2024
■最後には幸せであれ
++++
「ちむりー。おーい、ちむー? ちむちむー」
「あっ、ごめんなさい。何だった~?」
「何だったじゃねーよ。根詰め過ぎ」
授業が終わってもちむりーはすぐ教室から出ることをせずに、しばらく教科書やプリント、ノートを見返していることに気付いた。次の授業があるときはその教室に移動してから、次がないときは廊下のベンチや学食の座席でその作業をしていることが多い。見返し作業じゃない場合は担当講師に質問をしているパターンもある。
サークルのある曜日の場合は俺も大体同じような履修だから一緒にサークル室まで行こうかと待ってみているんだけど、ちむりーの復習作業はまあまあ長いから痺れを切らして先に行っちまうこともある。で、今日は試しにちょっと行って、学食の自販機で適当な飲み物を買って戻って来てみたら、まだやってたっていうな。
「勉学が学生の本分とは言え、俺の目からは頑張りすぎに見えてるぞ」
「心配かけてごめんなさいね、中」
「それ、あげる。好きだろ、こーゆー甘いの」
「ありがとう~。それじゃあ、お言葉に甘えて~」
さっき買ったイチゴミルクのパック飲料をちむりーに差し入れる。おいしい~と一息つく様はとても可愛らしい。
「テスト前でもないのに今からそんな感じだったら続かなくね? 俺程とはいかないまでも、適度に息抜きも必要だぞ」
「そうね~。せっかく大学に入れたんだからって、少し空回ってたかもしれないわね~」
「つーか、ちむちむの頭の良さだったらもっといいトコだって行けただろ? 何で緑ヶ丘の社会学部なんだ? どうしても緑大の社学じゃなきゃいけない理由って正直見当たんないんだけど」
「緑ヶ丘大学の奨学金制度がね、都合がよかったからね~。成績優秀者に対する返還不要の奨学金制度っていうのがあって、それを使わせてもらっているの~。だから、いい成績を取らなきゃって、気負いすぎたのかもしれないわね~」
「あ、あー……悪い、何かあんま突っ込んだら良くないトコまで深入りしちまったか?」
奨学金制度についてきちんと調べて大学に進学するのは、家庭の事情がまあまあヘビーな奴が多いんだろうと思っている。ちむりーン家にどんな事情があるかはわかんねーけど、聞いて良かったのかどうかわからないそれに意図せず突っ込みかけたことに気まずさが走る。
「中、将来は占い師になるんでしょう? どんな話でも、動じずに聞かないと~」
「確かに」
「ああ。そうしたら、サークル室に行く前に、私の話を聞いてくれる~?」
第2学食の適当な席に陣取って、ちむりーの話とやらを聞く体勢に入る。それが仮にどんな話でも動じずに聞けと言われているようにも思える。
「私はね~、母と2人暮らしをしているの~。最低限暮らせてはいるけれど、お世辞にも裕福とは言えないから、本当は大学に行くのも少し躊躇ったわ~」
「まあ、少なからず金がかかるもんな。私立なら尚更」
「だけど、奨学金制度が充実しているのも国公立よりは私立なのよ~」
「へー、そうなのか」
「母は前の夫から暴力を受けていて、それで、私を連れて向島に逃げて来たの~。私は最初の旦那さんとの子どもなんだけど~、前の夫との間に生まれた、私から見ると弟は、あの家に残っていて、働きながら高校の勉強をしているそうね~」
「そりゃあちむりーからすりゃお袋さんに金銭的負担をかけたくねーな」
「そうなの~。幸い、勉強は好きで、得意だから、全く苦ではなかったわ~」
前の夫とかいう野郎はアル中を拗らせてちむりーのお袋さんに暴力を振るうようになったそうだ。血の繋がりのないちむりーを性的な目で見るようになったのを機にお袋さんは逃げることを決意した。弟も一緒に行こうと声をかけたが、自分のことはいいから2人で逃げてくれと固辞したとのこと。足が付くといけないので連絡もあまりとれないそうだが。
「千村という名前もいわゆる通称名で、母の旧姓ともまた違う名前なの~」
「じゃ、戸籍上はまだ違う名前なんだな」
「そうね~。逃げるために、身を潜めるための手段ね~。学生証も私が千村という名前で生活しているということを証明出来る有効な書類だし、みんながちむりーって呼んでくれるのが嬉しくって」
