2024

■真昼の誕生日ウォーク

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「よう山口。遅れたけど誕生日おめでとう」
「ありがとう。わかってたけど、休みが合わないね~」
「まあ、1週間以内に合ったんだから、誤差だろ」

 6月はやたらと誕生日の奴が多いという印象はずっとある。特に下旬だ。22日が山口、23日が戸田、24日が源、25日に越谷さん。あと最近聞いたんだけど塩見さんは26日が誕生日らしく、リン君も29日だとか。固まりすぎてて笑えてくる。今日も誰かの誕生日とはよく言ったものだ。
 さて、何日か遅れで祝うことになった親友の誕生日だ。さすがに時間の有り余っていた学生の頃のように丸1日かけてのエスコート、とまではいかない。まあ、奴にとってはまだまだ「俺がお前の誕生日を祝うこと」が最大のサプライズの域を抜けないだろう。気持ちは十分ある。

「でだ、ここ2週間ほどずーっと考えた結果、お前の欲しい物が全くわからなかった!」
「プレゼントを用意してくれようとしてたの?」
「一応な。去年もあげたし。そういや去年のヤツ、使ってるか?」
「もーうバリバリ! 家で常備菜入れとかになってるし、母さんも便利って言ってるよ」
「そうか、それなら良かった」

 去年あげたのは台所で使う耐熱ガラス容器のセットだ。山口は将来自分の店を持ちたいと言っていて、料理の練習をしたいと言っている。ちょうどその時ガラス容器が欲しいと言っていたという話を小耳に挟んだのでちょうどいい物を用意できたんだ。

「それでだ、今年はわざわざ昼間から集合してもらっただろ」
「そうだね。飲みに行くなら夕方でも良さそうだけど」
「今年は、お前の服を一緒に買いに行くっていうのはどうだ。もちろん俺が見立ててやるし」
「え~!? 助かる! 本当に嬉しいんだけど朝霞クン!」

 顔良しスタイル良しで服なんか何を着たって似合っちまう山口だけど、コイツはコーディネートが致命的にクソセンスなんだ。何なら単品を選ぶセンスはまあまあ悪くないんだけど、何をどうしたらその組み合わせになる、的な合わせ方をして悪い意味で俺を驚かせたこと数知れず。
 学生の頃、部活の現役時代もお前のセンスでステージ衣装を選んでくれるなと頼み込み、コイツの持っている服の中から俺がコーディネートをしていたということもある。そんな事情もあるのでどんな服を持っているかや大体の好みはわかっている。

「いつもの感じで新しい服を新調するも良し、ちょっとはトレンドを取り入れて攻めてみるのも良し」
「悩むな~。歩きながら考える感じになりそうだね」
「とりあえず行くかあ」

 思えば、ステージどうこうを関係なくコイツとこんな風に真昼の街を歩くということがほとんどなかったことに気付く。約束の内容が飲みになりがちだから基本的に夕方以降の待ち合わせだし。
 そして、互いに就職してから会う機会がグッと減っていたので、近況の話が主になる。山口は大学を出たらまずは玄の外の世界を見て来いという大将との約束で、現在はチェーンの居酒屋で働いている。飲食業界だし大変なんだろうなあとは思うが、これもコイツには修行の一環だ。
 俺はイベント会社に就職してから最初の社会人とは云々の研修を終え、少しずつ現場で働き始めている。将来的にプロデューサーだのプランナーだの、はたまたディレクターになるにせよ、最初は現場での経験を積め~みたいなところから始まるそうだ。

「朝霞クン、仕事始まってるけどちゃんとご飯食べてる? ちゃんと寝てる?」
「何で俺の顔を見るなりどいつもこいつもそこから始まるんだ」
「これまでの行いだよね」
「クソッ」
「それでなくてもイベントの現場だなんて、そんなところにいたら朝霞クン、見た目にはわかんなくても実際結構興奮しててご飯抜けてたとかありそうだから」
「実際1回寝不足で昼飯にゼリー投入してたら同期で今ニコイチでやってる女子にこっぴどく怒られたことはある」
「ほら~! やっぱりちゃんと食べてない!」
「そう、それなんだけどさ」
「うん?」
「その同期の女子ってのがさ、実はカズの嫁さんだったんだよ」
「え~っ!? 伊東クンの奥さん!?」
「そうなんだよ。で、なんやかんやあって月1万払って出勤日のカズお手製弁当と月2回までの晩飯権が付いてくるサブスクサービスの契約を結んだんだ」
「伊東クンのお弁当かあ、美味しそうだね」
「そういうワケだから、お前が思うよりも食ってるぞ。少なくとも1日1食はな。伊東さんの目が光ってるから食わないと何されるか」
「そうだね、1日1食はちゃんと食べてるなら良かったよ」

