2024

■終わらないフライデーナイト

++++

「ういーす! 心の友よー!」
「お疲れー。さっそくだけど軽く一周するか?」
「もちろん! くーっ、最初の一杯どれにすっかなー」

 スピーカーからは軽快な音楽が響き渡る。プリズム広場の南北をぶち抜いて行われるオクトーバーフェストは星港の夏の風物詩となっているように思う。去年菅野に誘われて一緒に飲んでたんだけど、南北のステージでは交互にバンド演奏をやってて凄く楽しかったのを覚えている。
 で、今年も菅野から誘われたので、初日の金曜夜に退勤ダッシュで合流。伊東さんに菅野云々と説明すると「心の友よー! 必ず送り出します!」と言って仕事をとんでもない速度で捌いてくれたので圧倒されたのと、心の友という件はどこまで通用するんだと恐ろしくも感じた。

「お兄さんたち最初の一杯ウチでどうですかー?」
「チラシどうぞー」

 公園を一周するだけで手元には無数のビラが集まる。普段街頭で配られてる物ならスルーするけど、今は必要な情報が載った物なのでありがたくいただく。そしてその中でオクトーバーフェストの公式パンフレットを見つけたのでそれも回収。

「朝霞、俺さっきんトコで買ってくるわー」
「了解。拠点張るか? それとも俺も適当に買ってきて合流する?」
「お前も買って来たら? 交互に買ってたんじゃどっちかの最初の一杯の泡が消えるだろ」
「一理ある。じゃあ、このテントで合流しようか」
「じゃ、そういうことで!」

 どこのビールも美味そうだなと目移りしてしまう。最初の一杯はシャンディガフとかじゃなくて普通に飲みたいなと思いつつ、じゃあどれが普通なんだと。せっかくならあんまり国内とか星港で飲めないようなのが飲みたいとか、飲み比べセットも乙かなとか。

「ういーす」
「菅野お前行くなあ。それ量どんだけ?」
「500。つかお前のそれ、300とか大人し過ぎだろ」
「いろいろ飲みたいなと思ったんだよ。いきなり500行ったらそれで終わりかねない。一杯目はとりあえず正統派で、後から甘いのとか変わり種も行こうかなー的な作戦」
「下戸ってのも大変だな。つか甘いの結構多いっぽい雰囲気だったよな! 甘いの好きだったらもうちょっと楽しめたんかもなあ」
「とりあえず乾杯するか」
「そうだな! アインプロージット!」

 グラスの底を軽く合わせ、最初の一杯を。仕事が終わったその足で、夏の野外で飲むビールの美味いこと美味いこと。今日はマジでこのために仕事をしていたと言っても過言じゃない。500mlのジョッキを一気に半分ほど行った菅野は、一緒に買ってきたウインナーを頬張って満足げだ。

「これバンドステージ始まんのいつかな」
「パンフに書いてるぞ。ほら」
「こっちって北ステージだよな」
「ああ」
「じゃ7時半からか。今って?」
「6時半」
「まだまだじゃねーかよー! わかるか朝霞! スピーカーからの音楽も悪かないけど生音に勝る物はなし! 早く7時半にならねーかなー」

 ……などと言いながら、菅野はどんどん酒を煽っていく。余談だけどUSDXのメンバーは俺以外全員強く、京川さんと塩見さん、あとリン君はザルだし、その3人と比較してもやや弱めの菅野と菅野も十分めちゃくちゃ強いのでこんな飲み方でもあまり影響は出ないらしい。実に羨ましい。
 仕事の話やオフの近況の話なんかをしながら酒を飲んでいると、時間なんかすぐに経ってしまう。そうこうしているうちにスピーカーから流れる音楽の雰囲気が変わった。これはステージで何かが始まるヤツだと、テントの下の空気感も変わる。

「朝霞今何時?」
「7時前」
「バンドにはまだ早いな」
「そうだな」
「でも明らかに何かありそうな雰囲気じゃね?」
「だな」

 一応俺たちは大学の部活でステージをやっていたので、ステージ運営に関しては素人なりにちょっとくらいは事情を知っている。と言うか俺はこれを仕事にしたので素人から新人にはなったけど、まだまだプロとは言い難い。
 壇上がパッと照明で照らされ、壇上にはオクトーバーフェスト仕様の衣装を着たMCが上がってきた。時刻はちょうど7時だ。ドイツ語でこんばんはーと挨拶が入ると、意味をわかっているのかいないのか、テントの下では大歓声が上がる。