「何で、その話を俺に」
「そうね~。中には、隠し事をしたくなかったのかもしれないわね~。ほら、前に私、「星の回り方じゃなくて、中がどう思っているのかを聞きたい」なんて偉そうに言ったでしょう。フェアじゃないなと思って~」
「あんま迂闊に誰にでも話していいことじゃねーだろ。俺がそのDV男と繋がりがあって、ちむりーを売ろうとしてたらどーすんだよ」
「何だかんだ中は優しいから、そんなこと出来ないと思うわ~」
「信用し過ぎだぞ。仮にも詐欺師を自称してる人間を」
「そうね~。それでも、中は大切な友達だから~」
「……ちむりー、マジで幸せになれ。この先小なり谷があったとしても、右肩上がりがベースであれ」
「ありがとう、中」
「ま、俺にとってもちむちむは特別なダチだからな。星がどんな回り方をしてても、道を切り開くのはあくまで人だ。ウマい話には気を付けろ」
「そうね~」
「じゃ、サークル行くかあ」
「そうね~」
胡散臭い人間と評されがちな俺に真正面からぶつかって来た変な女という印象だったちむりーだけど、やっぱ人ってのはどんな事情があるかわかんねーモンだ。これから占い師としてやっていくならどんな話でも動じずに聞けというのはご尤も。その最初のケースとなったちむりーの家庭事情だが、それが大変だから幸せになって欲しいんじゃない。ダチだから幸せになってもらいたいんだ。ま、幸せなんつー曖昧なモン、どこをゴールにするのかも本人次第だけどよ。
「つーか、決して裕福ではないって言う割に、ちむりーってよく甘いモン食ってるよな。どこから金を捻出してんだ?」
「うふふ~、どこからでしょうか~」
「うわ、気になる。錬金術じゃねーか」
「そんな大層なものじゃないわよ~」
end.
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昨年度くらいに琉生とジュンの話でチラっと言った気がするちむりーの事情の内容編。
(phase3)
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「ちむりー。おーい、ちむー? ちむちむー」
「あっ、ごめんなさい。何だった~?」
「何だったじゃねーよ。根詰め過ぎ」
授業が終わってもちむりーはすぐ教室から出ることをせずに、しばらく教科書やプリント、ノートを見返していることに気付いた。次の授業があるときはその教室に移動してから、次がないときは廊下のベンチや学食の座席でその作業をしていることが多い。見返し作業じゃない場合は担当講師に質問をしているパターンもある。
サークルのある曜日の場合は俺も大体同じような履修だから一緒にサークル室まで行こうかと待ってみているんだけど、ちむりーの復習作業はまあまあ長いから痺れを切らして先に行っちまうこともある。で、今日は試しにちょっと行って、学食の自販機で適当な飲み物を買って戻って来てみたら、まだやってたっていうな。
「勉学が学生の本分とは言え、俺の目からは頑張りすぎに見えてるぞ」
「心配かけてごめんなさいね、中」
「それ、あげる。好きだろ、こーゆー甘いの」
「ありがとう~。それじゃあ、お言葉に甘えて~」
さっき買ったイチゴミルクのパック飲料をちむりーに差し入れる。おいしい~と一息つく様はとても可愛らしい。
「テスト前でもないのに今からそんな感じだったら続かなくね? 俺程とはいかないまでも、適度に息抜きも必要だぞ」
「そうね~。せっかく大学に入れたんだからって、少し空回ってたかもしれないわね~」
「つーか、ちむちむの頭の良さだったらもっといいトコだって行けただろ? 何で緑ヶ丘の社会学部なんだ? どうしても緑大の社学じゃなきゃいけない理由って正直見当たんないんだけど」
「緑ヶ丘大学の奨学金制度がね、都合がよかったからね~。成績優秀者に対する返還不要の奨学金制度っていうのがあって、それを使わせてもらっているの~。だから、いい成績を取らなきゃって、気負いすぎたのかもしれないわね~」
「あ、あー……悪い、何かあんま突っ込んだら良くないトコまで深入りしちまったか?」
