2024

■頼るべき人脈の輪

++++

「あー……困った。高木、俺はどうしたらいいと思う」

 緑ヶ丘大学社会学部の学習施設、ガラス張りのラジオブースを見て鵠さんが遠い目をしている。このラジオブースでは、平日の昼休みに30分の番組を放送している。曜日ごとにテーマが設けられていて、月曜日が時事、火曜日がスポーツ……といった具合に毎日違うテイストでやっている。
 ここでの番組は主に3年生が担当することになっていて、俺は例によってミキサーとしてきっちり働くようにと先生から念押しされているんだけど、パーソナリティーの当番表も先生が決めていて、主に火曜日担当になった鵠さんがどうしたものかと頭を抱えているんだ。

「ヒゲさん、体育学部からゲスト呼んで来いって言うじゃん? 体育会系の君なら出来るでしょうって言うけどサークルでバスケやってるだけで体育学部に人脈なんかないじゃんな」
「まあ、先生が言うだけあってただの学生じゃなくて今現在有名か、将来有望なアスリートを連れて来いって言われてるんだろうしねえ」
「それなんだよ。どこの誰を連れて来いっつーんだよ。そもそも有名人がこんな学内のラジオにノーギャラで出るかっつーの」

 私立緑ヶ丘大学は、体育学部が有名で体育施設がとても充実している。海外を拠点に練習をしていてテレビでしか見ないようなアスリートも実は緑ヶ丘大学の学生でした、なんてこともザラ。テスト期間はそういう人も大学構内を歩いてたりするらしいんだけどね。
 火曜日のスポーツ番組に求められているのは緑大ゆかりの有力アスリートを連れてきて華のあるコンテンツにすること。つまりはラジオブースは凄いんですという見栄だね。ただ、ゲストは自前で用意しなければならないので困っている。

「あーっ! 鵠沼クンだおはよー!」
「おーす三浦」

 鵠さんに挨拶をしてきたのは、オレンジ系茶髪のおかっぱ頭と細身の長身が特徴的な三浦さん。彼女は鵠さんと同じバスケサークルGREENsに所属していて、俺も鵠さん繋がりで何度か話をしたことがある。活発な感じの人で、とにかくポジティブっていう印象だ。

「う~む、何やらお困りの様子」
「お前はいつも気楽そうで羨ましいじゃん?」
「三浦で良ければ聞きましょう。三浦くらいお気楽な人間の方が鵠沼クンの悩みもどーでもよく出来ますよ」
「ああ、そうだな。どーでもよくしてくれ」
「恋バナ? 恋バナ?」
「ちげーよ。ゼミのラジオブースあるじゃんな」
「ですね」
「3年になって番組を持つようになったんだけど」
「えーっ!? 鵠沼クンの冠番組!?」
「冠ではない」
「え、実質鵠さんの冠でしょ?」
「ねー。佐藤ゼミのドンの高木クンが言うなら冠だよお」
「ドンではないね」
「実質黒幕じゃん?」
「で、その冠番組がどうかした?」
「体育学部のゲスト、まあ、ヒゲさんの言うことだから出来れば名のあるアスリートを連れて来いって言うけど、体育学部に人脈なんかないじゃんな。どーしたモンかなと思って」
「なんだ、そんなことかー」
「お前、簡単に言うけどなあ」
「そんなときこそ身近な人脈からですよ、鵠沼クン!」

 フンフンフン、と立てた人差し指を揺らして三浦さんはドヤ顔をする。彼女は今鵠さんが悩んでいることは大した問題じゃないと言いたげだ。そして彼女の言う“身近な人脈”にヒントがあるそうだけど、俺にはさっぱり。

「身近に体育学部の知り合いがいないから困ってんだろ」
「ふっふーん。鵠沼クン」
「何だよ」
「向舞祭の練習は、もう始まってるんですよ」
「……三浦! お前が救世主か!」
「向舞祭チームのキャプテンがいい? それともダンス部? チア? そこから広がる友達の輪。鵠沼クン、まずは三浦を頼ることデース」

