2024
■コアリスナーと僕
++++
「佐々木クン! これは由々しき自体だよ!」
「ど、どうしたの、下梨君」
「大変だよ、これは大変だ」
下梨君が握り締めているのは、ゼミラジオのスケジュールが書かれた紙だ。緑ヶ丘大学のセンタービルのど真ん中に構えられたガラス張りのラジオブースは佐藤ゼミの体験型学習施設で、大学のシンボルとか、ランドマーク的な印象がある。
佐藤ゼミ生には1ヶ月ごとのスケジュール表が月が変わる度に配られるんだけど、正直ラジオを担当しない2年生はそれを見たところで「ふーん」という以外の感想を抱きにくい。ラジオを主に担当するのは3年生だという風に聞いている。
「俺はさ、千葉さんのファンなんだよ!」
「えっ、そうなの?」
「そうそう。ラジオブースの前にもスケジュール表って掲示されてるじゃん、あれをチェックして、千葉さんの日には必ず聞ける場所にいるようにしてさ」
「へえ、そこまでやるなんて相当ガチなファンなんだな」
「わかっちゃいたけど4年生の枠がない! 千葉さんの枠が無くなっちゃったよ~、悲しい~」
ゼミラジオのコアなリスナーがいるのはサブカルの木曜日だという風には先生が言っていたように思うけど、この様子を見る限りそういう人たちよりも下梨君の方がよっぽどコアなリスナーだなあと思うワケで。ただ、MBCCの一アナウンサーとしてはもちろん思うところはある。
「ちなみに、下梨君は果林先輩の番組のどういうところが好きなの?」
「今の3年生の先輩を悪く言うつもりはないんだけど、とにかく別格の上手さじゃない」
「それは確かにそう」
「だけど上手い下手以前の聞きやすさがあるし、元気だけどそれを押しつけない、こっちに向けて微笑みかけてくれてるようなところが好きだったのに~! 佐藤ゼミのラジオじゃ数少ない癒しなんだよ。声もかわいいし~」
癒しであるかどうかはともかく、下梨君が話していることは、俺がゼミに入る前の、それこそ去年の今頃MBCCに入ったばかりの俺が玲那やくるみと昼を食べながら話していたことにも通じるような気がした。
佐藤ゼミのラジオを聞きながら思ったのは、聞きにくさだ。ミキサーの音質調整等、技術的な部分もありつつ、アナウンサーのトークが向く方向にも問題がある。一応は広く聞かせる番組なのだから、独りよがりで、マイクの向こうに人がいないかのような話し振りはどうなのかと。
一方、今の下梨君の感想にあるように、果林先輩の番組は「こっちに向けて微笑みかけてくれてる」という印象を抱かれるくらい、マイクの向こうの人を意識していたということなんだろう。果林先輩だから当たり前に出来てるんだろうけど、ゼミの多くのMCはそれが出来ない。
「果林先輩のファンなんだったら、MBCCの昼放送も聞いてくれてた感じ?」
「残念ながらそれは知らなかったんだよ。ちなみにどこでやってた?」
「第1学食。ゼミのラジオと同じ時間にやってる」
「佐々木クンもっと早く教えて~?」
「や、その頃知り合ってなかったし」
「うん、わかってる。でも、MBCCでも番組をやってるって知ってたら、もっと高い頻度で千葉さんの番組を聞けてたんだよね?」
「そうだね。番組は週に1回担当することになってるから」
「週1!? それは贅沢だね~」
「そうかな?」
「そうだよ! 佐々木クンは感覚がマヒってるんだろうけど、ゼミのラジオなんて、よっぽど固定シフトになってる人以外はいつ担当するか全然わかんないんだから! 千葉さんってあの圧倒的な上手さで何であんな番組の枠が少なかったのか意味がわかんないよね。だから細かくチェックする必要があったんだけどさ~」
果林先輩はアンチ佐藤教授だから、ラジオの枠欲しさにわざわざ先生に気に入られに行くということはしない人だ。ゼミラジオの枠は基本的に先生の気分次第で決まるし、自分のお気に入りの人を重用する傾向にある。他校から連れてくることすらあるとは聞いた。
「と言うか、ゼミラジオって番組をファイル化して残してるんだから、過去の番組もアーカイブで聞けるんじゃない?」
「それはそうなんだけどさ~、リアルタイムで聞きたいじゃんね~」