奨学金制度についてきちんと調べて大学に進学するのは、家庭の事情がまあまあヘビーな奴が多いんだろうと思っている。ちむりーン家にどんな事情があるかはわかんねーけど、聞いて良かったのかどうかわからないそれに意図せず突っ込みかけたことに気まずさが走る。
「中、将来は占い師になるんでしょう? どんな話でも、動じずに聞かないと~」
「確かに」
「ああ。そうしたら、サークル室に行く前に、私の話を聞いてくれる~?」
第2学食の適当な席に陣取って、ちむりーの話とやらを聞く体勢に入る。それが仮にどんな話でも動じずに聞けと言われているようにも思える。
「私はね~、母と2人暮らしをしているの~。最低限暮らせてはいるけれど、お世辞にも裕福とは言えないから、本当は大学に行くのも少し躊躇ったわ~」
「まあ、少なからず金がかかるもんな。私立なら尚更」
「だけど、奨学金制度が充実しているのも国公立よりは私立なのよ~」
「へー、そうなのか」
「母は前の夫から暴力を受けていて、それで、私を連れて向島に逃げて来たの~。私は最初の旦那さんとの子どもなんだけど~、前の夫との間に生まれた、私から見ると弟は、あの家に残っていて、働きながら高校の勉強をしているそうね~」
「そりゃあちむりーからすりゃお袋さんに金銭的負担をかけたくねーな」
「そうなの~。幸い、勉強は好きで、得意だから、全く苦ではなかったわ~」
前の夫とかいう野郎はアル中を拗らせてちむりーのお袋さんに暴力を振るうようになったそうだ。血の繋がりのないちむりーを性的な目で見るようになったのを機にお袋さんは逃げることを決意した。弟も一緒に行こうと声をかけたが、自分のことはいいから2人で逃げてくれと固辞したとのこと。足が付くといけないので連絡もあまりとれないそうだが。
「千村という名前もいわゆる通称名で、母の旧姓ともまた違う名前なの~」
「じゃ、戸籍上はまだ違う名前なんだな」
「そうね~。逃げるために、身を潜めるための手段ね~。学生証も私が千村という名前で生活しているということを証明出来る有効な書類だし、みんながちむりーって呼んでくれるのが嬉しくって」
「何で、その話を俺に」
「そうね~。中には、隠し事をしたくなかったのかもしれないわね~。ほら、前に私、「星の回り方じゃなくて、中がどう思っているのかを聞きたい」なんて偉そうに言ったでしょう。フェアじゃないなと思って~」
「あんま迂闊に誰にでも話していいことじゃねーだろ。俺がそのDV男と繋がりがあって、ちむりーを売ろうとしてたらどーすんだよ」
「何だかんだ中は優しいから、そんなこと出来ないと思うわ~」
「信用し過ぎだぞ。仮にも詐欺師を自称してる人間を」
「そうね~。それでも、中は大切な友達だから~」
「……ちむりー、マジで幸せになれ。この先小なり谷があったとしても、右肩上がりがベースであれ」
「ありがとう、中」
「ま、俺にとってもちむちむは特別なダチだからな。星がどんな回り方をしてても、道を切り開くのはあくまで人だ。ウマい話には気を付けろ」
「そうね~」
「じゃ、サークル行くかあ」
「そうね~」
胡散臭い人間と評されがちな俺に真正面からぶつかって来た変な女という印象だったちむりーだけど、やっぱ人ってのはどんな事情があるかわかんねーモンだ。これから占い師としてやっていくならどんな話でも動じずに聞けというのはご尤も。その最初のケースとなったちむりーの家庭事情だが、それが大変だから幸せになって欲しいんじゃない。ダチだから幸せになってもらいたいんだ。ま、幸せなんつー曖昧なモン、どこをゴールにするのかも本人次第だけどよ。
「つーか、決して裕福ではないって言う割に、ちむりーってよく甘いモン食ってるよな。どこから金を捻出してんだ?」
「うふふ~、どこからでしょうか~」
「うわ、気になる。錬金術じゃねーか」
「そんな大層なものじゃないわよ~」
end.
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昨年度くらいに琉生とジュンの話でチラっと言った気がするちむりーの事情の内容編。
(phase3)
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