2024

■あの人があの人している

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「あー、お腹すいたなー」
「お前はどーせ寝坊して昼飯ポテトだけだったっていう。自業自得だ」
「今日はお好み焼きですー」
「どっちも同じだべ」

 3年生になって授業の数もちょっとだけ少なくなったとは言え、朝からでも昼からでも授業があるなら起きなきゃいけないわけで。3限の授業に間に合わないかもって思ったときはゆっくりご飯を食べていられなくて、第2学食のカフェテリアでホットスナックを買って繋ぐのが普通だ。
 それでしばらくは何とかなるけど、サークル室に着いた頃にはお腹が空いてしまう。いろんな人から食べなさ過ぎるって怒られてきたけど、食べたくなくて食べないんじゃないので誰でもいいから食べ物を恵んでくれないかなあっていう気持ちだ。動くのが面倒だもの。

「おはよーございまーす」
「おーすすがやん」
「おはよう。ん、何かいい匂いする」
「わかりますか? 花栄のパン屋のブラウニーなんです。あっ、よかったら先輩たちおひとつどうぞ。みんなに差し入れられるワケじゃないんで、内緒っすよ」
「サンキュ」
「ありがとう、助かります」
「その感じだと、高木先輩例によってメシ抜いてますか?」
「完全に抜いたわけじゃないけど、軽めにしか食べてはないね」
「あー、大変っすそれは。ブラウニー食っちゃってください」

 すがやんに恵んでもらったブラウニーをありがたくいただく。チョコレートの重い感じが非常に助かるし、緊急時の糖分補給に即効性があるなあって感じ。そんな俺をエイジは呆れた目で見てるけど、俺はこういう人間になっちゃったのでどうしようもありませんよね。

「つかすがやんの通学ルートで花栄なんか通らんべ? わざわざ寄ったんか」
「この間近くに行った時に買ってたんですよ。買ったお徳用袋っていうのが結構量があったんで、サークルで何人かに分けようかなって持ってきたんです。差し入れと言うなら全員分用意するべきなんでしょうけど」
「いや、気にすんなっていう。でも、これのお徳用袋は確かに重そうだべ。1人だったら食い切れるかどうか」
「果林先輩や高崎先輩だったら余裕なんだろうけどね」
「比較対象にならん人らを持ってくるなっていう」
「んー、でも美味しいブラウニーだね。コーヒーと食べたら良さそう。これのお徳用があるなら俺も買ってみたいかも。花栄のどこ?」
「今地図送りますねー」
「助かります」
「この店、朝はモーニングサービスでパンの食べ放題やってて、春風と科学館に行く前とかにも使ってるんすよ」
「食べ放題っていくら?」
「えっと、900円はしないっす。800何十円かですね。席が1時間半で、コーヒーとかも飲み放題なんで胃袋が普通サイズの人でもお得かなって感じです」

 送ってもらった地図を見る感じ、そこまで難しそうな道順ではなさそうだし行くだけなら行けるかも。大きな道の前だし迷うことはなさそうかな。わかんなくなったらナビを使えばいいだけのことだからね。店のホームページでモーニングサービスを調べたけど、確かに良さそう。

「俺、実はこの店知ってて、モーニングの食べ放題もオールの後に1回行ったことがあんだよ」
「えっ、そーだったんすか」
「エイジ、どんな感じだった? 俺が行って大丈夫そうかな」
「パンはまあ美味いんだけど、まず気になるのが掃除の雑さな。テーブルの上がコップの結露で水浸しだし、パンの屑もそのままになってたっていう。だからそれ以来カフェスペースは入ったことないんだけど、パンは普通にテイクアウトで買ってる」
「まあ、エイジがエイジしてるなって感じの感想だね」
「あ、えっと……俺が行ったときはちゃんと掃除してましたよ?」
「どういう店員に当たるかっていう話だべ。テーブルの上をちょちょっと撫でただけの水拭きで、パンの屑は結局イスの上に落ちるから掃除の意味を為してないっていう。食べ放題が人気で忙しいのはわかるけど、その辺ちゃんと出来ないならやるなって話になるべ。衛生を保てない食品の店とかロクでもない」
「あーうん、エージ先輩がエージ先輩してるっす」

 エイジは結構な綺麗好きで、ちょっと神経質なところがある。他のみんなは潔癖性なんだって言うけど、俺は俺の部屋に入り浸ってる時点で潔癖性ではないと思ってる。本当に潔癖性なんだったら俺の部屋に入り浸って掃除なんか出来ないからね。
 ただ、年々衛生に厳しくなっているのも本当で、サークル室の汚れにもちょっとウルサくなってきてるかな。定期的に掃除の時間を設けたいって言ってるし。ハナちゃんが賛成派だからそのうち掃除日っていうのが出来そうな予感。俺はコロコロを掛けとけばいいと思うけどねえ。
 後輩たちの間でもエイジが衛生に厳しいっていうのは共通認識になってるっぽくて、ゴミでも何でもそのままにしておくと「エージ先輩に怒られるぞ」って言ってるのをよく聞く。汚いよりはきれいな方がいいとは思うけど、過度になり過ぎるとしんどい。

「モーニングって何時までかな」
「確か10時までに店に入んなきゃいけなかったはずっす」
「10時かー。行ってみたいけど時間が厳しいよねえ」
「え、10時で厳しいんすか?」
「すがやん、高木だぞ」
「あっ、えっと、あー……はい、察、しておきますね、はい」
「おいしい焼きたてのパンが何もしないでも手元に来ればいいのに」
「お前はどこまで堕落してるんだっていう」
「焼きたてのパンは美味いっすよね。ハナ先輩がバイトしてる店、帰りにたまに寄りますけどあそこはヤバいっす」
「そーいや俺ら、ハナが持ってきてくれるのしかほとんど食ったことないけど、店に並んでるヤツの方が普通に考えりゃ時間的に美味いか」
「豊葦有数の店ですし、夜までやってるんで夕方にも焼きたてパンが並ぶのは誘惑っすマジで。たまに家族の分買って帰ります」
「すがやん、俺のも買ってー」
「お前は何後輩に集ってんだっていう自分で買え」
「いたっ」
「それでなくてもお前、謎に彩人から食パンの差し入れもらってんだろっていう」
「こないだはとうとうドリップコーヒーまでもらっちゃっていよいよ申し訳なくなってきてるよ」
「じゃすがやんに集るのもやめろっていう」
「何て言うか、高木先輩てよくわかんないっすよね。貢がれ体質みたいなのがあるんすかね? 果林先輩すら高木先輩にはたまに食べ物分けてましたし」
「貢がれと言うか、貧相なんだ」
「貧相はちょっとヒドくない?」


end.


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パン屋のイートインスペースで撫でるだけの水拭きを見た結果。

(phase3)

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