2024
■不快指数と水溜まり
++++
「こっしー、今ウッチー返品のチェック行ってるし、通販の在庫確認行って来てくれる?」
「はーいわかりましたー」
指示された通りにお上からのメール(TO山田さんと内山、CC俺(先日koshino*kousai~の個人アドレスをもらった))を開き、在庫確認のチェックリストをプリントアウトする。今回は確認する項目が結構多い雰囲気だ。通販の在庫確認というのは、お上から指示された品物……基本的には残数1の物が本当に存在するかをチェックして伝えるという仕事だ。
この仕事は大体内山が担当しているけど、今現在内山は鬼のように来た返品入庫のチェック作業をしているので恐らく当分戻って来ない。これもメールでファイルが添付されてくるんだけど、プリンターから吐き出される紙の束がとんでもない厚さだったし、これを現場で戻すのも大変だろうなと、自分がやるワケでもないのにげんなりしていた。
「じゃ、行って来ます」
「いってらー」
この時期にもなると構内はまあまあ暑くなりつつあった。朝礼でも冷風機を適切に使ってくださいとか、水分と塩分の補給をしてくださいというお知らせがあった。さらに熱くなれば事務所で塩分タブレットを用意することになるらしい。冷蔵庫にある経口補水液はこの季節のために用意されているのだろう。俺はこの会社での暑さは“熱い”と表現する方が正しいと思っている。
「おっいた。内山ー」
「はーい。あっ越野さん。どうしたんですか?」
「通販の在庫チェック、俺行って来るから」
「ありがとうございまーす」
最初の頃はか細くて消えそうな声をしていた内山も、少しずつ環境に慣れて来たのか声が出るようになってきた。それだけでもかなり印象が変わったなって思う。今日は10パレットほどが来た返品入庫の山を、ひたすらぐるぐる回ってリストをチェック。この作業も地味に時間がかかるんだよな。
今日の通販在庫のチェックはB棟2階が多い。だから階段を上がってこっちから攻めていく。ここの界隈は大石が担当しているから、現場でわからないことがあっても聞きやすいのがいい。奥に進んでいくと、ゴーと風の音が強くなってくる。ここの区画には結構デカめの冷風機が3台置いてあるけど、去年の夏に体験で来たときにはそれらがフル稼働でも熱かった覚えがある。
「人の気配なくね?」
冷風機はついている。だけど電気がついていないし人の気配がない。作業途中ならいろいろとっ散らかってるから離席してるとかでもなく、本当にいなさそうだ。つーか大石はどこ行った? 新倉庫で塩見さんの助手かな。B棟より新倉庫優先の時は割とそういう感じになりがちだもんな。
「もったいねーじゃん、消しとこ」
俺の背丈よりちょっと低いくらい、ホースを除いた本体だけで高さ150センチくらいはありそうな冷風機だ。こんだけデカけりゃずっとつけといたら電気代だってバカにならないはずだし、何よりタンクに溜まっていく水の処理も面倒だろう。溢れさせてもいけない。スイッチは消しておく。そもそも人がいないんだからつけておく必要もない。
「あー!」
吹き抜けの下から、誰かの声がした。あんまりにも驚いた風だったから覗き込んでみると、下ではB棟1階を担当している高井さんと大石が床用の水切りワイパーを手に作業をしているように見える。事件か?
「ん?」
「あー越野君! 今冷風機消したー?」
「はーい、誰もいないみたいなんで消しましたー」
「ゴメンけどつけといてくれるー!? それ、ついてないと湿気で1階が浸水するんだわー」
「あ、すみませーん! え、今水浸しなんすか!?」
「そーなんだよ!」
「ちょっと状況見に行っていいすかー!?」
「いいよー!」
消した冷風機のスイッチを入れ直し、B棟1階へ降りる。すると確かに床は水浸し。どこを歩けばいいんだよって状態になっていた。製品は柔らかい樹脂製のすのこみたいな敷物の上に置いてあるから辛うじて無事だけど、マジで一面とんでもない。つか、この水切り作業も2人で間に合うのかっていうレベルだ。
「つかヤバいっすねこれ」
「そうなんだよ。ほら、昨日雨酷かったじゃん。1日そうだと次の日にはこうだからさ。初夏から秋雨の季節が過ぎるまでは湿気との戦いなんだよB棟1階は」
「で、その度にこうやって水切りワイパーでまずは床を乾かすんだよ。仕事をするときに滑って転んじゃう人もいるからね」
「だから人がいなくてもB棟の冷風機は1日つけっぱで頼みます」
「わかりました」
高井さんの話によれば、何年か前には湿気の所為でB棟1階に置いてあった製品がカビまくり、従業員総出でアルコール消毒の作業をやるハメになったらしい。置いてあった物がたまたまアパレルじゃなくてバッグ類だったから何とかなったけど、これで綿製品とかだったらとんでもないことになっていた、と。大石も、あれは大変でしたねーと振り返っている。
「あ、越野君今時間大丈夫?」
「大丈夫っす。通販在庫は午後で大丈夫なんで」
「悪いけど、ワイパーの作業手伝ってくれる? 庫内整理したいのにこれで1日終わりそうだから」
「わかりました。えっと、ワイパーってどこにありますか?」
「荷受の裏にあるよ」
「はーい、取ってきまーす」
