2024
■背負ったイメージ
++++
「浦和、すみません」
「あ、レオです。もしかしてまたゲンゴローを捜してるです? だったらこっちには来てないですよ」
「そうですか、ありがとうございます」
「見かけたら突き出せばいいです?」
「そうですね、今回はそのようにお願いします。俺は監査席で書類仕事をしていますので」
「わかったですよ」
「では改めてよろしくお願いします」
源は現場主義で常に現場の最前線にいたがる部長であるのですが、逆に部長席には近寄りもしませんし書類の類に目を通す姿もほとんど見られません。代替わりの時に事務仕事が苦手であると聞いていたので多少の補佐はすると言ったものの、まさかここまでとは思いませんでした。
6月にもなると、夏の丸の池ステージに向けた話し合いを重ねないといけません。ステージの練習やリハーサル、準備についての話なら揚々として乗ってくるのですが、裏の事務作業の話を察知するとどこかへ行ってしまうので困ったものです。夏のステージまでに1年生を希望する班に大まかに振り分けることもしなければなりません。それに伴う班見学ツアーの話もあります。
現段階でちらほらと聞こえてくる1年生の声の中には「ステージでの部長は凄い」という話もありましたが、俺に追われている光景を見たことがある者は「普段の様子を見ているとやや不安」とも言っているようです。俺のいる大宮班にも「監査が怖そう」という理由で怖じ気付いている1年生がいるらしいです。失礼な話です。
「レオ、何だった?」
「何だったじゃありませんよ源。どこに行っていたんですか」
「ああ、ごめんね。ちょっと演劇部の部長さんと話しててさ」
「演劇部ですか?」
「そうそう。何か、お互いの部に友達同士の子がいるらしくてね。俺の小道具作りの話があっちの部にも伝わってたんだよ。それでちょっと相談に乗ってて」
「そうですか」
「そしたらそれが舞台上の音響の話や照明の話にまで発展して、今度互いの持ってる技術を交換し合おうかーみたいな感じになって。もし良ければ地域のイベントにも一緒に出てみないかってお誘いをもらっちゃって」
「本当に現場関係の話は揚々として進めますね源は。それで、そのイベントへの参加の話は源の独断で了承していませんよね」
「それはさすがにまだしてないよ。放送部としてのステージが第一で、その間に余裕があればね、的なやや前向きな返事に留めてある」
「ならいいんですが」
如何せん先月のファンタジックフェスタへの部としての参加も源が半ば独断で進めたような話だったので、どこで何をしているのかわからない時には本当に注意が必要なのです。今回は“やや前向きな返事”程度で済んでいて良かったと思います。あくまでステージが第一とのことで。
部内に敵がいないことは知っていましたし、人当たりもとても良く、人徳が服を着て歩いているような人間であるとは思っていたのですが、まさか他の部の部長ともそのような感じでコミュニケーションを取っていたとは驚きです。いえ、源であれば十二分にあり得る話ですが。
「でもさあ、放送部ってやっぱりまだまだよくわからない部っていう印象が強いみたいだし、俺たちが頑張らないととねえ」
「よくわからない部、ですか」
「他の部の部長さんと話してると、先輩から「放送部はヤバい」とか「関わらない方がいい」とか、そんな言われ方をしてたそうなんだよ」
「去年までの部であればその評価に間違いはないと思いますよ」
「部長会に部長が出て来なくても許されるみたいな特別待遇は放送部が文化会に圧力をかけてるとかさ。放送部に用事があるときは人目に付かないように物や書き置きだけ部屋の前に置いていけ、さもないと良くて怪我、最悪部室に連れ込まれて襲われるぞとか」
「実際強ち大袈裟とも言えませんからねえ。もしその話が映研発であるなら尚更です」
日高前部長の時代までは、本当にそのような感じだったのでしょう。あの人が部長会に出席したのも最初の1回だけと聞いています。その後は監査の宇部さんが代理出席をし、その都度始末書を書いていたという話です。対外的にはとても部長に見える人ではありませんでしたから。
源はその話をどう聞いていたのでしょうか。星ヶ丘大学文化会に所属する大体の部からそのように白い目で見られ腫れ物扱いされる放送部の現部長として、部を代表して会議の場に出るということは、何も悪いことをしていない源がそのような目で見られ、イメージを背負うということなのですから。
「でも、その割に源は他の部の部長ともコミュニケーションを取っていますよね」
「何か、取れてるね。ありがたいことです。でも一応、最初の部長会の時に今年からは透明性の高い部活にしますって宣言はしたんだよ。だから毎回いつ誰が何のイベントに出て、いくらのお金をどのように使って、こんな感じで活動してますって逐一説明してるよ。最近はよっぽど録音中じゃないと俺が部室にいてもドアは開けっ放しにしてるでしょ? あれも中が見えるようにってことでやってて。怪しくないですよ~、的な」
「そうだったんですか。てっきりここのところ暑くなってきたからだと思っていましたが、そのような意図があったのですね」