「って言うか左のMC水鈴さんじゃね!?」
「マジか! マジだ!」

 7時から始まったのは、どうやら初日限定で行われる星港オクトーバーフェストの開会式だそうだ。主催のテレビ局の社長や星港市長らが浮かれた帽子を被って登壇して、陽気な挨拶を繰り広げている。テントの下にいるのは酔っ払い共なので、歓声のノリが軽い軽い。
 開会式でステージは十分あったまった。いよいよ菅野が楽しみにしていたバンドステージが始まる。ベテランMCが一人ずつバンドメンバーを紹介しながら壇上に呼び、ひとつずつ音が増える毎に菅野も高揚しているようだ。奴はこのために市長らの挨拶の時にビールとフードを十分買い足していたんだ。
 バンド演奏が始まると、体を揺らして菅野は上機嫌だ。コイツは音楽で飯を食うんだと言って現在はゲーム会社に就職した。あまり大きな会社ではないそうだけど、少人数チームだからこそいろいろなことに挑戦させてもらえるとも言っていた。菅野太一として勝負して、いずれ俺の曲も自分自身も有名になるんだと夢を語る様は純粋そのもの。

「ドイツ語発音できねー」
「ドイツ語に限らず外国語って舌の動きが難しいんだよな」
「これ、通路で踊ってるのって一般の人ではないよな?」
「多分このために訓練されてる人だろうな」
「わかるか朝霞! 音楽ステージのある様だよ! 踊っても良し、歌っても良し、座って落ち着いて音を楽しむも良しでさあ。あー、俺も久々に演りてー…! スガー! ドラム来てくれー!」
「相当疼いてるじゃねーか」

 多分疼いてるのは菅野だけじゃなくて、バンド演奏と通路の踊り手に煽られた酔っ払いたちが陽気になって踊っている。そんな人たちが列を作り、前の人の肩に手をやって最前のテントの周りをぐるぐると電車ごっこのように回っている。陽気だ。

「朝霞! ちょっと1周行ってくる!」
「えっ、菅野!?」
「水鈴さーん!」
「あー! カンちゃん!」

 列に飛び込んだ菅野の前には水鈴さんがいて、多分向こうで何か話したんだろうか、水鈴さんがこっちに向かって手を振ってきたので自分宛だろうと解釈、手を振り返す。いや、ステージ上にいる演者と目が合ったという錯覚の可能性も普通にあるけれども。
 ぐるぐる回る列が1周したら、ちょうど曲の転換地点だったのか列は解散、その場で出来上がった2人1組が腕を組んでスキップを踏みながらぐるぐると回っている。菅野は水鈴さんと腕を組み、楽しそうにぐるぐるぐるぐるスキップしている。

「あー、超楽しー! 朝霞、お前も来ればよかったのに」
「いや、俺は酒が入った状態であんなに激しく動ける自信がない」
「運動音痴だからスキップが出来ないとかじゃなくて」
「うるせー、スキップくらい出来るっつーの。貴重品の番もしてないとだろ」
「そっか、それもそうだ」
「でも気付いたら俺らの周りのイスほとんどなくなってた」
「俺新しいビール買ってこようかな、短めの列んトコ行ってくるわ」
「いってら」

 菅野がビールとフードを買い足してきたのと入れ替わりで俺もビールとフードを買い足す。普通に食うよりめっちゃ割高だとは思うしそれは事実なんだろうけど、雰囲気に金を払ってる部分も少なからずある。現に俺も踊れない割にめちゃくちゃ楽しんでいる。

「わ、ステージとテント電気消えてる」
「これ、グラスに下からスマホライト当てて、ビアランタンってのにするんだって」
「へー、なかなか幻想的だな」
「大体黄色っぽいし見ようによってはチータ色のペンラでフロア全部埋まってる的な」
「わはは」
「テメー心にもない笑い方しやがったな!」

 ビアランタンの幻想的な雰囲気が非日常の空気を生む。チータ色のペンライト云々というのはともかく、空に光を掲げるという行為が祈りにも似た心象を生む。さっきMCが「天国にビールはありません! 今のうちに飲んでおきましょう!」と言っていたけど、俺は現世をまだまだ楽しみ尽くしてないなあと思うのだ。

「朝霞、期間中にまた来ようぜ、スタンプラリーも集めたいし」
「もちろん。ただ、また来るとなると金策が必要になってくるなあ」
「そこはお前、配信でどーにかしろよ」
「ええ……それってどうなんだ」
「俺らがオクトーバーフェストを楽しむことが巡り巡ってUSDXのためになるんだよ」
「じゃあお前、俺が立てた枠に出ろよ。自分が飲む分は自分で取れ高を作れ」
「おーしやってやらあ!」


end.


++++

心の友たちは毎年だらだらとお酒を飲んで歌って踊っていればいいなと思いました

(phase3)

.
36/98ページ