荷受小屋の裏には確かに水切りワイパーが立てかけられている。小屋に来たついでに山田さんに内線をかけて水切りの作業を優先する旨を伝える。山田さんほどのベテランにもなるとここが毎年こうなることは知っている。「在庫チェックは3時までに返信すればいいから!」と返事をもらったので心置きなく作業を手伝う。
「俺こういうのあんま触ったことないから上手く出来っかなー。体育館掃除のモップとはさすがに違いますよね」
「大丈夫大丈夫。すぐに慣れるよ」
「うん。越野は要領がいいもん。すぐに上手くなると思うなー」
「あー、水が横に逃げてくから向きを考えないといけないんすね」
「で、バケツに水を寄せて、雑巾で拭いて、絞っての繰り返しな」
「うわっ、しんどっ。今日は曇りですけど、これで雨が降ったらどーなるんすか? 湿度ヤッバいじゃないすか」
「暇を見つけてはこの作業だよ。俺もこれにかかりっきりじゃいられないから、自分の仕事をしながら、水が邪魔なところはワイパーかけて~みたいな。冷風機の除湿だけじゃ追いつかなくなるんだよ、梅雨は特に」
「うへ~…!」
「越野君も、手が空いてるときだけでも、10分でもいいからたまに手伝ってくれると助かります」
「わかりました、余裕があるときは手伝います」
あ、なるほど。こうやって俺は便利屋の仕事を自分から増やしてるな? でもこれはマジで大変な作業だし、俺も何つーか頼まれたことを最初から出来ないとは言えない性格なんだよな。いや、本当に出来ないときは出来ないって言わなきゃいけないんだろうけどさあ。事務所で座り作業だけしてても体が固まるしなあ。体を動かす雑用は実は嫌じゃない。
「あと、新倉庫も地味に湿気が溜まりやすい場所で、あっちでもオミがたまにこの作業をやってるんだよ」
「あ、そーなんすね」
「だから冷風機とか扇風機の類が人がいなくてもついてる場合、消し忘れとかじゃなくて大体湿気対策だと思っていいから」
「了解っす」
end.
++++
昨年度だかその前だかのこっしーの話で冷風機を消しちゃって注意されたとあった件。
(phase3)
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「こっしー、今ウッチー返品のチェック行ってるし、通販の在庫確認行って来てくれる?」
「はーいわかりましたー」
指示された通りにお上からのメール(TO山田さんと内山、CC俺(先日koshino*kousai~の個人アドレスをもらった))を開き、在庫確認のチェックリストをプリントアウトする。今回は確認する項目が結構多い雰囲気だ。通販の在庫確認というのは、お上から指示された品物……基本的には残数1の物が本当に存在するかをチェックして伝えるという仕事だ。
この仕事は大体内山が担当しているけど、今現在内山は鬼のように来た返品入庫のチェック作業をしているので恐らく当分戻って来ない。これもメールでファイルが添付されてくるんだけど、プリンターから吐き出される紙の束がとんでもない厚さだったし、これを現場で戻すのも大変だろうなと、自分がやるワケでもないのにげんなりしていた。
「じゃ、行って来ます」
「いってらー」
この時期にもなると構内はまあまあ暑くなりつつあった。朝礼でも冷風機を適切に使ってくださいとか、水分と塩分の補給をしてくださいというお知らせがあった。さらに熱くなれば事務所で塩分タブレットを用意することになるらしい。冷蔵庫にある経口補水液はこの季節のために用意されているのだろう。俺はこの会社での暑さは“熱い”と表現する方が正しいと思っている。
「おっいた。内山ー」
「はーい。あっ越野さん。どうしたんですか?」
「通販の在庫チェック、俺行って来るから」
「ありがとうございまーす」
最初の頃はか細くて消えそうな声をしていた内山も、少しずつ環境に慣れて来たのか声が出るようになってきた。それだけでもかなり印象が変わったなって思う。今日は10パレットほどが来た返品入庫の山を、ひたすらぐるぐる回ってリストをチェック。この作業も地味に時間がかかるんだよな。
今日の通販在庫のチェックはB棟2階が多い。だから階段を上がってこっちから攻めていく。ここの界隈は大石が担当しているから、現場でわからないことがあっても聞きやすいのがいい。奥に進んでいくと、ゴーと風の音が強くなってくる。ここの区画には結構デカめの冷風機が3台置いてあるけど、去年の夏に体験で来たときにはそれらがフル稼働でも熱かった覚えがある。
「人の気配なくね?」
冷風機はついている。だけど電気がついていないし人の気配がない。作業途中ならいろいろとっ散らかってるから離席してるとかでもなく、本当にいなさそうだ。つーか大石はどこ行った? 新倉庫で塩見さんの助手かな。B棟より新倉庫優先の時は割とそういう感じになりがちだもんな。
「もったいねーじゃん、消しとこ」
俺の背丈よりちょっと低いくらい、ホースを除いた本体だけで高さ150センチくらいはありそうな冷風機だ。こんだけデカけりゃずっとつけといたら電気代だってバカにならないはずだし、何よりタンクに溜まっていく水の処理も面倒だろう。溢れさせてもいけない。スイッチは消しておく。そもそも人がいないんだからつけておく必要もない。
「あー!」
吹き抜けの下から、誰かの声がした。あんまりにも驚いた風だったから覗き込んでみると、下ではB棟1階を担当している高井さんと大石が床用の水切りワイパーを手に作業をしているように見える。事件か?