「あと、MBCCでも昼放送はファイル化して残してます」
「マジで!? 聞いてみたい!」
「えっと、この場合やっぱ果林先輩の番組だよね。先輩に下梨君に聞いてもらって大丈夫か一応許可を取ってみるよ」
「お願いします! あっ、って言うかMBCCで昼にラジオやってるってことは、佐々木クンもやってるんだよね?」
「一応ね」
「何曜日にやってんの? 今度聞きに行きたいんだけど」
「俺は月曜だね」
「オッケー了解~」
改めて聞きに行くと言われると少し恥ずかしいやら緊張するやらで、大丈夫かなってちょっと不安になる。いや、食堂の事務所は周りを壁に囲まれた個室だ。俺が下梨君のことを意識しなければいいだけのこと。リスナーはいる物としても、顔は見えないんだ。
「でも、番組の固定ファンか。そう聞くと、やっぱ果林先輩って凄かったんだなあって、同じサークルの先輩として一層憧れるな」
「佐々木クンも同じサークルで練習してんだから、佐藤ゼミの人らと比べれば上手いんじゃん?」
「そうじゃなきゃいけないんだろうけど、まいみぃとか、個人で上手い人もいるし、うかうかはしてられないんだよ。それでなくてもライブ対応が下手ってサークルの先輩たちから指摘されてるし。佐藤ゼミでやるなら致命的だぞって」
「大丈夫大丈夫! まだ2年生なんだし! シノキ君もいるんだから! でも、佐々木クンが顔出しするようになったら絶対顔ファン付くよね」
「顔ファン…?」
「イケメンの宿命ってヤツね」
「いや、俺も果林先輩に対する下梨君みたいに、ラジオ的技術とか、雰囲気みたいな物でこう、好きになってもらえたら嬉しいな、とは思う」
「佐々木クンのその奥ゆかしいところがカワイイね~」
「……許可取りやめようかな」
「あーっ! ゴメンゴメン! そこを何とか!」
end.
++++
果林のファン・むぎぃとその話を聞く陸さんの話。
陸さんはとにかくビジュアルが圧倒的な男であるという設定は忘れないようにしよう
(phase3)
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「佐々木クン! これは由々しき自体だよ!」
「ど、どうしたの、下梨君」
「大変だよ、これは大変だ」
下梨君が握り締めているのは、ゼミラジオのスケジュールが書かれた紙だ。緑ヶ丘大学のセンタービルのど真ん中に構えられたガラス張りのラジオブースは佐藤ゼミの体験型学習施設で、大学のシンボルとか、ランドマーク的な印象がある。
佐藤ゼミ生には1ヶ月ごとのスケジュール表が月が変わる度に配られるんだけど、正直ラジオを担当しない2年生はそれを見たところで「ふーん」という以外の感想を抱きにくい。ラジオを主に担当するのは3年生だという風に聞いている。
「俺はさ、千葉さんのファンなんだよ!」
「えっ、そうなの?」
「そうそう。ラジオブースの前にもスケジュール表って掲示されてるじゃん、あれをチェックして、千葉さんの日には必ず聞ける場所にいるようにしてさ」
「へえ、そこまでやるなんて相当ガチなファンなんだな」
「わかっちゃいたけど4年生の枠がない! 千葉さんの枠が無くなっちゃったよ~、悲しい~」
ゼミラジオのコアなリスナーがいるのはサブカルの木曜日だという風には先生が言っていたように思うけど、この様子を見る限りそういう人たちよりも下梨君の方がよっぽどコアなリスナーだなあと思うワケで。ただ、MBCCの一アナウンサーとしてはもちろん思うところはある。
「ちなみに、下梨君は果林先輩の番組のどういうところが好きなの?」
「今の3年生の先輩を悪く言うつもりはないんだけど、とにかく別格の上手さじゃない」
「それは確かにそう」
「だけど上手い下手以前の聞きやすさがあるし、元気だけどそれを押しつけない、こっちに向けて微笑みかけてくれてるようなところが好きだったのに~! 佐藤ゼミのラジオじゃ数少ない癒しなんだよ。声もかわいいし~」
癒しであるかどうかはともかく、下梨君が話していることは、俺がゼミに入る前の、それこそ去年の今頃MBCCに入ったばかりの俺が玲那やくるみと昼を食べながら話していたことにも通じるような気がした。