「他の部の部長さんを見かけたら挨拶するようにはしてたから、この頃はちょっとずつお互いの近況なんかも立ち話の中で聞けるようになってきたよ」
確かに、あのように思われていた放送部が他の部から一緒にイベントに参加してみませんかと誘いを受けるということが、多少なりとも印象の改善が出来ているということなのでしょう。俺も聞いていないということは、本当に源が独断で、部員の目に見えないところでやっていたことに違いありません。これは度し難いです。
「源」
「あっ、はい。……怒ってる?」
「はい」
「えっと……すみま、せん」
「全く。どうしてそんなことを1人で背負ってしまうんですか。確かに源であれば出来はしますよ。ですけど」
「いやあ、それっていうのはやっぱり部員1人1人がしっかりステージに取り組むことで自然となされる物じゃない? だから、今の部員たちなら敢えてこっちが言わなくたって大丈夫かなって思って。みんなにはステージに集中してもらって、他のことは俺がやればいいし。部長って、そういうものじゃないかな」
「結局ステージに帰着するのが源のらしさですが、次からはちゃんと言ってください。部長会で使う資料くらいなら作りますから」
「ありがとう。レオが監査でいてくれてよかったよ」
「俺は源が部長でないのであれば幹部にはならないと言ったでしょう。俺たちでやり遂げましょう」
「そうだね」
結局絆されている俺も俺なんでしょう。また自分から仕事を抱え込みに行ってしまうのですからお笑いです。ですが、源にはそうさせてしまう力があるように思います。透明性が高く、きちんと部としての活動をやっている部活。実状を変えるより、周りからの印象を変える方がずっと難しいのかもしれませんが、やるしかありません。
「さあ源、話し合うことは山ほどありますよ。丸の池関連に1年生の扱い、それから、五百崎君の持ち込み企画の件もあります」
「ああ、そうだ。深青からの件ならこっちで少し話をまとめてあるから聞いてくれる?」
end.
++++
多分星ヶ丘の放送部って、周りから見るとヤベー集団で、関わりたくないと思われていてもおかしくない
インターフェイスの面々も「星ヶ丘って修羅の国なんでしょ」みたいなことをよく言うしね
部(班)員にはステージに集中してもらって、他のことは自分がやる。的なことを言ってる班長は確かにいたなあ
(phase3)
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「浦和、すみません」
「あ、レオです。もしかしてまたゲンゴローを捜してるです? だったらこっちには来てないですよ」
「そうですか、ありがとうございます」
「見かけたら突き出せばいいです?」
「そうですね、今回はそのようにお願いします。俺は監査席で書類仕事をしていますので」
「わかったですよ」
「では改めてよろしくお願いします」
源は現場主義で常に現場の最前線にいたがる部長であるのですが、逆に部長席には近寄りもしませんし書類の類に目を通す姿もほとんど見られません。代替わりの時に事務仕事が苦手であると聞いていたので多少の補佐はすると言ったものの、まさかここまでとは思いませんでした。
6月にもなると、夏の丸の池ステージに向けた話し合いを重ねないといけません。ステージの練習やリハーサル、準備についての話なら揚々として乗ってくるのですが、裏の事務作業の話を察知するとどこかへ行ってしまうので困ったものです。夏のステージまでに1年生を希望する班に大まかに振り分けることもしなければなりません。それに伴う班見学ツアーの話もあります。
現段階でちらほらと聞こえてくる1年生の声の中には「ステージでの部長は凄い」という話もありましたが、俺に追われている光景を見たことがある者は「普段の様子を見ているとやや不安」とも言っているようです。俺のいる大宮班にも「監査が怖そう」という理由で怖じ気付いている1年生がいるらしいです。失礼な話です。
「レオ、何だった?」
「何だったじゃありませんよ源。どこに行っていたんですか」
「ああ、ごめんね。ちょっと演劇部の部長さんと話しててさ」
「演劇部ですか?」
「そうそう。何か、お互いの部に友達同士の子がいるらしくてね。俺の小道具作りの話があっちの部にも伝わってたんだよ。それでちょっと相談に乗ってて」
「そうですか」
「そしたらそれが舞台上の音響の話や照明の話にまで発展して、今度互いの持ってる技術を交換し合おうかーみたいな感じになって。もし良ければ地域のイベントにも一緒に出てみないかってお誘いをもらっちゃって」
「本当に現場関係の話は揚々として進めますね源は。それで、そのイベントへの参加の話は源の独断で了承していませんよね」
「それはさすがにまだしてないよ。放送部としてのステージが第一で、その間に余裕があればね、的なやや前向きな返事に留めてある」
「ならいいんですが」
如何せん先月のファンタジックフェスタへの部としての参加も源が半ば独断で進めたような話だったので、どこで何をしているのかわからない時には本当に注意が必要なのです。今回は“やや前向きな返事”程度で済んでいて良かったと思います。あくまでステージが第一とのことで。
