーツに対する興味がガチ勢ほどじゃないにせよ見ておいた方がいいかもしれない。しかもオリンピックという世界規模のイベントを演出する作品と考えると、何故俺は今までこれに触れてこなかったという気にもなる。

「そうだ朝霞クン」
「ん?」
「これ。今年の誕生日プレゼント」
「ありがとうございます。開けていいか?」
「開けて開けて」

 丁寧にラッピングされた包みを開くと、中にはマグカップとタンブラーが入っていた。マグカップとタンブラーであれば俺は既に持っているし、買い換えるつもりもない。ただ、箱を見るにどうもこれは普通のマグやタンブラーともちょっと違うようだった。
 箱の説明書きを読むと、カップの中に入れた熱湯はその中で急速に冷まされて、お湯を入れた量にもよるけど大体1分から3分で飲み頃の60度にまで温度を下げてくれるらしい。そしてその保温効果は約1時間続くとも書かれている。なるほど? つまり。

「なくてもいいけどあると便利っていうタイプのアイテムだな?」
「そうだね。朝霞クン猫舌だし、ちょうどいい温度のお茶になるのを待つのもまあまあ大変じゃない」
「だな」
「かと言って、お茶は山羽人の心だから本当に冷めちゃうのはイヤ」
「だな。水出しのお茶ならともかくぬるい通り越して冷めたお茶はちょっとな」
「そんなワガママ……もとい、こだわり派の朝霞クンにもきっとご満足いただけるアイテムとなっております。やたらたくさんあるのは、会社で使ってもらってもいいかなって」
「毎年思うんだけど、お前、俺の痒いところに手が届きすぎるな」
「明るく健全な親友だからね」
「ちょっと試してみよう」

 さっそくもらったマグカップをサッと洗って、沸かしたお茶を入れてみる。見た目にはどこからどう見たって保温保冷機能のある一般的なマグカップなんだけどな。でも、外装の箱には時間経過でどう温度が下がるのかというグラフも描かれているし。

「そろそろ飲んでみよう」
「大丈夫だと思うけど、気をつけてね朝霞クン。あんまり勢いよく行っちゃダメだよ」
「いただきます。……ん」
「どう?」
「最適、適温だ!」
「よかった~!」
「これはめっちゃ使えるぞ! いやはや、毎度毎度いいアイテムを見つけてきてもらって本当にありがとうございます」
「いえいえ」
「お言葉に甘えて明日から会社でも使おうかな」
「使って使って~。俺も朝霞クンに出資してもらった靴ガンガン履いてるから」

 このマグカップにはフタもついているし、オフィスで使ってもいいだろう。これで熱湯で舌がやられる事故に遭う率もグッと低くなりそうだ。程良く冷めたかどうかだけは見極めなきゃいけないけど、その辺りは焦らず騒がず。大人なので。

「お前と会えた日って大体いい日なんだけど、今日は特にいい日になった」
「それはよかった」
「何て言うか、日中にどんなクソみたいなことがあっても最後にお前と会って話せればいい日だったなって終われるんだよ」
「えっと、今日は飲んでないはずだよね」
「俺はただ事実を言ってるだけだからな」
「そういうのを茶化さずシラフで言える朝霞クンて凄いよね。俺なんて絶対照れ隠しが入っちゃうもん」
「ステージスター仕様な」
「それね」
「お前が夜に働いてなきゃ俺が今日をいい日にしたいっていうだけの理由で会いに行ったりするんだろうけどな。夜に働いててくれてよかった。都合良くお前を扱わなくて済んだ」
「都合良く使ってくれていいのに」
「それは俺が許せないからダメだ」
「でも将来的に俺がお店を開けば、絶対そこにいるってわかってるワケだし。どんな理由でも会いに来て」
「ん、そうだな」

 明日も仕事だから酒はなし。飲むのも楽しいけど飲まなくたって十分だ。オリンピックの開会式を見るといいっていう情報や、猫舌に優しいマグカップっていう物質だけじゃない、会うと何かしら与えられている。俺が何かしてやれてるだろうかとはいつも思うけど、無理はしない。自然体で。

「そう言えば朝霞クン」
「ん?」
「さっきから地味に気になってたんだけど、あそこにかけてあるTシャツにオクトーバーフェストって書いてあるんだけど、行ってきたの?」
「あれな。オクトーバーフェストのスタンプラリーを集めたらもらえる景品なんだ。菅野に誘われて何回か行って一緒にめっちゃ飲んで揃えた」
「ねえ~! 来年は誘ってって去年言わなかった~!?」
「悪い、すっかり忘れてた」
「忘れてたじゃないよも~! 朝霞クン、来月絶対1回は一緒に飲むよ!」
「それは大賛成だ。お互いスケジュール調整は綿密にしましょう」
「も~、来年は誘ってよ~?」


end.


++++

その来月の飲みはいつメンの会とは別にあるのかしら
やまよがPさんに猫舌専科をプレゼントする回でした。

(phase3)

.
45/98ページ