 三浦さんはお盆頃に行われる向舞祭に踊る方で参加していて、緑ヶ丘大学で結成したチームに加入して3年目だ。最初は体育学部でもダンス部でもない賑やかしだったけど、今では長い手足を生かしたダイナミックな踊りで中心メンバーに近くなっているとか。
 体育学部の知り合いがいなくても、体育学部に繋がる友達はいた。鵠さんの問題は三浦さんの力で解決しそうだ。まずは三浦さんに頼んで体育学部の知り合いを紹介してもらって、そこからは数珠繋ぎのような形でゲストを招待出来れば。

「向舞祭チームのキャプテンとかは出来れば向舞祭近くになってから話を聞きたい感はあるな」
「でも、そういう話があるよとはキャプテンに話しとくよ。前々からわかってる方がいいだろうし」
「頼みます」
「鵠沼クンのことは第2学食でテイクアウト丼売ってるジャージの人で大体通じるからね」
「それで通じるのかよ」
「チームでも「三浦と同じジャージ着てる人丼売ってるけど友達?」って結構聞かれるんだよ。同じサークルの友達だよって答えてるけど」
「そうなんか」
「白いジャージって実際結構特徴的じゃない?」
「だよねー、GREENsのジャージってかわいいから普段から着ちゃうんだよね!」

 学内で今も2人が着ているのと同じ白基調に緑と黄色のラインの入ったジャージを見ると、俺も「GREENsの人だな」と思うくらいには目が行くし、ジャージやスウェットで歩く人の多い緑ヶ丘大学でも白というのはなかなか見ないような気がするから印象には残るなあ。

「とりあえず、チームのグループLINEに佐藤ゼミのラジオに出たい人ー、出てくれる友達を紹介してくれる人ーって送ったよー」
「いや、もう送ったのかよ。もう少しどんな番組かとか、打ち合わせはどうするかみたいな話をだな」
「でも、まずは手当たり次第に広告打たなきゃでしょ?」
「あ~……まあ、そういうことなら。何か反応があれば教えてくれ」
「了解了解ぃ。じゃ、そーゆーコトだからまたねー」
「おー、サンキューなー」

 いつも思うことだけど、三浦さんが去っていくと、嵐の後のように感じるんだよなあ。まあ、今回は悪い嵐ではなかったけど。

「ねー鵠沼クーン!」
「うわっ、戻ってくんの早いじゃん!?」
「ごめん! もう返信来たから!」
「マジかよ」
「何か、チームの子の友達で水泳の選手兼ライフセーバーの資格持ってる人が、水の事故に気をつけてねーって話をしたいんだって!」
「おっ、いいじゃん? 海の話なら俺も結構出来るし」
「さぁっすが鵠沼クン、光洋育ちの波乗り野郎!」
「でも鵠さん、水の事故ってもうちょっと暑くなってからが本格化しない?」
「それなんだよなー」
「じゃ6月下旬以降に仮予約でいい?」
「ああ、押さえといてくれ。頼みます」
「じゃ今度こそまたねー」
「おー」

 やっぱり、物事を動かすには勢いが大事だなって。こういうことがあると思うけど、自分じゃなかなか。三浦さんの4分の1でもいいから行動力があればなとは思います。

「個人的には、ゲストを呼ぶ時のミキサーはお前に頼みたいんだけどなあ。ヒゲさんに掛け合うかなあ」
「火曜日には大事な授業を履修してるのでちゃんと大学に来るためにもそうしてくださいって言えば先生なら何とかしてくれそうな気がする」
「……自分の問題児っぷりの利用の仕方が完全に黒幕じゃん?」


end.


++++

フェーズ1の話を読み返してて、さっちゃんが懐かしくなったので。
スポーツの番組は鵠さんだけの担当ではないけど、実質冠番組で間違いないしTKGは問題児の顔してゼミの黒幕。

(phase3)

.
13/99ページ