2024
■細かい仕事は今のうち
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この時期は自社的に閑散期と言われる頃合いなので、人材派遣を雇う数も少ないし、パートさんも昼過ぎで帰ったりする。社員の仕事の仕方もどこかゆるっとしていて、人によっては事務所でコーヒーを飲みながらマンガを読んでいたり、起こり得る事態を想定した書き置きを残して帰る人もいる。
「圭佑君」
「どうしたの万里。暇拗らせてる?」
「ちょっと」
「まあ、デスクワークだけ、しかも微妙に暇っていうのは万里の性には合わなさそうではある」
「こーゆーときに何か出来ることってあるんすか」
「そうだねえ……」
――と事務職のドンの席を見ても空席なので、どうしたものかという状況になっているんだ。本日、山田さんはお子さんの具合が悪いとかで休んでいる。主婦だと子供都合の休みもまあまああるようで、これまではそういう状況になると圭佑君がバタバタと事務仕事をこなしていたそうだ。
今では俺と内山がいるので山田さんがいなくても多少であればどうにかなるようになった。とは言え俺たちは入社数ヶ月。まだまだ山田さんでないと対処できないことはあるけど、それでも2人だった頃よりは断然楽になったし助かったとはお2人談。
「閑散期だと、現場の人は自主的に在庫の数読みをしてもらったりしてるかな。ほら、そっちのパソコンでお上のデータにアクセスしてリスト印刷してさ」
「ちょっとチラ見していいっすか」
「いいよ」
「アタシも見てていいですかそれ」
「いいよ」
「あー、えーと」
お上の在庫データを引っ張るには決まったマシンからでなければいけないらしいので、そっちの席に移動して、やたら古めかしいキーボードをカタカタ叩いて会社コードとパスワードを入力する。
在庫データの画面を表示させると、どの品番のデータを出す、みたいなことが出来る。出荷終わりにピッキングしてきた物が余ったとか、数字に差異が出たときにはここの数字を見て現物の数字を確認しなければならない。
「じゃあ、万里はもう理解してるだろうから内山さん、ちょっと触ってみる?」
「おっ、じゃあイス代わるか」
「はーい」
「たとえば、これから現場で在庫の数読みをします、というときに、品番で範囲検索をかけてリストアップするのか、ロケーションで検索をかけてリストアップするのか、どちらがいいかな」
「えーっと……品番で検索をかけると……あ、ちょっとめんどくさいですか?」
「どの辺りが?」
「えっと、現場に上がってる分と、下で溜置きになって待ってる分と、新倉庫の分がごっちゃになってそうです」
「うん。大体合ってるね。ロケーションごとの確認の方がいちいち次の品番の物を探しに行ったり来たりしなくていいし、少し楽だね」
……とか何とか事務職チュートリアルをやっていると、俺の席の内線が鳴る。電話のディスプレイには24番と表示されている。24番はB棟2階、大石か。
「はいもしもし」
『あっ越野ー?』
「何だ、また返品入庫か」
『違う違う。あのさ、NA92342のSOのケースを開けたらさ、SQのカラーが出てきたんだよね。で、検品票がテレコになってるのかなーと思ってSQのケースを開けてみたんだけど、それがSQとFGの混載ケースでさ』
「はあ!? 何も合ってねーじゃねーか!」
『そうなんだ。検品票がぐっちゃぐちゃになってるっぽいんで一旦全数検査の必要があるかなーと思うんだよ。とりあえずNA92342の在庫リストもらえるかな?』
「つか、それって1コ1コ数えるみたいなことか?」
『うん。全部開けて全部数える』
「とりあえずリストは出して持ってくわ」
『お願ーい』
チュートリアルの最中だから、ちょうどマシンの画面は在庫数を確認できるようになっている。つか、どーなってんだよ。検品票がぐっちゃぐちゃとか、そんなことあるのかよ。
「内山、NA92342のリスト出して印刷してくれ、全色分」
「NA、何ですか?」
「NA92342」
「はい」
「万里、大石君は何て?」
「その品番の検品票がぐっちゃぐちゃになってるらしいっす。開けても開けても違うモンが出てくるとかで、全数検査するって」
「さすが大石君、判断が早い」
「そんなコトあるんすか、検品票が全然違うとか」
「あるにはあるね。検品票を貼る段階で間違えたのならウチの過失だし、それより前のミスの可能性もあるね。箱に情報を書く時点でもう違ってる可能性はあるから」
「はー、いろいろあるんすね」
「でもあの品番、小さい物だし入組数が結構多いね、320だっけ。大石君の苦手タイプの品物だろうから、万里と内山さん、応援に行ってあげようか。何かあれば放送で呼ぶし」
「そうっすね。事務所で暇してるより数倍いいっす」
「はい。アタシも数えます。越野さんリスト出ましたー」
「よし、行くぞ」
「はいっ。……あっ。高沢さん、現場に行くなら現場セット要りますかね?」
