2024

■新社会人の第一歩

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 4月2日、とうとう向西倉庫に入社する。4月1日は棚卸の後の監査が入る日ということで所長など以外は休みということになっていて、出社は今日からだ。入社式みたいな大それたことはないそうだし、服装もスーツなどではなく動きやすい服装で、とのこと。去年の夏に短期バイトとして新卒の何人かで来てたけど、あの時とは違う緊張感がある。

「おはようございます!」

 最初が肝心ということで、挨拶はしっかりと。事務所に入ると所長がこっちにやってきて、新入社員はこっちだよと集められる。そこには夏に見た顔もあるし、そうでない人もいる。

「おはよう越野」
「おーす大石。つかお前がこっち側にいんのやっぱ反則だわ」
「あはは。さすがにこれからは仕事内容も濃くなるだろうし、ちゃんと新人だよ」

 高校3年の3月からこの会社でバイトをしてそのまま社員登用になった大石は、キャリア5年目の大卒新入社員という特殊な奴だ。社員登用になった経緯も日常の雑談からの口約束だったというし、それを聞いた時は殴りたくなったけどちゃんと能力はある奴だ。社員登用が決まってからは学生のうちにフォークリフト講習も受けて来たそうだし、即戦力としての働きを期待されている。

「2人はもう顔見知り?」
「うん。去年の夏に新卒の研修バイトがあったんだけど、そこで」
「俺それ行ってないから既に遅れてる気がする」
「大丈夫だよ」

 夏のバイトへの参加は任意だったから、内定をもらった奴でも普通に出ない(出れない)ということもあったようだ。不安がっているコイツは身長が俺以上大石以下って感じだから175くらいだろうか。体つきはさすが倉庫への就職を決めただけあってひょろくはない。でも、自分以外の新卒同士がもう知り合ってるとスタートに失敗したかなって思っちまうのはわかんないでもない。
 そうこうしていると事務所にはわらわらと人が来て、そろそろ定時なんだなと、ちょっとそわそわしてくる。俺はガッツリ現場仕事というワケじゃなくて、データを扱ったりするシステム系統で採用されているつもりなんだけど、入社後しばらくは研修という名の現場仕事に駆り出される可能性もゼロじゃない。動きやすい服装で来いっていうの全員共通なんだもんな。

「はい、それじゃあ朝礼です。新入社員の子たちはこっち側に並んでもらって」

 今日から新しい年度に入っていくこと、少し前からの仕事量の増加に伴い今年は新入社員の採用数を少し増やしたことなんかが所長から話される(ちなみに今回の入社は俺も含めて6人だけど、ある程度減ることも見越されてそうだ)。それから、先の棚卸の結果報告など。出荷のヤマは5月の連休までということで、そこまで頑張りましょうというような訓示があったり。
 で、やっぱ新入社員は何の仕事で採用されていようがひと月程は現場で仕事をしてもらってこの会社がどういう仕事をしているのかを実際に見てもらうことになっているらしい。まあそうだよな。覚悟はしてたからどんと来いだ。あのクソ暑い夏を経験してるから、春先なんかはチョロそうかなって思うけど、油断大敵。

「それじゃあ新人の子たちに自己紹介をしてもらいます。名前と、簡単な挨拶で」

 挨拶かー、全然考えてなかった。前の奴と同じことを言うのも芸がないしな。よろしくお願いしますの一言だけってのもな。かと言ってあんまデカいことを言って生意気な奴だと最初から思われるのも良くない。その辺の匙加減が難しい。うーん、どうしたものか。

「長岡誠也です。野球やってました。50メートル6.2秒です。あっいや倉庫じゃ走らないか。や、でも体力には自信あります! よろしくお願いします!」

 長岡は野球やってたいかにもな体育会系か。で、倉庫で走らないの件で社員の人も何人か笑ってたし掴みはオッケーっぽそうだ。もしかしたら天然の気があるのか? でも50メートル6.2は普通に速いな。俺もまあまあ速い方だと思ってたけど、そんな数字出したことなかったはずだ。

「長岡君にはゆくゆく現場に入ってもらう予定です。じゃ、次。内山さん」
「内山さくらです。えっと、初めて働くので、まずは慣れるように頑張ります」
「内山さんは事務での採用です。今回唯一の高卒で、アルバイトの経験もないとのことなので優しく指導してあげてください」

 なるほど、高卒も採用してたのか。つか内山は声ちっちゃ。緊張してるにしてもこの調子で大丈夫かって思っちまう。

「じゃ、次越野君」
「はい。越野万里です。大学では物流システムを勉強してました。バスケやってて体も動くつもりでいるので、仕事の上では欲張って何でもやっていきたいです。よろしくお願いします!」

 あー、結局普通の挨拶になっちまった。まあ最初だしこれでいっか。無難が一番。

「越野君は一応システム系統での採用になってます。去年の夏来てたよね?」
「はい、来てました」
「じゃ現場でも大丈夫そうだね。はい、それじゃあ最後、大石君」
「はい。改めまして、大石千景です」
「知ってるぞー」
「お世話になってまーす。えっと、社員になったので仕事も難しくなると思いますし、また心機一転頑張ります。ご指導よろしくお願いします」
「皆さん想像ついてるかと思いますが、大石君はもちろん現場でバリバリやってもらうつもりです。以上6人の皆さんとこれからやっていきます。とは言えまずは今日の出荷から、よろしくお願いします」
「お願いしまーす」

 そして新卒はまた1ヶ所に集められて今日の流れを説明される。大石を除く全員に手渡されたのは真新しいカッターとマジック、それから何昔か前の映像で見たPHSみたいな端末だ。それぞれの名前が書かれている。現場ではこれを使って、休み時間ごとに無くしていないかを確認する必要があるそうだ。ちなみに大石はバイト時代に貰って手に馴染んだ物があるのでそれを使うとのこと。

「じゃ、新卒の皆さんはA棟2階の出荷作業をやっていきまーす」
「まあ、最初はA棟2階だよねえ」
「大石の余裕がマジで羨ましい」
「あはは。まあ、さすがにこれはいつもやってることだから」
「えー、皆さんにはこれからWMSの端末を使って作業をしてもらいます。やり方を説明しますがまあ最初から完璧にはわからないと思うので、その辺の従業員を捕まえるか大石君に聞きながらやってください。じゃ、まずこの画面のここをタッチして――」


end.


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向西倉庫は去年の9月くらいから盛り上がって来たので、前半の話。
長岡君にようやく名前と簡単な設定が出来たり、豪胆と呼ばれる前のウッチーの姿など。

(phase3)

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