 あまり大量にメシを食ったところで実際問題大して必要としないエンプティーカロリーである可能性もあるし、1食だけでもちゃんと食えてるならそれまでの俺比ではちゃんとしてる。1食ちゃんと食ってるだけでこんなに安心してもらえるってどんだけだよって気もしないではない。
 如何せん伊東さんの目は可愛らしく見えてかなり鋭く厳しい。仕事上の相棒であると同時にクリエイターとしての同士だ。伊東さんは無茶をしたクリエイターの訃報もよく知っているから、物書きであるとかへっぽこながら配信者である俺の命は守らなければならないと思って、そのように見守ってくれているらしい。

「俺はさ、朝霞クンに必要なのは部の現役時代の俺みたく、朝霞クンの書いたものを実現するために動くポジションの相棒だったり、雄平さんみたく朝霞クンを無理矢理にでも休ませることの出来る人だと思ってたんだよ。その点で言ったら趣味の同士でもある伊東クンの奥さんて、現状最高の相棒じゃない?」
「実際現状は上手いことやらせてもらってるよ。今後どうなっていくかはまだまだわかんないけどさ、入社したばっかだし。それに、女子だと妊娠からの子育てとかも現実問題としてあるからな。特に伊東さんはもう結婚してるし」
「産休育休みたいなことは、男性も取れるトコは取れるんだよね? 朝霞クンのところはどう?」
「産休はともかく育休は取ってる人もいるって。あと、ウチの会社ってずっと会社にいればいいってスタンスでもないから、家からでも外からでも、飛行機の中からでもやることさえやってりゃ何でもいい、みたいなトコがあって。よっぽど会社や現場にいなきゃいけない状況じゃなきゃ何でもアリらしい。企画の人とかだと山奥からテレワークで~って人もいる。新人は入社半年くらいまでは何となく会社に来てるっぽいけど」
「へ~、なかなか面白いね」

 会社の中にずっといるより外の空気を感じた方が面白いことを思い浮かぶこともあるだろう。とか、通勤に充ててた時間で有意義なことをしてもらって、仕事は家からでもいいですよ。みたいなことらしい。ちゃんとやっていれば全く問題はないそうで。俺もいつかはそんな風にやりそうだ。

「お前んトコはなかなかそうもいかないだろ」
「そうだね。まず、玄とは店の規模が違うからね。席数が多いし敷地が広いから、歩く歩数が増えたね。実際どれくらい歩いてるのかを可視化したくて万歩計付け始めたよ」
「ははっ、そりゃいいな。どんくらい歩いてた?」
「1日1万歩はいくよ」
「マジか、すげーな。ん? だったら、服もだけど靴を買った方がいいんじゃないのか、歩きやすくて丈夫なヤツを」
「あ~、そうかも。ぺっちゃんこのクツで歩いてると疲れるもんね。そしたら、朝霞クンにはいいクツにちょっと出資してもらおうかな」
「どんと来い」

 歩きやすいいい靴となると、ファッションと言うよりはスポーツの分野になるので俺より山口の方が強いだろう。俺のやることはそれこそ出資になりそうだ。誕生日プレゼントが何だかんだ仕事に繋がってしまうのはご愛敬ということにしてもらいたい。

「靴なら、スポーツとかアウトドア系のショップに行った方がいいかな。でも人と接する仕事だし、オシャレには気を遣ってもらいたい! 性能とファッションを両立するいいのをまずは調べるぞ!」
「朝霞クン、気合い十分だね」
「俺が出資するんだぞ、下手なモン履かせられねえ」


end.


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これは光の洋朝。しれっと塩見さんの誕生日を初公開。

(phase3)

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