「あった方がいいね。WMSの端末があれば一応データにはアクセス出来るし。カッターとマジックは大石君が持ってるだろうけど、2人もあった方がいいよ」
「そっか。じゃあ俺も持ってくか」
カッター、マジック、WMSの端末の現場3点セットを持って夏場は灼熱の蒸し地獄と化すB棟2階へ。事務所で暇してるよりはいいけど、こっちはこっちで過酷な環境だから、出来ればあまり長居したくはない。ただ、今回は結構緊急事態っぽいから、ちゃんと働かないと。
「大石ー、リスト持ってきたぞー」
「あっ、ありがとう!」
「あと全数検査すんなら俺ら応援」
「わー、助かります。内山さんもありがとう」
「いえ」
「で、これなんだけどさ。検品票がSOで、中身はSQ。ケースのCOLOR欄には“SOLID ORANGE”って書いてるからSOのはずなんだよ」
「はー、海外で間違えたパターンのヤツか」
「色名の正式名称があって、その頭文字とかの略称がカラー名の記号みたいな感じになってるんですね」
「そうそう。SQは“SILENT QUARTER”の略で、オレンジ単色のSOとは違って、テーマのある絵柄っぽいよね」
「懐中時計の柄がかわいいですね」
「大石、まずはSOとSQから見ていく感じか」
「あとFGも見て、それから他の色に広げていく感じでお願いします」
「はーい」
手の平サイズの小さな財布を1つ1つ数えていく作業だ。1ケース当たり入組数は320。それが30ケースほどはある。うーん、途方もない作業に思える。ちなみに、検品票の間違い自体もなくはないらしい。似た形のアルファベットを見間違えるとかで。今回みたくOとQ、あとはUとVの間違いが多いそうだ。
「あっ!」
「どうした大石」
「これ、吊り札が違ってる」
「そのパターンもあんのかよ!」
「うーん、思ったよりしっかり確認しないと後で面倒なことになるかも。今のうちにやっちゃおう」
「おーし、やるかー」
「じゃあ、この内箱は吊り札違いの物を入れる用で。で、横持ちシールの切れ端にどこから出て来たかを書いておけば事務作業が楽になるから」
「了解」
「えっと、違和感があったら大石さんに確認するのでいいですか?」
「そうだね。俺に聞いてもらえれば」
end.
++++
倉庫話ではちーちゃんが新卒のスーパーエースなところもいつかやりたいんだ!
この作業、そのうち通りがかりの長岡君も一緒になってやってたらいい。マメマメしてるし得意そう。
ちなみに閑散期に書き置きを残して帰るのは塩見さん。
(phase3)
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この時期は自社的に閑散期と言われる頃合いなので、人材派遣を雇う数も少ないし、パートさんも昼過ぎで帰ったりする。社員の仕事の仕方もどこかゆるっとしていて、人によっては事務所でコーヒーを飲みながらマンガを読んでいたり、起こり得る事態を想定した書き置きを残して帰る人もいる。
「圭佑君」
「どうしたの万里。暇拗らせてる?」
「ちょっと」
「まあ、デスクワークだけ、しかも微妙に暇っていうのは万里の性には合わなさそうではある」
「こーゆーときに何か出来ることってあるんすか」
「そうだねえ……」
――と事務職のドンの席を見ても空席なので、どうしたものかという状況になっているんだ。本日、山田さんはお子さんの具合が悪いとかで休んでいる。主婦だと子供都合の休みもまあまああるようで、これまではそういう状況になると圭佑君がバタバタと事務仕事をこなしていたそうだ。
今では俺と内山がいるので山田さんがいなくても多少であればどうにかなるようになった。とは言え俺たちは入社数ヶ月。まだまだ山田さんでないと対処できないことはあるけど、それでも2人だった頃よりは断然楽になったし助かったとはお2人談。
「閑散期だと、現場の人は自主的に在庫の数読みをしてもらったりしてるかな。ほら、そっちのパソコンでお上のデータにアクセスしてリスト印刷してさ」
「ちょっとチラ見していいっすか」
「いいよ」
「アタシも見てていいですかそれ」
「いいよ」
「あー、えーと」
お上の在庫データを引っ張るには決まったマシンからでなければいけないらしいので、そっちの席に移動して、やたら古めかしいキーボードをカタカタ叩いて会社コードとパスワードを入力する。
在庫データの画面を表示させると、どの品番のデータを出す、みたいなことが出来る。出荷終わりにピッキングしてきた物が余ったとか、数字に差異が出たときにはここの数字を見て現物の数字を確認しなければならない。
「じゃあ、万里はもう理解してるだろうから内山さん、ちょっと触ってみる?」
「おっ、じゃあイス代わるか」
「はーい」
「たとえば、これから現場で在庫の数読みをします、というときに、品番で範囲検索をかけてリストアップするのか、ロケーションで検索をかけてリストアップするのか、どちらがいいかな」
「えーっと……品番で検索をかけると……あ、ちょっとめんどくさいですか?」
「どの辺りが?」
