2024

■事務職オリエンテーション

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「このアプリケーション上でのデータの見方は大体こんな感じ。ここまでは大丈夫かな」
「はーい」
「まあ万里は大丈夫でしょ。内山さんは大丈夫かな」
「あー、えっと、何となく、です。ちゃんとはまだ、分かりません」
「そうだよね。分からないときは分からないって言ってくれた方が助かるね。後は実際に扱いながら慣れていこうか」

 入社1ヶ月が経ち、新入社員は各々の配属地に散っていった。大石は細かい物が多くて複雑難解なB棟2階、長岡はA棟2階で畠山さんの補佐をすることになった。俺は予定通りデータを扱う仕事だし、内山も事務職らしくパソコンの前だ。
 今日は事務職オリエンテーションということで、事務の重鎮・山田さんからメールや電話の出方、それから返品再生関係の仕事を教わった。そして圭佑君から教わっているのはWMSというシステムを使ったデータの扱い方だ。

「例えば、返品入庫の場合。これは昨日のデータ一覧なんだけど、ここの円。これがどれだけ戻ったか、入庫率を表す円グラフになるね」
「65%っすね」
「そうだね。で、ここのタブを開くと、まだ戻ってない製品一覧が出るから」
「え、っと、未入庫一覧、っと」
「万里、一応聞くけどメモ取らなくて大丈夫?」
「現状大丈夫っす」
「だよねえ。あ、内山さん焦らなくて大丈夫だからね。しっかりメモ取ってもらって」

 社会人としては本来ちゃんとメモを取るべきなんだろうけど、WMSシステムのこともある程度は大学で勉強していたので正直に言うと復習になる。アプリのUIが違うくらいで、大体の扱い方は見れば分かる。っつーかわかんねーと大学で何をやってたんだって話で。
 一方、物流の世界に初めて飛び込んだ内山は、圭佑君の話を聞きながら逐一メモを取っている。多分こっちの方があるべき姿だとは思う。でも、本当に初めて説明を受ける時って、メモを取ってたところで正直自分が何を書いてるかさっぱりわかんねーんだよな。

「それじゃあ、一旦さっきのホームに戻ってもらって。内山さん、ホームタブをクリック」
「はい」
「じゃ、ちょっと放送かけさせてもらうね。……大石君、大石君。返品お願いしまーす。はい。ちょっとしたら円グラフが変わると思うから」
「あっ、66%」
「返品入庫の作業がリアルタイムに反映されます。で、未入庫一覧のタブを開いてもらっていいかな」
「はい」
「どんどん行数が減って行っていると思うんだけど」
「わー、すごーい」
「それを踏まえて、入庫済み製品の、昨日のデータのところを開いてもらって」
「はい」
「ここにはどの製品が、いつ、どこに、誰の端末で戻されたのか。ということが表示されてます。いつ、今。どこに、B棟2階の17番列のこれは多分奥の方。誰が、大石君が。ということが読み取れるんだね」
「圭佑君、例えば、これが97%とかで何日もずっと動かないままだと漏れを疑うような感じっすよね」
「そうだね。紙のリストと照らし合わせて、まずは向西倉庫にその物があるのかってところから確認だね。社内に物があるなら、ケースごと残ってるのか、それともバラしてあるのかを見たり」

 リアルタイムでシステムが動いているのを見ながら説明を受けるとより理解が深まるなと思う。内山もちょっと感動しているようだ。もちろんこれはまだまだ触り。このデータをどのように活用していくのか、という話になってくる。

「今日は返品入庫のデータの扱い方をちょっとだけ説明したけど、出荷状況だとか入庫の様子もわかるし、データがこういう感じで動いてるからどこが大変そうとか、そういうことを読みとって現場の応援に行ったりも出来るね」
「パソコンの上で大体わかるんですか?」
「どこで誰がどんな仕事をしてるのかが分かってればね。そのための4月の現場仕事だよ」
「えっ、ホントのホントにデータを見れば大体わかるんですか?」
「慣れればわかるようになるよ。誰の端末でどこの物が動いてるのかを見れば、どこで何をしてるかはわかるでしょ。今だと、大石君の端末でB棟2階に物が入ってるから、大石君はB棟2階にいる。返品のデータが動いてるのか、普通の入庫データが動いてるのかの違いは見なきゃだけど」
「なるほどです」
「俺の場合、誰がどこにいるのかと、出荷出来た割合を見ながら現場の応援に行くかどうかを決めてるね」
「確かに、圭佑君てすっごい絶望的なときに来てくれるって印象が強いかもしれない」
「俺はフォークリフトにも乗れないしハンドリフトの扱いも下手だから、行ったからって劇的に仕事が進むわけじゃないけど、1人増えるだけで他の人の仕事が円滑に進むようになることもあるからね」

 出荷作業は最終的にパソコンの上で閉めなければならないので、システムを扱うことの出来る人が1人は会社に残っていないといけないんだそうだ。必然的にその役割を担う圭佑君は、自分の仕事をしつつ別タブでデータを観測し、自分が現場に行くタイミングを見ているとのこと。
 確かに、連休前に出荷が爆発したときも圭佑君の現れるタイミングは絶妙だった。パートさんや人材派遣の人が帰り、お上からのメール対応や電話が掛かってくる時間も過ぎ、腹減ったな、これ終わんのかなって絶望感が漂い始めた頃。圭佑君が現場の雑務をしてくれることで、他の人の手が空き、足が動く。

「うーん、難しそうです」
「大丈夫大丈夫。俺もいるし、山田さんもいるからね」
「そうそう。不安な時はちゃんと周りに相談しな。大体誰かいるはずだから。ああそうだ、今度ウッチーにしか出来ない仕事教えたげる」
「えっ、アタシにしか出来ない仕事って何ですか?」
「……山田さん、まさかとは思いますけど、和田さんの電話に当てるつもりじゃないですよね?」
「シーッ! 圭佑余計なこと言わない!」
「圭佑君、和田さんて?」
「取引先の人なんだけど、電話に女性が出ると露骨に上機嫌になって、その後の話が円滑に進むようになるっていうわかりやすいタイプのおじさんだね」
「あー……前時代的~」
「10代の青い女の子よりも、円熟した女性の方がお好みの可能性もありますよ」
「腹立つわあ~…! 同棲始めたからって浮かれてんじゃないよ! そのうちお弁当の彩りもなくなってくからね!」
「えっ、高沢さんて同棲してるお相手がいるんですか!?」
「そーなのウッチー! 同い年の彼女でねえ!」
「つーかうちの姉ちゃんな」
「えっ!? こっしーのお姉ちゃん!? それはちょっと詳しい話を聞かないとねえ」
「あっ、だから越野さんて高沢さんを前から知ってるんですね」
「普通に幼馴染みだしな」
「へー」
「万里、余計なこと喋ったらどうなるかわかってるよな」
「うわー、圭佑こわーっ、義兄の圧こわーっ」
「余計なことも何も、俺の知ってる話で圭佑君のマイナスになるような話って無くないすか?」
「……内山さん、もう1回山田さんに事務の仕事教えてもらおうかー。俺は万里にシステムのちょっと突っ込んだことを教えないとー」


end.


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向西倉庫の事務所組がちょっと詰まってきた感がある。ウッチー覚醒後にさらなる期待。
多分ウッチーが恋バナが好きなんだろうね。去年もこっしーの話に食い付いてたけど

(phase3)

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