部内に敵がいないことは知っていましたし、人当たりもとても良く、人徳が服を着て歩いているような人間であるとは思っていたのですが、まさか他の部の部長ともそのような感じでコミュニケーションを取っていたとは驚きです。いえ、源であれば十二分にあり得る話ですが。
「でもさあ、放送部ってやっぱりまだまだよくわからない部っていう印象が強いみたいだし、俺たちが頑張らないととねえ」
「よくわからない部、ですか」
「他の部の部長さんと話してると、先輩から「放送部はヤバい」とか「関わらない方がいい」とか、そんな言われ方をしてたそうなんだよ」
「去年までの部であればその評価に間違いはないと思いますよ」
「部長会に部長が出て来なくても許されるみたいな特別待遇は放送部が文化会に圧力をかけてるとかさ。放送部に用事があるときは人目に付かないように物や書き置きだけ部屋の前に置いていけ、さもないと良くて怪我、最悪部室に連れ込まれて襲われるぞとか」
「実際強ち大袈裟とも言えませんからねえ。もしその話が映研発であるなら尚更です」
日高前部長の時代までは、本当にそのような感じだったのでしょう。あの人が部長会に出席したのも最初の1回だけと聞いています。その後は監査の宇部さんが代理出席をし、その都度始末書を書いていたという話です。対外的にはとても部長に見える人ではありませんでしたから。
源はその話をどう聞いていたのでしょうか。星ヶ丘大学文化会に所属する大体の部からそのように白い目で見られ腫れ物扱いされる放送部の現部長として、部を代表して会議の場に出るということは、何も悪いことをしていない源がそのような目で見られ、イメージを背負うということなのですから。
「でも、その割に源は他の部の部長ともコミュニケーションを取っていますよね」
「何か、取れてるね。ありがたいことです。でも一応、最初の部長会の時に今年からは透明性の高い部活にしますって宣言はしたんだよ。だから毎回いつ誰が何のイベントに出て、いくらのお金をどのように使って、こんな感じで活動してますって逐一説明してるよ。最近はよっぽど録音中じゃないと俺が部室にいてもドアは開けっ放しにしてるでしょ? あれも中が見えるようにってことでやってて。怪しくないですよ~、的な」
「そうだったんですか。てっきりここのところ暑くなってきたからだと思っていましたが、そのような意図があったのですね」
「他の部の部長さんを見かけたら挨拶するようにはしてたから、この頃はちょっとずつお互いの近況なんかも立ち話の中で聞けるようになってきたよ」
確かに、あのように思われていた放送部が他の部から一緒にイベントに参加してみませんかと誘いを受けるということが、多少なりとも印象の改善が出来ているということなのでしょう。俺も聞いていないということは、本当に源が独断で、部員の目に見えないところでやっていたことに違いありません。これは度し難いです。
「源」
「あっ、はい。……怒ってる?」
「はい」
「えっと……すみま、せん」
「全く。どうしてそんなことを1人で背負ってしまうんですか。確かに源であれば出来はしますよ。ですけど」
「いやあ、それっていうのはやっぱり部員1人1人がしっかりステージに取り組むことで自然となされる物じゃない? だから、今の部員たちなら敢えてこっちが言わなくたって大丈夫かなって思って。みんなにはステージに集中してもらって、他のことは俺がやればいいし。部長って、そういうものじゃないかな」
「結局ステージに帰着するのが源のらしさですが、次からはちゃんと言ってください。部長会で使う資料くらいなら作りますから」
「ありがとう。レオが監査でいてくれてよかったよ」
「俺は源が部長でないのであれば幹部にはならないと言ったでしょう。俺たちでやり遂げましょう」
「そうだね」
結局絆されている俺も俺なんでしょう。また自分から仕事を抱え込みに行ってしまうのですからお笑いです。ですが、源にはそうさせてしまう力があるように思います。透明性が高く、きちんと部としての活動をやっている部活。実状を変えるより、周りからの印象を変える方がずっと難しいのかもしれませんが、やるしかありません。
「さあ源、話し合うことは山ほどありますよ。丸の池関連に1年生の扱い、それから、五百崎君の持ち込み企画の件もあります」
「ああ、そうだ。深青からの件ならこっちで少し話をまとめてあるから聞いてくれる?」
end.
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多分星ヶ丘の放送部って、周りから見るとヤベー集団で、関わりたくないと思われていてもおかしくない
インターフェイスの面々も「星ヶ丘って修羅の国なんでしょ」みたいなことをよく言うしね
部(班)員にはステージに集中してもらって、他のことは自分がやる。的なことを言ってる班長は確かにいたなあ
(phase3)
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