2024

■ニコイチの馴れ初め

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「そー言えばさ」
「ん?」
「カオルって慧梨夏と就活友達だったって話じゃん」
「そうだな」
「どういう感じで仲良くなったの?」

 職場の同期、伊東さんから旦那が作る夕飯を食べに来てと招待を受けた。俺があまりにも残念な食生活をしていたのを見かねて彼女が愛夫弁当をお裾分けしてくれたのが事の始まりだ。旦那の作る料理があんまりにも美味いモンだから、どれがああでこうでと食レポをしたらお誘いを受けてしまったっていう。
 いやあ、いくら職場の同期で現在ニコイチでやってるからっつっても新婚夫婦の家に、嫁さんの同期ですっつって野郎が行くのはどうなんだと思いはした、さすがに。ただ、相談相手が悪かったのか、お前だったら旦那とすら友達になっちまうんじゃないかとかいい加減なことを言われたので、覚悟を決めて手土産のプリンは用意しましたとも。
 最悪ぶん殴られる覚悟をしていたら、玄関先で顔を見るのもそこそこに深々お辞儀して挨拶をした相手がまさかのカズだったっていうな。確かにカズは伊東さんだし料理好き、振る舞い好きの旦那ではある。よくよく思い返してみればこれまで彼女が言っていた旦那の人物像は完全にカズの特徴だったので、世間が狭くても案外ピンと来ないものだと思った。

「合同説明会とかに行くとさ、同じ業界のブースに「アイツ前も見たわ」みたいな奴っていなかったか?」
「あー、確かにいつ行っても似たような雰囲気ではあったかもしれない」
「伊東さんて、就活女子特有のひとつ結びが他の女子よりちょっと位置が高かったりとか、何より薬指に指輪してたからすっごい印象に残ってたんだよ」
「なるほど、目印みたいになってたんだ」
「いつ行ってもあの女子いるなって気付いたら、人となりがめちゃくちゃ気になるじゃんか。タメであろう女子が左手薬指に指輪してんだぜ? どういう経緯でそうなったかとか、これからの生活のこととか聞いてみてーなーって思って」
「カオルらし過ぎるわ」
「で、寝不足が原因で人酔いした日があって、何か飲みてーっつって自販機行ったら小銭とか電子マネーとか、買う手段がとにかく無かったときに伊東さんが声かけてくれて飲み物買ってくれてー、みたいな感じで初めて喋ったかな」
「なんだろ、それがきっかけで友達になって恋愛に発展、みたいなパターンも普通ならあったんだろうけど、慧梨夏とカオルだったのが激しい混沌を生んだように思えてならない」

 確かに、伊東さんとの出会いがきっかけで小説を高校の時以来くらいでちゃんと書くことをするようになったし、本を作るようにもなった。ゲームの話もとても参考にさせてもらっているし、何よりUSDX関係の話が出来るのがデカかったのかもしれない。ネット上での歩き方は伊東さんという師匠がいなければ絶対今頃爆死してるから。

「一応さ、リン君も交えてゲームやろうって集まった時も、彼氏さんは大丈夫なのとは確認してたよ毎回」
「お気遣いありがとうございました。ちなみにその時慧梨夏は何て言ってた?」
「リンちゃんいるんで旦那さんは理解してくれてますって」
「それはそう。まあ正直就活友達とか言ってもどんな奴かわからない以上やっぱあんま良くは思えないじゃんか。婚約までしてる彼女が遊んできますっつって送り出す先がさ。リンちゃんがいるから2人じゃないってんでムリヤリ納得してたよ」
「まあ、一般的にはそうだろうよ。つか、それが俺だってわかった瞬間の手の平返しが最早芸術だったぞ。そんなに俺に下心みたいなモンが無く見えるのか」
「正直あんまり見えないかな。慧梨夏が自分の趣味の話を始めたらそっちの方に食い付きそうだなっていうイメージはある。そうなると慧梨夏のことは女の友達としてじゃなくてクリエイターとしての同志みたいな扱いにはなりそう。そうなった瞬間恋愛フラグは消滅するイメージ」
「まあ、実際そうだったワケですけど」
「だよねえ」

 伊東さんこと雨宮先生の本もいくつか読ませてもらってるけど、すげーんだよな。俺はBLのことはよくわからないけど、それを抜きにしても話が面白い。キャラクターがリアルに動いて見えると言うか。雨宮先生の何がヤバいって執筆ペースだ。俺も放送部でステージの台本を書いていた頃は頭がおかしいと言われ続けていたけど、雨宮先生がいるんだから俺は普通じゃねーかと思った。
 下心も何も、伊東さんと話していて今書いている話がどうした、この間の新刊どうしたという話にならない方がおかしいとすら思う。俺が単独で配信やるならどういうゲームがいいんだろうかっていう相談にならない方がおかしいだろ。いや、カズとは多分そういうんじゃない話もたくさんしてるんだろうけど、少なくとも俺の最優先事項はそれだ。

「でも、カオルと慧梨夏が職場でニコイチか」
「一緒にやらせてもらってますけれども」
「慧梨夏の強みはね、現場の運営に責任を持てるところだと思うんだよ」
「なるほど?」
「企画に必要なモンを揃えて、仕事を割り振って、時間の段取りに起こり得る事態への想定……学生の頃のそれと仕事じゃ変わって来るかもしんないけど、1番上に立つって言うよりは確固たるリーダーの次にいる時がすごい強い。高校の時も、全体に責任を持つ高ピーの下で現場走り回って大暴れしてたから」
「でも何かわかるわ。イベントプランナーとかプロデューサーってよりは、ディレクター寄りっぽいなとは」
「カオルはやっぱ企画を考えるの志望?」
「かな。将来的には出来ればいいなと思う。何年後になるかはわかんないけど」

 正直そんな5年も6年も先のことなんかは全然見えない。だけどやりたいことがある以上、そこに辿り着けるように1日1日を積み重ねるしかない。夢を見過ぎず、手の届く範囲で出来ることをやる。仕事にも趣味にも言えることだ。

「でもカオル、慧梨夏から聞いてるカオちゃんの話が本当なんだったとしたら、仕事で何かを為し得る前に体壊すよ。ちゃんと食べて、ちゃんと寝ないと」
「はい、すみません。反省はしてます」
「反省はしても言動が治らないヤツでしょ、知ってんだよ」
「昼だったら伊東さんの目があるから食ってなかったら怒られる」
「言っとくけど慧梨夏の生活も大概だからね。その慧梨夏に怒られるって相当だよカオル」
「あ、そしたらさ、カズが俺にも弁当を詰めてくれたら1日1食はまともなモンを食えるんじゃね?」
「カオルが本当にそれでいいんだったら、お弁当箱さえ用意してくれたら詰めるよ」
「マジすか! あっ、もちろん金は払います!」
「そしたら、ちょっと仕組みを考えてみる?」
「よろしくお願いします」


end.


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こうして弁当サブスクの契約が成立するのである

(phase3)

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