「ん?」
「あー越野君! 今冷風機消したー?」
「はーい、誰もいないみたいなんで消しましたー」
「ゴメンけどつけといてくれるー!? それ、ついてないと湿気で1階が浸水するんだわー」
「あ、すみませーん! え、今水浸しなんすか!?」
「そーなんだよ!」
「ちょっと状況見に行っていいすかー!?」
「いいよー!」
消した冷風機のスイッチを入れ直し、B棟1階へ降りる。すると確かに床は水浸し。どこを歩けばいいんだよって状態になっていた。製品は柔らかい樹脂製のすのこみたいな敷物の上に置いてあるから辛うじて無事だけど、マジで一面とんでもない。つか、この水切り作業も2人で間に合うのかっていうレベルだ。
「つかヤバいっすねこれ」
「そうなんだよ。ほら、昨日雨酷かったじゃん。1日そうだと次の日にはこうだからさ。初夏から秋雨の季節が過ぎるまでは湿気との戦いなんだよB棟1階は」
「で、その度にこうやって水切りワイパーでまずは床を乾かすんだよ。仕事をするときに滑って転んじゃう人もいるからね」
「だから人がいなくてもB棟の冷風機は1日つけっぱで頼みます」
「わかりました」
高井さんの話によれば、何年か前には湿気の所為でB棟1階に置いてあった製品がカビまくり、従業員総出でアルコール消毒の作業をやるハメになったらしい。置いてあった物がたまたまアパレルじゃなくてバッグ類だったから何とかなったけど、これで綿製品とかだったらとんでもないことになっていた、と。大石も、あれは大変でしたねーと振り返っている。
「あ、越野君今時間大丈夫?」
「大丈夫っす。通販在庫は午後で大丈夫なんで」
「悪いけど、ワイパーの作業手伝ってくれる? 庫内整理したいのにこれで1日終わりそうだから」
「わかりました。えっと、ワイパーってどこにありますか?」
「荷受の裏にあるよ」
「はーい、取ってきまーす」
荷受小屋の裏には確かに水切りワイパーが立てかけられている。小屋に来たついでに山田さんに内線をかけて水切りの作業を優先する旨を伝える。山田さんほどのベテランにもなるとここが毎年こうなることは知っている。「在庫チェックは3時までに返信すればいいから!」と返事をもらったので心置きなく作業を手伝う。
「俺こういうのあんま触ったことないから上手く出来っかなー。体育館掃除のモップとはさすがに違いますよね」
「大丈夫大丈夫。すぐに慣れるよ」
「うん。越野は要領がいいもん。すぐに上手くなると思うなー」
「あー、水が横に逃げてくから向きを考えないといけないんすね」
「で、バケツに水を寄せて、雑巾で拭いて、絞っての繰り返しな」
「うわっ、しんどっ。今日は曇りですけど、これで雨が降ったらどーなるんすか? 湿度ヤッバいじゃないすか」
「暇を見つけてはこの作業だよ。俺もこれにかかりっきりじゃいられないから、自分の仕事をしながら、水が邪魔なところはワイパーかけて~みたいな。冷風機の除湿だけじゃ追いつかなくなるんだよ、梅雨は特に」
「うへ~…!」
「越野君も、手が空いてるときだけでも、10分でもいいからたまに手伝ってくれると助かります」
「わかりました、余裕があるときは手伝います」
あ、なるほど。こうやって俺は便利屋の仕事を自分から増やしてるな? でもこれはマジで大変な作業だし、俺も何つーか頼まれたことを最初から出来ないとは言えない性格なんだよな。いや、本当に出来ないときは出来ないって言わなきゃいけないんだろうけどさあ。事務所で座り作業だけしてても体が固まるしなあ。体を動かす雑用は実は嫌じゃない。
「あと、新倉庫も地味に湿気が溜まりやすい場所で、あっちでもオミがたまにこの作業をやってるんだよ」
「あ、そーなんすね」
「だから冷風機とか扇風機の類が人がいなくてもついてる場合、消し忘れとかじゃなくて大体湿気対策だと思っていいから」
「了解っす」
end.
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昨年度だかその前だかのこっしーの話で冷風機を消しちゃって注意されたとあった件。
(phase3)
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