佐藤ゼミのラジオを聞きながら思ったのは、聞きにくさだ。ミキサーの音質調整等、技術的な部分もありつつ、アナウンサーのトークが向く方向にも問題がある。一応は広く聞かせる番組なのだから、独りよがりで、マイクの向こうに人がいないかのような話し振りはどうなのかと。
一方、今の下梨君の感想にあるように、果林先輩の番組は「こっちに向けて微笑みかけてくれてる」という印象を抱かれるくらい、マイクの向こうの人を意識していたということなんだろう。果林先輩だから当たり前に出来てるんだろうけど、ゼミの多くのMCはそれが出来ない。
「果林先輩のファンなんだったら、MBCCの昼放送も聞いてくれてた感じ?」
「残念ながらそれは知らなかったんだよ。ちなみにどこでやってた?」
「第1学食。ゼミのラジオと同じ時間にやってる」
「佐々木クンもっと早く教えて~?」
「や、その頃知り合ってなかったし」
「うん、わかってる。でも、MBCCでも番組をやってるって知ってたら、もっと高い頻度で千葉さんの番組を聞けてたんだよね?」
「そうだね。番組は週に1回担当することになってるから」
「週1!? それは贅沢だね~」
「そうかな?」
「そうだよ! 佐々木クンは感覚がマヒってるんだろうけど、ゼミのラジオなんて、よっぽど固定シフトになってる人以外はいつ担当するか全然わかんないんだから! 千葉さんってあの圧倒的な上手さで何であんな番組の枠が少なかったのか意味がわかんないよね。だから細かくチェックする必要があったんだけどさ~」
果林先輩はアンチ佐藤教授だから、ラジオの枠欲しさにわざわざ先生に気に入られに行くということはしない人だ。ゼミラジオの枠は基本的に先生の気分次第で決まるし、自分のお気に入りの人を重用する傾向にある。他校から連れてくることすらあるとは聞いた。
「と言うか、ゼミラジオって番組をファイル化して残してるんだから、過去の番組もアーカイブで聞けるんじゃない?」
「それはそうなんだけどさ~、リアルタイムで聞きたいじゃんね~」
「あと、MBCCでも昼放送はファイル化して残してます」
「マジで!? 聞いてみたい!」
「えっと、この場合やっぱ果林先輩の番組だよね。先輩に下梨君に聞いてもらって大丈夫か一応許可を取ってみるよ」
「お願いします! あっ、って言うかMBCCで昼にラジオやってるってことは、佐々木クンもやってるんだよね?」
「一応ね」
「何曜日にやってんの? 今度聞きに行きたいんだけど」
「俺は月曜だね」
「オッケー了解~」
改めて聞きに行くと言われると少し恥ずかしいやら緊張するやらで、大丈夫かなってちょっと不安になる。いや、食堂の事務所は周りを壁に囲まれた個室だ。俺が下梨君のことを意識しなければいいだけのこと。リスナーはいる物としても、顔は見えないんだ。
「でも、番組の固定ファンか。そう聞くと、やっぱ果林先輩って凄かったんだなあって、同じサークルの先輩として一層憧れるな」
「佐々木クンも同じサークルで練習してんだから、佐藤ゼミの人らと比べれば上手いんじゃん?」
「そうじゃなきゃいけないんだろうけど、まいみぃとか、個人で上手い人もいるし、うかうかはしてられないんだよ。それでなくてもライブ対応が下手ってサークルの先輩たちから指摘されてるし。佐藤ゼミでやるなら致命的だぞって」
「大丈夫大丈夫! まだ2年生なんだし! シノキ君もいるんだから! でも、佐々木クンが顔出しするようになったら絶対顔ファン付くよね」
「顔ファン…?」
「イケメンの宿命ってヤツね」
「いや、俺も果林先輩に対する下梨君みたいに、ラジオ的技術とか、雰囲気みたいな物でこう、好きになってもらえたら嬉しいな、とは思う」
「佐々木クンのその奥ゆかしいところがカワイイね~」
「……許可取りやめようかな」
「あーっ! ゴメンゴメン! そこを何とか!」
end.
++++
果林のファン・むぎぃとその話を聞く陸さんの話。
陸さんはとにかくビジュアルが圧倒的な男であるという設定は忘れないようにしよう
(phase3)
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