「えっと、現場に上がってる分と、下で溜置きになって待ってる分と、新倉庫の分がごっちゃになってそうです」
「うん。大体合ってるね。ロケーションごとの確認の方がいちいち次の品番の物を探しに行ったり来たりしなくていいし、少し楽だね」
……とか何とか事務職チュートリアルをやっていると、俺の席の内線が鳴る。電話のディスプレイには24番と表示されている。24番はB棟2階、大石か。
「はいもしもし」
『あっ越野ー?』
「何だ、また返品入庫か」
『違う違う。あのさ、NA92342のSOのケースを開けたらさ、SQのカラーが出てきたんだよね。で、検品票がテレコになってるのかなーと思ってSQのケースを開けてみたんだけど、それがSQとFGの混載ケースでさ』
「はあ!? 何も合ってねーじゃねーか!」
『そうなんだ。検品票がぐっちゃぐちゃになってるっぽいんで一旦全数検査の必要があるかなーと思うんだよ。とりあえずNA92342の在庫リストもらえるかな?』
「つか、それって1コ1コ数えるみたいなことか?」
『うん。全部開けて全部数える』
「とりあえずリストは出して持ってくわ」
『お願ーい』
チュートリアルの最中だから、ちょうどマシンの画面は在庫数を確認できるようになっている。つか、どーなってんだよ。検品票がぐっちゃぐちゃとか、そんなことあるのかよ。
「内山、NA92342のリスト出して印刷してくれ、全色分」
「NA、何ですか?」
「NA92342」
「はい」
「万里、大石君は何て?」
「その品番の検品票がぐっちゃぐちゃになってるらしいっす。開けても開けても違うモンが出てくるとかで、全数検査するって」
「さすが大石君、判断が早い」
「そんなコトあるんすか、検品票が全然違うとか」
「あるにはあるね。検品票を貼る段階で間違えたのならウチの過失だし、それより前のミスの可能性もあるね。箱に情報を書く時点でもう違ってる可能性はあるから」
「はー、いろいろあるんすね」
「でもあの品番、小さい物だし入組数が結構多いね、320だっけ。大石君の苦手タイプの品物だろうから、万里と内山さん、応援に行ってあげようか。何かあれば放送で呼ぶし」
「そうっすね。事務所で暇してるより数倍いいっす」
「はい。アタシも数えます。越野さんリスト出ましたー」
「よし、行くぞ」
「はいっ。……あっ。高沢さん、現場に行くなら現場セット要りますかね?」
「あった方がいいね。WMSの端末があれば一応データにはアクセス出来るし。カッターとマジックは大石君が持ってるだろうけど、2人もあった方がいいよ」
「そっか。じゃあ俺も持ってくか」
カッター、マジック、WMSの端末の現場3点セットを持って夏場は灼熱の蒸し地獄と化すB棟2階へ。事務所で暇してるよりはいいけど、こっちはこっちで過酷な環境だから、出来ればあまり長居したくはない。ただ、今回は結構緊急事態っぽいから、ちゃんと働かないと。
「大石ー、リスト持ってきたぞー」
「あっ、ありがとう!」
「あと全数検査すんなら俺ら応援」
「わー、助かります。内山さんもありがとう」
「いえ」
「で、これなんだけどさ。検品票がSOで、中身はSQ。ケースのCOLOR欄には“SOLID ORANGE”って書いてるからSOのはずなんだよ」
「はー、海外で間違えたパターンのヤツか」
「色名の正式名称があって、その頭文字とかの略称がカラー名の記号みたいな感じになってるんですね」
「そうそう。SQは“SILENT QUARTER”の略で、オレンジ単色のSOとは違って、テーマのある絵柄っぽいよね」
「懐中時計の柄がかわいいですね」
「大石、まずはSOとSQから見ていく感じか」
「あとFGも見て、それから他の色に広げていく感じでお願いします」
「はーい」
手の平サイズの小さな財布を1つ1つ数えていく作業だ。1ケース当たり入組数は320。それが30ケースほどはある。うーん、途方もない作業に思える。ちなみに、検品票の間違い自体もなくはないらしい。似た形のアルファベットを見間違えるとかで。今回みたくOとQ、あとはUとVの間違いが多いそうだ。
「あっ!」
「どうした大石」
「これ、吊り札が違ってる」
「そのパターンもあんのかよ!」
「うーん、思ったよりしっかり確認しないと後で面倒なことになるかも。今のうちにやっちゃおう」
「おーし、やるかー」
「じゃあ、この内箱は吊り札違いの物を入れる用で。で、横持ちシールの切れ端にどこから出て来たかを書いておけば事務作業が楽になるから」
「了解」
「えっと、違和感があったら大石さんに確認するのでいいですか?」
「そうだね。俺に聞いてもらえれば」
end.
++++
倉庫話ではちーちゃんが新卒のスーパーエースなところもいつかやりたいんだ!
この作業、そのうち通りがかりの長岡君も一緒になってやってたらいい。マメマメしてるし得意そう。
ちなみに閑散期に書き置きを残して帰るのは塩見さん。
(phase3)
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